蠢く策謀と陰謀と権謀と

第1話

 地球から4.24光年離れたプロキシマは、太陽系でもっとも近い恒星系として知られている。


 近いとは言え、光の速さで移動したとしても、約四年かかる途方もないほどの距離であり、人類が太陽系から初めてこの恒星系に進出したのは、太陽系連邦が発足してから七十年後、HC70年である。


 すでに光速を超えて移動できる超空間移動の技術はその時点から一世紀も前に生み出されていたが、太陽系の住人達が実際に太陽系を超えてプロキシマに旅立つまでには一世紀もかかったのは皮肉というしかない。


 すでに太陽系内部での争いは終息し、復興計画も一段落した中で生まれた植民計画は、太陽系を支配していた地球連邦政府や、太陽系自由連合のように戦争という手段での拡張を行い支配するのではなく、新天地を自らの手で生み出し育むことをスローガンに生まれたものであった。


 こうしてHC70年からプロキシマ・ケンタウリ方面への移民船団が出発し、外宇宙開発への意欲に燃えた若者達や、夢を抱いた科学者達、そしてより多くの収益を生み出すことを目的とした企業達が進んでプロキシマへの一歩を踏み出した。


 初めての太陽系外への開発事業は様々なトラブルが発生したが、長期的な見通しの元に立てられ充分な予算や助成金が付いた計画であったこと、そして何よりもトラブルも覚悟の上で向かったドリーマー達から見れば、そうしたトラブルは全てが些事であった。


 太陽系連邦が発足するまでの間、宇宙開発事業の七割が軍事関連であり、二百億もの人命が失われた第二次太陽系戦争とは違い、破壊ではなく創造を原動力としたこの植民計画はたった三年で軌道に乗り、HC74年には「プロキシマ自治政府」計画が発足した。


 プロキシマからシリウス、ヴェガ、アルタイル、果てしなく広がる無限の宇宙の彼方への進出も夢ではない現実であることを当時の人々はそう信じていた。

 

 「もはや戦後ではない」とは二十世紀のヤーパンの首相の発言であるが、その言葉が太陽系からプロキシマにまで流行したのはこうした開発計画の順調さを物語っている。


 太陽系連邦が発足し、太陽系全域の復興が終わり、プロキシマへの進出計画が成功しつつあったこの時期こそ、人類史上最悪の戦争と言うべき「第二次太陽系戦争」からの決別であった。。


 復興に費やした戦後ではなく、新たなる時代、HCという本当の時代の始まりであったと誰もが思っていた。


 だが、それは幻想に過ぎず、人類が戦争という行為から結局決別出来なかったという現実を覆すには至らなかったのであった。


 「人は結局のところ、愚かであるということだけか」

 

 連邦宇宙軍プロキシマ方面軍司令長官にして、連邦宇宙軍大将であるアレクサンドル・クズネツォフは参照していた歴史アーカイブのページを閉じ、執務室にあるディスプレイから、プロキシマ・ケンタウリに照らされた星々を眺めていた。

 

 太陽に比べれば、七分の一の大きさに過ぎない恒星の輝きはあまりにもか細く、弱々しいが、それがかえって風情があるようにも見える。


 現在プロキシマには一億人を超える規模での植民が開始されていたが、同時に連邦宇宙軍が二万隻もの艦艇を同時に修理・整備できるだけのドックを有した軍事基地である「プロキシマ鎮守府」を設立し、プロキシマを守護していた。


 その長としてクズネツォフは、感傷に浸っていた気持ちを切り替え、デスクに置いてあるパーソナルモバイルを立ちあげた。

 六百年ほど前にできた骨董品のタイプライターのような外見だが、キーボードと共にディスプレイが立体式に表示されるパーソナルモバイルは連邦宇宙軍では標準装備されている代物である。

 

 すると、そこにはクズネツォフ宛に電子決済を求めるタスクがいくつも並んでいた。プロキシマ方面軍司令長官として、四個艦隊、陸戦隊空戦隊を含めて総勢500万人もの将兵のトップであるクズネツォフの日課は日々上がってくる報告の確認と共に、上申、または意見具申した内容を判別して決済を下すことにある。


 配下の艦隊司令官、司令部の参謀達が纏めて提出してきたものに対して、クズネツォフ自身が一から判断するものは決して多くはない。大半はなんということもない経費清算などがほとんどだ。


