第2話
「まずは第一弾というところでしょうか」
太陽系連邦軍アルタイル方面軍司令部にて、大将軍ガイオウ率いる軍が「行動を開始した」という報告を受け、フォッシュはそうつぶやいた。
「すでに我が軍も行動を開始している。始まってしまえばたわいないことだ」
自信たっぷりに答えるモーガン大将とは対照的に、フォッシュの目は冷ややかであった。
「勝算アリと自信を持つことは大事ですが、確定していない勝利を確定したと断言するのは敗北主義者のやることですよ」
持参したコーヒーを飲みながら、浮かれているモーガンにフォッシュは釘を刺す。当然ながらモーガンは不快な顔になった。
「それは皮肉のつもりかね?」
「我々がかつて、プロキシマを帝国軍から奪還した際に、どうやって戦い、そして勝ったのかをご存じではないのですか?」
第一次プロキシマ会戦で、連邦宇宙軍はプロキシマを奪還したが、その後に帝国軍は太陽系連邦に対する法的措置として、二万隻の艦隊を送り込んできた。
だが結果は連邦宇宙軍の大勝利に終わった。
「私はあの時、クズネツォフ提督率いる第7艦隊の作戦主任参謀を務めていました。大軍であることに浮かれて、敗北する軍の姿はそう珍しいものではありませんよ」
まだクズネツォフが中将だった頃、ナタリー・フォッシュは作戦主任参謀として抜擢され、連邦宇宙軍の大勝利の戦いに参加していた。
その体験から、フォッシュは数の有利で戦いが決まるとは思い込んではいなかった。
「だからこそ、貴官と組んでいる。忘れたのかね?」
「忘れるわけがないでしょう。故に、私の部下達はすでに衛星軌道に展開中です」
モーガンの要請を受けて、フォッシュ配下の第3艦隊は、ルオヤンの衛星軌道にて物流を押さえている。
現在、ルオヤンへの大気圏突入も離脱も出来ないようにし、誰より一人としてルオヤンからの脱出も、ルオヤンへの侵入も不可能にしていた。
「それに、今は彼らもいますしね」
先ほど、フォッシュは副官より第442空戦連隊も宇宙へと上がったことを確認していた。
精鋭である第442空戦連隊を第11艦隊から引き抜いたのは、ルオヤンの防空体制を完璧にする為にフォッシュが打った手であった。
「頼りになるのかね?」
「若手が多いですが、第442空戦連隊は宇宙軍全体を見渡しても優秀な空戦隊です。真正面で戦うのを避けたくなるほどに」
指揮官である沢木を頂点に、第442空戦連隊はフォッシュの目から見てもかなり優秀な部隊である。
全員が精鋭で固められ、練度も数々の戦いを経験したことから完全に場慣れしている。
守りに強い第3艦隊とは違い、アグレッシブでありながらも変幻自在に戦いを行う手腕はなかなかの代物だ。
「それに、彼らには虎の子の最新鋭機も配備させておりますから」
連邦宇宙軍の最新鋭機であるAEF-74バッカニアをフォッシュは第442空戦連隊に配備させていた。
現在主力戦闘機となっているコルセアに比べて、スピード、パワー、そして攻撃力と防御力が大幅に改善されているという報告が上がっている。
沢木からも、コルセアがレーシングカーならば、バッカニアは速度はそのままに戦車にした機体という意見を聞いている。
「つまり、ルオヤンは今や我らの手中にあるということだ」
再びモーガンがにやけているが、その気持ちは分からなくもない。現在、アルタイル方面軍の大半はこの日の為に兵員をルオヤンに集中させている。
第3艦隊があえてルオヤンに駐留し続けているのも、この日に備えてのことだ。この鉄壁とも言えるような布陣を破るのはかなり難しい。
「地上のことはそちらにお任せ致しますわ。私は早速、宇宙に上がります」
一礼すると、フォッシュは連邦宇宙軍の制帽を被り、その場を退出する。司令部から退出すると、それを待ち構えていたかのように、長身の黒髪のロングヘアの女性がフォッシュに敬礼する。
「ご苦労さまです閣下!」
威勢の良い声に、フォッシュは思わず微笑む。
どちらかというと、おしとやかな第3艦隊の中で、数少ないガツガツ系の女子、ミラノ・ジョルジ少佐の姿はいつ見ても飽きない。
「ジョルジ、艦隊は?」
「は! 全部隊衛星軌道上に展開中です!」
生真面目な性格から、フォッシュはあえて彼女を自分の副官にしていた。学生時代からブラスバンドをやっていただけに、声が大きいが、ハキハキとしながら手抜きをしない仕事ぶりをフォッシュは買っていた。
「第442空戦連隊は?」
「沢木大佐率いる第442空戦連隊も、先ほど全部隊が宇宙に上がったという報告が入っています」
「それは結構」
今のところ、全てが予定通りに遂行している。帝国軍はすでにシエン公を排除する為に二人の都督が行動を開始し、統合軍も大将軍であるガイオウの要請を受け、現在部隊を派遣したところだ。
後は、宇宙で逃がさないようにすればいい。だが、宇宙にはフォッシュ率いる第3艦隊が固めている。
ルオヤンの防空網はもはや、完全にこちらの手に落ちている。逃げることも、助けることも出来ない。
「閣下、一つよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
