黒龍始動

第1話

「まだ、奴らの行方は判明しないのか?」


 ルオヤン城の大将軍府の一室にて野太い声で、ガイオウ派の将軍や、アルタイル方面軍の指揮官たちが集まる中で、モーガンが叫ぶ。

しかし、叱責というよりも単なる罵声に、前都督のセイエイと、右都督のシュテンも顔にこそ出さないが不満を抱いていた。


「奴らを何千人殺そうが、肝心のシエン公に逃げられては何にもならんだろうが! 貴公らは本気でやっているのか?」


 シエン公を追い落とすクーデターは、元々モーガンがガイオウらに呼びかけ、実行させた。のらりくらりと交渉を行い、一筋縄ではいかぬシエン公を排除し、ガイオウの即位を後押しすることでガイオウ派の将軍や文官達を動かし、太陽系連邦による干渉を強めるためだ。


「すでに、シエン公は廃嫡されております。今更焦る必要性はないと思われますが?」


 ガイオウの息子であるシュテンが、モーガンへと反論する。すでに、シエン公はハモン三世より、廃嫡されていた。

 シエン公に属する食客たちの中で、官職についていた者たちもすでに免官されていた。


「食客たちの三割は無力化され、宮中からも追い出され、逆賊と化しています。宮中はすでに我らの手の内にある。慌てる必要はありません」


 シュテンが言うように、皇太子ではなく、それどころか反逆者として帝国のお尋ね者と化しているシエン公に逆転する目は残っていない。

 軍も宮中もすでにガイオウ派が制圧しており、流民の八割をセイエイが虐殺することで彼らが一斉に蜂起することも未然に防ぐこともできた。


「衛星軌道上には艦隊も配備されております。ルオヤンは現在我らの手中にある。外からはもちろん、内から逃げ出すことすら不可能。何を焦っておられるのか」


 宮中と各基地を制圧し、衛星軌道上には、帝国軍と太陽系連邦軍第3艦隊が配備され、完全に封鎖している。

 通れるのは、太陽光と宇宙線ぐらいと軽口を叩く者がいるほどだ。



「では聞くが、貴公らは我々に負けると思って、第二次プロキシマ会戦に挑んだというのか?」


 痛烈な皮肉ではあるが、その言葉は鋭いとげのようにガイオウ派の将軍や軍師たちの心を射抜いた。


「第一次シリウス会戦も同じく、貴公らは勝つつもりで挑んだはずだ。ところが結果はどうだった? 我らが太陽系連邦軍の勝利で終わった。貴公らは数で劣る我らに蹂躙され壊滅したではないか」


 数で勝りながら、二度に渡る大敗で帝国の権威は失墜し、弱体化した結果、こうして今ではこうして太陽系連邦軍の支配下に組み込まれている。

 

「シエン公が死に体であることは、すでに分かり切ったこと。問題なのは、あの男がそう簡単に諦めてしまうようなたやすい男ではない。そうであれば、貴公らも我々と手を組むことなどなかったではないか?」


 モーガンの主張は、侮蔑と嫌味が混じっているが、同時に真実も隠し味程度ではあるが混ざっている。

 シエン公という人物がたやすくどうにでもなるような人物であるならば、とっくの昔に誰かかが単独で陰謀を練り上げ、失脚、あるいは暗殺といった謀略を使っていたであろう。

 

「奴は単なる運の良さではなく、実力で大将軍となり、各地を平定し、国内を統一して太陽系連邦と折衝を行い、皇太子にまでなった。確かに我らは優勢ではあるが、まだ勝利したとは言えない。違うか?」


 珍しく正論を唱えるモーガンの主張に、シュテンも押し黙ってしまう。セイエイもラデクも不機嫌ではあるが、異論を唱えるようなことはしなかった。


 状況は有利であっても、完全に勝利したとは言えないことは薄々ではあるが彼らが一番理解している。

 

 帝国を復興させた傑物の死を確認しなければ、どれほど優勢であっても状況が覆る可能性が存在しうる。

 たやすくどうにかできるのであれば、彼らとて太陽系連邦軍と手を組むという選択肢を取ることは無かったであろう。


「……モーガン殿のおっしゃることは十分に承知しております」


 沈黙を保っていたガイオウの言葉に、全員が一斉にして黙り込んだ。


「我らが優勢であることは間違いない。ルオヤンはすでに我らの手に落ちており、皇帝陛下直々の勅命も得ている。軍もすべて我らの支配下にある。この優勢を疑う余地はない」


 怒鳴り散らし、不機嫌を隠さないモーガンと比べ、落ち着き風格を醸し出しているガイオウの言葉に、一同が納得しながら頷いた。


「だが、モーガン殿の言うようにまだ勝ったと決まったわけではない。我らの優勢は動かしようがないが、戦いに絶対などというものは存在しない。優勢であるからこそ、それに慢心するな。貴公らが相手にしているのは、この状況の中でも、最終手段を持ちながらそれを行使する覚悟を持った男だ。心しておけ」


