第6話

 「それにしても、よくこんな良い店を見つけたな」


 久々に飲む地球産の煎茶を飲みながら、沢木はこの店を見つけたオルガを褒めた。沢木のルーツである、地球の日本の文化が残る和風の店。しかも、かなり凝った落ち着きがある内装に沢木は嬉しくなった。 


 「以前から、隊長がこういうお店が好きだと聞いていましたから」


 ややうつむきながら言うオルガの視線を気にせず、沢木は煎茶を啜りながら、久々に食べるきんつばを口にした。ほおばると、口いっぱいに甘さが広がるが、米粉の衣がふんわりとした独特の食感と共に、小豆独特の香りがなんとも言えない。 


 「うん、旨い旨い。実にどっしりとしているというか、なかなかの甘さだな」 


 酒も飲むが、甘いものも好きな沢木は、周囲の手が止まっていることも気にせずに食べ続ける。きんつば、大福、汁粉におはぎ、和菓子の中でも素朴で小豆餡を主体にした菓子は、沢木の好物であった。


 「隊長良く食べられますね」


 どこか、面食らったような顔のハッセは、沢木の食べっぷりを揶揄した。


 「お前らも遠慮しないで食えよ」


 「なんか色がちょっと……」


 日本食がメジャーになってから数世紀が経過している時代であっても、小豆主体の褐色は食べる者に勇気を必要とする。チョコレートとも違う、独特の色彩にハッセもイェーガーも少しだけたじろいでいた。


 「少しは、そこのお嬢さんを見習え。旨そうに食ってるだろうが」


 沢木は甘い物が苦手で、お茶しか飲んでいないレイタムの隣で、旨そうに大福を食べながら口をリスのようにしている亜麻色の髪の少女に視線を向ける。


 「こんなに美味しい御菓子があったなんて、驚きです! お兄様、そのお餅食べないんですか?」 


 愛くるしく言っても、どこか獲物を逃がさない猛獣のような態度に思わずレイタムは、自分のおはぎをそのまま手渡した。


 「いいんですか?」


 顔を輝かせるアウナとは対照的に、苦い顔をしているレイタムは、ハッセをして「爆弾」と呼んだ、子供の拳ほどもあるおはぎを食べるアウナを珍獣か何かのように見ていた。


 「美味しい! これが太陽系ヘリウスのお菓子なんですね!」


 むしゃぶりつくかのような食べっぷりは、沢木にも負けていない。感激しているだけ、アウナの方が上だろう。あまりにも堂に入る食べっぷりに沢木は思わず笑ってしまう。 


 「そうだよお嬢さん。これは太陽系じゃごちそうなんだ。そのおはぎはな、邪気を払う為に食べるんだ」


 「邪気?」


 「そいつの外側を覆っている餡、小豆には邪気を払うという言い伝えがあって、それを食べることで凶事を払うことができる。だから、よく祭事の際には食べられたもんだ」


 そういいながら沢木はおはぎにかぶりつく。隠し味に入れた塩も増量しているのか、かなりどっしりとした甘さ、というよりもがっちりとした味と評した方がいいほどの満足感が得られるのがたまらない。


 「それにしても、まさかレイタムにこんな可愛い妹がいるとは思わなかった」


 一息茶を飲みながら、沢木がそうつぶやくと、レイタムは茶を吹き、アウナはかぶりついていたおはぎをのどに詰まらせそうになった。 


 「ご冗談を……」


 「それはこっちのセリフだ。前に話した時、お前独り身とか言って無かったか?」


 連邦軍の軍事顧問としてルオヤンに駐屯してから、シエン公の紹介状によりレイタムが、沢木率いる第442空戦連隊に通ってから半年が経過していたことを沢木は思い出す。


 宇宙軍の精鋭である、442連隊の面々にも負けないほど屈強な体力と、知恵が周り弁が立つことと、決して卑屈にならず、礼儀正しいことから連隊の面々からもレイタムは信頼を得ていた。