 それだけに上がってきた内容には時にクズネツォフ自身も判断に悩むような代物ものもある。今モバイルに投影されている内容がまさにそれであった。


 クズネツォフはとび色の瞳で、その懸念事項になりそうな案件を吟味すると、手元にある内線をコールし、自らの執務室に呼び寄せる。数分でドアがノックされると、クズネツォフはドアのロックを解除した。

 

 「入ります」

 

 その声と共に黒髪褐色の壮年の男性と共に、やや陰気で目付きの悪い金髪の青年がやってきた。


 クズネツォフの腹心であり、プロキシマ方面軍総参謀長であるモーリス・ジョミニ大将と、副参謀長であるアーサー・C・コリンズ中将は呼び出された案件の意味を知っているからか、いつもよりも怪訝な顔をしていた。


 「まあ、かけたまえ」


 執務室に置いているソファへと三人は対面し、クズネツォフは副官に熱い緑茶と、ジョミニが好きなカフェオレと、コリンズが好みにしているセイロンティーを持ってこさせた。


 「貴官らを呼んだのは他でもない。ヴェガ方面に関するレポートの件だ」


 愛用している萩焼の茶碗を手にしながら、同じく萩焼のマグカップと、ティーカップを手に取るジョミニとコリンズに、クズネツォフは呼び出した内容について問いただす。

 

 「先日、ヴェガ方面が荒れているということで、統合軍に派遣している第3艦隊では兵力不足であることから杉田が率いる第11艦隊を派遣したわけだが、そこから一月もしないうちに、今度はシリウスで宇宙海賊が暴れているという報告が入ってきた。まあ、それはいい」


 そういうと、熱い茶をすすりながらクズネツォフは一息つく。好みの味をいれるために、従卒や副官に茶の入れ方を一から仕込んだだけあり、十分に旨い茶ではあるが、妙に味が苦く感じるのは、ノンシュガーであるというわけではなかった。

 

 「だが、シリウス方面に、また第11艦隊を派遣してほしいというのはどういう了見なのかということだ」


 基本的にクズネツォフは、冷静沈着で穏和な指揮官であることから将兵からの人気が高い。怒声を浴びせたり、大声で怒鳴りちらすようなことは一切しない。


 だが、こうした形で不満や問題を的確にかつ、端的に説明しながら「如何なものか」と問題提起するのは、不心得者から見れば、安易に罵声や怒声を飛ばすよりも時には恐ろしく感じられるほどであった。


 「統合軍の見解では、アルタイル方面の治安がいまだに不安定であるために、プロキシマ方面軍に治安維持を委任したいという要請がありました」


 今年で53歳となり、クズネツォフとは士官学校時代の先輩後輩の中であり、戦友でもあるジョミニは臆することなく屈託の無い意見を述べた。


 「ところが、詳細を確認していくと、かなり実情が異なるようです」


 「どう異なる?」


 クズネツォフの問いに、ジョミニはコリンズに目配せする。するとコリンズはティーカップをテーブルに置いてクズネツォフに視線を向け直した。


 「まず、先日第11艦隊の杉田中将からも報告がありましたが、確かにヴェガ方面では現在宇宙海賊や豪族の反乱、そしてそこから逃走した一部の艦隊が、シリウスに潜伏しているという情報を受けております」


 第11艦隊司令官の杉田恭一中将とコリンズは、士官学校時代からの親友であり同期である。

 35歳という若輩者が方面軍副参謀長、そして花形の艦隊司令官に昇進しているのは、共に首席の座を競い合い、コリンズが首席、杉田は次席で卒業しただけではなかった。


 「確かに、現在急激にアルタイル方面からヴェガ方面の治安が悪化しており、それにともないアルタイル側も鎮圧を検討しているそうですが、懸念事項があるために出動ができずに我々へと要請をしてきたという経緯に


 なっておりますというコリンズの口調は、断定せず懸念事項があることを意味していた。


 「君の見解を聞きたい」


 クズネツォフの問いに、コリンズは「僭越ながら」と呟きながら自身の判断結果の解説を始めた。

 

 「結論としてこれは、アルタイル方面軍、というよりも統合軍の権限強化のための方策ではないかと思われます」


 端的に先に結論を最初に述べるのは、クズネツォフ直伝のプレゼン手法ではあるが、コリンズは冷静にその結論に至るだけの理由を続けて発言していく。

 

 「まず、アルタイル側の懸念事項は帝位継承を巡っての問題であると思われます。現在、皇帝であるハモン三世が老齢であることから、現在皇太子であるシエン公が帝位を継ぐことになっています。ですが、その後継として帝国を主導できるだけの人材が不足していると思われます。

