ルオヤンの長い夜

第1話

 ルオヤン城を中心とした中心街から、太陽系連邦軍アルタイル方面軍司令部を要する駐屯地はルオヤン最も治安が良く、清潔な場所であった。


 だが、そこから一歩外れた先には、貧民窟と変わらぬ流民街が出来つつある。

 

 近年の海賊騒ぎや税を払えず逃走した民達の行き着いた先とはいえ、彼らには法による縛りが存在しない。


 この流民街で犯罪が起きたとしても、官憲は一切咎めず、手出しはせず、法を破った犯罪者を取り締まるようなことはしない。

 この流民街で殺人が起きたとしても、それを官憲が取り締まることは無い。


 だが逆に言えばそれは、流民達が犯罪に巻き込まれたとしても、官憲は一切関知しないことを意味する。


 「腐った臭いがする。棄民の臭いだ」


 腐敗したゴミや、異臭にまみれた光景をにらみながら、前都督であるセイエイはそうつぶやく。

 

 この流民街は、税が払えず故郷を逃げ出した者、あるいは戦乱と内乱に巻き込まれ生計を失い、着の身着のままにルオヤンへと流れた者たちが、ここでは寄り添って暮らしている。

 さまざまな事情を抱えながら、この首都にわずかながらの希望を抱いてやってきた。

 しかし、実際にこの星を支配している者からすれば、腐ったゴミ捨て場ぐらいにしか見えない。


 日中は這い回るかのように流民達がうろついている流民街ではあるが、店すらやっていないこの場所では夜になれば殆どの流民が粗末な急ごしらえの家で寝ている。

 そんな場所を闊歩するのはあまり良い気分ではないが、大将軍であるガイオウ直々の命令であればそれも仕方ないというものだ。


 「閣下、準備が整いました」


 口元を抑えているセイエイに、部下がそう告げると、セイエイは流民街をにらみつける。


 「盛大にやれ。綺麗さっぱり整理しろ。貴殿らには不本意かもしれないが、これも任務だ」


 与えられた職務を遂行するのが、軍の役割というものだ。それが敵兵であるか、このルオヤンの汚物かの違いでしかない。


 指令を出すとともに、兵士たちが持つ電子銃ブラスターの音があちこちで聞こえてくる。それに伴い、悲鳴もまた聞こえてきた。

 青白く光る電子銃ブラスターの光弾があちこちで飛び交っていく。高エネルギーの光弾は人体を貫通しても、その熱量で傷口をすぐにふさいでしまう。

 

 威力に反して、血が流れないのが電子銃ブラスターのいいところだ。あまりにも容易く人を殺せる武器であるだけに、一般兵士達への武装としてはこれほど優れたものもない。


 連射された電子銃ブラスターの発射音が、流民街のあちこちで聞こえてくるが、同時にいくつかの悲鳴が聞こえてくるのは、まるで何かの劇をやっているようにも思えてくるほどだ。

 

 それを連想した時、セイエイは思わず笑みがこぼれる。兵士達の電子銃ブラスターの発射音と共に、流民達が為す術なく駆逐されていく光景は艦隊戦では体験出来ず、同時に見物することも出来ないものだが、笑えてくる。


 「各部隊、順調に作業を進めております」


 副官の報告にセイエイは苦笑する。戦いにすらなっていない、一方的な殺戮はもはや単なる作業に過ぎない。


 部屋を掃除し、ものを運ぶ。そんな雑用に多少の労力が増えただけの簡単な作業だ。撃っている的が、生きた人かそれとかたどっただけの的の違いに、副官達も理解しているようだ。