 決して激昂することも、悲観論も唱えることなく、ガイオウの言葉は一同を落ち着かせた。先ほどまで怒鳴り散らしていたモーガンとはあまりにも対照的な佇まいは、大将軍にふさわしい将器がある。

 ラデクやセイエイ、そしてシュテン達の慢心と不満を打ち消すには充分なほどであった。


「流石は大将軍殿だな」


 唯一不満げな顔をしていたモーガンは悪態をつくようにそう言った。


「我らは勝利した訳ではない。その通りではあるが、今必要なのは、我らの勝利を確定させる為の方法だ。これが無くては意味が無い。ご高説を聞く為に我らはここに集まっているのではないのだ」


 帝国軍の将軍や軍師達がやや不満げな顔になる。そもそも、この会議自体がモーガンによる要請で開かれたものだ。

 太陽系連邦軍と帝国軍が手を組むことで始まったこのクーデターだが、主導権を持ち得るのは兵力を規模で帝国軍を凌駕している太陽系連邦軍である。


「この会議は、我らの懸念事項、つまりあのシエン公を炙り足して反逆者として抹殺する為にある。あの男の首と胴体を離さない限り、我らの計画は単なる夢物語で終わってしまう。そうさせない為の方法論を私は聞きたい」


 先ほどよりも大きな怒声でモーガンはそう言った。


 散々悪態をつき、帝国軍の面々を罵倒するだけだったモーガンに不満を持っても、帝国軍はそれに逆らうことは出来ない。


 だが、大将軍であるガイオウだけが冷静なままで口を開く。

 

「すでに手を打っています」


「だからそういう話では……何?」


 全く萎縮せず、対等の立場を崩さぬガイオウが言い放った言葉の鋭さに、モーガンは信じられないという顔をした。


「どういうことだ?」


「そのままの意味です、モーガン大将。兄上、いや謀反人であるシエンをあぶり出す為の手を打ったと言っているのです」


 モーガンだけではなく、上軍師であるラデクや、息子のシュテン、前都督のセイエイらも明らかに動揺している。

 ガイオウの子や側近達ですら知らなかったのか、全員がガイオウの言葉に騒然としていた。


「一体どんな手を打ったというのかね?」


 信じられないという顔をするモーガンではあったが、この話をモーガンから持ちかけられた時からガイオウは成功する為の手段を時には選ばず、時には吟味しながら練り上げてきた。


 そして、その策は偶然ではあるが、見事に保険という形で成立していた。


「あいにくそれは極秘です。まあ、それは我々にお任せください」


 力という主導権はモーガンら太陽系連邦軍にある。だが、ガイオウは風下に立つつもりなど毛頭無かった。

 実の兄を謀反人とした時点で、ガイオウはすでに覚悟している。自分が皇帝となり、この歪な関係を変革することを。


 ***


 ルオヤン郊外にあるシエン公の用意した隠れ家からは、ルオヤンの街が見渡せている。太陽系連邦軍と帝国軍の兵士達が共に行軍し、あちこちに兵士達がたむろしている。

 

 すでに二日経過した中で、それを眺めるアウナはあまりにも当たり前になりつつある光景に深くため息をついた。


「伯父上は、太陽系連邦に帝国を売ってしまったのかしら?」


 宮殿ではお転婆姫であるアウナだが、伊達にシエン公の娘ではなく、この状況に対する危機感を抱いていた。


 すでにルオヤンは太陽系連邦軍と帝国軍が支配しているようなものだ。双眼鏡越しではあるが、何十人、何百人と、太陽系連邦軍と帝国軍の兵士たちに捕らえられている。


 中には無残に射殺された者までいた。


 先日、アウナはレイタムが自分を守るために八人もの刺客を殺したことにおびえていたが、こうも無残な光景を目撃した今となっては、感覚が麻痺したのか、そこまでのショックを受けなくなった。


 ここまで、あちこちで殺しを目撃してしまうともはや、その程度のことであると納得してしまう自分がアウナの中にいた。

 かつて父であるシエンは、決してそれを当たり前だと思うなと口にしたものだが、その当たり前に慣れてしまった自分にアウナは不愉快になってくる。


 レイタムがここを出て一晩が経過した。シャオピンはケガで療養、サイエンは策を練るためと自室にこもっていた。


 そこでアウナは一人、双眼鏡を片手に現在ルオヤンで何が起きているのかを一人眺めていたのだが、目に入ってくるのは我が物顔でルオヤンを闊歩する太陽系連邦軍と、それに付き従う帝国軍の姿であった。


