第4話
アルタイル帝国、首都星ルオヤン。かつては栄華を極めた帝国の中枢ともいうべき都の姿はすでに過去のモノとなっている。
太陽系連邦とのプロキシマ戦役以降、大敗したアルタイル帝国は以後、各地で内乱が勃発。強大な力による統治は、その力を失った結果、鎖に繋がれていた猛獣とも言うべき各地に封じた貴族や皇族、王族達の争いを起こし、以後アルタイル帝国の力は傾斜し続けている。
そして、その犠牲となっているのは力なき民であり、彼らは戦乱から住む家を奪われ、生活基盤を失い、以後安住の地を求めては各地を渡る流民となった。
『ベガがダメならシリウスへ、シリウスがダメならばアルデバラン、それでもダメならばプロキシマ。だが、いっそ死ぬ前に都を見たい』
一時期、流民達の間で流行ったのがこの詩とも言えない戯言だが、実際のところルオヤンを除けば、アルタイルで安定していると言えるのはベガやシリウスやアルデバラン、そして太陽系連邦が支配しているプロキシマぐらいなものである。
各地の内乱は少しずつ終息してはいるが、棄民となった民達の安住の地が生まれたわけではなかった。
ルオヤンに来たとはいえ、仕事があるわけでもなく、農地を耕そうにも皇族の直轄地と貴族の荘園だらけのこの星では、種をまくことすら難しい。
そして、ルオヤンにはもう一つの懸念事項があった。
「貴様、一体何をする!」
黒い戦闘服の男がそう叫ぶと、その隣て怯えているボロを来た流民とは対照的な、華麗で気が強そうな少女が怒気を丸出しにしていた。
「民に銃を突きつけるとは何事ですか!」
見かけによらない、というよりも背丈に合わないほどの大きな声で、シエン公の娘であるアウナは、この無礼な太陽系連邦軍の兵士を一喝した。兵士達はヘルメットと呼ばれる特殊な兜を被り、首の付け根にはアルタイルの民とも通話可能な翻訳機を付けていおり、明らかに彼女を威嚇していた。
ルオヤンには現在、太陽系連邦軍が駐留している。二十年前の大敗以降、同盟という名の屈服の結果、現在では太陽系連邦軍は我が物顔で、アルタイルの首都星であるルオヤンを闊歩している。
「言いがかりは止めて欲しいものだなお嬢さん、こいつらが一体何をしてきたのか分かっているのか?」
兵士達の中でも、指揮官に辺る男が大仰な態度でそういった
。
「こいつらは、我々が食事中にいきなり我々の食事を奪おうとしたんだ」
兵士達がニヤニヤと笑いながらも、銃を突きつけられていた流民はうつむいたままで、何も答えようとしない。
「そもそも、我々の食事を邪魔した上に、我々の食料は全て、連邦市民からの税金で賄われている。市民がいないあなた方には理解できないことだが、それを奪おうとすることは、略奪と変わりないのではないか?」
そういいながら、その指揮官は大きな骨付きの肉を、旨そうにかぶりついていた。
他の兵士達も、パンや保存食とは言え米なども口にしている。
飲まず食わずの流民から見れば、明らかにごちそうと言ってもいい代物だ。
「それとも、アルタイルは略奪を是とするのかね? 実に野蛮だな国だな」
アウナを徹底的にバカにしながら、同時にアルタイル人をも侮蔑しているのがレイタムが見ても嫌でも分かった
「それにしても、アルタイルというのは面白いところだな。首都星でありながら流民だらけ。まともな仕事すら存在しない。あるのは物取りと乞食だけだ」
それは間違ってはいない。だからこそ、シエン公は苦心している。腕のある職人や技術者ならば、流民にならず、逆に率先してシエン公らは食客にしたり、腕に自信があるものは率先して雇っている。
そうした、腕も何も無い者達は結局のところ流民になり、帝国内をうろうろする意外に道が無い。
「アルタイルの民を侮蔑する気ですか!」
「侮蔑ではない、事実だ。太陽系では無論のこと、プロキシマでもここまで滑稽なことはない。そうだろ、お前達」
そう言うと、兵士達は再びアウナと流民達を笑う。嘲笑していることは明らかであり、コレがアルタイルの人間ならば、皇族に対する不敬であるとして断罪されてもおかしくは無い。だが、幸運なことに彼らはアルタイルの民ではなかった。
