第4話

 ルオヤン城外から数里離れた霊廟。代々の皇帝を筆頭に皇族を弔う為に作られ、丁度一部だけが台座のように平原になっていることから、この霊廟は高平陵と名付けられていた。


 玉座と皇帝の居住区を除けば、ルオヤンで最も神聖な場所と言ってもいいが、高平陵は代々皇太子が祭祀を行うことが慣例上決まっていた。


 代々の皇帝が祭られた霊廟は、次期皇帝となる皇太子が祭祀を行い、代々の皇帝の霊験を受けて皇帝としてふさわしい風格を身につける為に、初代皇帝がそのように定めた慣例であった。


 故に、霊廟の管理は全て皇太子が行うが、同時に皇太子以外は皇帝と皇后、皇太后らを除けば誰一人立ち寄ることが出来ない場所でもある。


 例え、宰相であろうと大将軍であろうと、この場所に立ち入ることは禁じられていた。


「なんとか逃げ出すことが出来ましたな」

 

 一息付いて、マオがシエン公に水筒を手渡すと、シエン公は手渡された水筒に口を付ける。


「まさか、ここに逃げることになるとは思わなかった」


 水を飲みながら、シエン公は黒い龍を模した鋼の巨人を眺めてそう言った。

 

「おかげで、コイツを仕上げることができたが、隠れ家になるとはな」


 見上げた漆黒の龍は、何も語らない。シエン公が極秘裏に復元した黒龍ヘイロンの工房は、高平陵の地下深くにある空洞に作られていた。

 

 この伝説の機動兵器を復活させるにあたり、太陽系連邦軍や、太陽系連邦軍に通じている者達に知られぬ為に、シエン公らは様々な場所を検討した。

 

 ある日、高平陵全体を調査した結果、巨大な空洞があることから、高平陵の整備に合わせて職人を集め、規模は小さいが機動兵器を一から作りだせるほどの秘密工場としたが、それがガイオウによるクーデターの隠れ家になったことは皮肉というしかなかった。


「ですが、連中もここには手出しはできますまい」


「それは分からん」


 水筒の水を飲み干すと、シエン公はいつもの闊達さではなく、どこか冷徹で冷めた顔つきでそう言った。


「ガイオウはゼウォルを斬り殺した。その時点で、奴らは手段を選ばんぞ」


 良き部下であり戦友であったゼウォルを焚きつけ、ガイオウは自らの手でゼウォルを斬殺した。

 だが、焚きつけたという意味では自分も同罪であるという罪悪感がシエン公にはあった。

 

 あの後、執務室にある脱出口から宮中から逃亡し、この工房へとたどり着いたはいいが、ゼウォルだけではなく多くの食客や部下達がガイオウ一派と太陽系連邦軍の手で殺害され、監獄送りにされている。


「多くの者を死なせてしまったな」


 謀略を使ったことが皆無であった訳では無い。だが、それは外敵である太陽系連邦と、反乱を起こした諸侯や軍閥という明確な反逆者達に対してであり、味方を謀略の材料にし、殺すような禁じ手を使うようなことはしなかった。

 

 国家は謀略によって存続するのではなく、信義によって成立する。

 事実上の宰相職を勤め、皇帝となり得る立場であるからこそ、シエン公は味方を謀略の駒にするような行為を戒めてきた。


 シュテンやラデクが自分達に対抗する為に、様々な策謀を行っていたことはシエン公もある程度は把握していた。

 だがその策謀をうかつに取り締まれば、逆に太陽系連邦軍につけいる隙を与えかねない。


 だが、その配慮も今となってはシエン公自身の甘さというしかない。


「責任を感じておられるのであれば、今は道を切り開くことが先決ですぞ」


 タブレットを片手にマオはそう言った。


「こうなったのは殿下の責任ではありません。太陽系連邦軍と手を組み、乱を起こすなど、盗賊を家に入れるようなもの。そんな無謀な手段を選んだガイオウ公も大概ではありますが、仮に天下を取ったとしてもソレが存続するとは思えませんな」


 太陽系連邦とどんな取引をし、内乱を起こしたのかはマオも分からないが、その代償は決して小さなものではない。

 ましてや、政変において外敵の助力を得るのは論外というしかなかった。太陽系連邦は帝国よりも巨大で尋常ではないほどの軍事力を有している。

 

 無茶な要求を行えるだけの軍事力と、それを生み出し、運営出来る国力は帝国を凌駕しており、その力が途方も無いからこそ、今こうしてアルタイル帝国は太陽系連邦と城下の盟を誓わされ、軍を養わされている。

 

「奴らがどんな取引をしたのかは分かりませんが、少なくとも現状が悪化することはあっても、好転することはありますまい。太陽系連邦ヘリオスの連中を懐柔出来るのであれば、我らはとっくの昔にそうしていました」


