第2話


 「宇宙軍の対応にも困ったものだな」


 スキンヘッドにした頭部をなでながら、アルタイル方面軍司令官、アーネスト・モーガン大将はおどけた口調でそう言った。

 

 これ見よがしに、略章ではなく勲章をわざわざ軍服につけているモーガンの姿は、一山当てた成金経営者のように思えてならない。


 「元々、無理を主張しているのだから仕方がないのでは?」


 冷静な口調で、連邦宇宙軍中将、ナタリー・フォッシュはモーガンに指摘した。

 

 「本来ならば、アルタイル方面はアルタイル方面軍の管轄です。そこに無理矢理プロキシマ方面軍から援軍を出させたのですから」


 澄まし顔でそう言うと、フォッシュは安物のマグカップに入った安物のコーヒーを飲む。


 「そんなことは分かっている。だが、それには君も噛んでいることではないか?」


 褐色の肌に凄みのあるスキンヘッド、しかも三白眼という他人を威圧する風格の割りには、余裕がないモーガンの指摘に、連邦宇宙軍第3艦隊司令官として派遣されている立場とはいえ、フォッシュは冷めた目付きのままでモーガンを見て微笑む。


 「だからこそ、その理由を考えてあげたはずです。それをお忘れで?」


 纏めあげた髪の色と同じく金髪の睫毛越しに、フォッシュはそう言った。


 第11艦隊をヴェガからシリウスへと出撃させる際に、なぜ第3艦隊を出撃させないのかという返答があったが、それに対してうまく取り繕ったのがフォッシュである。


 「貴官の忠告には感謝しているよ。おかげで、すべてが上手くいっているのだからな」


 精一杯虚勢をはっているが、モーガンがプロキシマ方面軍司令長官であるクズネツォフ、総参謀長のジョミニまでもが痛烈な指摘をしてきた時に言い訳や理由を取り繕うために醜態を晒していたことをフォッシュは忘れていなかった。


 「もう少し周到に策を練るべきでしたね。私が直接擁護したからどうにかなりましたが、でなければ今ごろどうなっていたのやら」


 恩着せがましくフォッシュはそう言ったが、彼女はクズネツォフやジョミニら、プロキシマ方面軍首脳部から絶大な信頼を受けていた。

 第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦といった激戦にも参加し、シリウス方面やヴェガ方面での戦役においても第3艦隊を率いて軍閥や海賊を壊滅させており、その戦術手腕と判断力はプロキシマ方面軍、というよりも連邦宇宙軍の中でも随一と言われるほどである。

 それだけに、フォッシュの存在はモーガンも無碍には出来ないでいた。


 「クズネツォフ提督を甘く見てはいませんか?」


 「どういう意味かね?」


 安い、というよりも味も素っ気も無いまずいコーヒーの味が、モーガンの動揺する態度とリンクしているかのように感じたフォッシュはマグカップをテーブルに置いた。


 「クズネツォフ提督は宇宙軍の英雄ですが、ただ戦闘指揮が上手いだけの戦術家ではありません。甘く見ていると痛い目に遭いますよ」

 

 「甘く見ているならば、貴官とこんな話はしない」


 「それがすでに甘いのですよ」


 クズネツォフやジョミニが飲んだら、ふざけるなと文句を言い出しかねないほど、無駄に苦く味も香りも素っ気ない不味いコーヒーを出すところに、モーガンという男の人間性が出ているような気がした。


 「クズネツォフ提督は、単なる戦争屋ではありませんよ。ジョミニ大将も同じです。あの二人は違和感を見つけるのが天才的に上手い」


 不味いコーヒーに半分ほど苛立っているが、それでも冷静に独特のアルトの音程を奏でるかのように話すフォッシュの言葉には独特の風格があった。


 「故に、形として私が統合軍に借りを作るという意味で仲介しなければ、今頃あなた方の策謀がどこかに露呈していたかもしれませんよ」


 コーヒーの口直しをするかのように、口臭対策として愛用しているタブレット錠をフォッシュは口に含みながらそう言った。


 「第11艦隊の杉田君は私の教え子で、第11艦隊は精鋭ではあるが、実戦経験が不足している。その為に実戦を経験させて練度を上げることと、形として統合軍に譲歩させたということで納得させたわけですが、私がいなかったらどういうことになっていたのやら」


