第8話『風祭遊乃の才能』

 その後も校長、マリの話は続いた。

 中でも遊乃の興味を引いたのは、討伐騎士養成学校にはクラスがないという話だった。

 マリ曰く、


『この学校では、受けたい授業を時間ごとに選んでいただきます。毎日デバイスに、教師から、今日は何時に自分の授業がありますというお知らせが飛びますので、それを参考にしてください。休日などは自由に決めて構いませんが、先程も言ったように、二年生に進級する為、必要な単位を貯めておくことだけは、忘れないでください。』


 とのことだった。


「そりゃー、楽でいいな。早速、授業のメッセージが届いてら」


 話が終わり、皆が次々と講堂から出ていく中、遊乃達三人は、席から離れず、談笑をしていた。


「遊乃くん、どうする? 私はこの後の、魔法支援概論に行こうかなと思ってるんだけど」

「俺様は気乗りがせんな……。おっ?」


琴音の話を聞きながらデバイスを見ていた遊乃は、画面上に映る『近接戦闘科目』の文字を見つけた。


「俺様は剣術師だから、こっちに行く」

「ん、わかった。終わったら、デバイスに連絡入れてね」


 琴音はそう言って立ち上がると、リュウコに軽く頭を下げ「遊乃くんのこと、お願いね。目を離すとなにするかわからないから」と言い残して、一足先に講堂から出ていった。


「失礼な。人を子供みたいに言いおって」

「ご主人様は目を離すと何をするかわからない、覚えました」

「覚えんでいい。さっ、近接戦闘科目の授業に行くか」


 二人も立ち上がって、講堂を後にすると、デバイスに表示された地図を頼りに、授業が行われる場所へと向かった。


 さすがに近接戦闘の授業となると、室内では行われないらしく、遊乃達がやってきたのは校庭だった。


 龍堂学園の校庭は、普通の学校とはわけが違う。


 フェンスで囲まれた、ネットのないテニスコートのようなものがいくつも並んでおり、その中の五番と番号が振られた場所で、授業が行われる。


 遊乃達が足を踏み入れると、すでに集まっていた五十人近い生徒達と、教師と思われる筋骨隆々の、大きなハンマーを背負った一人の男性達が、一斉に遊乃とリュウコは視線を向けた。


「おい、なんか俺様達、見られてないか?」

「そうですね」


 少し疑問に思いながら、遊乃達はその輪に合流しようとしたが、なぜか教師であるハンマーを持った男性が遊乃達の前に立ちはだかり、その肩に手を置き、にかっと歯を見せて笑う。


「君達かぁ! 入試でダンジョンに穴を開けた問題児コンビは!」


 その言葉に、周囲の生徒達がざわついた。

 当然だが、この中にダンジョンに穴を開けるなんて馬鹿げたことをしようとする人間はいない。というより、そもそもそんなこと、並の人間には不可能なのだ。


「やりたくてやったんじゃない。リュウコが加減を知らないからだ」

「まあまあ。それにしたって、あれだけいろんな人間が出入りしてたダンジョンで、新しい発見をするなんて、君は討伐騎士としての才能があるんじゃないかな」


 入ってきただけで、話題を独占する遊乃。それだけ、彼のしたことは大きなことなのだが、当然そうなると、どうしても避けられないことがある。


「でも先生、それって、単に運がよかっただけですよね?」


 と、真ん中でわけた長めの金髪にひょろ長の体躯をした男子生徒が、遊乃と教師の間に輪って入ってきた。

 目立っている遊乃に牽制を入れようとしているのだ。


「ん? まあ、そうとも言うかな」

「その運が、どうもお前にはなかったみたいだが」


 遊乃はそう言って、不敵な笑みを見せつける。

 誰に何を言われても揺れない心。それが、遊乃の強さであった。


「……」


 まさかそんな返しをされるとは想定していなかったのか、男子生徒は、悔しそうに顔を歪め、黙っていた。だが、遊乃の隣に立つリュウコを見つけ、反撃のきっかけを掴んだのか、再び口を開く。


