第3話

 自分の運命を半分ほど呪いながら、レイタムはしょぼくれながらも神経を使いながら、この淡い亜麻色の少女と共に王宮からルオヤン中心街へと歩いていた。


 「何故こうなってしまったのか」


 思わず口から出た言葉に、先ほどまで浮かれ気分であった少女がいきなり自分に向かって振り向く。


 「お兄様は楽しくないのですか?」


 無邪気な態度とは一変して、不機嫌な顔になったシエン公の一人娘、アウナの顔にレイタムは「そういう訳では」と慌てて否定する。


 「せっかく、今日は二人でお出かけができると思ったのに……」


 「何か今日は特別な日でしょうか?」


 丁寧な口調で、宥め賺すレイタムの態度に、ますます機嫌が悪くなったのか、黙っていれば充分美少女と言ってもいい彼女の顔が丸くふくれあがった。 


 「別に~お兄様が忘れているならばその程度だったってことです」


 まただ。この黙っていれば美少女、おとなしくしていれば、可愛い少女がレイタムは苦手である。


 丁寧な口調で丁寧に言ったことが不機嫌になり、辛辣な苦言や忠告をしたときは何故か機嫌が良くなる彼女のことが、今ひとつレイタムは理解できずにいた。


 そして、自分よりも強く、そして顔の整ったシエン公の食客や部下達がいる中で、何故か彼女は自分のことを「お兄様」と呼び、一応慕っている理由が分からない。


 「それで姫様、本日はどちらにお出かけで?」


 「いいんです~お兄様が覚えてなきゃ意味が無いんですから~」


 ふて腐れながらも、歩く速度が少しずつ速まっていることに気づくと、レイタムもそれに合わせて速度を上げる。それに気づいたのか、慌てて速度を上げるが、彼女の背丈はせいぜいレイタムの腹部ぐらいであり、当然ながら一歩の距離には大きな差がある。


 ましてや、相応に鍛えているレイタムと、まだ未熟な少女に過ぎない彼女が身体能力で勝負ができるはずもなく、呆気ないほどに勝負が付いてしまった。


 「いたずらが過ぎますよ姫」


 「私だって、お兄様をからかってもいいでしょう?」


 「からかうのは勝手ですが、あなたはシエン公のご息女です。あなたの恥は、シエン公の恥になります」


 「お父様は関係ないでしょう! 私は私なんだから!」


 確かにその通りと言いたくはなる。自分が身よりの無い孤児であり、シエン公に気に入られて、彼の食客兼書生として有り余るほどの待遇を得ている自分としては、人は望んで生まれてその立場を選べるわけでないことは嫌というほど知っている。


 「それを言うなら、お兄様の態度もお父様の恥になるのではないですか?」


 「私は公に姫の護衛を命じられており、その職権の範囲内で職務を遂行しているだけです。それが恥になるならば、姫の護衛を命じられた公自身の問題になるでしょうね」


 こういう論法は本来大嫌いではあるが、そういう論法を持ち込まない限り、収拾が付かないことをレイタムは察した。シエン公とは似ても似つかぬことで有名な姫君ではあるが、聡明さと弁が立つところと、割と自分の意見を押し通すところはびっくりするほど似ている。


 「お兄様のバカ……」


 そうつぶやくと、再びアウナはレイタムを無視して駆け足で歩いて行く。いつもならばここで毒舌と口げんかに近い応酬の始まりであるのだが、いつもと違い、彼女は拍子抜けするほど妙に大人しい。


 無礼を働いた食客を、無礼打ちにして半殺しにするほど気が強い彼女ならば、ここから「これだからお兄様は」などとまくし立てては自分に有無を言わせずに迫ってくる。


 ところが、それが今日はすぐに議論、というよりも口論を打ち切っては憤慨しての繰り返しだ。変なモノでも食べたのか、どういうことなのかがまるで分からない。


 そうこうしているウチに、貴族達が住まう区画から、いつの間にか気づけば宮殿から離れた市場に近い場所に着いてしまったことにレイタムは気づいた。


 「まずいな」


 皇帝とその一族が住まう王宮を中心とし、朱色に染められた御所から朱皇宮から、貴族達が住まう琥珀街まではルオヤンで一番治安が保たれている場所である。


 だが、同時に一番つまらない場所でもあり、貴族達の庭園や警備の兵士達ぐらいしか見るモノが無い。


 そして、そこから離れたこの界隈は、宮殿にも近く、貴族達の屋敷にも近いことから相応の大店を構える商売人達がいるため、相応に治安は保たれている。


 だが、近年の内乱のおかげで、物騒な話をレイタムは聞いていた。


 流石に、皇族や貴族や兵士を襲うほどではないが、それ以上にやっかいであると同時に、面倒な連中がたむろしているのがこの付近だ。


 慌てて自分から離れているアウナを追いかけると、アウナは一人で歩道でごった返す流民の姿を見ていた。


 「ひどい姿……」


 深緑の瞳に映っている流民達は、まるで何かしらの苦役を生まれた時から抱えているように見えるのか、どこか哀れむようにアウナはそう言った。


 「姫、ここは御身にふさわしい場所ではありません」


 「であれば、彼らにふさわしい場所はどこにありますの?」


 意外な言葉が出てきたが、この少女は外見も中身も幼い割には時折鋭いことを言う。こういうところはまさに、アルタイルにその人ありと言われたシエン公の娘らし

いと言える。


 「お兄様、あの人達はどうして延々と歩き続けているんでしょう?」


 アウナやレイタムが来ているような、華やかな装束とは対照的に、流民達は皆ボロに身を包み、髪は乱れ、そして目は虚ろで足下もどこかふらつきながら、まるで罪人のように行進しながら歩き続ける。