 同時に彼らの蛮行も目に入ってくるのだが、理不尽を嫌う彼女は次第にこれを眺めている内に、この蛮行を止められない自分のふがいなさを痛感させられた。

 

「これが、お父様が危惧したこと……」

 争いを嫌う父ではあったが、隷従と屈服はそれ以上に嫌っていたことをアウナは知っている。

 隷従した結果が、今のルオヤンの有様であり、屈服すれば、無辜の民が殺され、流民は蹂躙される。


 父の言っていた言葉の意味がようやくアウナにも分かってきた。だからこそ、父は戦いを避けながらも、屈服も隷従もせずに対抗し続けていたことを。


「姫様、何をご覧に?」


 策を練る為に部屋に籠もっていたサイエンがやってくると、アウナは窓の外に見える無残な光景から目をそらし、イスに座ると深くため息をついた。


「外を見ていました。太陽系連邦軍が、我が物顔で横暴に振る舞っています」


 沢木ら、連邦宇宙軍の面々は実に親切で礼儀正しく、アウナやレイタムに対しても対等に接していたが、ガイオウが手を組んだ統合軍は傍若無人、というよりも無道と言った方がいいほど好き放題に暴れていた。

 

 レイタムが出て行ってから、すでに半日が経過するが、その間に太陽系連邦軍の兵士達がブラスターを幾度となく発砲していた。


 二十回を越えた当たりからアウナは数えるのを止めたが、それと同じ数の人間がブラスターの光弾に射貫かれている。


 帝国軍の兵士達は一切それを咎めず、むしろ率先して追従している始末だ。

 

 秩序を守るべき兵士達が吾先にと地獄絵図を作っていく光景に目を背けたくなったアウナだが、皇族として無道から目を背けたくはなかった。


「伯父上は、アルタイルを太陽系連邦軍へと売り渡すつもりなのでしょうか? お父様が保護しようとしていた流民を虐殺し、民を抑圧しています!」


 感情的になってしまうが、こんな無道がまかり通っている中で、自分達はそれを座視するだけで何も出来ないことにアウナはふがいなさを感じていた。


「このようなことは、許されるべきことではありません! 秩序を守る為に、太陽系連邦軍はアルタイルに駐留しているのであれば、その秩序を崩壊させているのは太陽系連邦軍です。圧倒的な力関係があるとはいえ、仮にも大将軍である伯父上が、こんな非道を許すのは道義に反しております!」


 道義もへったくれもないほどの無秩序が、眼下で繰り広げられている。皇族として民の模範たれと教えを受けてきたことから、この非道から目を背けることが彼女には出来なかった。


「姫様のおっしゃることは分かります」


 軍師として、知略と辣腕を振ってきたサイエンは、アゴをさすりながらも、アウナの澄んだ眼差しから目を背けることはなかった。


「大将軍殿は、太陽系連邦軍と手を組み、今ルオヤンを制圧した。皇太子殿下を逆賊とし、自らその後釜に座ろうとしている。この事実は否定のしようがありませんからな」


 わかりきったことを今更ながらに口にすることにアウナは疑問を持ったが、その疑問の理由が明らかになることにさほど時間はかからなかった。

 何かが爆発する音と共に、太陽系連邦軍の兵士達と、帝国軍の兵士、それもガイオウ配下の兵士達が一瞬にしてなだれ込んでくる。


 喧噪と共に何十丁ものブラスターがアウナに突きつけられる。


「これは?」


「大将軍様は、気づいてしまったのですよ。皇太子殿下、いえシエン公では帝国を守り抜くことは出来ぬということを」


 さりげなく兵士達の側にサイエンは立った。それは、彼らをここに招き入れた張本人であることを明らかにしていた。


「太陽系連邦軍と戦う? 屈服しない? そんなことはもはや夢物語ですな。それが夢物語であることを理解しないからこそ、ガイオウ公は粛清をしているのですよ」


「サイエン! あなたはお父様の……」


「私は社稷に仕える者。主は帝国であり、その帝国が太陽系連邦軍と手を結ぶことを選んだのであれば、それに付き従うは当然の行動。違いますかな? 謀反人の姫君」

 

 社稷、すなわち国家を優先せよとは父であるシエンの教えだ。帝国という国家の元で、民の反映と秩序が保たれる。

 だからこそ、差配する権利を持つ皇族は、私利私欲ではなく社稷を優先しなければならない。

 

 しかし、伯父であるガイオウの行動のどこが、国家を優先しているのかアウナには分からなかった。


 一つだけ言えることは、民を守ることを忘れた皇族と、民を虐殺する行為に付き従う臣による帝国に未来などはあり得ないということだ。


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