「メイドと一緒にご登校とは、お守りがないと何もできないようだな」

「なんだ、羨ましいか?」

「違うわ! 大体、いいんですか先生。学園の生徒でもないやつが、ここに来て!」

「あー、まあ、校長先生が許可を出してるからね。一応、そのメイドちゃんは、風祭くんが使役しているキャファー扱いだから」


 一方の生徒だけを味方するのは心苦しいと思っているのか、教師の口調は少しだけ遠慮がちだった。だが、金髪の中では、完全に味方でない限りは敵という、荒っぽい方程式があるのか、舌打ちをして、期待できないとばかりに教師から視線を切った。


「使役しているキャファー扱いってことは、奪ってもいいんだな? おい、お前。俺と勝負だ」

「はぁ?」


 なんでそうなった、と遊乃は言葉少なに伝える。だが、彼の中ではその言動はしっかりとした道筋の元から生まれたらしい。


「使役しているキャファーは、持ち主さえ許せば主を変えることができる。キミだって、こんなバカっぽいやつより、俺に仕えていた方が幸せだ。そうだろ?」


 と、金髪は口説くときの必須なのか、微笑むような表情で、リュウコに近づく。だが、リュウコは腕を竜に変え、爪の先を彼の首に突きつけた。


「いやです。あなたからは、王の資質を感じません。私が仕えるのは、この世の覇王となるお方のみ」

「は、覇王……?」


 その言葉に、金髪だけではない。

 周囲の生徒、全員が笑っていた。教師は校長からすでに聞いていたのか「本当に言うんだ」と、まるで有名人でも見つけた時のように目をきらめかせている。


「ははははははッ!! 覇王、覇王と来たか! まだ半人前ですらない素人がか!?」

「ええ。それに、ご主人様はあなたより圧倒的に強い。ご主人様が半人前ですらないのなら、あなたは人ですらない」


 さすがに、そこまで言い切られては、金髪も黙ってはいられないらしい。

 顔を赤くし、リュウコの爪の射程内から一歩出て、腰に差していた剣を引き抜き、遊乃に向けた。


「だったら試させろ! 俺とこいつ、どっちが強いのかをな!!」

「くだらん」


 遊乃は肩を竦め、深々とため息を吐いた。


「お前のが強いんでいいよ。俺様は覇王になる気はない。したいのは、世界制覇だ。それをできる手段さえあればいい」

「逃げるのか」

「あぁ、逃げるね。俺様は、逃げ足も天下一品だ」

「ご主人様」


 と、リュウコが遊乃の肩を、人間の物に戻した指先で、ちょんちょんと突く。


「なんだよ」

「戦って差し上げたらどうです。この調子では、おそらくこの他にも面倒なのが絡んできますよ。一度実力を見せつけておいた方が、後々の面倒がなくなりますし」


 少し、遊乃は考えた。

 確かに、今彼は目立っているだろうし、彼を倒せば名前が売れる。名声を欲し、討伐騎士を志す人間は多い。なら、絡んでくるメリットは充分にあるのだ。


 ここらで実力を示しておけば、今後の学園生活も幾分かは平和になる。だったら、遊乃としてもやるメリットはあった。


「わかった。やってやる。いいな、センセー。こいつから売ってきた喧嘩、買うぞ」

「うーん……まあ、いいか。イドくんと、風祭くん。どっちも学園新入生の中では話題を集めている二人だからね、お手本を見せてもらうのも悪くない」

「イド?」


 こいつ、イドっていうのか、という意味で言ったのだが、金髪――イド本人は、そんな遊乃のリアクションをどう思ったのか、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「あぁ、イド・アンデルス。クラパスの貴族、アンデルス家の嫡男だ。クラパスの剣術大会でも、優勝している」

「大会に優勝したところで、出てたやつらより強いってだけだろうが」


 遊乃はあくび混じりに言いながら、コートの真ん中へとゆったり歩いていく。


「いいからとっととかかってこい。俺様は授業を受けにきたんだ。リュウコ、手を出すなよ」

「承知しております、ご主人様」


 とことんまでイドをバカにした態度の遊乃。だが、貴族であり、自分より下の人間ばかりを周囲に取り揃えた、品揃えの悪い人間関係をしているイドには、その態度が新鮮だった。