そして、それを理解しているだけにレイタムは、大げさにおどけながら、アウナと兵士達の間に入った。
「お嬢様、ここにいらしたんですか? 旦那様がお待ちですよ」
そう言うとレイタムは自然な形でアウナを抱えて、その場を離れようとした。しかし、レイタムの手を払いのけたアウナは、怒りのままに自分と民を侮蔑した兵士の顔を、思い切り平手打ちした。
皮膚を叩いた時の独特の乾いた音と共に、兵士はそのまま張り飛ばされてしまう。
「私の中傷ならば耐えられる。ですが、民草を侮蔑するとは何事ですか!」
あまりにも堂々とした態度は、流石にシエン公の娘と言ってもよく、周囲の流民達や兵士達すら、目を見張りながらその光景を眺めているほどであった。
「口舌の刃ならぬ、銃を持って民を侮蔑し、それでもなお他者を貶めるのは、
彼女の怒りは正しく、真っ当なものだ。だが、それは、相手が対等であればの話である。残念だが、皇太子の娘であり、皇族であるアウナよりも、アウナが激怒したこの兵士、
彼らとの争いは避けるように主君に言われているだけに、レイタムは自分は主君からの役目を果たせないことに頭を抱えたくなった。
「この……敗戦国民が!」
張り飛ばされた兵士が、怒りで我を失い、自分の所有するブラスターライフルをそのままアウナとレイタムに向けた。アウナを守ることを優先しようとしたレイタムはとっさに彼女を庇おうとし、二人の間に入ろうとした。
「おもしろそうなことになっているな」
どこか間の抜けた口調ではあるが、意外な助けが来たことにレイタムは安堵する。
「沢木……さん?」
「ようレイタム、デート中か?」
とぼけた口調で、太陽系ではオリーブ色と呼ばれる色で染められ、ブルゾンという上着をまとった沢木哲也の姿は、いつも以上に頼もしく見えた。
「なんだ貴様は?」
黒色の戦闘服を着た兵士がそう言うと「お前こそ誰だよ?」と沢木は、わざと煽るような口ぶりで言い返す。
「隊長、こいつら統合軍みたいですよ」
同じブルゾンを羽織っているハッセに耳打ちされ、沢木は途端に機嫌が悪くなった。
「なるほどねえ、通りで柄が悪いわけだ。面も悪いがな」
容赦ない口ぶりに、思わず兵士の一人が沢木に掴みかかろうとするのを、もう一人の兵士がそれを止めようとした。
「止めろ、あいつらは士魂艦隊の連中だぞ!」
その言葉と共に、兵士達の目の色が一斉に変わるのをレイタムとアウナは見た。
「なんだ、知ってるんじゃねえか?」
そう良いながら、沢木は制止された兵士の頬を軽くはたいた。沢木達が所属する第11艦隊は、11を漢数字の十一にすると士になることから、司令官の杉田の遊び心と精強さで「士魂艦隊」と呼ばれており、同時にその強さは敵味方を問わず、有名であった。
「ですが肝心な事は分かってないみたいですね」
「だな、俺達が士魂艦隊と気づいたことは理解したみたいだが、この黄色のエンブレムがまだ見えねえみたいだ」
イェーガーの指摘に入りながら、沢木は左胸の「士魂」と描かれたワッペンと対になる形で、黄色に染まった、442と書かれ、それの下に日本の刀がクロスしているエンブレムを見せつける。すると、今度は兵士達の動揺が、途端に恐怖に変わった。
「ま、まさか……い、イエローエンブレム?」
そう言う兵士の顔を沢木は強引に掴み上げる。
「その言い方は正式名称じゃねえ。この442っていう数字がテメーには見えねえのか?」
第11艦隊は士魂艦隊として有名であるが、もう一つ有名なのが、この艦隊に所属する空戦隊のことだ。彼らは宇宙艦隊の空戦隊が切るブルゾンと共に、右胸に黄色く染まったこの独特のエンブレムを機体にもマークしていることからイエローエンブレムと呼ばれる。
正確には、第442空戦連隊と呼ぶのが通称ではあるが、彼らは精鋭で知られる士魂艦隊の中でも、とびきりの精鋭であり、若き猛将として勇名をはせる杉田提督と共に、第11艦隊の象徴と言ってもいい。
何しろ、彼らは常に第11艦隊の先鋒として活躍し、第11艦隊が士魂艦隊と呼ばれる要因の一つは、沢木が率いる第442空戦連隊のおかげである。
