第3話『龍堂学園への入学を許可します』

 なぜ、などと遊乃は考えていたが、そもそも当たり前の話である。


 常識のある人間なら、試験会場に穴を開けたりしない。


 そもそも、このダンジョンは人類を救った立役者、トランフル・クラパスが最後に戦ったダンジョンこと『楔の祠』であり、それを破壊するのは、国辱と言っていい罪ですらある。


 だから、遊乃の目が覚めたとき、そこが牢屋ですらなかったのは、温情というより企みを感じさせるほどだった。


「起きましたか、マスター」


 いきなり目の前に、整いすぎている顔が飛び込んできて、遊乃は少し体が跳ねるくらいには驚いた。


 どうやら、リュウコに膝枕をされていたようで、後頭部が柔らかくてふかふかした感触で包まれていた。


 すこしその感触を楽しむために、遊乃は頭を動かしてみる。


「……ご主人様は、えっち。覚えました」


 リュウコの軽蔑を隠そうとしない視線に、遊乃はニヤリと笑いながら、頭を起こした。


「男はみんなそうさ。ここはどこだ」


 遊乃はソファに寝ていたらしく、周囲は明らかに先程までと違う室内だった。

 革張りの高級ソファとローテーブルの応接セットと、周囲には書類を収納するキャビネットなど、どうやら仕事をするスペースであることがわかる。


 そして、部屋の奥、窓際のデスクには、黒いローブを羽織った老女が一人、ニコニコと笑いながら、遊乃とリュウコを見つめていた。


「……あっ、面接の時にいた、ばあさん」


 その老女は、遊乃に「将来の夢はなんですか」と質問してきた老女である。


「数時間ぶりね。あなたのことは、とても印象深かったからよく覚えているわ。風祭遊乃くん」


 彼女は立ち上がると、テーブルを挟んで遊乃達の正面に置かれたソファに腰を下ろし、そして自身の胸に手を当てた。


「どうも、私はマリ・ショルトー。龍堂学園の、校長をしているものです」

「ふぅん、あんたが校長。だったら話は早い。責任者を呼びたかったところだ。さっきのあれは一体なんだ。なぜ俺様が攻撃されなきゃならん!合格第一号だろうが!」

「即、殺されていないだけありがたいと思ってください……。入試でダンジョンに穴を開けるだけでも前例がないのに、そこで隠し部屋を見つけて、剣とドラゴンを名乗るメイドを、見つけたですって?」


 なんで知ってるんだろう、そう遊乃が思っていたら、リュウコが隣で「知っている範囲で私がお伝えしました」と恭しく頭を下げていた。


「ちょっと、あまりにも前例がなさすぎて、私もどうしていいのか、判断に困るところです……。参考までに、なんですが、隠し部屋というのは、どうやって見つけたのですか」

「いや、別に大したことはしてない。落とし穴に落ちたから、もっと深く落ちてみようと思っただけだが」


 遊乃の言葉に、なぜか校長だけでなく、リュウコまで信じられないものをしっかりと見ようとするように、目を見開いて、遊乃へ視線を集めていた。


「な、なんだよ」

「ご主人様……何を言っているのか、よくわからないのですが」

「落とし穴に落ちたから、もっと深く落ちようとしたって、それは結局、ただ落ちただけでは?」


「いや、一度ブレーキかけて、落下を止めたんだよ。上に戻ろうかと思ったんだが、下に何かあるんじゃないか、誰も見たことないんだよな、とか思ったら落ちたくなって。あるだろ、そういうこと」

