第二十話 迷えるセカイ

 ハインスに継いでガッシュフォードが旅に出たのをきっかけに王国はアリスの国王代理任命を発表した。


 それはハインスが自らの意思でギラナダを救うべく旅に出たとギラナダ全領に公表した。その勇気ある行動を決意したハインス国王に幸あれと民衆は熱狂、それを支持した。

 それと同時に一つの疑問が飛び交った。「平和な世であるのになぜ?」とハインスの勇敢さは讃えたものの、これから起こるかもしれない何か良くないことを想像させてしまった。


 それに飛びついたのがかつての冒険者たちであった。それは八年前を思わせる賑わいを見せていた。それが民衆の不安をさらに助長させてしまっていた。


 アリスはそのために忙しい日々を過ごしていた。


 王座に座るかわいらしい女の子。若干十四歳の国王代理は王の間にルアスバーグを呼び出していた。


「ルアスお兄様。これほどまでに冒険者たちが集まったおかげで物騒な雰囲気になりましたわ。これでは何か起こると言っているようなものですわ。まったく……ハス兄にも困ったものです……」


「しかしながら、アリス様。魔族はまだ溢れております。ハインス様はその殲滅をと冒険者を募りました。管理体制を強化して我が騎士団が冒険者ふぜいにギラナダを好き勝手させません」


「それなら良いのですわ……。ギラナダの城下町及び周辺の警護は頼みますわよ」


「はっ! 時にアリス様……。ハインス様についでガッシュフォード様も旅に出られたとか……」


「それなら聞いておりますわ。ハス兄といい、ガドお兄様といい。何をなさるおつもりなのかしら」


「そ、それは……。お、男にはやらなければならないこともありますので……」


 アリスはしどろもどろのルアスバーグを目を細めて見ていた。


「まぁ、よろしいですわ。今はギラナダの問題点が山積みなのを片付けないといけません。本当に忙しくて休む暇もございませんわ。……たまには小羽お姉様とゆっくりお茶でもしたいものですわね」


「小羽さんですか……。王国へお呼びいたしますか? 国王代理の命ならば学業にも差し支えないと思われますが」


「そうですわね……。でも用事もないのに呼ぶのも気が引けますわ」


「そうですね。あっ! それではご用事を言いつけるというのは?」


「何かありまして?」


「はい。小羽さんにピッタリのとっておきのが……」


 ハインス城、王の間ではアリスとルアスバーグが何やら画策をしていた。



 ―――――――――



 何も知らない小羽はナズと共にゴートルの授業を受けていた。


「ナズ君。この問題を解いてみなさい」


 ナズは教壇の後ろにある立体ホログラムの問題の前に立っていた。


「これは簡単だよ。こうでしょ?」


「珍しく答えを書いてくれたが、これはこうだ」


「えー……。間違ってるの?」


「ナズ君。魔術の発動は思考と魔力だ。だからこそこうなるんだ。わかったな?」


「はーい……」


 自分の席に戻ったナズはぐったりとした様子で隣の小羽にひそひそ話をし始める。


「小羽ー。全然わかんないんだけど……」


「ナ、ナズちゃん……。授業中は静かにしないと」


「だって……つまんないんだもん」


「もう……。ちゃんと授業受けないと卒業できないよ?」


「そ、そうなの? それはそれで嫌だなー……」


 ガッシュフォードが旅だって以来、小羽はこれまでより真剣に授業を受けるようになっていた。魔力のない小羽にとっては覚えても意味のない授業には違いはない。だが、色魔導という魔力のない魔術を使う小羽にとってはゴートルの授業は魅力的だった。


 なぜなら、ダリオン家の魔導研究は魔術は魔力の消費により使えなくなることを懸念していたからだ。魔導士が魔力を失ってからの魔力の再生方法など。魔力を体内で生成する研究などを主としていた。ゴートルはその研究の成果を惜しみなく授業に取り入れていた。魔力の持たない小羽はその理屈や理論を覚えることでもっと自分の色魔導をより良い使い方ができるのではと期待していた。