辺境の反乱軍や、軍閥、宇宙海賊、これらが恐れて逃げるほど、第442空戦連隊は恐れられ、そのイエローエンブレムは太陽系は無論のこと、アルタイル帝国でも、各地の軍閥や反乱軍、そして帝国軍にも知られているほどだ。
喧嘩を売るのは体の良い自殺のようなものである。
「す、すみません……まさか第442空戦連隊の方とはつゆ知らず……それも、高名な沢木大佐とお会いできるとは……」
「別に気にすんな、俺だってお前らが統合軍のクズ共ってことぐらいしか知らなかったんだからな。お互い様だ」
「いや、でも、その僕たちも悪かったので……」
「そうだよな、お互い様だよな。ところでイェーガー、この前お前らシリウスのPXで暴れた時、一人で何人までぶちのめしたっけ?」
「確か10人ってところですかね」
「俺は15人ぶっ飛ばしましたよ」
イェーガーが冷静に指摘しながら、同時にハッセも沢木と同じノリでそう答えた。
「オルガは?」
「私もハッセさんと同じぐらいです」
「あのときはやり過ぎたよな。何しろ連隊全員で統合軍の陸戦隊をコテンパンにしちまったんだからな」
とぼけた口調ではあるが、どことなく殺気を交えながら語る沢木の言葉に、レイタムも思わず緊張する。とある縁があり顔見知りではあるが、色白でどこか優男に見えるが、根っこの部分はシエン公の食客達に引けを取らないほどの武人であり軍人。それが彼の知る沢木哲也という男だ。
気づけば、先ほどまで威張り散らしていた数十人の兵士達が、沢木とその部下三人に恐怖していた。無理も無い。彼らは栄えある士魂艦隊、その精鋭の中の精鋭である第442空戦連隊なのだから。
「んで、ここはだ、お互いに失礼したということで、手打ちといかないか? 俺達、流石にこれ以上統合軍を虐めて始末書を書かされたくないんでね。それに、杉田の親分には弱い者虐めだけはするなと固く禁じられてるんだ。俺もこれ以上、杉田の親分の面子を潰すわけにいかないのよ」
暗にその気になれば、コテンパンにすることが容易であることを隠そうとせず、互いに無礼であったということから、今回のことをどさくさに紛れてなかったことにするのは、沢木が単なる戦場で武勇を誇るだけの武人ではないことを物語っている。
「そ、それは、はい、願ってもいないことです」
「ほんじゃ、今日のことは互いに無かったことにしよう。ああそれから、民間に向かって銃をぶっ放したことも特別に目をつぶってやるからな。それじゃ、お前らも真面目に仕事してろよ」
沢木がそう言うと、そそくさと兵士達はその場を出て行った。それを見届けると、レイタムは沢木に頭を下げた。
「沢木さん、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ失礼した。あいつら統合軍はどうも、規律がなっていない。後であいつらのことは報告しておいてやる、それより……」
沢木は呆然としていたアウナに頭を下げた。
「数々の暴言と無礼、大変失礼した。どうかこれで勘弁していただきたい」
本来沢木達は連邦宇宙軍、先ほどの連中は統合軍と呼ばれ、同じ連邦軍であっても指揮命令系統が違う。だが、アルタイルの人間から見れば、同じ連邦軍であることには変わりない。
「いえ、こちらこそ言い過ぎました。
「そう言われると恐縮です。ところでお嬢さん、お詫びに面白いところに行きませんか?」
「面白いところ?」
「お詫びですが、私の部下がなかなか面白いところを知っているそうですからね。これで嫌なことを忘れてしまいましょう」
明るく言う沢木の姿は、まさに士というべき振る舞いだ。堂々としながらも、非礼を詫びる姿は先ほどの兵士たちとは対極といってもいい。
「では、お言葉に甘えます。お兄様、いきましょ?」
一転して浮かれているアウナに、レイタムもほっとした心境となる。しかし、沢木の言う面白いところが果たしてどういう場所なのだろうかと頭によぎったが、喜んでいるアウナと、沢井の気配りにレイタムは甘えることとした。
そして、アウナにも後でしっかりと、説教することを忘れないようにしていた。
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