 「一切の容赦をするな。これは、大将軍閣下のご命令だ。頃合いを見て、火を付けることも忘れるなよ」


 ルオヤンに火を付けることになるのは多少躊躇うが、これも大将軍であるガイオウらの壮大な戦略の一環だ。

 闇夜に火を付ければ、さぞかし盛大になるだろう。


 「伯父上は、仕える主を間違えた」


 伯父であるゼウォルを説得出来なかったのは残念ではあるが、シエン公ではこの難局を乗り切れない。

 大将軍として、このアルタイルを守ってきたガイオウこそが、次期皇帝としてふさわしい。


 「やや早いが、皇帝万歳と言っておこう」


 阿鼻叫喚の光景が広がり、悲鳴にかき消された言葉ではあったが、正式な即位式の前祝いとしては悪くない。

 そうほくそ笑みながら、セイエイは容赦無く流民達を刈り取っていった。


****


 流民街での惨劇が起きる前、シエン公の執務室に武装した兵士達が押しかけてきた。


 「貴様ら! 殿下の前で無礼であるぞ!」


 シエン公の警護役を勤めるシャオピンが愛用している刀を抜くのと同じタイミングで、兵士達は電子銃ブラスターを突きつけた。


 「そこをどいて貰おうか」


 兵士達を引き連れているのは、大将軍ガイオウの嫡男であり、右都督を勤めるシュテンであった。


 「右都督殿、ここは皇太子殿下の居室ですぞ」


 「そんなことは分かっている。貴公と問答をするつもりはない。そこをどけ」


 「理由も無く、約束も無しに皇太子殿下にお会いすることはできません」


 シエン公の代理人として、使者も勤めるシャオピンは素手で猛獣を殴り倒すだけの武術を有している。

 無理矢理部屋へ入ろうとするシュテンに対して、懐から愛刀を取り出しシュテンを突きつけた。

 

 「伯父上も無礼な食客を飼っているものだ」


 突きつけられた刀に対して間合いを取り、シュテンも懐から愛用している半月刀を抜いた。


 「私をその辺の皇族だと思うなよ。刀を突きつけられて怯えるような腰抜けとは訳が違う。


 シュテンが二十代で右都督になったのは、決して皇族であるからでも、大将軍ガイオウの息子だからではない。

 地位にふさわしいだけの能力を有しているからである。


 「奇遇ですな、私も皇族に刀を突きつけられて怯えるような腰抜けではありません」


 見た目に反して、意外に口が回るところがシャオピンの美点である。


 修羅場という意味ならば、リーファン公やゼウォル公という曲者相手の使者を勤めている。誰にも公言出来ないような秘密の会談を行うのは、単なる武芸者には果たせない。


 「謀反人の疑いがあると、右都督殿はおっしゃるようですが、証拠も無しに皇太子殿下を捕らえようとするのは、いかなる道理と法に基づいているのか。国家の法をないがしろにされるおつもりですか?」


 シャオピンの指摘にシュテンが率いる兵士達が若干動揺したが、シュテンは懐から一枚の紙を取り出した。


 「これは、陛下直筆の命によるものだ。皇太子殿下は、皇帝陛下よりも地位が上だというのか?」


 「なんですと?」


 「皇帝陛下は直々に謀反人である皇太子殿下を取り調べることを大将軍閣下に命じられた。我らはその勅命を受けている」


 シュテンが見せた紙には、確かにハモン三世の印綬があり、共にシエン公を捕縛せよという記述が書かれていた。

 あまりにも予想外の代物に、シャオピンは構えを崩す。

 

 「皇帝陛下の命により、我らは皇太子殿下を捕らえる。皇太子殿下には謀反の疑いがかけられている。それをかばい立てすることは、貴様らも謀反に荷担しているのか?」


 皇太子殿下よりも、皇帝陛下の方が立場も地位も上なのは、その辺の子供でも理解している。

 その理屈でいえば、皇帝の勅命には従わなくてはならない。


 「随分な騒ぎになっているな」


 騒動の渦中にありながら、全員が緊迫している中で緊張感に欠ける声と共に、執務室の扉が開かれる。


 「私に用があるそうだなシュテン」

 

 謀反人呼ばわりした甥であるシュテンに、シエン公はいつもと変わらぬ鷹揚な態度を貫いていた。


 「伯父上、いえ皇太子殿下、あなたには謀反の疑いがあります。皇帝陛下より、あなたを捕らえるよう勅命が下されました」


 「ほう、それは一大事だな。それで、私がどういう謀反をしていると?」


 冷静ではあるが、的を射る言葉にシュテンは言葉が詰まる。


 「私は皇太子だ。陛下の後継者である私がどんな謀反を企んでいると言うんだ? 貴公らは、それを疑問だとは思わないのか?」


 時期皇帝とも言うべき皇太子という地位にいるシエン公が、謀反をする必要性と論理は明らかに矛盾している。

 黙っていても皇帝になり得る地位にいる人物が、そんな無謀な行動をしでかす必要性などどこにも無い。

 