 新鮮だからいいというわけではない。バカにされて、いい気分の人間などいないからだ。それが自分の看板に泥を塗られることを、極端に嫌う貴族なら、なおさらである。


「後悔、すんなよぉッ!!」


 イドは、その場から、コートの真ん中に立っている遊乃に向かって、突っ込んだ。そのスピードは確かに速く、まだ入学して一日目の新入生としては、破格の速度を誇っている。

 突撃力もなかなかだ。これなら、すでにキャファーを相手にしても問題ないだろう、というほどに。


 だが、を前にすれば、そんなモノは無意味である。


「な――ッ!」


 突っ込んで、横薙の一閃で切り倒す。死んでさえいなければ、回復魔法でどうとでもなる場所だ。

 だから、遠慮は一切無い。なのに、遊乃はそれを、紙一重で躱していた。


「ば、バカな――ッ。俺の、一撃を……!?」

「満足か?」


 遊乃はそう言うが、動かない。態度が言っている。

『もっと打ってこい』と。


「なっ、めるなぁ!!」


 綺麗な型にハマった剣術が、縦横無尽の斬撃が、遊乃を襲う。

 だが、それらすべてを、遊乃は紙一重で、退屈そうに躱していた。


「なんでだッ! なんで、なんで当たらない!?」


 あれほどの大口を叩き、一撃も当てられていない。イドのプライドからすれば、それは許せることではなかった。周囲からの視線がイドを攻め立てているように感じられ、どんどん剣筋が荒くなっていく。


 そしてそれは、遊乃の才能を見抜いていたリュウコも同様だった。

 確かに、イドよりも圧倒的に、遊乃の実力が勝っていると、リュウコの勘が告げていた。しかし、までは、リュウコは知らなかったのだ。


 遊乃の立ち回りを、リュウコが驚いて見つめたままでいると、背後からため息が聞こえ、振り返った。

 フェンスの向こうでは、呆れた表情の琴音がいた。


「あーあ。やっぱり、こうなっちゃうんだなぁ」

「こ、琴音さん。どうしてここに?」


 リュウコが尋ねると、琴音はにっこりと笑い「ガイダンスだけだったから、速く終わったの。で、面白そうなことがわかったから、遊乃くんに教えようと思って」と言って、再び遊乃に視線を戻した。


「ご主人様、あんなに疾いんですね」

「そりゃそうだよぉ。遊乃くん、毎日何十キロと走ってるからね。一緒に暮らしてたなら知ってるでしょ? 朝早くどっか出かけて、帰ってきたら寝るだけの生活してたと思うけど」


 あ、と、リュウコは口を開き、思い出す。


「あれね、早朝から、街中走り回ってるんだよ」

「毎日、そんな鍛錬を……」

「あぁー、違う違う。遊乃くんは、鍛錬なんて考えてないよ。ただ、面白そうなことがないか、探し回ってるだけだから。『俺様の知らないものがあるなんて許せん』って」


 そんな二人の会話を聞いて、周囲は明らかにざわついていた。

 確かに、イドは強い。剣筋は機械のように正確で素早い。だが、遊乃の適当な動きに一切ついていけていないのは、単純な鍛錬の差である。


 走り込みは人間の体と精神力を鍛えるのにはもってこいな鍛錬。

 そして遊乃は、それを、幼い頃から一日も欠かさずに行っている。


 覚悟と積み上げたものの違いが、今この状況を生み出していたのだ。


「クソッ! クソ!」

「……これ以上、何もなさそうだな」


 ぼそりと呟き、遊乃は思い切りバックステップをして、距離を取った。今まで遊乃が回避に徹していたのは、イドが何か面白いことをしないかな、と期待していたからだ。

 何もないのであれば、もう用はない。


「俺様に対し、その程度でよくもまあ、大口を叩いたもんだな」


 遊乃はそう呟き、地面を蹴った。

 瞬間、風が吹いた。ふわりとイドの前髪を持ち上げ、気づいたときには、遊乃が彼の頭上にいたのだ。


「うるぁぁぁぁッ!!」


 跳び、そして、両手で剣を袈裟気味に持ち上げ、峰をイドの頭頂部へと、思い切り叩きつけた。

 ゴッッ! という鈍い音と、彼の頭血が周囲に飛び散り、静寂の中、遊乃はイドを見下ろし、剣を鞘に納めながら言った。


「これが、世界制覇する男の一撃だ」


 普段ならば、遊乃が世界制覇と口にすれば、周囲は何かしらのリアクションをする。

 あざ笑う者、頭を心配する者、話を合わせて打ち切ろうとする者。

 だが、この場に関して、そのことに口を挟めるものは、いなかった。

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