元気の良い副官の質問に、フォッシュはいつもの温和だが冷静な指揮官のように尋ねた。
「現在、ルオヤンでの政争が始まったとのことですが、これはプロキシマ方面軍司令部にはお伝えしなくてもよろしいのでしょうか?」
ミラノの質問は実に妥当だ。いくら第3艦隊がアルタイル方面軍に所属しているとはいえ、プロキシマ方面軍、というよりも連邦宇宙軍に報告しないのは道理に合わない。
フォッシュ指揮下の第3艦隊は、連邦宇宙軍に所属している。今は形としてアルタイル方面軍に組み込まれてはいるが、今回の事件の重大さは明らかに一方面軍で解決するような規模の話ではない。
「それは我々の職分ではないわ。必要ならば、モーガン大将が直々にやる。それに、今この宙域はWHNの通信障害が起きているはずよ」
人類が光速を越えた時、人類を一番悩ませた問題は通信の問題である。光も電波も、単一惑星間、あるいは太陽系内部だけならばかろうじてリアルタイムでリンクが出来たが、光年単位の距離になると、そのまま通信するだけで年単位の時間がかかる。
そこで開発されたのがWHN、ワームホールネットワークと呼ばれる通信網であった。
空間の一部にトンネルを作り、膨大な距離をショートカットして通信を行う。言葉にすればただそれだけではあるが、一時的に光速を越えて、空間から空間へと飛ばすワープと違い、恒常的にワームホールを形成するにはワープ航法よりも遙かに高度な技術とコストがかかっている。
そのネットワークは現在、ルオヤンとプロキシマを結んでいる。このネットワークが存在するからこそ、アルタイルからプロキシマ、そしてプロキシマから地球までの膨大な距離を超えてリアルタイムでの通信とリンクが可能になっている。
だが、このシステムには一つだけ欠陥があった。
「現在、アルタイルでは一時的なエネルギー流が発生しているわ。これではワームホールが開けない。いい加減な情報をプロキシマの司令部には伝える訳にはいかないわ」
WHNはワームホールが開いている宙域で、膨大なエネルギーが発生していた場合、ワームホールを維持できなくなる。
特にアルタイルは三重の恒星があるために、恒星風で通信障害が発生することも多い。
精度は上がっているが、まだまだこうした障害をクリア出来るまでには至っていなかった。
「ですが、本当によろしいのですか?」
「ミラノ、あなたが優秀な副官であることは私が一番良く知っているわ。だけど、今は非常事態よ。私達がやらなくてはいけないのは、この状況を報告するのではなく、それに対処すること。違う?」
金髪の長い睫毛越しに、自身の青い瞳で、この元気ある副官にフォッシュは諭すような口調でそう言った。
第七艦隊作戦主任参謀、プロキシマ方面軍副参謀長を務め、クズネツォフやジョミニら、知将猛将らと共に激戦を乗り越えた経験を持つフォッシュの言葉はミラノが対抗するにはまだまだ経験が不足していた。
「おっしゃる通りです」
「だけど、あなたの言っていることは正論よ。間違ってはいない。でも正論だけでは戦いには勝てないわ。時には、少々えげつない策を取らないと、勝てない戦いもある。それを覚えておきなさい」
優秀ではあるが、かつての教え子である杉田恭一や、師と言ってもいいクズネツォフとは違い、ミラノは優秀だが努力型だ。
戦場の空気を機敏に感じ取り、ひらめくように最善の行動を選択し、実行する。相手の行動を読み取っているかのように、臨機応変な指揮を執れるタイプではない。
愚直に様々なことを学び、いくつもの情報を収集して、思考を巡らせて戦う。昔のフォッシュ自身が、まさにそうであっただけに、ミラノの姿はかつての自分を見ているようであった。
「では、宇宙へ向かいましょう。地上は、統合軍。宇宙軍にふさわしい舞台へ上がるのよ」
星々の大海というには、衛星軌道上はややスケールに欠ける場所ではある。だが、人類が惑星という一つの殻を破り、宇宙へと進出した時に人類は、新たな進歩の道を歩み始めた。
その歩みは止まることなく続き、愚かな大戦争を二度繰り返したとはいえ、太陽系を越えてプロキシマ、シリウス、そして、アルタイルやヴェガへと進出した。
宇宙に進出することが人類の繁栄の道であったことは紛れもない事実だ。故に、今こうしてフォッシュ達はアルタイルへとやってきた。
その歩みはおそらく、誰にも止められはしない。アルタイル帝国や帝国軍、各地の軍閥。あるいは、統合軍。または、太陽系連邦自身も押しとどめることは出来ない。
そして、その流れが今こうして自分を動かしている。この衝動はもはや、誰にも押しとどめることも出来ず、止まるところまで突き進んでいくだけだ。
その果てに何があるのかは分からない。だが一つだけ言えることがある。
アルタイル帝国と太陽系連邦は、決して融和への道を選ばない。両者が手を取り合うことはあり得ない。
あり得るのは、どちらかが一方的に相手を支配し服従させるか、あるいは徹底的に叩きつぶすかのどっちらかであろう。
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