 シエン公の正論に、全員が押し黙り、シュテンの連れてきた兵士達も明らかに動揺していた。


 「それは問題ではありません。皇帝陛下直々に、その疑いアリとしてあなたの罪状についてを問いただしたいとのことです」

 

 シュテンだけが、唯一反応してみせたが、先ほどよりも声と態度の勢いが薄まっている。


 「どんな罪状をだ?」


 連邦宇宙軍の英雄、アレクサンドル・クズネツォフをして「本当の人食い」と言うほど、シエン公は動じずに人を食ったかのように振り回しながら、のらりくらりと有利に状況を好転させる。

 それほどの力量を持つシエン公を相手にするには、シュテンではまだまだ力量が足りない。


 「ですから謀反の疑いが……」


 シュテンの言葉を遮るように、執務室から思わぬ老人が飛び出してきた。


 「シュテン殿、この老いぼれにも是非話を聞かせて頂きたいものですな」


 「ゼウォル卿……」


 シュテンとシエン公、二人の戦歴を足しても余りある戦歴を持つ歴戦の老将の剣幕にシュテンは一時的に押された。

 

 「シュテン殿はシエン公に謀反の疑いがあるとおっしゃるが、これは一体どういうことですか?」


 ゼウォルが突きつけた一枚の書状は、先日シュテンが付きだした書状とほとんど同じ内容が書かれていた。

 差出人の名前だけが唯一違う代物であったが。


 「先日私に見せた書状とうり二つですが、こちらには大将軍殿の署名がある。そしてその印綬もありますが、これはどういうことですか?」


 先日突きつけられたシエン公謀反の証拠、それとうり二つながらも差出人の名前がガイオウになっている書状の真偽をゼウォルは問うた。


 「何故それをゼウォル卿が?」


 シュテンの動揺は、彼が率いる兵士達に伝播していく。先ほどまで謀反人を捕らえるつもりでいた兵士達が明らかに動揺していた。


 「それはこの老いぼれが聞きたいことですな。コレは一体どういうことなのか、是非お聞かせくだされ」


 書状を持って詰め寄る姿に、シュテンだけではなく、配下の兵士達も明らかに尻込みしている。

 ゼウォルが手にしているのは、大将軍ガイオウ自身が謀反を計画している証拠そのものだ。


 「その回答には私が答えよう」


 澄み切った、だが堂々たる重みある言葉に、一同が振り向く。


 そこには大将軍であるガイオウの姿があった。


 「父上……」


 「シュテン、お前には少々荷が重すぎたな」


 息子の不始末にやってきたのか、ガイオウも普段とは違い、不気味な気配を纏っている。


 「ゼウォル卿、私から説明させてもらおう」


 そう呟き、真っ直ぐにガイオウはゼウォルの元へと歩を進める。そして、ガイオウは懐に手を入れ、そのままゼウォルを一閃する。


 「これが私の答えだ。大都督殿」


 懐から抜かれた圓月刀の一閃は老将の腹部を切り裂いていた。

 切り裂いた腹部からおびただしい鮮血が飛び散っていくが、真正面にいたガイオウは一切それを避けることなく、衣服は無論のこと、自分の頭髪や肌が血に染まることに何の嫌悪も抱いていなかった。


 「大将軍……殿……」


 「許しは請わない。これが私が選んだ道なのだからな」


 大将軍が大都督を斬った事に、全員が何も飲み込めていない状況ではあったが、ガイオウは唯一この自体に対して冷静でいる兄の姿を捉える。


 「一同何をしている! 謀反人を速やかに捕らえろ!」


 手にした愛刀を、シエン公に突きつけるガイオウの檄に動かされるように、兵士達は命令通りに行動を始めた。

 

 それは同時に、首都ルオヤンの長い長い夜が始まる光景でもあった。

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