「では午前の授業はここまでにしよう。午後は魔導工学科との合同実習訓練だ。ちゃんとお昼を食べて午後の授業に備えるように」


 ゴートルの言葉と共に鐘が鳴り響いた。生徒たちはお昼のために皆揃って食堂へと向かう。小羽とナズも同様に食堂へと足を運んだ。食堂ではクワナが笑顔で手を振っていた。


「小羽! ナズ! こっちこっちっ」


 小羽とナズはいつものようにクワナの側へと向かう。ナズはクワナのもとへ人混みをすり抜けていく。ここら辺は背の低いナズならではの身軽さだ。何食わぬ顔でクワナの隣にちょこんと座った。


 小羽が生徒たちの間を通りづらそうにしていると。


「ちょっとあんた。邪魔なんだけど」


 振り向いた小羽の後ろにはサランとネーブルの姿があった。


「ご、ごめんなさい。と、通れなくて」


「あんたのお気に入りの学園長が居なくなって残念ね?」


「それにしてもどこ行ったんだろうね? ねぇ? どこ行ったの?」


「ど、どこかはわかりませんけど……」


「いいから早くどけよ。科が変わっても目障りなんだから」


 サランとネーブルは小羽を追い越して席についた。小羽もようやくナズの隣に座り、ため息をつく。


「相変わらずだね。あいつら。小羽のこと嫉妬してるだけだよ。気にしない方がいいよ」


「うん……」


「はいふらはひ?」


「ナズちゃん。ちゃんと飲み込んでから話すんだよ? よく噛んでね?」


「ププ……。小羽ってナズのお母さんみたいだよね? ナズは小っちゃいからねー」


「ゴクン……。ふぅー。もうっ! 二人とも子供扱いしないでよ! それで……あいつら何なの?」


「魔工科のサランとネーブルだよ。小羽のこと気にいらないみたいでさ。いつもイジメてんの。性格悪いんだよー?」


「小羽をイジメてるってことは……悪いやつってこと?」


「そうそう。ナズも気をつけた方がいいよー?」


「ふーん……」


「そういえば小羽。午後から同じ授業だね? 一緒に組もうよっ」


「うん。いいけど……実習訓練って何するの?」


「魔工科の作った魔導具を魔学科の生徒が実際に使って試してみるって感じかな? まぁ、魔工科の生徒たちの魔導具のお披露目会みたいなものだよ」


「だ、大丈夫かな?」


「心配いらないんじゃない? アレク先生もゴートル先生もいるし」


 お昼を食べ終えた小羽とナズは魔学科の教室へと戻った。


 ――何もないといいけど……。


 小羽にはある不安がよぎっていた。それは緋翠が言った言葉。「この世界では異世界者の予感は当たるらしいからね」だ。あえて何も考えないようにすればするほど嫌な予感が湧き上がるもの。この世界に来て小羽はそれを肌で感じつつあった。


 そして、小羽の不安は消えることなく午後の授業が始まった。ルメールから東へ行った森。そこは魔工科の魔石探索の実習の場所であり、かつて小羽がイナビの森へ迷い込んだ場所でもあった。


 アレクサンダースが整列した両科の生徒たちの前で口を開く。


「魔工科の諸君。これより君たちの製作した魔導具を魔学科の生徒たちに試してもらう。各科一人ずつからペアを作り、よく説明をしてあげるように。くれぐれも詠唱コードは絶対に間違えないように! また、魔学科の生徒諸君もしっかり説明を聞いて誤発動のないように頼む。ゴートル先生。何かありますか?」


 ゴートルはアレクサンダースの隣に立つ。


「アレク先生の言ったことは必ず守るように。仮に誤発動が起きる時があるかもしれない。念のために魔学科の諸君は自分とパートナーに結界を張るように。一色君の結界は私が張ろう。以上だ」


 魔導学科と魔導工学科合同の実習訓練が始まった。GMAではしばしば別の科と合同で授業を行う。これはゴートルが取り入れたものだ。科の違う者を体験することにより、科を卒業した後の参考にとガッシュフォードに提案し、採用されたものだ。


