第二十三話 運命のセカイ


 ピエージャドルの防衛本能により、四人は地中から盛り上がる岩に取り囲まれ、もはや絶体絶命となっていた。

 だが、ルメールの東の森ではアレクサンダースたちはクワナの魔導具を完成させ、一方では岩の爆発に失敗したレオニードの目の前の岩が何者かによって崩されていた。


 レオニードは突然笑い出す。


「あはははっ。本当にいいタイミングで来やがる……。随分と久しぶりだな?」


「お、お前……レオか? こんなとこで何やってんだ?」


「ちょっとな。悪いが手を貸してくれ。生徒たちがピエージャドルに襲われている」


「おっ! もしかしてこの中にいるのか? ラッキーっ! ちょうど探しに来たばっかなんだよな」


「助けるのが先だっ!」


「わかってるよ。んじゃ……」


 レオニードの目の前にいるその男。体に似合わない巨大な剣を片手で構えると幼い表情が凶暴な顔つきへ豹変させた。


 ――相変わらずいい目つきになりやがる……。こいつがいるだけですでに救われた気になるぜ……。


 レオニードは小羽たちの側に駆け寄る。


「もう大丈夫だ。あいつに任せておけば問題ない。とりあえずここを出るぞ」


 レオニードについて行く三人は切り裂かれた岩から外に出た。小羽はその穴を見て首を傾げる。


 ――爆発の痕じゃない……。それにしてはきれい過ぎる。何かに切られてできたような……。それにあいつって誰だろう?


 外に出て距離を取ったレオニードは岩に向かって叫んだ。


「おいっ! もう暴れていいぞっ! 天っ」


 その言葉をきっかけにドーム状の岩が切り刻まれていく。それはあっという間だった。刻まれた場所から上に伸びた岩が一気に崩れていく。それはピエージャドルの周りに積み重なり、動きを封じていた。ドラゴンに擬態したピエージャドルは羽を羽ばたかせようともがくもそれが出来ないと知ると動くのを止め、さらに擬態を始める。


 天は一度その場から離れ、レオニードたちのもとへ向かった。


「これでしばらくは大丈夫だろ」


 小羽の目の前にはボリボリと頭をかく天の姿があった。イナビの森で会った時と変わらないその少年のような表情に汚い格好。小羽は思わず口を開く。


「そ、天さん?」


 天は振り返り、小羽に気づいた。


「ん? あーっ! お前っ! 何やってんだ? 相変わらずの迷子か? 本当に困ったやつだな。少しは大人しくできねーのかよ」


「ご、ごめん……。で、でも……今日のは迷子じゃないもんっ!」


「似たようなもんだろ……」


「ち、違うもんっ!」


「わかったわかった……。それで? 状況がいまいち掴めねーんだけど」


 レオニードは天に事の発端から説明を始める。それを見ていたナズとサランは小羽にある質問をぶつけた。


「小羽……あの人誰?」


「一色さん。随分仲良さそうだけど?」


 小羽はその質問に顔を真っ赤にする。


「か、彼は……。私の命の恩人の天さん。伝説の勇者様だよ」


「「え――っ!」」


 当然のようにナズとサランは驚く。


「す、凄っ……。でもなんか頼りなさそうじゃない?」


「うんうん。子供っぽいっていうか弱っちく見えるけど……」


 ナズとサランは顔を見合わせ同調していた。


 小羽の耳元ではクワナが叫び続けていた。


 ――おーいっ! 小羽? 大丈夫? 小羽?


 思い出したかのように小羽はレオニードのもとへ行き、合図が来たことを知らせる。


「レオニード先生。クワナから合図がきています」


「遅ぇーんだよ。アレクのやつ……。まぁいい。ここは天に任せて俺らは戻るぞ」


「そ、天さん一人残すんですか?」


「こいつは化物だからな。大丈夫だろ。なぁ?」


「化けもんって言うな! まぁ……。もともとこいつは俺の獲物だからな。それにこんな面白そうなやつも珍しいしな」


「で、でも……」


「なんだ? 俺の心配でもしてんのか?」


「し、心配なんか……。で、でも危ないことをわざわざするのも……」


 小羽は照れた顔を見せないようにうつむく。それを見た天は小羽の頭に手を置いた。


「大丈夫だよ。俺はこの世界に愛されてるらしいからな。それに救わなきゃいけないやつもいる。お前はお前でやることがあるんだろ? だったらそれをするべきだ。なっ?」


 何とも無邪気なその笑顔は小羽の心配をよそに安心感すら覚えさせていた。見栄やはったりでもないその真っ直ぐな言葉は天の笑顔を見つめる小羽には眩しくも輝いて見えていた。何よりも頭を触られたことに小羽は嬉しさを覚えていた。


