第6話『メイドの勤め』
「め、メイド? 覇王?」
頭にたくさんの疑問符を浮かべる父、優作を見ながら、遊乃は面白がっていたが、すぐに頭を捻ることになった。
ここからどう話を持っていけば、一番穏便に済むか、である。
「とにかく、お父様、お母様。私は、遊乃様のメイド。で、あるならば、あなた方もご主人様。なんなりと、ご用命があらばお申し付けください」
頭を上げ、澄ました顔で両親を見つめるリュウコ。
二人は、ポカンとした間抜けな顔を数秒していたかと思えば、すぐにリュウコの肩に二人で手を置き
「「ようこそ!風祭家へ!」」
と、素敵な笑顔で親指を立てていた。
まるで表情を無理矢理押し付けられたみたいに、今度はリュウコがポカンとした表情を浮かべている。
「あ、あの、とっても好都合なんですけど、少しは疑ったりとか、そういうのはないんですか」
「と、言ってもなぁ、ノエル?」
「えぇ。息子が連れてきた女の子を無下にするなんて、親としては許せることじゃないものね」
なるほど、とリュウコは一人、納得していた。
「……なんだ、そのなにもかもわかったぞ、みたいな表情は」
不機嫌そうに、遊乃は腕を組む。まるっきり、相手にしてもらえず拗ねている子供のようにも見えた。
「なるほど、しっくり来ました。このご両親だから、ご主人様はそうなったのですね」
「俺様は両親を見てそう言われるのが、この世で二番目にキライだ」
頭を掻いて、遊乃は家の奥へと歩いていく。剣を置いたり、着替えたりで自室へ戻るためだ。
「ご主人様」
「なんだ」
肩越しに遊乃が振り替えると、リュウコは
「お着替えですか、お手伝いしますよ」
「アホか! 一人で出来るわ!」
「そうよリュウコちゃん。あんまり甘やかすと、遊乃のためにならないのよ」
「そうそう。男は一人でなんでもできるくらいにたくましくなきゃだぞ、遊乃」
ねーっ、と笑顔を付き合わせる二人。能天気な両親の態度が、遊乃の神経を逆撫でする。特に、リュウコという未知の存在が表れてこれなのだから、尊敬すらするほどだ。
もちろん、それが自分にもしっかり遺伝していることなど、遊乃は自覚していないが。
遊乃はブレザーを脱ぎ捨て、剣と一緒に自分のベッドに放り投げると、クローゼットからジーパンと黒いTシャツを取り出し、ラフな格好に着替えて、先程の問答をやっていたダイニングに戻った。
すると、そこでは台所で並んで、リュウコと共に料理をしている母の姿と、テーブルに座って、その後ろ姿を楽しげに見つめる父の姿があった。
「いいなぁ。ずっと娘がほしかったんだよねえ、僕」
「ふざけんな。今更妹なんて作りやがったらグレるからな」
遊乃は、優作の前に座り、頬杖を突いてそう言った。
「わからん。僕と母さんのらぶらぶ具合見てるだろ?」
「だからイヤなんだろうが」
「どっちにしても、今日からはリュウコちゃんがいるんだろ? 賑やかになるなぁ」
「寮に越す一週間だけだがな」
「遊乃だけで行くんじゃダメなのか?」
「親父受け入れるの早すぎだぞ!」
すでにリュウコを猫っかわいがりしている父親から視線を外し、料理をしているリュウコを見る。だが『遊乃を覇王にする』以外の記憶を失くしているだけあり、料理はできないのか、ノエルから教わりながら、おぼつかない手付きを見せていた。
「いい、リュウコちゃん。この玉ねぎは半分に切ってから、繊維を断ち切るように切ってね」
「かしこまりました」
リュウコはその腕をドラゴンのものに変え、一瞬で玉ねぎを切り裂いてみせた。
「おいおい……」
そのあまりに常識知らずな光景に、遊乃は思わず額を押さえて呆れた。いくら脳天気な両親でも、腕がドラゴンのそれに変われば、慌てふためくと思ったからだ。
「すごいじゃないリュウコちゃん! それ、どうやってやってるの?」
「どう、と言われても。私には、呼吸するように自然なことなので、よくは……」
「いやぁ、人間いろんな特技を持ってるもんだなぁ」
「おいおい、それでいいのか二人共……」
楽で助かるがよぉー、と思いながらも、両親の能天気具合が想像以上だったことに、ほとほと呆れ返る遊乃。
しかし、こんな二人だからこそ、遊乃は臆面もなく『世界制覇』という夢を掲げられているのだということを、当然わかっていない。
もしもこの二人がもっと真面目ならば、そもそもそんな夢は抱いていなかっただろうし、抱いていたとしても否定されていただろうからだ。