 小羽はクワナとペアを作った。ナズは一人、面白そうな魔導具を持っている生徒がいないか物色をしていた。そして、ゴートルがナズの側に近寄る。


「ナズ君。ペアは決まったか?」


「うーん。どれも面白そうなものないんだよねー。もう誰でもいいや」


「そうか。じゃあ、最後に残ったサラン君と組みなさい」


 それを聞いたナズは露骨に嫌そうな顔をする。


「えー……。他の人がいい」


「でも、もう皆決まってるみたいなんだ。困ったな……」


 ゴートルは他の生徒たちに変わってくれるようにと促してはみたものの、サランの悪評を皆知っているためか。誰一人変わろうとするものはいなかった。そんな中、一人の女生徒が名乗り出る。


「ナズちゃん。わ、私変わろうか?」


「小羽が? そんなの意味ないじゃん」


「だって……。ナズちゃん嫌なんでしょ?」


「嫌だけど……小羽が変わるなら私でいいよ。我慢するもん」


「できる?」 


 小羽はナズの前にかがんで頭を撫でる。


「うんっ。する!」


「良い子だね? ナズちゃんは。ちゃんとお話は聞くんだよ?」


「うん。でも、悪いことしようとしたら懲らしめていい?」


「こ、懲らしめるって……。あ、危ないことじゃなきゃいいけど」


「人族に危ないことなんかしないってば。お仕置き程度だし」


「う、うん。じゃあ、頑張ってね?」


 小羽になだめられてナズはゴートルの前で無邪気に口を開く。


「先生っ。ナズは嫌な人でも組めまーすっ!」


 ナズのその言葉はほとんどの生徒が聞いていた。周りではクスクスと笑い声が聞こえる。ゴートルは咳ばらいをする。


「ゴホン……。な、仲良くやりなさい。では、始めなさい」


 ゴートルの合図でペアを組んだ生徒たちは魔導具を使い始める。様々なものがある中でクワナの作った魔導具は群を抜いていた。


 小羽はクワナの説明通りにその魔導具を使う。小羽の目の前にはホログラムの画面が現れた。


「な、何? クワナ。これは?」


「へへーん。これはね……」


 そう言うとクワナは小羽から離れ、その場から歩き始める。すると、小羽の画面の赤い点のようなものが動き始めた。それを見て小羽は気づいた。


「あっ。これって……ナビ?」


「えーっ? もしかして小羽の世界にもうあるの?」


「う、うん」


「もうっ。小羽の世界は便利過ぎだよっ」


「ご、ごめんね? でもこの世界だとナビは画期的かも……」


「でしょでしょ? この前思いついたんだ。片方がこれを持っていれば必ず居場所がわかるってやつね。深い森だろうが洞窟だろうがどこでも大丈夫なんだよっ」


「へぇー。クワナって本当に凄いね。こんなの作れるなんて」


「そんなことないから……。これは試作品のようなものなんだ。いずれはこの場所に行けるようにしたいんだよね。ほらっ。救助とかに便利でしょ?」


「そうだね。この場に行けるなら迷子しても安心だもんね。転移だと場所の特定は難しいし……。あっ! 逆に迷子の子がこっちに来れるようにってのはできないかな?」


「逆にこっちにか……。んー……んっ! それだっ!」


「えっ? クワナ? ちょ、ちょっと……」


 クワナは何かを思いついたようにノートに何かを書き始める。唸るクワナにはもう小羽の声は聞こえてはいなかった。


 ――クワナってば相変わらずだなぁ……。でも本当に凄いなぁ。こんなに夢中になれるなんて……。


 唸るクワナを見て小羽は微笑んでいた。その様子をアレクサンダースも微笑ましく遠くで見ていた。


 一方でナズとサランはバチバチと火花を散らしていた。サランはナズの発言にイライラしていた。大勢の目の前で恥をかかされたこと。何よりもいつも小羽と一緒にいるナズを快くは思っていなかった。


