第3話


 首都星ルオヤンに太陽系連邦軍が駐留してからすでに十五年。


 全員が電子銃ブラスターとともに、特殊バイザーが付いたヘルメットとボディーアーマーを装備した兵士たちがルオヤンのあちこちを巡回している現状に、人々がそれなりに慣れてきたとはいえ、アルタイル方面軍は決して親しまれているとは言い難い。


 太陽系という、彼らからすれば辺境のプロキシマ、さらにそこから四光年離れたド辺境の蛮族。

 それが、太陽系連邦と連邦軍に対するアルタイル帝国人の認識であった。


 しかしプロキシマ、シリウスでの二度にわたる大敗と、屈辱的な和議は彼らを単なる蛮族から、帝国を再び蹂躙しかねない物騒な夷狄へと変質させた。


 辺境の蛮族に、二度も叩きのめされそれに屈服させられた事実は、どうやっても否定出来る事実ではなく、その後の動乱と内乱を経験してきたアルタイル帝国人にとって、太陽系連邦は畏怖されるべき存在となりつつある。


 現在、ルオヤンのあちこちに太陽系連邦軍の兵士達が検問所を作り、首都を完全に制圧していた。


「太陽系連邦軍の奴らが、ここまでやってくるとはな」


 手にした双眼鏡を片手に、レイタムは太陽系連邦軍が闊歩するルオヤンの夜景にそうつぶやいた。


 アウナと自分を襲った刺客達を皆殺しにした後、レイタムはアウナと共に、ルオヤンに作られたシエン公の隠れ家に潜伏していた。

 今回のような騒動になった場合、すぐに身を隠せるようにシエン公が食客達に命じて作らせた隠れ家ではあるが、こんな形で役立つとは思ってもいなかった。


「お兄様、私達どうなってしまうの?」


 先ほどから黙り込んでいたアウナが虚ろな目をしてレイタムに尋ねた。自分が命を狙われたこともそうだが、レイタムがその刺客達を一方的に皆殺しにしてしまったことにショックを受けているらしい。


「分かりません。一つだけ言えることは、太陽系連邦軍と手を組んでいる連中がいるということです」


 太陽系連邦軍が我が物顔で、検問を敷いて、兵士達をあちこちに配置させているのは単に連中がごり押ししたというわけではないようだ。


 帝国軍の兵士達が何名か彼らに付き従っているのを見ると、帝国軍の一部勢力が太陽系連邦軍と手を組んで謀反を仕掛けた可能性が高い。


「レイタム、ここにいたのか?」


 懐かしい声に、レイタムが振り向くと、そこには痩せた初老の男が立っていた。


「サイエン師父」


「貴様も無事であったようだな」


 サイエンはマオに次ぐシエン公の食客であり、知謀の士でありかつては上軍師を勤めていた。

 政治面のマオに並ぶ軍事面のサイエンとしてシエン公を支えており、この隠れ家を作らせたのもサイエンの進言でもあった。


「姫様は無事か?」


「そちらにおられます」


「ここにたどり着いたのは貴公らだけか?」


「どうやらそのようです」


 宮中は無論のこと、現在は食客同士の連絡すら取れていない。通信機の電源は入っているが、一切の通信が現在出来なくなっていた。


 なんとか町中を駆け抜けてこの隠れ家にやってきたが、おそらく大半の食客達は太陽系連邦軍の手で捕らえられているか、殺された可能性がある。


 通信すら出来なくなった時点で、これはただの謀反などではない。


「だが姫様が無事でよかったな」


「シエン公はご無事ですか?」


「安心しろ、殿下はご無事だ」


 レイタムがほっとすると、アウナがはね飛ばされたかのようにサイエンの元へと駆け足でやってきてサイエンに詰め寄る。


「お父様はご無事なんですか?」


「殿下はマオらと共に宮中を脱出されました。何人かの食客達が、奴らの手で殺害されましたが、殿下はご無事です」


 おてんばなで奔放な姫様ではあるが、父であるシエン公を慕っている。シエン公自身、他人からは甘やかしすぎと言われるほど彼女を甘やかしており、他人が見ればどこかずれている親子関係ではあるが、情愛がある関係なのは自他共に認めるほどだ。