 「彼らは流民です。帰る家もなければ、当然ながら住む家もありません」


 「これも、内乱のせいなのかしら?」


 「おそらく」


 ルオヤンだけがこうではないことは、ここに来る前までは自分も彼らと同じような境遇であったレイタム自身が知っている。


 どこの星でも、彼らのような流民があちこちにいて、あちこちに向かいっている。安住の地を求め、戦いを避けて彼らはここにいる。


 それが、果たして身を結ぶのか、安住の地などがあるかなどは考える暇もなければ、考えるだけの余裕も存在しない。


 帝国が、太陽系連邦との戦いで敗戦を迎えて以来、周辺星域での治安は悪化し、反乱と動乱が当たり前のように起きているのが今のアルタイルの現状だ。


 「お父様はこれを知っているのですか?」


 「存じております。そして、その対策も行っています」


 とは言っても、シエン公自身をして微々たるものというような代物だ。炊き出しや、彼らのための宿を、無償で運営し、仕事を紹介するなどのことはやっている。


 「シエン公は確かに、彼らの為に手を尽くしています」


 「であれば、何故彼らはああも苦しんでいるのです?」


 甘やかされているとはいえ、彼女もまた父であるシエン公に対しては親愛と敬意を持っている。それ故にこの現状を知りながらも、現状を改善出来ないでいる父のふがいなさを感じているのであろう。


 「シエン公は政戦両略に優れたお方です。ですが、シエン公は全知全能の神ではありません」


 「そんなことは分かっています! ですが何故、こうも悲惨な有様が続いているのですか?」


 「公にも限界が存在するからです」


 シエン公は優れた人物ではあるが、正直彼に同意する重臣達は食客であるレイタムから見ても少ない。


 正直味方と言えるのは現在シエン公に変わって大将軍の地位にあり、アウナにとっては伯父にあたるガイオウ公ぐらいなものだ。


 シエン公が流民対策で食客達に頭を下げ、給金を減らしながら、同時に実の弟に頭を下げてまで彼らを救おうとしている姿をレイタムは見ている。


 「公は身銭を切りながらも、対策を行っていますが皇太子のご身分であっても、一公人の立場であれば、億を超える民に施しを与えることはできても、救うことなどはできません」


 故に、あの方は今皇帝になろうとしている。皇帝となり、玉座を得ようとしているのは本気でこの国をなんとかしようとしているからに他ならない。


 「ですが姫、お父上のことは信じてあげてください。あの方は次期皇帝となられる身であり、この悲惨な状況を改善しようとしております。そして、非力でありながらも、目の前の弱者を見捨てるのであれば、私のような食客に頭を下げて、彼らを救うために給金を減らすことを頼むようなことはいたしません」


 故に、自分はシエン公に仕えている。口だけできれい事を言う人物は、24年も生きてきた中で、掃いて捨てるほど知っている。たまたま拾われた立場であり、たまたま愛娘を救った身でありながらも、彼に悪態や冗談を交わしながらも彼に仕えるのは、心から尊敬できる主君であるからに他ならない。


 故に、一万を超えるとされる公の食客達が、その人柄を尊敬して彼を慕っている。皇太子でありながらも、弱者を見捨てず、優れた人物ならば、どんな身分であっても進んで受け入れるその度量があるからこそ、シエン公は、太陽系連邦からも一目置かれているほどである。 


 「だから、どうか姫だけはお父上の味方であり続けてください」


 「分かっています! もちろん、お兄様もそうですよね」


 「当たり前です。私にとって、姫やシエン公には恩義が……」


 そう言いかげた時、物騒な音が聞こえると同時に、空気が焼き焦げたようなにおいがした。気づけば、黒服の戦闘服に身を包んだ太陽系連邦軍の兵士達が、罵声を浴びせながら流民達に向けてブラスターを突きつけていた。


 「連邦軍か、一体何を……っと姫!」 


アウナは連邦軍の兵士達の元にへと走り出していた。正義感が強いことは父親譲りとはいえ、こういう無鉄砲さは何度諫めて治るものではない。


 だが、レイタムは彼女のこうした無鉄砲さを今していたが、その行動原理までは嫌いになれなかった。


 故に、レイタムもまた彼女を追っていった。恩人である彼女を救う為に。

 




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