「う、うん……。あっ! こ、これって天さんの?」


 小羽が思い出したかのように胸元から拾った勾玉を差し出した。


「あーっ! こんなとこにあったのかよ。なんでお前が持ってんだ?」


「イナビの森から帰った後に着替えてたら落ちてきて……」


 天はその勾玉を大事そうに眺めていた。その顔は実に嬉しそうでまるでその勾玉に恋でもしているような目を見せる。


「それって何なの? そんなに大事なものなの?」


「これはな。俺の命の恩人の魔力の玉だ。俺に命を吹き込んだ後。自らの魔力をこの玉に封じてもらったんだとよ。俺はその時のことは何も覚えちゃいない。後からハインスとマリーから聞いた話だけどな……」


 小羽はこれまでのことを思い出していた。ガッシュフォード、緋翠やハインスが話していたこと。その時は何を言っているかはわからなかった。だが、一緒にいたという闇の精霊が天の命を救って消滅したこと。それを思うとどれだけ大事なものなのかはわかっていた。自らも虹の精霊であるナズがギニスへ命を与えたことを思えばなおさらであった。


 天は突然、表情を変えた。それはおそらくは直感的なもの。経験や予測といった言葉では表せない危険な香りを感じ取るような感覚的なもの。


 天は体を震わせていた。


「レオ……。こいつ変身するのか?」


 声色が違う天の様子はそこにいた全員が感じていた。


「あぁ。正確にいえば擬態だ。地の神であるピエージャドルは必要に応じて擬態してあらゆる能力を使いやがる。この様子だと相当本気らしいな」


 すでにピエージャドルは擬態を終えていた。その姿は様々な魔石をまとった似つかわしくもカラフルな巨大な亀の姿。レオニードにしてみれば魔石の種類やその能力の問題ではなかった。単純に経験したことのない魔力の膨張に恐怖を覚え始めていた。


「天。お前も一緒に逃げた方がいい。こ、こいつは異常だぜ……」


「バカ言ってんじやねーよ。見ろよ……体の震えが止まらねーんだよ。本当にこの世界は面白いな……」


 天の体の震えは武者震いであった。そして、顔つきが変わる。


「天っ! こいつはもはや遊びでどうにかなる相手じゃねーぞっ。お前も一緒に来いっ」


「戻るなら早く行け。巻き込まれるぞ!」


「ちっ! 昔からちっとも言うことを聞かねーな……」


 天は崩れた岩から這い上がるピエージャドルの側に駆け寄った。それを見たレオニードたちは少し離れた場所へ移動した。


「一色。魔導具を発動させろっ!」


「…………」


「何してる? 早くしろっ!」


 小羽は躊躇っていた。変幻自在のピエージャドル相手に一人で立ち向かう天のことが気になっていた。ナズはそれを察して口を開く。


「小羽は天が気になってるんだよね?」


「黙ってろ。小っこいの。この魔力がわからないのかっ!」


「カッチーンっ! せ、先生だからって子供扱いしないでよっ!」


「お前……子供だろーが! お前のその魔力を上回るのを感じたろ。あれは異常だ。あんな化物相手に俺らがいても何もできねーんだよ。一色。早く発動させろー」


 小羽は五神以上の魔力を体験はしている。それは闇の精霊の長老。魔王と呼ばれていたあの女性だ。しかし、小羽自身は魔力を感じ取ることはできない。だが、レオニードの様子を見れば事の重大さはは伝わっていた。