「ご無事でしたか」


 安堵したアウナとは対照的に、レイタムは顔を顰める。シエン公が無事ではあるが、わずか一夜でここまで状況が悪化したことが信じられなかった。


「師父、一体何が起きたのですか?」


 自慢の顎髭をさすりながら、サイエンは表情を変えずに「シエン公は謀反を起こした」と二人に告げた。


「お父様が謀反を!?」


 アウナが驚くと共に、レイタムはより一層眉が険しくなる。シエン公がいろいろと策謀を練っていたのはレイタムも知っていることではあるが、少なくともそれは太陽系連邦に対する策謀であって、帝国に対する反乱などではなかったはずである。


「サイエン、お父様が謀反を起こしたというのですか?」


「いえ、ガイオウ大将軍がそう言っているだけです」


 大将軍であるガイオウと、シエン公の仲があまりよくはないことはレイタムも知っている。

 だが、まさかこんな汚いことをやるとは思ってもいなかった。


「師父、もしやこれは大将軍の陰謀では?」

 

「大将軍は、陛下よりの勅命を受けているとはいうが、おそらくはその通りだろう。シエン公とは昨今不仲であったとは言うが、まさかここまで悪辣な手を打ってくるとはな」


 悪辣などという言葉では計り知れない、底知れぬ悪意をレイタムは感じていた。大将軍であるガイオウはシエン公の弟であり、レイタムもシエン公の使いとして幾度となく応対したことがある。

 

