第7話
皇太子の一人娘であるアウナを、あえてレイタムが自分の妹という設定にしたのは、無用の混乱を避ける為の方便であった。
時期皇帝になる人物の一人娘が、町中で連邦軍の兵士を張り倒した話が広まれば、シエン公は無論のことアウナ自身も咎められることを考慮してのことである。
普段から自分を「お兄様」と慕うことから、上手くごまかせるだろうと思い込んでいたが、まさかこんなにあっさりと見抜かれつつあるとは思ってもいなかった。
「明らかにあの子、お前よりも良い服着てるし、お前も兄貴として接している割にはどことなく気を遣っているよな」
「それが何か?」
「とぼけんな。いくら不仲な兄妹でも、家族ならもう少し砕けて付き合う」
美人だが、口より先に手が出る上に、足まで出す凶暴きわまりない姉と、同じく美人だが、自分にたかってあれこれ買わせたりワガママを言う小悪魔な妹がいる沢木は、アウナの慕いっぷりとレイタムの態度がどう見ても兄妹の関係に見えなかった。
「それとも、お前とは腹違いか種違いか? それでも、あの子の態度とお前の態度は明らかに違ってる。あいつらバカだから気づいていないだろうが、お前の態度はどう見ても貴人を警護しているようにしか見えない」
店に入る前から、明らかに周囲の状況を把握しながら、彼女を警護している姿を沢木は看破していた。
「……沢木さんにはごまかせそうにないですね」
戦術家としても的確で、全体を俯瞰して見る視点がある沢木は、レイタムが見ても指揮官としてはかなり有能な人物である。
幾度か訓練に参加した時、劣勢な状況下でも全体の進行状況を確認しながら逆転する、あるいは優勢のままで勝負を終わらせるなど、アルタイルの正規軍とは比べものにならないほどに沢木は有能である。
幾たびかの戦場を駆け巡ってきたレイタムも、沢木の指揮ぶり、特に観察眼には一目置いている。
それだけに、この男には嘘が通用しないことをレイタムは理解していた。
「おっしゃる通りあの方は……」
「お前さんほどの男が警護しているんだから、相当な貴人なんだろうが、その辺の詮索はせんよ。俺を信用しろ」
レイタムが語ろうとする前に、沢木は先に詮索はしないことを伝えた。
「恩に着ます」
「こんなことで恩に感じると、お前さんそのウチ頭下げすぎて首がおかしくなるぞ」
沢木は笑ってそう答えると、普段は冷静なレイタムもほんの少しだけほっとした。
そして、もし沢木のような指揮官が、アルタイル側にいればシエン公もかなりの楽が出来るだろうとも思った。
「しかしまあ、レイタムの奴も罪造りだよなあ」
ハッセがそうつぶやくと、オルガと競い合うかのようの菓子を食べ続けるアウナを眺めながらイェーガーも頷いた。
「あんな美少女が妹とか、なかなかあいつリア充だな」
「メシ代はかかりそうだけどな」
そう言うと、ハッセは店員の気遣いから普段飲み慣れている紅茶を口にする。先ほどからアウナは、まるで取り憑かれたように菓子を食べている。オルガはまだ普通に食っているが、一口一口の頬張り具合がが呆れるほどにでかいので、食べる量はまるで劣っていない。
「そういえば、皆さんは宇宙軍なのですよね?」
唐突に思い出したかのように、アウナがそう言った。
「そうだよ、俺達は連邦宇宙軍所属の第11艦隊のメンバーさ」
「そして、栄えある第442空戦連隊の一員でもある」
ブルゾンに描かれた「士魂」のワッペンと「442」と黄色で装飾されたエンブレムは、ハッセやイェーガーにとって誇りも同然であるだけに、それを強調するのように二人はその部分を指さした。
「お兄様から聞きましたが、太陽系連邦には二つの軍が存在するとのことでしたか」
「良く知ってんね。俺達が連邦宇宙軍、んで、お嬢さんに無礼を働いたあのクズ共は統合軍さ」
ハッセがいつもの軽口を叩きながらそう言った。アウナが指摘するように、太陽系連邦には二つの軍が存在している。
「基本的には、宇宙の事は俺達連邦宇宙軍の管轄。各惑星の防衛が統合軍の仕事だな」
イェーガーが言うように、連邦宇宙軍は文字通り、大気圏外の宇宙艦隊を統括し、太陽系連邦外縁を守り、各惑星間の航路確保を行うことを任務としている。
そして、統合軍は大気圏内、各惑星全域の防衛任務を担当していた。
「統合軍っていうのは、元々俺達の祖先がまだ地球で生活していた時にあった、陸・海・空の軍隊を纏めて作った組織なんだよ。だから、こういう惑星の中での仕事をしてるわけだ」
茶化してハッセはそう言うが、実際のところ連邦宇宙軍と統合軍は、決して仲が良いとは言えない。
かつての陸・海・空の各三軍同士に派閥争いなどが、歴史書の中にある欠点として指摘しているように、二つに分けられ、独立した軍隊が良好であることよりも、不仲であった事象を探す方が容易なほどである。
太陽系連邦軍、特に連邦宇宙軍と統合軍は設立当初から互いに対立関係にあった。元々、活動範囲が大気圏外から各惑星間の航路の安全と、現在に至っては外宇宙からの防衛など、連邦宇宙軍は現在拡大の一途を辿っている。
それに対して、統合軍は基本的に各惑星の大気圏内での活動や、単一での惑星防衛が任務であることなどから、活動範囲が非常に狭まっている。
また、統合軍よりも宇宙軍の方がやはり人気であることも拍車を掛けており、故に小競り合いや喧嘩も決して珍しくはなかった。