 太陽系連邦との和睦、そして一応講和を成し遂げたとはいえ、太陽系連邦は日増しに増強され、帝国は日増しに弱体化している。


 軍事力の格差は広がる一方であり、数はともかく質において、帝国軍は太陽系連邦軍に対抗する力を持ち得ない。

 

「凌駕するどころか、対抗する力すら無い帝国が太陽系連邦ヘリオスと手を組んだとしても、それは融和ではなく完全なる隷属への道です。そうなれば、より多くの民が苦しむことになるでしょう」


 マオの言葉はシエン公の心中へと突き刺さる。全ては帝国臣民の為。臣民あっての帝国であることを誰よりも説いてきたのはシエン公自身であった。


「我らは殿下にお仕えするのは、殿下への忠節と共に、殿下と同じく志を一つにし、帝国臣民を守る為です。それに、このガイオウ公の乱が長引けば、さらに多くの食客達が捕らえられ、命を落としたとしても、それは殿下の責任ではありません」


 普段は人を食ったかのように飄々とし、深謀遠慮な策を実行させ、時には大胆にも前線で艦隊指揮を執る猛将。

 だが、兵士達や部下、食客達の死を嘆き、彼らの為には時には涙し、時には物言わず死後に報償を行う情の深い人物。

 

 それが、マオ達一万人の食客達が仕えるべき、アルタイル帝国の皇太子であるシエン公という人物である。

 

「おちおち、落ち込んでいる暇も無いと言うことか」


「ゼウォル卿を死なせたのは私にも責任がございます。それに、奴らにとっては切り札になるものがここにはあります」


 マオが黒龍ヘイロンの足を叩きながらそう言った。


 漆黒の龍人は何一つ語らず、ただ巨体を直立させている。だが、一度目覚めれば、このルオヤンを灰にするだけの力を秘めている。

 一つの惑星を破壊するには充分なほどの大量破壊兵器、それがこの怪物の本性だ。


「こいつを使う気か?」


「脅しにはなるでしょう。ですが、こいつを動かす時は、我らもただではすまないでしょうが」


 黒龍ヘイロンの復活を主導しただけに、マオにはこの怪物を目覚めさせる意味が破滅でしかないことを知っている。


「まだ、負けたわけではございません。それに、我らが初めからスンナリと事が進んだことなどありましたか?」


 マオが言うように、シエン公のやってきたことは安楽な道などはなかった。地方反乱の討伐、宮中での権謀術数の日々、仕舞いには第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦という大戦争。

 

 大将軍となっても、太陽系連邦軍との折衝とアルタイルを守る為に地方軍閥の平定の日々。


 心安まる日など数えるぐらいしかなく、難題をひたすらに解決しては、新しい難題を解決してきたのが今まで歩んできた道であった。


「容易き道は、我らの道に非ずだ。まだ負けたわけではない。その通りだ」


 柄にも無い態度を取っていたことに苦笑しながら、シエン公は立ち上がり、黒龍ヘイロンの脚の部分に触れた。

 冷たい鋼の装甲は、電子銃ブラスターも容易にはじき返し、剣や槍が逆に折れるほどだ。


 一機で戦局を変えてしまえるほどの力を持つ、この黒龍ヘイロンを使い、交渉と謀略の材料にすれば、苦境は脱することは出来るだろう。

 

「どうやらこいつに乗る男がやってきたようですな」


 マオが笑いながら手を差出す先には、兵士の格好をした愛娘のお気に入りが息を切らしながらやってきた。


「良く来てくれたなレイタム」


「遅くなり申し訳ありません殿下」


 全力で走ってきたからか、レイタムはすっかり息が上がっていた。大きく息をし、呼吸を整えながらも背筋を伸ばして主君と対峙している。


「その格好はどうした?」


「シャオピンがやられたことから、ガイオウ公の兵士を一人さらって、衣服を交換してきました。おかげで、ここまで何の障害も無く、辿り付けました」


「シャオピンは無事か?」


「あちこち負傷しておりましたが、無事です。今は姫様と共に郊外の隠れ家におります」


 シャオピンの安否と共にアウナの無事も伝えると、シエン公はレイタムに抱きついた。


「無事で何よりだった」


「やめてください殿下。お言葉ですが、男に抱きつかれる趣味はございませんので」


 その言葉に、シエン公はすぐにレイタムから身を離す。


「相変わらずお主は口がアレだな」


「殿下こそ、こういう時でも冗談を忘れらぬのは流石ですよ」


 レイタムは口に衣着せぬ男だが、逆に今はこのやりとりがありがたかった。全てが逆境の中では、こうした事態でも動じぬ者の存在は貴重だ。


「言うではないか。だが、本当によく駆けつけてくれた。そして、アウナを守ってくれた」


 神妙な顔つきで、シエン公はレイタムに頭を下げる。だが、先ほどのようにレイタムは軽口は叩かなかった。

 

