政変への導火線

第1話

 空気を切り裂くような独特の音と共に、銀色のボディと黄色く塗装された翼と共に、全長20mもの巨大な剣ともいうべき機体が天を舞う姿はいつ見ても爽快だ。

 天を舞う巨大な剣、戦闘機が飛ぶ姿に沢木哲也は若干興奮していた。


 連邦宇宙軍最新鋭機であるAFE-74バッカニア、まだ宇宙軍でもアグレッサー部隊しか所有していないはずの最新鋭機が自分が指揮する第442空戦連隊に配属されたのだ。

 興奮するなという方が無理だろう。実際、ルオヤン上空を飛行している二機のバッカニアは訓練飛行とは思えないほど派手に動いて飛んでいる。


 「CPよりアルファ1、状況を報告せよ」


 耳裏につけた骨伝導型インカム越しに沢木が訪ねると、アルファ1ことハッセ・ウインドの『最高ッスよ!』という浮かれた声が飛んで来る。


 「最新鋭機に乗ってるからと浮かれてるなお前。そいつはおもちゃじゃないんだ」


 『隊長も乗ってみればわかりますよ。空力限界高度までわずか二十秒、しかも、思った通りに動いてくれる。図体の割りにはよく動いてくれるし、まるでブレがない。最高ですよ』


 ハッセの声はまるで、苦労して買った新車のバイクに乗る少年のように溌剌としている。

 連邦宇宙軍に入る前は、アステロイドベルトでレースをやっていただけに、空戦隊では速度を生かした一撃離脱戦法を得意とし、限界速度までぶん回す癖がハッセにはあった。


 『大気圏内じゃ、せいぜい音速ぐらいしか出せないけど、それでもここまで楽しめるのは初めてですよ。宇宙に出た時が楽しみですわ』


 「あまり派手に飛ばすなよ。軍はお前にレースをやらせるために給料を払って、最新鋭機を任せてるわけじゃないんだ」


 『分かってますよ。隊長も乗ってみてくださいよ』


 「お前の気が済んだらな。アルファ2、そっちはどうだ?」


 二番機のバッカニアは、アルファ2ことオルガ・フォルゴーレが試乗している。ハッセの一番機ほど派手ではないが、丁寧でありながらも機体の特性を把握しながら飛んでいた。


 『大気圏内での飛行は問題無しです。機動性、運動性、共にカタログ通りです。対G、安定性もまるで問題ありません』


 連邦宇宙軍教導隊からスカウトされるほど、技能に関してはトップクラスの腕前を持つオルガの声は普段と変わらず冷静であったが、同時にどこか喜の感情があった。

 

 「やっぱり良い機体か?」


 『まだ試運転中ですが、それでも良い数値が出ていますし、負担もありません。とりあえず、トコトンまで乗り回します』


 機体を連隊一丁寧に扱う上に、初めて乗った機体には納得するまでトコトン練熟させて癖を掴むが、それまでオルガは決して機体を褒める事が無い。

 そのオルガがここまで言うのはかなり「良い機体」なのだろう。


 「分かった。納得するまで飛んでいいぞ。終わったらレポートも頼む」


 『はい!』


 そのまま通信を切ると、沢木は二機のデータを取っているテントに向かう。そこには連隊に所属する兵士達や下士官達と共に、二機のデータをつぶさに比較する副連隊長のジャック・イェーガーの姿があった。


 「どうだ調子は?」


 「順調です。テストを切り上げてもいいぐらいに」


 愛飲しているスポーツドリンクを飲みながら、イェーガーはそう言った。沢木と同じく士官学校出で、空戦理論に定評がある。

 パイロットとしても有能であり、技量という意味ではあの二人に劣るが、戦闘の技量ではあの二人に全く劣らないどころか、むしろ白星の方が多いほどだ。

 

 「ベタ褒めだな」


 「あいつら二人の飛んでる光景が全てですよ。ハッセのアホがメチャクチャ飛ばしててもちゃんとそれに答えてるし、オルガがじっくりデータ出して飛んでる数値もかなり良い。今まで乗っていたコルセアが乗用車に見えるぐらいです」


 AFE-73Gコルセアは、連邦宇宙軍の主力戦闘機であり、改修をし続けたG型は万能戦闘機として大気圏内、大気圏外の宇宙空間まで幅広く飛べる機体であり、同時に頑丈で頑強でありパイロットの安全性が高いことから大人気の機体であった。

 

 第二次プロキシマ会戦から第一次シリウス会戦でも大活躍しており、現在でも各地の軍閥や宇宙海賊の討伐でも活躍している。


 だがイェーガーは、そんなベストセラー戦闘機よりも今飛んでいる卸したてのバッカニアを高く評価していた。


 「コルセアも良い機体ですけど、バッカニアはその上を行きますよ。コイツなら今まで出来なかったことも出来そうですから」


 「武装も張り込んでるしな。ちょっとした雷撃艇だ。俺も乗りたくなってきたよ」

 