 少なくとも、こうしたえげつない策謀、というよりも陰謀を張り巡らすような悪党ではなかったはずだ。


 それが、ここまでえげつない手を打ってくることに対して、あの厳格で質実堅固な立ち振る舞いが全て演技だったのか。


「現在、宮中以外は全て太陽系連邦軍と、ガイオウ大将軍の兵が都を制圧している。連中の火力は圧倒的だ。すでに、千人が殺され、二千人が捕らえられている」


 約三分の一の食客達が、ガイオウ陣営に無力化されている。その時点で、ガイオウがシエン公を本格的に排除する意思があるのが明確だ。


「そんなにやられたのですか?」


 シエン公の食客達は、腕自慢、知恵自慢、学術自慢、そして武術自慢が出来るほどの精鋭達がそろっている。

 かつて、シエン公暗殺を企んだ貴族がおり、電子銃ブラスターで武装した十人の刺客を送り込んで、シエン公暗殺を謀ったが全員がシエン公の食客によって皆殺しにされた。


 地方反乱の時も、シエン公暗殺を企んだ者がいたが、ことごとく返り討ちにし、刺客を送った側も報復で壊滅させている。


 そんな武勇伝でいっぱいな凄腕の食客達が、三千人も無力化されてしまったことにレイタムは深くため息をついてしまう。


「大将軍は本気だ。我々を本気で排除するつもりでいる。大将軍は太陽系連邦軍と完全に手を組んでいるからな」


「連邦軍と手を?」


 レイタムは怒りを通り越して呆れてしまう。それでは手を組むというよりも、それは太陽系連邦の傀儡になるのと何ら変わりない。


 シエン公はのらりくらりと、太陽系連邦の無茶苦茶な要求をはぐらかし、帝国を守ってきた。


 一つの要求を容認すれば、さらに一つどころかいきなり十は要求してくる。


 それが太陽系連邦のやり方であることを、レイタムは嫌というほどシエン公を筆頭に教えて貰った。


「ガイオウ公はアルタイルを売り渡すおつもりですか?」


「その腹づもりは分からん。だが、太陽系連邦と組んでいる以上、これはかなり不味い。ルオヤンは事実上大将軍と連邦軍の手に落ちている。ここが見つかるのも時間の問題だ」


 この隠れ家はシエン公が密かに作った代物だ。万が一に備え、シエン公と食客達だけしか知らされていない。


 だが、サイエンは先ほど説明したように、二千人もの食客達が捕まっている以上、彼らから場所を尋問や拷問を行い、場所を割り出すはずだ。


「であれば、一刻も早くシエン公と合流しなければなりません」


 シエン公と合流し、最悪ルオヤンを脱出する。連邦軍がガイオウに手を貸しているのであれば、宇宙もおそらく封鎖されている可能性が高い。

 だが、ルオヤンに潜伏したとしても、この状況を打開するだけの手があるとは思えない。


 それに、シエン公やマオならば、この最悪の状況を挽回する策を用意しているか、あるいは練っているはずだろう。

 どっちにせよ、今の状況では各個に捕まるか殺されるかの二者択一だ。


「それはかなり難しい。それを試みて捕まった者が大勢いる。ワシも情けない事に、他の連中に助けてここにやってきた。お主の腕は認めるが、流石に数が違う」


 刺客なら八人ほど返り討ちにしたが、流石に数百、数千の兵士達に勝てると思うほどレイタムは自惚れてはいなかった。


「師父のおっしゃることは分かりますが、ここで状況を眺めていても何も好転はしません。であれば、死中に活を求めて殿下と合流し、活路を作る必要があります」


 基本的にレイタムは状況を俯瞰することが性に合わない。ルオヤンにやってきて、少しは思慮深くはなったが、本質はあまり変わっていない。

 座して虜囚か死体になる道を選んだところで、それは無駄死にしか思えなかった。


「確かにその通りではあるがな……」


 サイエンも判断に迷っているが、実際のところ都はすでにガイオウと連邦軍の手に落ちている。

 そこにのこのこ出てきた場合、問答無用で捕まるか、処刑されるかのどちらかだろう。


「殿下が捕まっているならば、我々が殺される可能性は高いでしょう。ですが、殿下はまだ捕まっていないならば、奴らもいきなり殺すことはないと思われます。殿下を捕らえるならば、我々を捕らえて行方を捜すことを優先させるでしょうから」


 今のところ、殺された数よりも捕まっている人間の方が多いのは、シエン公の行方をガイオウ側も掴んではいないからだ。

 生殺与奪を有している側が、あえて生を選んで捕らえることを優先させている以上、シエン公の行方を知りたいのは公の食客や側近ではない。


 そこに案外つけ込めるのではないかと、レイタムは自分で語りながらそう思ってきた。

 

 その思考に至った中で、隠れ家の入り口がけたたましく開く。そこには、手傷を負ったシャオピンの姿があった。


「シャオピン!」


 いくつかの治療具と薬を手にしながら、レイタムは急いでシャオピンの治療を行った。

 体のあちこちに、切り傷と、ブラスターで打たれた傷がある。

 

「レイタム、生きてたか」


「お前より先に死ぬわけにはいかんよ。派手にやられたみたいだな」


 シエン公の警護を務めているシャオピンがここまでやられたことに、レイタムはショックを受けていた。

 傷は浅く致命傷は無いが、それでも出血して疲労困憊しているのか、顔色がかなり悪い。


「姫様は?」


「無事だ。サイエン師父もいる。今のところ、お前を入れて四人だけだが、なんとか無事に逃げられたよ」


「殿下はご無事だ」


「サイエン師父から聞いたよ。千人ほど、奴らに殺されたみたいだな」


 少年兵出会った頃、よく負傷した仲間を治療していた経験から、レイタムは手慣れた手つきでシャオピンを治療しながらそう言った。


「外はえらいことになってる。連邦軍の奴ら、ガイオウ公と手を組んでやりたい放題だ。流民街も焼かれ、逆らう奴らは全員監獄行きかその場で殺された」


「奴ら流民まで殺す気なのか?」


「兵家云々は全部芝居だった。奴らの本当の目的は、俺達の目を欺いて太陽系ヘリオスの連中と手を組むことだったんだよ。奴ら、帝国を太陽系ヘリオスの連中に売り渡すつもりなんだ」


