アルタイルの斜陽

第1話

 こと座のベガ、はくちょう座のデネブと共に、夏の大三角を形成する恒星であるアルタイル。


 地球から約17光年も離れたこの恒星は現在、広大な星間国家を形成していた。アルタイルを中心に、シリウスやアルデバランといった恒星系にまで進出し、文字通りの帝国とも言うべき国家を作り上げていた。 


 アルタイル帝国とは、彼らと敵対していた太陽系の住人達が付けた名ではあるが、現在ではそれが正式な国名となったのは、暗に彼らの支配がアルタイル恒星系までを示している。


 アルタイルが帝国たり得たのは、かつて、シリウスやアルデバラン、ベガなどの恒星系をも版図に治め、圧倒的と言ってもいいほどの軍事力を有していたからに他ならない。


 その力は圧倒的であり、逆らう者は徹底的に破壊し、同時に従う者には徹底してそれに見合うだけの恩恵を与えてきた。


 最盛期には二十万隻という、途方も無いほどの艦隊を所有し、逆らう星ごと破壊してみせた力がかつてのアルタイルには存在した。


 アルタイル軍の、燃えるように赤い艦艇は無敵を誇り、幾多の群雄達を滅ぼしてはその力を誇示してきた。


 しかし、現在のアルタイルはそうした力の象徴も、かつての強さを誇るエピソードが、過去形として、歴史の一分として語られるだけであった。


 そして首都星ルオヤンにはその中心地に皇帝とその一族が暮らすルオヤン城があり、それが白色の城壁と装飾で覆われ、さらに惑星だけではなく各星系との連絡が取り合えるだけの設備を有し、地下にはいくつかの戦艦やドックも有しているほどの軍事要塞として君臨している。

 

 城だけでも通常の惑星の大都市並みの巨大さを持つほどではあるが、そんな巨大さとは不釣り合いに黒髪の青年は、とある部屋にてガラスの器に水を注いで飲もうとしていた。

   

 「アルタイルは精強であった。だが今はどうなのだろうな?」


 唐突な質問に、黒髪の青年、レイタムは思わず飲んでいた水を吹き出しそうになった。

 

 「いきなり何を言われるのですか?」


 戯れにしてはいささか度が過ぎている言葉に、レイタムは、意地の悪い質問をする自分の主人に対し、逆に問いかけた。


 「単純な話だ。アルタイルはかつて精強であった。だが今はどうなのかということだ」

 

 いつにもなく真面目に問いかける主君、このアルタイル帝国の皇太子であるシエン公はレイタムに再度尋ねた。


 二人は今、宮殿内にある皇太子府にて先ほどまで雑務を行い、一服をしている最中であった。


 「その通りである、と答えればよろしいですか?」


 食客であり、彼の書生として田舎からわざわざ首都星であるルオヤンに留学してきたレイタムは、正直に主君へと自分の意見を述べる。


 「実に正直だな」


 整った髭をいじりながら、シエン公が微笑む姿にレイタムはほっとする。皇太子にしてかつてはアルタイルの大将軍として、軍を率いていた彼は、歴戦の武将であり、自身が自嘲した「アルタイルの精強さ」を知る人物であった。


 それが、戯れとするにはいささか度が過ぎた問いに、きちんと答えられたことに安堵しながらも、レイタムは水を硬質ガラスの器に入れる。

 嗜好品としてお茶を飲む事が多いアルタイルでは、水そのものを好む者はかなり珍しい部類に入る。

 

 だが、レイタムが生まれ育った星では、水が豊富にあり、水そのものを楽しんで飲むことが好まれていた。

 単に貧乏性なだけかもしれないが、レイタムが水を飲むのはそうした故郷への思いと習慣から来ていた。


 「アルタイルは精強であった。だが、今は違う。それが今の現実だ。それはそれで、受け入れなくてはならない。それは、貴公が茶を飲まずに水を飲むとの同じでな」


 そうつぶやきながら、窓を見下ろすシエン公の視線の先には、アルタイルの住民とは異なる装束で身を包み、武装した兵士達が写るディスプレイがある。


 黒ずくめの制服を着て、アルタイルにあるブラスターよりも強力なブラスターを構えながら、行進する兵士達の胸には、アルタイルの象徴である天を舞う猛禽ではなく、八星のマークが飾られていた。


 「ヘリオス(太陽系)の連中が、ルオヤンを闊歩するどころか、この宮殿に警護と称して我が物顔で行進する。これが今のアルタイルの現実だ」


 自嘲気味ではあるが、シエン公はどこかそれを否定しているような口調でそう言った。

  