 初めて見た時は虎かライオンに羽根でも付けていたのかと思うほど、コルセアよりも一回りほど大きくなったボディに大半の空戦隊員が呆れたほどだ。

 

 だが、搭載されている武装のペイロードはコルセアの二倍であり、最大の特徴である機体中央部に搭載された60mmレールガンは、命中すれば一発で機体を破壊出来る上に、戦艦もエンジンに直撃すれば撃沈出来るほどの威力を持っている。


 初め見たときは「攻撃機」じゃないかと言いたくなるほどの重武装に駄作機の臭いがしたものだが、それを補うほどのエンジン出力と、それを支えられるだけのタフなボディと翼、そしてAIによる操作アシストと耐G制御が作り込まれており、教導隊からの評価が高い。 

 

 「ですが、じっくりと完熟させてからにしましょう。良い機体だから、じっくりと癖を掴んでからの方が間違いが無いです。隊長も分かってるから、あの二人に任せて飛ばしているんでしょ」

 

 「あいつらの操縦は対照的だからな。じっくりオルガがテストして、あのバカが耐久テストやらせて大丈夫なら、誰が使っても大丈夫だ」


 「ですね、あのバカ未だに機体ををぶん回すのが癖になってますし」


 「全く予想が付かない動きしてくれるからな。だから容易に当てさせてくれない」


 「気づいたら避けてますしね。飛んでるあいつを落とすのは至難の業です」


 「地上ならいくらでも落としどころがあるんだがな」


 「ですな」


 スポーツドリンクと共に、宇宙軍名物の甘さ控えめな乾パンを頬張りながら、イェーガーがそう言うと、沢木は乾パンよりも硬い、堅パンを頬張る。 

 歯が弱い者がうかつに囓ればそれだけで歯が欠けるほどの堅さだが、生まれてから一度も虫歯になったことがない沢木は自慢するように乾パンをかじっていた。 


 「よくそれガリガリいけますね」


 「昔から歯は丈夫なんだわ。これぐらい軽い軽い。それに堅パンをこうやって囓って粗略するとだな、あごも一緒に鍛えられるし脳も刺激されんだ。健康にいいんだよ」


 「食い過ぎればデブになりますよ」


 「うっせー」


 いつもの軽口の応酬になるが、明らかにイェーガーも周りのメンバー達も浮かれているのが沢木には分かる。

 自分が一番浮かれているのは間違いないが、最新鋭機、それも名機をいち早く配備され、任されることは、名誉と栄誉の二つをそのまま与えられたようなものだ。

 

 「あれま、珍しい客が来てますよ」


 双眼鏡越しにそう言ったイェーガーの先には、レイタムと自称妹のアウナの姿があった。

 

 「ようこそレイタム、そしてお嬢さん」


 さりげなく沢木はレイタムに右手を差し出すと、レイタムもまた返礼として握手をした。


 「昨日はいろいろとごちそうして頂きありがとうございました」


 「何、お前さん達に馳走するだけの給料は貰ってるからな」


 懐を叩きながら沢木はそう言った。空戦隊の給料はヘタな艦艇載りよりも高い。


 「昨日はとっても美味しかったです!」


 アウナの屈託のない笑顔に思わず沢木も口元を緩める。


 「それはよかった。お嬢さんのお口に合ったなら幸いだ」


 被っていたキャップを外し、沢木は大げさにお辞儀をしてみせた。それに対してアウナもお行儀良く礼を返す。


 「ところで、今日はどうしたんだ?」


 「あれが気になりましてね」


 沢木の言葉にレイタムは空を指しながらそう言った。そこには天空を舞う、銀色に輝く二本の剣が飛んでいた。


 「ああ、あれね。格好いいだろ、宇宙軍の新型だ」


 「いい動きしてますね」


 「分かるか?」


 「飛ぶのはこう見えても好きですから」


 シエン公の紹介状を得たレイタムには、何度かコルセアに載せたことがある。そこで何度か操縦もさせたことがあったが、荒削りながらもなかなかの腕前をしていたことに沢木も舌を巻いたほどである。

 そして、この男はこう見えてああいう「おもちゃ」を飛ばすことが大好きらしい。


 「お兄様は強襲特機の操縦が凄い得意なんですよ!」


 はしゃぐアウナとは対照的に、レイタムは少しだけ微妙な顔つきになる。

 

 強襲特機とは、帝国軍の主力機動兵器である。全長18mから20m程度の人型の機動兵器であり分厚い装甲と強靱なパワーが特徴であり、重器としても利用されているほどだ。


 「あれはまた操縦が違いま……違うからなあ」


 慌ててレイタムが口調を正すが、自慢げなアウナは気づかずにアウナは話し続ける。


 「お兄様、お父……シエン公の食客の中で一番操縦が上手なんですよ!」


 屈託のない笑顔で、自信満々に語るアウナの言葉に本人は目を輝かせているが、隣のレイタムの顔色が、今まで見たことのないほど血色が悪くなっていた。

 この二人で漫才でもやったら、それだけで金が取れるだろうと思いながらも、士官学校時代でイヤミな教官相手に反論する為に、相手の発言を聞き逃さない習慣を持っている沢木は一瞬だけ真顔になった。