 大将軍であるガイオウ公も、シエン公に引けをとらない人物ではあるとはいいますが、シエン公と違い、攻勢ではなく守勢の人物であることはすでに分析済みです」

 

 参謀畑より連邦軍情報局、通称MISに所属していた経験から、コリンズの分析能力はかなり高い。

 その優秀さを見込んで、クズネツォフはMISとは懇意であることからプロキシマ方面軍に副参謀長として引き抜いたほどである。


 「また、地方の軍閥への影響力という意味でも、シエン公に比べ、ガイオウ公は影響力が少なく、半ば独立国のようになっているアルデバラン、ベテルギウスへの配慮や、動員できるだけの兵力も不足していることから、思いきった軍事活動ができず、統合軍に泣きついたというのが私の見解です」


 「そして、統合軍は喜んでそれを引き受けたというわけか」


 「現在、アルタイル方面は統合軍に事実上一任されていますが、彼らには惑星間での軍事行動は不得手です。即席の駐留艦隊がありますが、満足な行動ができる代物ではありません」


 統合軍の行動はあくまで大気圏内、惑星内部に限定されている。アルタイルに駐留するにあたり、特別に直轄の艦隊を所有していたが、正直錬度という意味では宇宙軍の星間パトロールにも劣る。

 

 「俄ばかりの混成艦隊を送り込んで、返り討ちに遭うことは避けたいということか。厄介ごとだけは我々に押し付けてな」


 そう呟くクズネツォフには、半分呆れながら危機感があった。

 

 アルタイル方面軍、というよりも統合軍は対面を気にしていると同時に、自分達では満足に火消しすら出来ないことを宣言しているようなものだ。

 クズネツォフであれば、このような安請け合いはしない。同じ連邦軍同士であるとはいえ、連邦宇宙軍と統合軍は互いに指揮命令系統を異としている組織である。

 

 それだけにまず、自分達で引き受けられずに他の組織に押し付けるのは礼を失している上に、無責任にもほどがあるというしかなかった。


 「それもありますが、とかく我々には情報が不足しています。我々はあくまで、通信傍受を専門としたシギントだけを行っています。ある程度の状況はつかめますが……」

 

 「確信に至るだけの情報源が不足しているということか」


 コリンズの指摘にクズネツォフは両腕を組み、両目をつぶりながらそうつぶやいた。

 

 シギント、通信傍受やハッキングなどによる情報は、太陽系を超えて星間戦争を行っている時代であっても情報収集の中核を担っている。

 むしろ、技術が発達していく中でよりシギントの依存度は高まっている。


 第一次シリウス会戦における連邦宇宙軍の大勝利は、帝国軍の軍事行動を常に把握し、完全に防備が整っていない状況と、プロキシマへと侵攻することを読んだ上で、奇襲をかけたことが勝因の一つである。


 こうした形でシギントの重要性は極めて高く、プロキシマ方面軍司令長官として、クズネツォフが着任して真っ先にやったことは、アルタイル帝国に対するシギント活動の強化である。


 MISや宇宙軍情報部、宇宙軍幕僚本部や宇宙艦隊総司令部とも連携を取った上での情報収集と分析を行っているが、ヒューミント、スパイ活動は現在統合軍配下のアルタイル方面軍の管轄となっており、そちらの情報は殆ど共有出来ていないのが現状であった。


 「軍事的な視点で見れば、シギントを優先させている現状は問題無いのでしょうが、現状のように内乱や政治情勢なども考慮するのであれば、やはりシギントのみに頼るのは責任が持てません」


 コリンズの職務は副参謀長であるが、同時に情報収集と分析を担当する分析官の長でもある。専門家として毅然と断言するコリンズの言葉は、ジョミニは無論のこと、クズネツォフも重く受け止めていた。


 「私もコリンズ中将の意見に賛同します。統合軍任せでは、軍事面でも支障を来す可能性があります。すでに、内乱や反乱鎮圧においても不正確な情報が飛び交っておりますからな」


 口調は穏やかだが、実際のところアルタイル方面軍、というよりも統合軍の杜撰さにジョミニはかなりいらだっていた。


 「分かっている。それを考慮して例の件を上申しているのだからな」


 プロキシマ方面軍直轄の特務機関の設立。統合軍に縛られない独自の諜報活動を行いアルタイル方面の情報を探り、クズネツォフがジョミニとコリンズらと共に作り上げた構想は上層部の許可を待つだけとなっていたのであった。

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