第4話『危ない(かもしれない)二人』

「さて、おかえりいただく前に、まずは遊乃くんに、合格者の方々が受けたのと、同じ講習を受けていただきます」

「講習?」


 微笑むと、マリは自分のローブから、遊乃に渡したのと同じ、白いスマートフォンを取り出した。


「おぉ、気になってたんだよ。この白くて四角いの、なんだ?」


「それはデバイス。失われた技術ロスト・レガシーで作られているもので、あなたの冒険を記録したり、魔法を記憶したり、仲間との連絡が取れる優れものです。他にも機能がありますが、それは追々、中に入っている説明書を見てください。横のボタンを押せば起動しますし、充電は太陽光でできるので、半永久的に動きます」


「おっ、ホントだ」


 遊乃は、側面のボタンでスリープを解除して、画面をタップして遊び始める。


「一応言っておきますが、それは生徒手帳も兼ねています。なくしたら、再発行はできません。つまりは退学ということです」

「はいよ」


 画面から目を離さず、短い返事をする。本当に聞いているのか不安になったが、聞いていないのなら困るのは遊乃だ。だから、構わずマリは話を続けた。


「それではこれから、学園のシステムについて説明します」

「リュウコー、膝」


 そう言うと、遊乃はリュウコの膝に頭を乗せ、デバイスを手にして数分なのに、すでに寝ながらスマホを会得していた。


「ご主人様、ちゃんとマリさんの話を聞いておいたほうがいいのでは」

「知らん。お前が全部聞いとけ。俺様はこれに興味が尽きん」

「はぁ……では、マリさん。僭越ながら、私が聞いておきます」


 と、遊乃の頭を膝に乗っけたリュウコが真剣な表情で言う。あまりにもシュールな光景で、マリは面食らったが、さすがに長年生徒たちに弁舌を打ってきただけであり、すぐに気持ちを切り替え、説明を続けた。


「学園では、新人であろうと、一部ダンジョンへ放課後、自由に降りてもらいます。そこでキャファーを倒し、失われた技術ロスト・レガシーを持ち帰り、換金することで、クレを稼ぐことができます。寮で生活し、常日頃から、人類の希望として、地上を取り返すことだけを考え、生活をすることになりますからね」

「寮、ですか……」


 リュウコが、何か口ごもったような様子を見せたので、マリは何かを察したように小さく「あぁ」と、息を漏らす。


「大丈夫ですよ。あなたと遊乃くんは、近い部屋にできるよう、尽力します。剣を持つ遊乃くんと、リュウコちゃんは、できるだけ一緒にいた方がいいでしょうし」


「いえ、近い部屋、ではなく。できれば一緒の部屋がいいのですが」


「……あのですね、一応、学び舎ですので、異性が同じ部屋というのは」


「私は人間ではありません。犬を同じ部屋に住まわせる、くらいに思っていただければ」


「い、いや……それは周囲が決めることであって、あなたが決めることでは」


「私以外に、誰が決めるというのです。私はご主人様を、覇王にする使命があるのですから」


「は、覇王?」


 また新しいワードが出てきたなぁ、とうんざりするマリ。


「ええ。ご主人様は、この世を統べる覇王。だからこそ、私がご主人様をサポートせねばならないのです」


 マリは頭を抱えた。言っていることが、一切わからないからというのもあったが、どこをどう見たら、今膝に頭を乗っけてのんきにスマホをいじっている男がこの世を統べる覇王に見えるのか、疑問なのだ。


「あなた達の中に、どういう信頼関係があるのかはわかりませんが……まあ、わかりました。あなた達がそれでいいと言うのなら、許可しましょう……」

「ありがとうございます」

「なんだか、ここ数時間で新しい経験のし通しで疲れました……。初授業は一週間後からになります。朝の八時までに、遊乃くん、今日の朝に集合した講堂に集まるように」

「ご主人様、大丈夫ですか」


 遊乃はようやくデバイスをポケットにしまうと、リュウコの顔を見上げながら、


「あぁ。そっちは大丈夫だ。把握しているやつがいる」


 お前は把握してないんかい!