 タブレット錠をかみ砕きながら、ミントの臭いが口の中に蔓延していたが、明らかにフォッシュはモーガンを見下していた。


 実際のところ、当初クズネツォフやジョミニはかなり難色であったが、フォッシュが二人の信頼が熱いことをと、杉田が自分の教え子であることから推挙する形で援軍を出させたのであった。


 「分かっている。だが、問題はコレだ」


 モーガンはフォッシュのモバイルに直接データを送り、フォッシュはそれを確認するが、出てきた内容に思わず顔が険しくなる。


 「プロキシマ特務機関の新設ですか」


 書かれた内容は、クズネツォフの承認を得ており、モバイル越しに吟味していくと、諜報畑にはあまり縁が無いフォッシュでも、その効果や意味が分かってくる。

 

 確かに、昨今動乱の中にあるアルタイル方面を探る上での諜報機関を新設するというのは実にクズネツォフらしい発想であった。


 「だから言ったのですよ、クズネツォフ提督は単なる戦術家ではないと。あの人ほど情報が大事であると認識している提督もいないというのに」


 この内容を吟味したが、纏めたジョミニや中心にいた副参謀長のコリンズが実際に手がけており、最終的にはコリンズが現在の副参謀長を兼任することで特務機関を運営していくことが書かれていた。

 コリンズもまた、士官学校においてフォッシュの教え子だっただけにその人柄は知っている。陰気な顔付きとは裏腹に面倒見がよく物腰が丁寧ではあるが、言うべきことをしっかりと進言し、情報を分析して整理する能力に長けていた。


 クズネツォフがわざわざMISから引き抜いたのも、恐らく現状のアルタイル方面軍の体たらくに業を煮やしたからだろう。

 

 「おそらくこれは、宇宙軍幕僚本部に承認されるでしょう。専門外の私が見ても、内容が非常に作り込まれており筋が通っています」


 「そう思うかね?」


 「実際、アルタイル方面軍に失点があります。先日の第11艦隊の派遣要請や、追い被せるようにシリウス方面にまで出撃させています。クズネツォフ提督を甘く見過ぎというしか」


 呆れるフォッシュであったが、モーガンは先ほどとは違い、どこか珍しく強気に振る舞っているように見えた。

 

 「ふん、甘く見ているのはクズネツォフだろう」


 同じ大将でありながら、人望実績いずれもクズネツォフに及ばないどころか、パトロール艇と戦艦ほど能力の差があるモーガンが、やたらと気丈に振る舞っていることに違和感がある。

 

 「そもそも、このような情報が何故私の手の内にあると思うのかね?」

  

 「それは安全保障会議から……そういうことですか?」

 

 プロキシマ方面軍は連邦宇宙軍に所属しており、今回のような上申を行う上での最終的な判断は連邦宇宙軍幕僚本部が決める。その上で連邦宇宙軍と統合軍を統括する、連邦安全保障会議の承諾を得るという仕組みになっている。

 実質的には統合軍と連邦軍から上がってくる上申を承諾したり、折衷させるのが安全保障会議の役割だが、その過程の中でクズネツォフの「プロキシマ特務機関」構想は、嫌でも安全保障会議の議題に上がっていく。


 「クズネツォフが有能なのは認めよう。だが、それは一方面軍司令長官としてだ」


 一方面軍司令長官、司令官としても隔絶なる才幹の差があることについてはあえてフォッシュは無視するが、この案件が議題にあがってモーガンの手元にある時点で、結果がどうなったのかは聞くまでもないことであった。


 「私も相応の政治力というものがある。クズネツォフには気の毒だが、承認は降りなかったよ」


 降りなかったのではなく、モーガンが統合軍上層部を動かして承認を許さなかったというのが本音だろう。


 「モノは言い様ですが、それにしても言葉というのは便利ですわね。如何様にでも使えるのですから」


 皮肉めいた口調のフォッシュに、モーガンが鼻で笑った。


 「それが負け犬の遠吠えにならなければいい。今回は私の勝ちだ」


 勝ち誇った顔でいるモーガンの顔に、フォッシュはやや嫌悪を感情を向けたが、目的という意味では二人はすでに同志の関係にある。


 アルタイル帝国を滅ぼすという目的の同志として。

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