■2『学園入学!』

第7話『命を懸ける覚悟なんてとっくにしている』

  ■



 その後、遊乃とリュウコは、一週間普通の人間として、生活を楽しんだ。

 二人にその意識はなかったが、龍堂学園に合格した新入生達は、皆“普通の人間として最後の生活”を満喫しようと必死になっていた。


 討伐騎士というのは、その名の通りキャファーを討伐し、地上を取り戻す為に命を捨てるのが仕事である。

 学生の内に入れるのは、プロが開拓し、ある程度の安全が確保されたダンジョンだけだが、それでもキャファーに襲われて死ぬということは充分にあり得る話。


 だからこそ、みんな、今までの悔いを残さないようにと、必死で人生を楽しんでいた。


 そんな中、遊乃達と言えば――……



「なるほど、トマトというのは、厳しい環境に身を置くことで、美味しくなるのですね」

「そうなの。ギリギリまで水をあげないのがコツよ」


 と、リュウコはノエルや優作から農業や人間の生活を教わっていた。

 日々をメイドとしてのスキルアップに費やすリュウコであったが、遊乃は対象的に、ずっと寝るか、出かけるかで、鍛錬らしい鍛錬をしていない。


 そうして、とうとう初登校の日である、一週間後がやってきた。

 龍堂学園の制服である学ランに身を包み、腰に提げたリュウコと共にあった剣を確認していると、琴音が迎えにやってきた。


 彼女も、応用学校の制服ではなく、龍堂学園のセーラー服を着て、腰にリボルバーが納められたガンベルトを巻いている。


「あぁー、めんどくせえなぁー」


 ぼんやりと空を見上げながら、通学路を歩き、そう呟く遊乃。そんな彼を見て、琴音は口元を押さえ、クスクスと笑っていた。


「遊乃くん、合格前はあんなにウキウキしてたのにね」

「ふん。これから勉強しなくてはならんのだ。あの時がどうかしていた」


 そんな遊乃から、琴音は視線をリュウコに移した。


「でも、リュウコちゃんはどうするんだろうね。生徒じゃなくて、扱いとしては、遊乃くんが捕獲して使役してるキャファーってことになるのかな」


 本来、キャファーを連れて歩けるのは特別な訓練を積んで、許可を得た召喚術師サモナーだけである。

 リュウコも生物学上の分類はキャファーなので、遊乃が連れ歩くには同じ過程を踏まなくてはならないはずなのだが、現在そんな連絡は来ていなかった。


「俺様が知るか。どうせあのばあさんが上手くやっとるだろ」

「私も、ご主人様のおそばに居られれば、他のことはどうでもいいですね」

「まあ、それもそうだね。私達が心配することじゃないかぁ」


 と、こんな他愛の無い会話をしていると、ついに龍堂学園が見えてきた。

 赤いレンガで作られた、歴史を感じさせる荘厳な佇まい。傍目には普通の学校だが、何人もの猛者が集う、討伐騎士を養成する学校。周囲を歩いている生徒達も、それぞれ武器を携帯していたり、鍛え上げられた体をしていた。


 遊乃達も、新入生の人並みに紛れ、学校の敷地内、その端にある、大きな講堂へ足を踏み入れる。

 大きな階段に机がいくつも並べられ、一番下には人が何人並んでも足りないほど幅広いホワイトボードと教壇があった。


 三人は講堂の隅に陣取って、時間を待っていたら、校長であるマリがやってきて、周囲が静かになる。


「皆さん、おはようございます。龍堂学園の校長である、マリ・ショルトーです。これより、入学式を始めさせていただきます。……と、言っても、長々としたものではなく、これから皆さんが何をしていくのか、簡単に説明させていただきます。皆さん、お渡ししたデバイスを出してください」


 講堂の生徒達が、言われたとおり、ポケットの中に入れていたデバイスを取り出す。


「それは生徒手帳であり、皆さんのダンジョン内での活躍を査定する測定器でもあります。プロフィール画面を見ていただければわかると思いますが、皆さんは現在、レベル一の状態ですね」


 遊乃は手慣れた動作でプロフィール画面を開くと、そこには確かにレベル一の文字があった。俺様なら、もうレベル一〇〇くらいあるだろ、という自負は置いておいて、とりあえず話に耳を向けた。


「たとえば、キャファーを倒すことで強さに応じ、授業点けいけんちが入ります。そして、それが一定数貯まることで、皆さんの強さや実績を表す単位レベルになります。


 卒業までに単位を六〇にするのが最終的な目標ですが、進級時に一定の単位――二年生になるには単位が二〇ないと、留年、あるいは退学になってしまうので、お気をつけください。ダンジョンに潜る以外にも、授業やテストでの点数も、授業点が入りますので、そちらも力を入れてくださいね」


「遊乃くん、留年だって。気をつけないと」

「やかましい。俺様が留年なんてするか」


 遊乃は腕を組み、まるで評論家のような態度で、マリを見た。


「また、デバイスには授業の連絡も入りますので、そちらも注意してくださいね。では皆さん、続いて、皆さんの専門職ジョブについて説明させていただきます。皆さんには、それぞれ適正にあった専門職を選んでいただきましたね」


「そう、なのですか」


 リュウコは、遊乃でなく、琴音に尋ねた。すでに「どうせ遊乃は把握してないだろう」とわかっているからだ。


「あ、そっか。そのときは、リュウコちゃんいなかったから。どういう武器を使うか、パーティー内でどういう役割を担うかで、いろいろ職業が違うの。たとえば、私は“魔法銃師マジックガンナー”遠距離からのサポートが主な役割。で、遊乃くんが“剣術師ソードウォーリアー”。前線でキャファーを倒す仕事で、オーソドックスな専門職だね」


「なるほど」


「――と、ジョブには様々なものがあり、自分の適正にあったものを選択してくださいね。それでは最後に、一つだけ」


 マリはそう言って、咳払いをする。


「皆さんは基本的に、午前中が授業で、放課後はダンジョンに潜るという生活になります。プロが一度踏破し、ある程度の安全が考慮されていますが、何があるかわかりません。毎年、死人が出ることもあります。……皆さんはまだ、ピンと来ていないかもしれませんし、今すぐに覚悟をしろとは言いません。ですが、準備だけはしておいてください。皆さんは今日から、見習いとはいえ、討伐騎士なのですから」


 少しざわついていた講堂が、そこでシンと静まった。

 皆一〇代の少年少女。命の覚悟など、したことはない。ここにきて、討伐騎士の役割の重さを自覚したのだ。


 皆がそれぞれ、悲痛そうな、あるいは嘆き出しそうな、辛そうな表情をしている中、遊乃だけは、口元をニヤリと歪めて、笑っていた。


「おもしれーじゃん」


 命を懸ける覚悟なら、世界制覇を夢見たときからずっとしてきた。

 遊乃にとっては、今更すぎる宣告なのだ。


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