 軽く考えている訳でもない。だからこそ、天を一人残して戻るということに躊躇いを見せていた。


「レオニード先生……。天さん一人で大丈夫でしょうか?」


 穏やかではない表情を見せるレオニードは無理して笑っていた。


「一色。今のピエージャドルは無敵に近い。大地の魔力は無限に等しい。それを自在に引き出しやがる。おそらくは天一人では持って一時間だろーな」


「そ、それじゃあ……天さんが!」


「けどな……。あいつは五神との戦いを熟知している。引き際を間違うことはねーよ。それに天こそ本物の化物だ。心配はいらねーよ」


「わ、私は……天さんを放っておけません」


「小羽……。それでこそ小羽だよっ。小羽が残るならナズも残るっ!」


「お前らな……。少しは言うことを聞けっ! これは遊びでも演習でもない! 現実だ! 死にたいのかっ!」


 天が五神と戦う理由。それはガッシュフォードが教えた古の言い伝えのため。解釈は様々あるものの有力な説は五神の力を宿した者は新しい世界を創造できるといったものだ。


 魔王にマリーが融合し、それを解く力を得るためにガッシュフォードは自らがその指針を示した。五神のルエットに挑み魔力を宿した玉が存在することを自ら証明した。


 そして、天はマリーを救うため、ガッシュフォードに協力していた。


 だが、天は五神と戦う中で別の理由も見つけていた。それは天だけが知っている。誰にも話したこともなく、そのためにこれまでの全てを捧げていたからこそ天は強くなれた。


 突如として小羽たちの前に天が現れる。


「お前らいい加減邪魔なんだよっ! さっさと行けっ!」


 凶暴な顔つきで怒鳴る天の表情は本気の顔だった。幼い少年のような頼りない表情はそこにはなかった。今すぐこの場にいる全てを壊しそうなほどの殺意の目。


 天は四人を睨みつける。


「早く行けっ! 本気を出せねーだろっ!」


 そう言い残し、天はピエージャドルのもとへ走る。その迫力に圧倒され、誰も何も言えなかった。レオニードは真剣な表情で呟く。


「これでわかっただろ。一色。魔導具を発動させろ……」


「は、はいっ!」


 小羽は天の表情で察していた。おそらく、自身が残っても何もできずに終わる。そして、天に迷惑をかけてしまうであろうと。それほどまでの絶対的な殺意の目は小羽の心配を吹き飛ばすと共に、何か追いつめられているような焦りも見え隠れしていた。