「ねぇ? あんたさ? なんで一色さんと一緒にいるの?」


「いっしきさん? 何それ?」


「一色小羽よ! 何なのあんた……。特待生だか何だか知らないけど調子にのってんじゃないの?」


「別にー? ナズは小羽とクワナ以外の凡人には興味ないし」


「な、何なのよあんたっ! 小っちゃいくせに生意気なんだよ!」


「カッチーンっ! 小っちゃいのは関係ないでしょ! サランこそ無駄にデカいだけじゃんっ! デカ女っ!」


 睨み合う二人の側にアレクサンダースが寄ってきた。


「何を言い争っているんだ。早く魔導具を使いなさい。サラン君。君の魔導具を見せなさい」


「これですけど……」


 サランはアレクサンダースに魔導具を差し出す。


「紅の魔石と碧の魔石か。転移の魔導具か?」


「いえ。これはただの転移じゃないんですけど……」


「ちゃんと説明をして早く始めなさい」


 アレクサンダースは他の生徒たちの様子を見て回る。


 サランは渋々、ナズに魔導具を手渡す。そして一通りの説明を終えた。


「ふーん。これを置いた場所ならどこでも移動できるんだ?」


「何回も言わせないでくれない? さっさとやってよっ」


「ちょ、ちょっと聞いただけでしょっ!」


「あんた……結界は? なんでそんな魔力強いの?」


「そ、それは……。ナズは……えーっと。天才だからっ! そうっ! だから結界なんて面倒臭いことしないし」


「あっそう……。いいから早くしてよっ」

 

 ナズはサランの魔導具を使った。だが、発動はせず。ナズは薄ら笑いを浮かべる。


「何これ? 失敗作じゃん」


「う、嘘よ! あんたの使い方が間違ってるんでしょっ! ―――」


 サランはナズから奪い取った魔導具を無理矢理発動させた。すると、その場にいたサランとナズは一瞬で姿を消した。


 そして、アレクサンダースが再び様子を見に来るもその姿はなかった。


「あ、あれ? サラン君たちがいない……。た、大変だっ!」


 アレクサンダースはすぐにゴートルにそのことを報告。そして、実習訓練は一時中断。すぐに生徒たちを集めた。


「何なの? もう少しで閃きそうだったのにっ!」


「クワナ。しっ……」


 ゴートルが生徒たちの前に立った。そして、ゆっくりと口を開く。


「実習訓練を中断させてすまない。重大な事故が起こった。ナズ君とサラン君のペアが魔導具の誤発動により、居所不明となった。だが、落ち着いてほしい。こういう時こそ冷静に対処すべきだ。アレク君。学園に緊急連絡を頼む」


「は、はい!」


 アレクサンダースは魔導具で学園側にこのことを報告。緊急とはいえ、学園に講師がいないのは不味いだろうとドナムースを残し、レオニードがその場に現れた。


 突如現れた魔法陣から出てきたレオニードはアレクサンダースに詳しい説明を求める。 


「どういう状況でこうなった」


「そそそ、それは……」


「アレク……。少し落ち着け」


「は、はい。すみません……。じ、実は魔導具を使う前は二人を見ていたのですが……使うところは見てないんです。それで……き、気がついたら消えていました……」


「はぁー……。で? どこに行ったのかわからねーってか?」


 アレクサンダースの説明に何一つ間違いはなかった。本当に見ていないうちに消えていた。だが、転移は行き先があるからこそであって、居場所が特定できないのは迷子というより、行方不明と言わざるを得ない。


「で? どうするよ? ゴートル」


「そうだな……。せめて行き先さえわかれば……」


 良案のでない講師たちを見てクワナが手を挙げる。


「アレクサンダース先生。その魔導具ってどういうものでしたか?」


「紅と碧の魔石の転移の魔導具。これを置いた場所に転移するというものらしいんだ」


 クワナはアレクの側に行き、その魔導具を観察し始めた。


「あー……。碧は碧だけど。黒紫との混合魔石ですね。純度は44%くらいかな……。これだと発動はしてもこれには転移できないかも……。これはこれでいいアイデアだけど……」


 サランの用いた魔石は純粋な魔石ではなかった。魔導具で使われる魔石は純粋に近いほど良いとされている。他の魔石が交わる混合魔石は発動の失敗が多いとされ、使用を控えるように指導はしていた。