 そして、沢木もアルタイルの事情を聞きながら、同時に彼に対してそれなりに空戦についてを教えてきた。

 無論軍機に触れない程度ではあるが。


 「お兄様は私のことをお伝えしていなかったのですか?」


 「だって言う必要はないかと……痛い!」


 いきなり太ももをつねられ、レイタムは悲鳴を上げるが、不機嫌になったアウナはふくれっ面になった。せっかくの美少女が台無しになる。


 「なんだ、お前兄貴のくせに妹にはてんで弱いんだな」


 「レイタムにも弱点があったとはな」


 ハッセとイェーガーが揶揄するが、レイタムも恥じ入って反論すらしなかった。

 「お前らあんまり虐めるな。妹とか姉とかは大抵、みんな弱いもんだ」


 怖い姉と、小悪魔な妹がいる沢木がそう言うと、ハッセとイェーガーは再び笑った。


 「隊長がそれ言ったらダメでしょ!」


 「あんまり笑わせないで欲しいですね」


 ゲラゲラ笑うハッセと、苦笑しながらも、実際は大ウケしているイェーガーの姿に、沢木はちょっとだけぶん殴りたくなった。


 「お前ら嫌いだ! せっかく奢ってやろうと思ったのに……」


 沢木も不機嫌な顔をしながら、お茶を啜る。菓子の邪魔にならないように入れられた渋めの煎茶が、妙に苦く感じた。


 「オルガ、お前は金出さなくていいからな。俺が奢ってやるからなんでも食べろ」


 「良いんですか?」


 「あのバカ共は、上官をコケにしやがった。後で説教してやる。遠慮なんてするな。その分の手当は稼いでる」


 そう言うと沢木は懐からプラチナカードを取り出す。高給取りが多い空戦隊は、出撃数で手当が加算される為、艦艇要員以上の給料をもらえる。

 この店がちゃんとカードが使えることはすでに確認済みであった。


 「本当にいいんですよね?」


 「くどい! 俺がいいって言ったんだ。遠慮するな!」


 気っぷの良さは名指揮官の条件であることを、尊敬する上官から教わっているだけに、沢木は常に部下達にいろいろと身銭を切って奢っている。これぐらいは充分財布の許容範囲だ。