「でも、アルタイルに駐屯するのは何故統合軍なんですか?」
あんみつのスプーンをくわえながら、尋ねるアウナの指摘に、ハッセとイェーガーは意外な質問が飛んできたことに驚いた。
レイタムも同じことを過去質問してきたが、まさかその妹も同じくこの面倒な質問をしてくるとは思ってもいなかったからでもある。
「割とこの子賢い子じゃね?」
「人は見かけによらないというか、まさにレイタムの妹だな」
ぼそぼそと二人は、面倒な質問がやってきたことに困惑する。普段は彼らの兄貴分である隊長が説明するのだが、面倒な説明が苦手なハッセと、説明がくどいことに定評があるイェーガーは、この手の説明はなるべく避けて通るようにしている。
「宇宙軍は本来、プロキシマに駐屯していますのよね? 何故、本来惑星内部での活動を行う統合軍が、アルタイルに駐留しているのでしょうか」
「お嬢さんそれはね……」
ハッセはとりあえず誤魔化そうとした。正直これは、一般人に聞かせて良い話ではない。何しろ、これは本国でも懸念している懸念事項でもあるからだ。
「どうして、宇宙軍ではなく統合軍が闊歩しているんでしょうか?」
「統合軍の方が動員兵力が多いからですね。宇宙軍は自動化が進んでいますから、必要な数の兵員しかいないからです」
すまし顔で蜜豆を食べながら、オルガはそう言った。そしてそれはハッセとイェーガーが懸念した本音を誤魔化すには充分過ぎるほどの言い訳でもある。
「規模と権限は宇宙軍が上ですが、人員は統合軍の方が多いんですよ。だから、宇宙軍の代わりに統合軍がアルタイルに駐屯しているんです」
これも嘘ではない。第二次プロキシマ会戦以降、連邦宇宙軍の規模は拡大の一途であったが、同時に権限もまた拡大傾向にある。
宇宙軍の艦艇は大気圏内でも活動可能である為、太陽系内部でも各惑星間の管轄を気にせずに行動できる上に、プロキシマからシリウス、そしてベガやアルタイル方面での活動は連邦宇宙軍作戦本部、それを経由して宇宙艦隊総司令部、そしてプロキシマ鎮守府を本拠地としたプロキシマ方面軍に一任されている。
「ですから、統合軍の振る舞いには気を付けてくださいね」
にっこりとオルガはそう答える。上官である沢木がいたら、思わず拍手の一つでもやってしまいそうなほど完璧な質問であった。
「そうですわね。統合軍があそこまで野蛮とは思ってもいませんでした。宇宙軍の皆さんは紳士の方々ばかりですね。得にオルガさんは」
笑顔で答えるアウナの言葉に、安堵していたハッセとイェーガーの背筋が凍りそうになった。満面の笑顔は、美少女の印と言えるほど、完璧でかわいらしいものであったが、途端にうつむき、目を伏せるオルガから負のオーラが飛び出ていた。
「い、妹ちゃん、宇宙軍はね、紳士ばかりじゃないんだよ」
「バカ! そんな言い方があるか!」
思わずイェーガーはハッセの頭を叩き、ツッコミを入れるが、時すでに遅し。オルガの褐色の肌がいつも以上に血色が悪くなっていた。
「だってオルガさんみたいな紳士の方がいらっしゃるならば、それは誇らしいことではないですか?」
「だからそう言う意味じゃ……」
良く事態を飲み込めていないアウナの怪訝そうな顔とは対照的に、どす黒い肌とオーラまで出しているオルガの機嫌がますます悪くなっていく。
「……私が紳士ですか?」
化けて出てきそうなほど、抑揚どころか生気が無いような気味の悪い声に、ハッセとイェーガーはますます背筋が冷たくなっていく。
そして、目の前にいるアウナも、明らかに妖怪のようになったオルガの姿に気づいたのか、顔が青ざめているのが分かる。
「私が紳士に見えるとでも?」
まるでホラー映画に出てくるような亡霊のような顔になっているが、あまりの変貌ぶりにアウナは完全にドン引きしている。
「もしかして……女性だったのですか?」
「もしかしなくても女性です……」
ショートにしていることと、若干中性的な顔と沢木よりも7センチ低いだけの身長から「プリンス」だのと揶揄されるオルガだが、根は甘い物に目が無いスイーツ女子である。
「もしかしなくても、たぶんでも、もしやでも、私は女性です! 女の子です! こんな美人な男がいますか!」
半分涙目になっているが、同時にのどを指さし、男性ならばあるはずの「のど仏」が無い事までアピールしている。
「なんなら脱ぎましょうか!」
「お待ちください! そこまでは誰も!」
そう言うなり、いきなりブルゾンを脱ぎ捨てる姿にハッセとイェーガーが慌てて止めに入る。
「
「お前がスイーツ女子なのは分かったから、服を脱ぐな!」
両腕を押さえるハッセとイェーガーだが、下手な陸戦隊の兵士よりも腕っ節も強いオルガを傷づけないで落ち着かせることは困難であった。
ましてや、彼女をうっかり傷物にするととんでもない形での叱責と雷が飛んでくることをこの二人は理解している。
「今日は厄日だな……」
「これなら、部屋に籠もって酒飲んで寝てた方がマシだったぜ」
泣きわめき、自分が「女である証拠」を見せつけようとするオルガを抑え、怪物に直面した少女の青ざめた顔と共に、二人は今日一日の不運を呪った。
そして、それは今日一日どころか、彼らの人生にとっての厄日であることをまだ誰も気づいてはいなかったのである。
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