 レオニードがクワナを見下ろす。


「お前、随分詳しいな。なかなか優秀じゃねーか」


「そ、そんなことは……」


「彼女はスカーレット魔導具店の娘なんです」


「ほう。ウォンの娘か。なるほどな……」


「お父さんを知ってるんですか? レオニード先生」


「まぁな。でもどうする? 魔導具の鑑定なんざ後回しだ。今は場所の特定が先だ」


「あ、あの……」


 小羽が恐る恐る手を挙げる。


「なんだお前? 何か良い案でもあるのか?」


「は、はい……」


 小羽が手を挙げたのはあることを思い出したからだ。それは三人のやり取りを聞いていて思い出したこと。


「こ、これを使えば、ナズちゃんに連絡がつくかもしれません」


 小羽は髪をかき上げて耳を見せる。その耳にはギニスからもらった魔導具。当然、クワナはそれに気づいて大きい声をあげる。


「あ―――っ! それ! まだ未発売の商品じゃん! なんで小羽が持ってるのっ!」


「これはギニスさんが試作品で作ったって、この前ギラナダのお店でもらったんだ。私ならナズちゃんと繋がれるかと思って……」


「確かにそれなら……。でも大丈夫かな? いくら仲が良いっていっても……」


 小羽はギニスに説明を求めた時にこう言われていた。


   ◇◇◇


「あ、あの。ギニスさん。こ、これはどうやって使うのですか?」


「これはとても簡単でございますよ。互いに想っていれば繋がることができます。小羽様が想った方が小羽様を想っていれば直接脳に話しかけることができます」


「便利ですね。私の世界のものと少し似ていますね。けど……私はこっちの方が好きです」


「そうですか……。小羽様とお嬢様が出会わなければこういったものもできなかったでしょう。出会いは想いを生み、想いは繋がりを強くします。この魔導具はそういった繋がりを大事にするために作らせていただきました。この世界もそうなってくれればよろしいですね……」


   ◇◇◇


「大丈夫……。場所だけでもわかれば……」


 小羽は魔導具を発動させた。そして、心の中でナズに呼びかける。


 ――ナズちゃん……。ナズちゃん……。



 ―――――――――



 どこかわからない場所に飛ばされたナズとサランは薄暗い洞窟の中にいた。気味の悪い音やひんやりと冷たい空気が流れるその場所は不気味そのものだった。


「もうっ。勝手なことしてっ!」


「あ、あんたが上手く使えないからでしょ! ひ、人のせいにしないでよっ!」


「あれれー? もしかしてビビってる? 声震えてんじゃん」


「う、うっさい! こ、こんな不気味な洞窟怖いに決まってるでしょ……」


「態度も背もデカいくせに頼りないなぁ……」


「ほ、本当に怖いんだって……。モンスターとか出たらどうしよう。こ、怖い……」


 ナズは無言で怯えるサランの右手を握った。


「ひっ!」


「ちょっ……。こんなことでビビらないでよ! こっちがびっくりするじゃんっ」


「だ、だって……。い、いきなり」


「ナズはいつも小羽と手を繋いでいると安心するんだ……。で、でも勘違いしないでよねっ。サ、サランが怖いって言うから……」


 薄暗い洞窟の中でナズは頬を赤く染めた。それはサランには見えないが、声の調子でそれはなんとなく伝わっていた。

 それはサランも同じだった。いきなり繋がれた手は温かく安心感を覚えていた。


「あ、ありがと……」


「そ、そういうこと言われると恥ずかしくなるからやめてよっ。早くこの洞窟を出ないと……」


 そう言ってナズはサランの手を引く。だが、サランはそこを動こうとしなかった。


「ちょ、ちょっと! 早く来てよ」


「ま、待って……。何か聞こえない?」


「バ、バカなこと言わないでよ……。ナズまで怖くなるでしょっ!」


「あ、あんた。頼りないとか言っといてそっちもでしょ!」


「う、うるさ―――」


 その時。洞窟の先から大きな音が聞こえた。「ゴゴゴ……」と岩が動くような音。


「な、何今の? 何かいるの?」


「だ、だから言ったでしょ! 絶対何かいる……怖いっ」


 ナズとサランは先の見えない洞窟で何かの物音を聞いた。


 二人は徐々に近づくその不気味な音に震えてその場から動くことができずにいた。 

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