そんな能天気な家族と、メイドのやりとりを見ながら待っていたら、一時間ほどで晩飯ができあがった。
ビーフシチューと、バケットにサラダ。特にビーフシチューは、遊乃の好物である。
「不本意だけど、息子が夢の第一歩を踏み出したんですもの。親として、最大限の祝福をしなくちゃね」
笑顔で皿を並べ、遊乃の頭を撫でながら、ノエルはそう言った。
遊乃はその手を優しく退けながら
「ふんっ」
と、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「まったく、遊乃ってば照れちゃってぇ。こういうところはまだまだ子供なんだから」
「ほんと、ノエルに似て可愛いところがあるなぁ」
「あなたに似たのよぉ」
と、猫なで声でいちゃつき出す両親に、遊乃は机を叩き
「いいからとっとと座らんか! 飯が冷めるだろうが!」
「なるほど。ご主人様は照れ屋。覚えました」
「覚えんでいい!!」
やっと四人が食卓に着き「いただきます」と手を合わせ、食事が始まった。
リュウコは木製のスプーンを持ち、おずおずと、ビーフシチューを口にする。そして、もにゅもにゅと咀嚼し、飲み込んで、一言。
「お、美味しい……」
「やったぁ!」
「さすがノエル!」
と、ハイタッチをする両親。
「今まで食べたものなんて、記憶を失くしているから覚えていませんが……きっと、今まで食べたもので、一番美味しいです、これ……」
リュウコは珍しく、言葉がたどたどしくなっていたが、一心不乱にそのシチューを食べ始めた。
「とても爽やかな酸味……肉だけでなく、野菜にまで濃厚な味わいが広がっていて、食べれば食べるだけ、お腹が空いてくるようです……」
「ウチで採れたトマトを使ってるの。風祭印のトマトは、クラパス領内の高級レストランでも使われる逸品よ」
「なるほど、この夏の涼風みたいに爽やかな酸味は、トマトが引き出しているのですね」
メイドとしての勤めなのか、料理を覚えようとしているリュウコは、ノエルの話を真剣に聞きながらも、スプーンを止めない。
ノエルがどれだけすごいのか、横で語る優作も交えて三人で話しているのを横目に、遊乃は小さく笑った。この様子なら、心配はなさそうだな、と。
■
「はぁー、食った、食った。ごっそーさん」
その後、遊乃とリュウコで三杯ずつシチューをおかわりしたところで、食事の時間が終わった。
「はい、お粗末様でした。遊乃、お風呂湧いてるから、入っちゃいなさい」
「へいへい」
遊乃は立ち上がり、ダイニングを後にして、風呂場へと向かった。
脱衣所のかごに服を突っ込み、裸になって、風呂場のドアを開ける。中は檜風呂。風呂好きのノエルがこだわり抜いたものであり、湯船にはいっぱいのお湯が張られていた。
「はぁー、やれやれ。いろいろあって疲れたなぁ……」
椅子に腰を下ろし、桶に湯を掬って、頭からかぶった。
それを三回繰り返して、全身に水を馴染ませると、石鹸を手にとって、手の中で泡立てる。
口笛を吹きながらそうしていると、なんだか脱衣所の方が騒がしいことに気がついた。
「リュ……ん――そ――に許すわけには――」
「なんだぁ? リュウコがなんかしたのか」
仕方ねえな、と立ち上がり、脱衣所の扉を開けようとした瞬間、それよりも先に扉が開き、その向こうには、体にバスタオルを巻いただけのリュウコが立っていた。
「……お前、何してる」
「ご主人様のお体を洗おうかと思いまして」
「いらんわ!! 俺様のことをなんだと思ってる!?」
「ご主人様は、ご主人様です」
そして、そんなリュウコの後ろには、慌ててリュウコのメイド服を持ってきたノエルがいた。
「ご、ごめんなさい遊乃。その、リュウコちゃんが『ご主人様の入浴を手伝うのも、メイドの使命』とかなんとか言って……」
「似てないモノマネ挟むな!」
「と、とにかくすぐに連れ帰るから!」
ノエルに引きずられ、脱衣所に戻っていくリュウコ。
遊乃は、先程まで座っていた椅子に、ドカッと勢いよく腰を下ろして、ため息を吐いた。
「あぁーッ!! めんどくせぇ!!」
しかし、今後もっと面倒なことになるとは、今の遊乃が知る由もなかったのだった。
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