 そして、小羽は魔導具を発動させた。光と共に、四人はその場から一瞬で姿を消した。


 それを見届けた天は大きな剣を一度鞘に納めた。


 ――さてと……。リンダ。会いたかったぞ。二度と俺から離れるなよ……。


 天は小羽から返してもらった魔石を鞘のくぼみにはめ込んだ。ちょうどその形と同じ溝が鞘には施されていた。そして、鞘の真ん中にある紋章は黒く染まっていく。


 ――さぁ……。新しい世界をこの手で創ろうぜ……リンダ。


 東の森ではクワナの魔導具が置かれた場所に四人が現れる。小羽が目を開けると目の前にはクワナの姿があった。


「…………あっ! クワナっ」


「小羽っ! 良かった……。ナズも無事だね」


「ありがとう。クワナ……」


「本当に無事で良かったよ……」


 クワナは小羽とナズを抱きしめて笑顔を見せていた。


 サランはその場から立ち上がり、人気のない場所へゆっくりと歩いていく。誰にも気づかれないように歩いていると、後ろから声が聞こえた。


「どこ行くの? サっちん」


「ネっちんか……。いや、ああいうのあまり好きじゃないから」


「…………本当に好きじゃない? ねぇ? 好きじゃない?」


「好きじゃないってば……って何泣いてるの? ―――っ」


 ネーブルは何も言わずサランの背中へと抱きついた。


「サっちんのバカぁぁああ……うわーんっ!」


「…………ネっちん」


 サランの背中越しに伝わるネーブルの温もりは照れくさくもサランを素直にさせた。それは涙となってサランの頬を流れ、声を押し殺してネーブルと共に泣いた。


 そして、レオニードはゴートルに状況を告げていた。


「天が来なかったら本当に全員くたばっちまっていた。憎たらしいけどな。さすが伝説のパーティーだったよ」


「レオニード君には負担をかけて申し訳なかった」


「ふっ……こういう言い方するとゴートルは怒るかもしれねーけどな。一色の色魔導は凄かった。あいつと一緒に戦って面白かったぜ?」


「不謹慎だが、それは学園長も言っていたよ。一度は彼女と冒険した方が良いとね」


「あはは。そういう意味では俺は運が良かったのかもしれねーな」


「魔工科の生徒たちも実に手早く魔石を集めてくれた。アレク君も生徒たちをよく教育してくれている。いろいろと見えない部分も今回の件で見えたところもある。学園としては収穫もあった。しかしながら、今後こういうことがないように対策も立てねばならない。疲れているところ悪いがもう戻ろう」


「あぁ……疲れて死にそうだ」


 こうして、合同実習訓練は終わった。皆疲れていた。一言も発せず、魔工科を先頭に列をなして帰り道を歩いていた。


 少し慌てた様子で列を抜けた小羽はレオニードのもとへ近寄っていく。


「レ、レオニード先生……」


「どうした? 一色。……って野暮なこと言えねーよな。天のことだろ?」


「はい」


「天なら問題ねーよ。俺たちがいなくなって好きなだけ暴れてるはずだ。あの場に俺たちがいたのはな。あいつにとっちゃ邪魔なだけなんだよ」


「そ、それは天さんの顔を見ればなんとなくわかりますけど……」


「一色。ガッシュフォードが伝説の大賢者だってことは知ってるよな?」


「は、はい。それは聞きました」


「お前はガッシュフォードの本気の魔術を見たことはあるか?」


「い、いえ……。どれが本気なのかもわかりませんけど……」


「あいつがその気になればこの森一つ消し去ることも可能なんだよ……。そして、それと同等の力を天は持っている。いや、授かったとでも言った方が正しいな」


「ど、どういうことでしょうか?」


「早い話が俺たちがあの場にいれば天は本気を出せねーんだよ。仮にあの場で天が本気を出せば俺たち全員あの世に行きだ。あいつが邪魔だって言ったのはそういうことだ」


「さ、授かったっていうのは……」


「あいつの持っているデカい剣あるだろ」


「はい。あの重そうな剣ですよね?」


「あれはグロールにいた元勇者の持ち物だ。天はその人から剣術を習ったんだよ。俺もグロール出身だからな。あいつの噂はずっと聞いていた。そして、ある事件をきっかけに天はその人からあの伝説の剣を受け継いだんだよ」


「ゆ、勇者って本当にいるんですか?」


「あ? 緋翠と同じこと聞くなよ」


「レオニード先生は緋翠さんも知ってるんですか?」


「あぁ……。ちょっとな……。とにかく天なら大丈夫だ。あいつは昔から運だけは良いからな。早く列に戻れ。ゴートルに叱られるぞ」


「わ、わかりました。し、失礼します」


 小羽はそそくさと魔学科の列に戻った。ナズが無邪気に話しかける。


「小羽。どこ行ってたの?」


「う、うん。レオニード先生にちょっと……」


「天のこと?」


「うん……」


 魔工科の列を歩くクワナは目の前にいたサランの肩をつついた。


「ねぇ? サラン」


「…………何?」


「サランさぁ? ピエージャドルを見たの?」


「見たけど……それがどうかしたの?」


 それを聞いたクワナは興奮気味にサランに食らいつく。


「本当? どうだった? 噂通りの亀なの? 魔石を操るって本当?」


「な、何? クワナって神マニアなの?」


「マニアって訳じゃないけど。どうせなら見たいじゃん」


「変なの……。あんなの二度と会いたくないけどね」


「それにさ……。サランのあの魔導具。結構いい線いってるなって思って。もし良かったらでいいんだけどさ? うちの店の商品開発部にあのアイデアを分けてほしいなぁーって……」


「あ、あたしのあれが商品になるの?」


「うんっ。あれは緊急用の転移魔導具の行き先を一定の場所に集められるでしょ? 今まではどこかわからないところに放り出されて危なかったじゃん?」


「…………」


 サランは胸が高ぶっていた。ナズを巻き込み、小羽までも巻き込んだ自分の作った魔導具が人を救うことのできるものになるかもと聞いてサランの目は明るく眩しいほどだった。希望を胸に抱いて入学した時のかつてのサランのように。