 「ではお言葉に甘えます」


 甘味処に来て、今更甘えるも減ったクソもないと思ったが、割烹着を着た女性の店員にオルガは「このページにあるの、全部お願いします」と言い出した。

 見た目に反して甘党であることを沢木は知っていたが、想像以上の食欲に思わず笑いそうになる。


 「よろしいのですか?」


 「上官から許可は貰いました」


 困惑する店員の姿とは対照的に、明らかにテンションが上がっているオルガを、うらやましそうにアウナは眺めていた。


 「なんだ、お嬢さんも食べたいのか?」 


 沢木が尋ねると先ほどのオルガのように「よろしいんですか?」とアウナが嬉々として尋ねてきた。


 「袖振り合うも多生の縁だ。遠慮するといい大人になれないぞ」


 暗に、ハッセとイェーガーを指さしながら、沢木はそう言うと今時珍しい葉巻を懐から取り出した。


 「隊長、一服ですか?」


 「一本だけな。すぐ戻る」


 人類が宇宙に進出して以来、事実上タバコは根絶された。宇宙船やスペースコロニー、宇宙ステーションで何より貴重なのは水と酸素である。


 それを物理的に汚す上に、喫煙者自身は無論のこと、非喫煙者の健康を害することから、宇宙で生きていく上でタバコの類いは事実上根絶された。

 だが一方で、マナーに応じてタバコ、特に葉巻のように煙を楽しむ愛好家までが根絶されたわけではなく、礼儀の良い喫煙者が、絶滅危惧種のような形で残っている。


 それをレイタムは追いかけると、すでに沢木は外に緋毛氈がしかれた縁台に腰掛けて、愛用している葉巻を吹かし始めていた。 


 「助けて頂いて感謝します」


 「気にするな。ありゃ統合軍のアホタレ共が悪い」


 礼儀正しいところと、しっかりと感謝を示してくれるところが、好漢達が多い空戦隊員達に気に入られている理由だが、沢木はレイタムに一本葉巻を渡した。


 「やるよ」


 「いいんですか?」


 「一本ぐらいなら大丈夫だ」


 ヘッドをカットして、レイタムに葉巻を銜えさせると、ライターで火を付ける。そして自分のように吸って吐くのを繰り返させた。


 「旨いか?」


 「それなりに」


 「まあ、無理に吸わなくていいんだ。葉巻は煙をくゆらせるのが楽しみだからな」


 タバコの類いは基本に嫌いではあるが、葉巻を吸いながら紫煙を眺めていると、割とストレスが解消される。


 そうした精神安定剤として沢木は葉巻を重宝していた。無論吸うのは、こうした惑星の大気圏内であるが。


 「こうやって一本煙を噴かすと、わりかし精神が落ち着くから不思議だな」


 「沢木さんがこういうモノが好きだとは知りませんでしたよ」


 「俺は酒だって飲むし、できれば旨いモノを食いたい煩悩の塊みたいなもんだ。それに、多少の息抜きは生きている時間を大切にしていることの証明だな」


 連隊長として、デスクワークや戦闘指揮を執ることもあるが、教官役としてアグレッサーも勤める沢木の本質はパイロットである。


 一度出撃すれば、生きて帰ってくるまでが過酷と言える環境。特にミスが命取りになる空戦隊は生きて帰ってくることが何よりも重要と言える。


 生きているという実感は、こうした平穏の時ほど沢木は感じていた。


 「いつ頃こちらに戻られたんですか?」


 「一週間ぐらい前だな。その前ベガ、その前はシリウスにいた。杉田の親分に気に入られているのか、あちこちを転戦してきたよ」


 元々沢木率いる第442空戦連隊は、第11艦隊に所属しているが、半年前に統合軍にかり出され、アルタイルと太陽系連邦との盟約により軍事顧問としての仕事を行っている。


 特に、442連隊は杉田恭一をして「先駆け部隊」と呼ばれるほど、士魂艦隊の先駆けとして活躍しているほどだ。それだけに、休養も兼ねて軍事顧問としてアルタイル正規軍へ教導隊のような仕事をやらされている。

 「やはり、反乱は絶えませんか?」

 「反乱が絶えないというよりも、なんというか、無茶苦茶だな。生活に困った連中が、暴徒になったり海賊になってるケースもある。中央からのコントロールからも外れた連中もいるほどだ」


 「そうですか……」


 元は自分も流民の出であり、一歩間違ったらそうした反乱分子扱いされてもおかしくない境遇であるだけに、レイタムはどこかむなしさを感じていた。


 「まあ、それなりに治安は回復はされているから、マシにはなっていくんだろうけど、それよりお前、一つ聞きたいことがある」


 「何ですか?」


 珍しく、沢木が神妙な顔をしていることにレイタムは気づく。普段は自分から誰かをいじったり、鼓舞したり褒めたりと旨く相手を持ち上げたり、あるいはイヤミにならないほどの毒舌を言ったりするような男であるだけに、レイタムは何があったのかと警戒した。


 「あの子、お前の妹じゃねーだろ?」


 あまりにも唐突過ぎる質問は、レイタムの予想を遙かに超えていた為に、うっかりレイタムは葉巻を吸い込んでしまう。


 ニコチンとタールに混じった煙が肺に充満し、さらに煙が目に染みてきた。酒もタバコも舐める程度しかやらない男には少々きつすぎる煙と共に、沢木哲也という男の言葉を、レイタムは妙に苦く感じてしまった。

 






 


 

 


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