 と、心の中ではあったが、マリは珍しく口調を荒げた。

 そんなマリの心など、一切考えていないように、遊乃は体を起こして、眠たげに頭を掻く。


「話は終わりか、婆さん」

「婆さんて……まあ、はい、一応、伝えるべきことは、伝えましたが……」

「なら帰る。腹も減ったしなぁー」


 ソファから立つと、遊乃はなんだか寝起きのように頼りない足取りで、部屋から出ていった。リュウコも頭を下げ、部屋から出ていった。

 二人を見送り、マリはやっとそうできたと言わんばかりに、深く背もたれに体を預けて、ローブから煙草を取り出し、指先から魔法で火を出して、紫煙を吸い込む。


「……少し、早まった、かもしれませんね」


 これが異常事態であることは、長年討伐騎士を勤め上げ、功績を認められ、後任を育成する業務に心血を注いできたマリの経験でなくてもすぐにわかる。

 だが、山を抉るリュウコの力は強大。それを統べる遊乃を放っておくわけにはいかない。で、あれば、双方の利益を追求する形を取り、遊乃を監視下に置くのが、現状でのベストな判断。そう思ったのだ。


 もしかしたら、今年で自分の校長生活も最後かもしれない。

 そう思いながら、マリはとりあえず、今の一服を楽しんだ。



  ■



「あぁーッ。めんどくせえ」


 廊下に出てすぐ、遊乃は声を荒げた。

 そこでやっと自分が龍堂学園の校長室にいたことが確信に変わったのだが、声を荒げたのはそれが原因ではない。


「どうなされました、ご主人様」


 遊乃の隣を歩くリュウコが、彼の顔を覗き込むように首を傾げた。遊乃に道がわかるのか、少し不安だったが、さすがにそこまでバカではないだろうと、遊乃を信じて歩く。

 遊乃はといえば、いつか出口にたどり着くだろうと、適当に歩いているだけだが。 


「いや、なんというか。お前のことを両親やに、どうやって説明しようかと考えてたんだよ」

「両親はわかるのですが、琴音……とは?」

「一緒に龍堂学園を受けていた幼馴染。あいつのことだ、受かってるとは思うが……」


 そう言いながら、遊乃は昇降口にたどり着き、外へ出る。

 そこまでは朝の筆記試験で来ていたので、確信を持って校門まで歩くと、校門の門柱によりかかり、一人の女子生徒が立っていた。

 遊乃と同じ、応用学校(地上時代で言う中学校)のブレザーを着ているその女子生徒は、遊乃を見つけると、まるで飼い主を見つけた犬みたいに駆け寄ってくる。


「遊乃くぅーんッ!!」

「ぶわぁッ!」


 その少女は、頭の左右で小さく括られた茶髪のツーテールをゆすりながら、遊乃の顔を自分の豊満な胸に押し付けていた。

 丸メガネの奥にあるその瞳は、なぜか涙で濡れていて、腰にはリボルバーの拳銃が収められたガンベルトを巻いている。


「怖かったよぉ! ダンジョン歩いてたら、いきなりね! 光の柱が目の前をかすめてぇ!」

「うぉい離せッ、鬱陶しい! 肉の塊押し付けてくるな!!」


 遊乃は、その少女を自分から引き剥がし、深い溜息を吐く。


「なんかいろいろ不手際があった、って謝られたけど……。あれで犠牲者でも出てたら、大事故だったよぉ。なにかあったのかなぁ」


 半べその少女は、そこでやっと、遊乃の隣に立つリュウコに気づいた。


「あれ……遊乃くん、このメイドさんは……?」

「あぁ、こいつは……」

「どうも。私は、風祭遊乃様のメイド、リュウコと名をいただきました」

「は、はぁ……ご丁寧に、どうも……? 私は、音村琴音おとむらことねです……」


 リュウコと琴音は互いに頭を下げ合うと、黙ってじっと見つめ合う。

 一体この人は何者なんだろう、と二人とも考えているのだが、遊乃はこれ幸いとばかりに


「えー、琴音。こいつは俺のメイドになるそうだ。仲良くするように」


 とだけ言って、その場をあとにしようとするが、琴音はすばやく遊乃の手を掴んで、それを止めた。


「いやッ! 意味分かんないよ遊乃くん! 受験だよ!? どうしたらメイドさんが出てくるの!?」


 まったくもって正論である。遊乃も「ほんとだよな」と言いたくなったが、それをグッと我慢して、遊乃は


「リュウコ、説明」


 リュウコにすべてをぶん投げた。


「はぁ……別に、いいですけれど。ご主人様から説明した方が、いいのでは」

「めんどくさい。腹が減った。これ以上の理由がいるか」


 それ以上、何かを言うのは無駄だと思ったリュウコは、仕方なく、遊乃の代わりに琴音への説明を始めた。

 今日何度目だろう、と内心でうんざりしながら。

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