第2話
暇を持てあますのは、教養が無い証拠だと、かつて尊敬する上官に言われたことを、沢木哲也は不思議に思いだしていた。思わずそりゃそうですよと言ってやりたくなるが、沢木は本来ならばここにいるような人間ではない。
「しかし、ここいらは賑わってますねえ」
金髪のハッセ・ウインドが雑踏の中であふれかえる、ルオヤンの中心街でそうつぶやくと、赤髪のもう一人のジャック・イェーガーは呆れた顔で「火星の方がマシだ」とつぶやいた。
「んなことは分かってるよ。俺だって月の生まれだ」
「仮にもここは首都だ。繁栄していない方がどうかしている」
冗談を言っているつもりなのか、漫才をしているつもりなのか、彼らよりも頭一つ小さい沢木は思わず、この長身の二人の部下に呆れた。
「お前ら、いつから漫才師になったつもりだ?」
太陽系、そしてプロキシマからも離れた星間国家の首都星の中心街で、こんなくだらないことを聞かされることに沢木は不機嫌さを隠さずそういった。
「しかし隊長、ここじゃ楽しめないですよ」
「お前はここに旅行をしに来ているつもりか?」
ハッセの言葉にやや辛辣な言葉で返したのは、沢木自身が痛感していることだ。太陽系から離れ、歓楽街やそれなりに遊べる場所も多いプロキシマよりも、ルオヤンはいろんな意味で遊べる場所も楽しめる場所も無い。
「わーってますよ。仕事で来ているんですから」
賑わっているとは聞こえはいいが、沢木達から見れば賑わっているというよりも、人で雑多になっているだけというのが正確な表現だろう。
アルタイルの首都星であるルオヤンに、プロキシマから赴任してきたが、ルオヤンには観光名所のような場所や、レジャー施設なども少なく、ハッセが言う「遊べる場所」というものも殆ど無い。
探せばあるのであろうが、まだ看板を掲げているだけプロキシマの方がマシだ。
「賑わっているというよりも、なんだか身なりが良くない感じがのが多いですな」
冷静なイェーガーの指摘に、沢木も再度周囲を見る。アルタイルの装束は、ヘリウスほど整っていない、というよりもどこか雑多に見えるが、それがより顕著に出ているような気がした。
「各地で反乱も起きている。その流民もここには混じっているんだろう」
太陽系では見ることも出来ないような、ボロを着ている者が少なからずいる。あちこちの賑わいの中でどこか曇ったような表情をしているのは、そういう事情があるのであろうと沢木は思った。
「あーあ、これじゃ杉田提督の訓練に付き合った方が良かったですよ」
退屈な態度を、ハッセはあらわにしてそう言った。
「オルガ、お前さんもそう思うだろ?」
褐色の肌が特徴の、太陽系の著名な歌劇団にも出てくるような美貌をしているオルガ・フォルゴーレにハッセは唐突に同意を求める。
「え? あ、はい……ですがこれも杉田提督の命令ですから」
唐突な先輩であるハッセからの問いに、予想もしていなかったオルガは困惑した顔で銀髪をかき分けながらそう言った。
「ですが、珍しくハッセの意見に同意したくなります。杉田提督と一緒にアルデバラン方面に行った方が良かったと思います」
真面目なイェーガーですらこんな調子であるが、実際沢木も尊敬する杉田恭一中将率いる第十一艦隊と共に、アルデバランへと出撃したかった。だが、これはその杉田からの命令された休暇なのだ。
「お前ら、一ヶ月前まで俺達どこにいた?」
「バカにしないでくださいよ、シリウスですよ。そこで宇宙海賊をぶっつぶしてきたのは隊長だって知っているじゃないですか?」
「その前は?」
「ベガの軍閥相手に一戦カマしました。ぶっつぶすまでに一ヶ月はかかったと思いますが」
何が言いたいんだろうかというハッセとイェーガーの言い方に、思わず沢木はこの部下達をひっぱたきたくなった。
「つまり、二ヶ月も俺達は戦い続けたわけだ。勲章も貰ったよな。お前らも昇進した。だけど幸い、負傷者は出たが戦死者は出なかった。それを汲んで休暇を貰ったことにお前達は何故、感謝をしない?」
太陽系連邦宇宙軍に所属する彼らは、つい最近まではシリウスにベガと各地での戦いに参加していた。いずれも勝ち戦ではあったが、激戦であったことには変わりなく、その功績と共に温情を受けたのが今回の休暇である。
「そりゃそうですが……」
「多少の不自由は我慢しろ。そのうち、アルデバランどころかベデルギウスまで行かされるかもしれんのだ」
ハッセの反論を制する沢木だが、いらだっているのは彼も同じだ。ルオヤンには楽しむだけの娯楽に欠けている。
そして、アルタイルの料理は正直口に合わない。かといって、プロキシマと違い、アルタイルには太陽系での料理を出す店が殆ど無い。読書にしても、大半のものを読み尽くしてしまっている上に、スポーツをしようにもその場所が無いことから、同じように暇と持てあましている部下達と何かをしようとした結果がコレである。
正直、まだプロキシマでいろいろと座学を受けている方がマシであった。
「そうは言っても、確かに暇を持てあましているのも事実だ。何か時間を潰せるようなことはないか?」
つぶやいてはみたが、そんなものがあるならば一人でそれをしに行っていることを思い出す。
「暇つぶしになるかどうかは分かりませんが……行ってみたい場所ならあります」
そう答えたオルガに沢木もハッセもイェーガーも一斉に顔を向けた。
「オルガ、いつからそんな機敏になったんだ?」
「人をからかうのは止めておけハッセ。で、オルガ、お前そんな面白い場所知っているのか?」
いきなり上官であるハッセとイェーガーの二人にそう言われ、戸惑うオルガだったが「皆さんが喜ぶかどうかは分かりませんが」と前置きした。
「最近、変わった店ができたと聞きました。そこに行ってみませんか?」
「変わった店? ハッセがプロキシマで、騙されたとか言う店か?」
イェーガーの毒舌に、思わずハッセが「やかましい」とツッコミを入れるが、すかさずイェーガーはそれを躱した。
「お前ら、漫才がしたければそこで木戸銭でも貰ってろ。オルガがそんないかがわしい店を知ってる訳が無い。で、それはどこにあるんだ?」
「確かここからすぐ近くですね。ちょうど、向こう側の……」
オルガがそう指を指した先に三人が目を向けると、黒い戦闘服に身を包んだ兵士達が、白昼堂々とブラスターライフルを抱えて走って行く光景が見えた。
「オルガ、お前の変わった店というのはアレのことか?」
「そんなわけがありません! ……失礼しました。でもいきなりどうしたんでしょうか?」
自分達もルオヤンに駐留しているとはいえ、いきなり戦闘服に身を包んだ陸戦隊を見るのはどうにも違和感がある。
「喧嘩か何かじゃないですか?」
ハッセのとぼけた言葉を耳にしながら、沢木はどこか見慣れた顔が見えたのを見逃さなかった。
「どうやらそうらしいな」
見慣れた顔とはいえ、この手の騒動を好まない男が、こんなことに巻き込まれていることに、思わず沢木は駆けだした。
「隊長どこ行くんですか!」
「退屈潰しだ! お前らも付いてこい」
イェーガーらを引きつれて、沢木は戦闘服に身を包む兵士達が向かおうとしている場所へと向かった。若干の興味と共に、退屈が紛れることをを信じて。
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