 「これも、ご先祖がふがいなかったと言うべきなのだろうか?」


 「浅学な身としては、それを語る資格を持ち合わせていません」


 機先を制して、レイタムはあえて主君の問いを回避する。だが、そう自嘲したくなる気持ちは分からなくもない。


 現在、アルタイルは太陽系連邦による間接支配を受けている。


 太陽系連邦がプロキシマ・ケンタウリに進出した時、現在よりも半世紀も前になるが、アルタイル帝国は拡大政策を続けており、太陽系という「辺境の蛮族」の進出に挑んだ。


 彼らは太陽系連邦の進出に際して、反乱部族を討伐する勢いでこれを撃破し、蹂躙した。あまりにも呆気ない戦いに彼らは驚喜していたが、それが太陽系連邦という怪物の目を覚ますことになるとは考えてもいなかったのである。


 その後、アルタイル帝国を中心にした星間国家が存在を確認し、開拓団が殺戮されたことに激怒した太陽系連邦は、自ら封印していた武力を復活させた。


 かつて、総人口の四分の一を奪うほどの蛮行を行っていた彼らは、自衛の為に軍事力をプロキシマ・ケンタウリへと投入。


 二万隻のアルタイル帝国軍に対し、五千隻、五個艦隊で挑んだ太陽系連邦軍は、数に勝るはずのアルタイル帝国軍を完膚なきまでに打ち破り、プロキシマを制圧し、鎮守府を作りあげ、シリウス星系にまで進出し、そこでも一進一退の戦いを繰り広げた結果、アルタイル軍は、艦艇の半数を失うという悲惨なまでの負け戦を味わった。


 「仮に、私が言えるとすれば先人を現在の人間が批判するのは、あまりにも狭量な見方ではないかと思います」


 同意はすれども、あえてレイタムは主君に諫言した。


 「狭量な見方か。確かにその通りだ。その狭量な見方が、結果としてアルタイルを屈辱へと追いやったのだからな」


 太陽系連邦はアルタイル帝国に比べれば、その支配領域は決して広いとは言えない。太陽系という星系を統一しているに過ぎない辺境の国。対してアルタイル帝国はアルタイル星系は無論のこと、そこから数十にも渡る星系を支配していた。


 「辺境の蛮族、そう見下していたはずの連中に完膚なきにまで敗北した。卿の言う狭量な見方が、今のアルタイルの凋落を招いた原因だと最近私は思っているよ」


 「失礼ですが殿下、殿下は何を言いたいのですか?」


 太陽系連邦の進出と、アルタイルの凋落。その歴史は嫌というほど、このルオヤンにて兄弟子達に教えられてきたものであり、レイタム自身も幾人かのヘリオス人に顔見知りもいる。


 故に「狭量な見方」とは、レイタム自身がこのルオヤンに来て痛感させられた言葉であるだけに、それを引用する皇太子の姿が、レイタムはやや奇妙に思えた。

 「何、単なる戯れだ。実はお主に頼みたいことがある」


 深刻な顔をしながらも、いつもの溌剌とした笑顔に安堵するレイタムであるが、同時にそれは間違いなく、ろくでもないことであることをレイタムは察知する。


 「まさか、姫殿下の面倒を見ろという話ではないですよね?」


 「レイタム、お主いつから私の気持ちが分かるようになったんだ?」


 いたずら小僧のような顔をしながらそう言う皇太子にして、次期皇帝となる主君を、思わずレイタムは一発殴ってやりたくなった。


 「何故私が?」


 「あの子のお気に入りだからだ」


 「もっとふさわしい人物がいるでしょうに」


 「私もそう思うが、あの子の頼みだ」


 「ダメな者はダメと教えるのも親のするべきことではありませんか?」


 先ほどの戯れの時の歯切れの悪さとは打って変わって、レイタムは鋭い舌鋒、というよりもツッコミの類いに入る言葉を主君にぶつける。


 「娘を可愛がることは親のするべきことではないのかね?」


 「可愛がると甘やかすのは、恐れながら、プロキシマとルオヤンほどの距離があると思います」


 約20光年もの距離に例えて、皇太子の教育法を批判するのは、本来ならば不敬であるとして牢屋にぶち込まれてもおかしくは無いことではあるが、幾度となくシエン公の娘の面倒を見てきたレイタムとしては、この問題に関しては決して普段のような気遣いを見せなかった。


 「お主がそこまであの子のことを嫌っているとは……」


 「嫌ってなどおりません。ですが、私にも私の都合があります。マオ師父の座学もありますし……」


 「マオからの了承は取っているぞ」


 シエン公の軍師にして、知恵袋と言ってもいいマオからも了承を得ていることに、思わずレイタムは頭を抱えるどころか、そのまま頭突きをしてやりたくなった。天を仰いだところで、もはや無駄なことであることをレイタムは悟った。


 「……分かりました。謹んでお受けいたします」


 「そう言ってくれると助かる。流石はレイタムだ」


 そう微笑みながら、レイタムの肩を叩くシエン公に、負けたと思いながらも何かをねだってやろうとレイタムは思った。



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