「私に頭を下げるのであれば、シャオピンに下げてください。危険を顧みずに、私と合流したのはシャオピンの功績です」


「ああ分かっている。それより、お主に任せたいものがある」


 シエン公が手を伸ばした先には、漆黒の龍を象った鋼鉄の巨人がそびえ立っている。


「高平陵の地下に何故強襲特機が?」


 強襲特機はアルタイル帝国軍で使われている人型の機動兵器だ。地上や空は無論のこと、宇宙空間も自在に戦闘を行うことが可能で、主に拠点制圧に使われることが多い。

 超鏡面装甲で覆われた機体は、レーザーやブラスターを容易にはじき返すことから防御力が高く、一方で製造費用が安いことから、帝国ではあちこちで流通しており、少年兵の頃からレイタムも強襲特機に乗り、戦っていた経験を持つ。


「これが、我らの切り札だ」


 自信満々にシエン公は言うが、第一次シリウス会戦で連邦宇宙軍の主力戦闘機に劣勢を強いられたことを聞いているレイタムは首をかしげた。


「こいつがですか? 強襲特機では太陽系連邦ヘリオスの連中に勝てないとおっしゃられていたのに」


 強襲特機は拠点制圧用の兵器であり、連邦宇宙軍のように艦載機として圧倒的な機動力で攻撃する兵器ではない。

 開戦当初は超鏡面装甲で連邦宇宙軍の主力戦闘機を押さえ込んだこともあるが、連邦宇宙軍がレーザー水爆、レールガンを活用した戦術に切り替えてからはほぼ一方的に撃破されてきた。


 レイタム自身、強襲特機で沢木らと幾度か模擬戦をやったことがあるが、十回やって七回負けるほどの差を付けられていたほどだ。


 それだけに、何故主君がたかが強襲特機を切り札と呼ぶのかが分からない。


「レイタム、お主はを知っているか?」


「太古の昔に宇宙を飛び交い、オリオンを支配していた神話の時代の話ならば」


 帝国が生まれるよりも、さらに遠き時代の話。殆どがおとぎ話として扱われるが、オリオン腕を支配していた文明が生み出したとされる伝説の兵器、それが超人機である。


 当時、千年続いた大乱を超人機はたった一年で終焉に導き、さらに千年もの平和と安定の時代を生み出し、その後再び大乱をもたらしては長きにわたる戦乱の時代を生み出したとされる。


 神話では星を砕き、恒星をも破壊し、単体で星々を駆け巡ったという想像しがたいほどの記述があるほどだ。


「ですがアレはおとぎ話と聞いております」


 レイタムは首都星に来て、シエン公の食客兼書生として勉学に励んでいたが、この時代についてはあくまで神話、口が悪い者は「おとぎ話」と呼び、史実として見なされていない。


 超人機の伝説に至っては、流民の子供ですら知っている話ではあるが、現物が無い為に存在そのものが疑問視されている。


「超人機も、あの伝説の時代も私が学んだ限りでは神話の領域からは出ていないということで、結論が出ているはずです」


 流民の子供ですら知っている話であるだけに、その存在についてはいくつか議論と論争があったこともレイタムは学んでいたが、最終的に帝国における学者達の結論として「神話」ということが、帝国が建国した時に定められた。

 語ることは禁じられていないが、史実ではなく、あくまで神話、伝説の出来事という結論から、史実と呼ぶのは禁忌とされてきたほどだ。


「よく学んでいるな。だが、お主には言っておこう。それは嘘だ」


 主君が堂々と、帝国が定めた歴史を嘘と言ったことにレイタムは驚きを隠せなかった。


「では、あの話は全て史実であると?」


「伝説の時代は存在した。そして、超人機もだ。神話などではない。星を砕き、恒星をも破壊する力を秘めた超兵器がこの黒龍ヘイロンだ」


 見た目は黒く染められた強襲特機にしか見えないが、超人機と言われると、どことなく強襲特機とは違う、不思議な風格とまがまがしさを感じる。

 死と闇を印象づけるほどの黒色ではあるが、同時に装甲の光沢が、それを打ち消そうとし、美しくもあり醜くもある奇妙な存在感を発しているようだ。


「本当にこれが超人機なのですか?」


「今更虚勢を張っても意味はないぞ。これを動かす者に、隠し事をするほど悪趣味になったつもりはない」


 シエン公の眼光がレイタムへと向けられる。穏やかな口調とは対照的に、まるで瞳を射貫くかのような視線に、レイタムはたじろいでしまう。

 

「私がですか?」


「他に誰がいる。一万の食客の中で、強襲特機を乗りこなせるのはお主だろう。こいつは強襲特機ではないがな」


 神話、伝説、おとぎ話、そのように散々聞かされた話が現実で、その副産物が実在した。

 あまりにも唐突で信じがたい話ではあるが、この期に及んで虚勢を張る主君ではない。

 

 太陽系連邦軍とガイオウに対抗する「切り札」の存在に、思わずレイタムは身震いした。

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