「ク、クワナ。今までごめんね? あたしさ。ずっとあんたたちが羨ましくてさ……」


 赤く染めた頬を見られないようにサランは真っ直ぐだけを見てぼそっと呟いた。それを聞いたクワナはあっけらかんと答える。


「今さら何言ってるのさ。サランは意地悪な方が似合ってるよ? 美人だし。目つきも冷たいし……」


「ひ、一言多いんだよ……。ぷっ……。あははっ」


「ププっ……あはははっ」


「んー? 二人ともどうしたの? 何が面白いの? ねぇ? どうしたの?」


 この一件でサランは心を開いた。クワナに認められたこと。ナズからもらった温もり。そして、ネーブルの本気の涙が孤独を感じていたサランを一人じゃないと証明した。


 その様子を見ていたアレクサンダースは一人笑顔を隠していた。


 

 ―――――――――



 そして、一人残された天はピエージャドルから魔力の玉を回収していた。


 激しい戦闘の中、どこからともなく現れた魔族の群れが天を襲っていた。不運ともいえる魔族の出現は天にとっては幸運そのものであった。


 無限に現れる魔族たちをかわしながらの戦闘は天にとって困難であった。だが、溢れかえる魔族の群れにピージャドルの体に取り込まれた黒紫の魔石は反応を示していた。

 その他の宿していた魔石が黒紫の魔石へと変化し始めたのである。それはさらに魔族を呼び寄せて、やがてはピエージャドルは黒紫の魔石のみその身に宿すことになる。無限の魔力を吸い出せる力を失ったピエージャドルは無数の魔族を呼び出すだけとなっていた。


 それともう一つ。ピエージャドルを脅かす魔力が消えたことで防衛本能が弱まっていた。それは徐々に魔石の力を減らし、徐々に魔族の増殖も減っていく。虹の精霊のナズがいなくなっただけで天にとっては幸運であった。


 とはいえ、楽なものではなかった。倒しても倒しても減らない魔族をかわし、ピエージャドルへの攻撃。そして、その持久戦を天は戦い抜いた。

 魔族の姿が消えると同時にピエージャドルから魔力の玉を回収。それを取られたピエージャドルは本能のままに自らの巣へ帰っていった。


 そして、天はそのまま姿を消した。残る五神は火の精霊の命を与えられたアグニッチと水の精霊の命を与えられたポンドスのみとなった。


 天は幾度となく南の海の底に眠る海底神殿には足を運んでいた。その際にポンドスとも戦闘は繰り返していた。だが、海の底は空気もなく水の抵抗で動きが制限される。

 専用の魔導具を使うも地上とは違い、思うように動けずに追いつめるどころか逆に追いつめられるというのをここ数年繰り返していた。


 おそらくは次の標的としたアグニッチ。天はそれを探しに旅に出たのだろう。


 その報せはGMAにも届いていた。


 小羽はその報せを聞いて胸を撫で下ろしたと同時に、自らの色魔導に少しずつ疑問を感じ始めていた。だが一方でその疑問は小羽にこの世界を理解させるきっかけを与えた。


 それは天や緋翠が通り過ぎてきた道そのものだった。


 元の世界に戻れるかわからない状況で異世界者と呼ばれる二人はその現実を見続けるしかなかった。常に死と直面する現実。非現実の世界のそれを認め、それを今生きている世界と認めること。


 小羽にとってのそれは、この世界で生きていくことを決意させていた。


 皆が平和に過ごすために旅を決意したガッシュフォードやハインス。それを願い続けたマリー。不運な境遇の中、同じ異世界者を救おうとしている緋翠。


 そして、この世界のために何かを成し遂げようとしている天。


 小羽には眩しくも羨ましく。自分が今、何をすべきか。この世界で生きていくために必要なことを小羽自身の想いで考えるようになった。


 それが自身に与えられた運命として……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢ノヨウナ色トリドリノ世界 ゆかじ @kiyu_kata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