「「ないです」」


 リュウコとマリの声がシンクロし、遊乃は首を捻った。好奇心が刺激されたら、命を放り出しても惜しくないと思っている彼にとっては、おかしくない選択なのだ。


「……話を戻しましょう。私には、理解できる気がしません」


 そう言って、マリは咳払いをして、一つ大きな息を吐いた。


「その一。風祭遊乃くん、あなたには国辱罪を適用される可能性があります」

「なにそれ?」

「この国を侮辱したり、国に害をもたらした者に適用される罪ですね。懲役五年、あるいは四〇〇万クレの罰金」

「はぁ!?」


 遊乃は立ち上がると、机を叩いて身を乗り出した。


「そんなことされたら、世界制覇が遅れるだろうが!」

「それは知りません。……しかし、本題はここから。もしも条件を飲んでいただけるのでしたら、罪は取り消して、あなたを龍堂学園に迎え入れたいと思います」

「ほう、なんだ、言ってみろ」


 遊乃は背もたれに体を預け、足を組んで胸を張る。どうして、そこまで偉そうでいられるのか、マリは不思議だった。


「簡単です。その剣と、リュウコちゃんを、学園に渡してくれるだけでいいのです」

「剣と、リュウコをだと?」


 頷き、マリは神妙な顔を作った。大人がそういう話をするとき、大抵碌でも無い話だと知っている遊乃も、同様に険しい顔になる。


「ええ。リュウコちゃんの力、それが本当にドラゴンのモノであるかはともかくとして、あの力は危険すぎます。山を貫くほどの魔法と、空を飛ぶ力があれば、都市船くらい簡単に落とせるでしょう。そんなものを、素人であり、子供であるあなたに持たせておくのは危険だということです」

「なるほど? まあ、言わんとする意味はわかる」


 案外遊乃が素直に頷いたので、マリは人知れずこっそりとため息を吐いた。彼の性格ならダダをこねることも充分に考えられたので、実力行使をしなくて済んだと安心したのだ。


「まあ、俺様は正直、リュウコの力なんぞなくてもいい。剣は少し惜しいがな。渡すだけで学園に入学できるというのなら、それは願ったり叶ったりだ」

「では、渡していただけるのですね?」

「が、それとこれとは話が違う」


 遊乃は、その鋭い眼光で、マリを睨んだ。


「リュウコは俺様の所有物じゃない。リュウコは、リュウコだ。こいつがどこに行くかは、こいつが決める」

「なるほど、私が決めてもいいと」


 自分のことだというのに、今まで口を挟まずにいたリュウコが、そこでやっと口を開き、そして――


「でしたら、私はご主人様のそばを離れるわけにはいきません。この身は風祭遊乃のもの。剣も同様です」

「……罪人として、捕まることになってもですか? あなたの夢は果たせなくなりますよ」


「ふん。本来、リュウコが空を飛べる時点で、半ば叶ったようなもんだ。今までは、討伐騎士テンプルナイトにならねば、地上に降りる手段がなかったから目指していただけ。リュウコがいれば、目指す必要もない。ただ、罪人だと追われるから、それは面倒だがな」


「だったら……」


「だが、面倒なだけだ。俺様は捕まらん。足には自信がある」


 なぜか、マリはこの時点で、遊乃に飲まれかけていた。

 この少年の言葉は本気であり、自分ができることを、ただ口にしているだけ、そう思わせる何かが、未だ騎士ですらない少年が持っていた。


「……わかりました。なんとなく、あなた達はそう言うと思っていましたからね」

「やるか」


 遊乃は、すでに腰に下げてあった剣に手を置いていた。リュウコと共に拾ったものではなく、最初から持っていた愛刀である。


「いえ。もともと、実際に穴を開けたのはリュウコちゃんですし、ダンジョンに隠し部屋があったのは、私達学校側の不手際。ごめんなさいね。リュウコちゃんがほしかったから、嘘を吐いたの」

「あー、そうかい。だったら最初からそう言え」


「まあ、最終面接のようなものだと思ってください。ドラゴンの力は強大。プロの討伐騎士が大隊を組んで討伐しなければならないほどのキャファーです。それも、人型になれるキャファーとなると、その希少性は非常に高い。あなたを怒らせて、クラパスを沈めるようなバカはしないつもりです」


「俺様だって、都市船を減らす趣味はない。そんなことしたら、見て回る世界が減るだろうが」


 そう言うと、マリは微笑んで、テーブルに先程遊乃が拾った黒い剣と、白いスマートフォンを置いた。


「おめでとう、風祭遊乃くん。あなたは合格よ。特例として、討伐騎士育成学校、龍堂学園への入学を許可します」


 その言葉を聞いて、遊乃は剣とスマートフォンを手に取り、


「俺様なら当然だ」


 と、笑顔一つ見せない。

 可愛くない。喜ぶと思っていたマリは、少しだけがっかりしながらも、遊乃が歩もうとしている険しい道を思うと、すぐにそんな気持ちは消え失せた。


 世界制覇。

 誰もが口にするのを躊躇い、恥ずかしがるほどの、大きすぎる夢だから。

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