 流民対策については、流民の保護を求めるシエン公と、流民を兵家という、事実上の奴隷制度を唱えていたガイオウとで意見が分かれていたが、流民を抹殺することはシエン公の政策に対するあからさまな意思表示だ。


「だが、殿下にはまだ策がある。それをお前に伝えに来た。結果はこの様だがな」


「あんまりしゃべるな。それじゃ助かる命も助からなくなるぞ」


「お前に心配されるとはな」


 減らず口を叩けるならば、当分死にはしないだろう。だが、ここまでやられた上でまだ策があることに、レイタムは改めて主君の知恵者ぶりに関心した。


「シャオピン無事か?」


 サイエンがやってくると、流石のシャオピンも「無事です」と答えた。


「殿下は今どちらにおられる?」


「殿下は現在、宮中を離れ、城外の霊廟におられます」


 霊廟とは、また上手いところに逃げたものだとレイタムは思った。流石のガイオウや連邦軍といえど、代々の皇帝や皇族を祭る霊廟には手出しが出来ない。

 霊廟の周辺はともかく、霊廟の中に入ることは皇帝以外は皇后か皇太后、あるいは皇太子であるシエン公以外に出入りが出来ない決まりになっている。


 うかつに踏みいれば、その時点で大逆罪として処刑される場所でもあり、普段から出入りする者も少なく、今ではシエン公が祭祀を担当していることから、食客達が供をしても怪しまれない場所だ。


「レイタム、今殿下はお前を呼んでいる。姫様と一緒に霊廟へと向かえ」


「ちょっと待て、姫様を連れて行くのは危険ではないか?」


飛び出しそうになったレイタムを押しとどめながら、サイエンがそう言った。


「今、外はガイオウ公の兵と連邦軍だらけだぞ。そこに飛び出せば、猛獣に肉を差し出すようなものだ。シャオピン、お主も奴らにやられたのだろう」


「どうってことはありませんよ」


「お主らはともかく、姫様の身の安全を考えろ。姫様が奴らに撃たれたらどうする!」


 シャオピンが現に負傷しているが、シャオピンほどの剛の者がこれだけ負傷し、他の食客達も殺害され、捕縛されている中で、アウナを連れ出せば死んだ食客達の道連れになりかねない。


「それに姫様が奴らの虜囚になってみろ。奴らは殿下の人質にするだろう。そうなれば、殿下をどれほどお守りしても無意味だ」


 アウナがいきなり殺されることはないだろうが、捕まった場合、シエン公に対する立派な人質になる。


 シエン公は一人娘であるアウナを溺愛している。アウナが捕まれば、シエン公も黙ってはいないだろうし、奪還を命じるか、その前に単身で乗り込みかねない。


「私なら大丈夫です!」


 自信たっぷりにアウナが答えるが、シエン公に対する人質という意味を考えると、確かに連れて行くことは難しい。

 捕まりはしなくても、彼女を傷物にした場合、別の意味で命が無くなる。 


「サイエン師父の言う通りですね。姫、殿下の元には私が一人で向かいます」


 レイタムがそう言うと、アウナがレイタムの袖にしがみつく。


「そんな! 見くびらないでください! こう見えても私、密かに武術の鍛錬を行っていますのよ!」


「奴らは兵士です。それに、先日襲ってきた刺客と違い、統率された兵士達が数百人が電子銃ブラスターで武装しています。ガイオウ公の兵ならばともかく、太陽系連邦軍が手加減するとは思えません」


 先日の刺客と戦ったのとは訳が違う。あのときの刺客達は、数を武器にレイタムを侮っていたからこそ勝てたが、初めから襲ってくる完全武装の数千名の兵士達相手に勝てると思うほどレイタムはうぬぼれてはいなかった。

 戦わずになんとか出来ても、アウナに危害が及ぶ可能性も高く、それをどうにか切り抜ける自信もレイタムには無い。


「サイエン師父、シャオピンと姫様を頼みます」


「ああ、頼むぞレイタム」


 サイエンに二人を任せ、レイタムは霊廟へと向かった。起死回生の一手を打ち、殺された仲間や囚われた仲間達を救出する為に。

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