 「お嬢さん……ひょっとして……君は……」


 レイタムの顔色がさらに悪くなるのとは対照的に、不思議そうに首をかしげるアウナの姿に吹き出しそうになる。


 「お兄さんの事が大好きなんだね」


 わざとらしい口調と共に、わざとらしい笑顔で沢木がそういうと、びっくりするほど血色の良さそうなアウナの顔がさらに興奮しているのが分かった。

 

 「だって格好いいんですもん! お兄様、武術も出来て、学問も出来て、しかも強襲特機の操縦も得意なんです!」


 レイタムが半分ぐらい魂が出かかっているほど、放心している姿と比較して、笑いそうになるがこのまま放置するのは危険であることを悟った沢木はとりあえず休憩ブースまで二人を連れていった。


 「あいにくの有様でこんなもんしかないけどな」


 そう言うと沢木は支給品である乾パンを差し出した。

 

 「頂きます」

 

 二人そろって乾パンを食べてる姿は、文字通りの「兄妹」で違和感が全く無い。


 「お口に合うかな?」


 「甘さ控えめで旨いですね」


 甘い物が苦手なレイタムは旨そうに食べているが、先日甘味処で旨そうに菓子を食べていた姿とは対照的に顔を顰めていた。


 「変わった焼き菓子ですね。なんというか、味が控えめというか」


 「厳密に言うと菓子じゃないんだそれ。立派な主食だよ」


 乾パンはまだ、人類が地球で生活していた頃に生まれたハードビスケットを元に作られた。

 水分が少なく、保存性が高い上にカロリーが高いことから糧食や非常食として用いられたそうだが、現在でも保存性と高カロリーという要素から連邦宇宙軍では糧食として配備されている。


 「まあ、俺達みたいな空戦隊や陸戦隊じゃおやつとして食ってるけどな。んで、これが甘さ増やすコツ」


 そういうと沢木はポケットの中から一つのチューブを取り出す。


 「なんですかこれ?」


 「甘さを増やす為の工夫の一つ」


 チューブから褐色の粘性の高い液体が乾パンに塗られる。甘いものと聞いただけで嫌な顔をするレイタムと違い、興味津々に見るアウナの姿に沢木は笑いそうになるのを堪えた。


 「どうぞお嬢さん」


 半信半疑な形で食べるアウナだが、しばらく咀嚼した後に笑顔になる。


 「これ、凄く甘いです!」


 甘い=美味しいの公式が成り立つぐらいの率直さは、荒くれ者な上にひねくれ者な部下達の長としては、非常に和むものがあった。


 「ただのチョコレートシロップなんだが、気に入ってもらえたようだな」


 個人的には乾パンはその食べるのが好きなのだが、乾パンの味付けが画一的なことから、アクセントを付ける為にコンデンスミルクや蜂蜜やジャムを付ける者も多い。

 チョコレートシロップは第442空戦連隊で現在流行っており、試しに使ってみたのだが、甘党なお嬢様には大受けのようだ。


 「昨日食べたお菓子よりも美味しいです! こんなに甘くて、トロっとして、サクサクとしたこのパンとの相性も最高です!」


 昨日食べた甘味処のお茶代より安いシロップに、そこまで感動させてしまうのを見るとお嬢様、というかお姫様でもあんまり旨いモノは食べていないんじゃないかと思ってしまう。

 

 「もっと食べてもいいですか?」


 「……アウ…ナ、お兄ちゃんを困らせるようなことをするな」


 ぎこちなく「兄妹」を演じる姿も、ある意味感動的に見えてくるが、レイタムの妹として認識されていることにアウナが大喜びしているのは実に健気である。


 「お食べなさい。糧食ならいくらでもあるからな……あん?」


 とっさに耳裏をいじる沢木だが、そこには通信機が付いている。


 「あ、はい、はい、了解しました」


 通信を終えると、沢木は両手を合わせながら詫びを入れるように頭を下げる。


 「すまん! 急にお偉いさんに呼び出された」


 「そうなんですか?」


 レイタムがそういうとアウナが残念そうな顔をしていた。


 「すまん、すっぽかせるようなお偉いさんじゃないんだ。とりあえず、見学ならいつも通りで大丈夫だからそれは安心してくれ」


 「せっかく隊長さんとお話出来ると思ったのに……」


 残念そうなアウナの言葉に、沢木は若干の罪悪感を感じた。だがそれでも行かなくてはならない。


 なにしろ相手は第3艦隊司令官にして、宇宙軍中将、ナタリー・フォッシュなのだから。





 






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