第十九話 未来を信じるセカイ
ハインスが旅立つと決めた同じ頃。GMAの学園長室にゴートルの姿があった。
「学園長。お呼びですか?」
「ゴートル君。留守の間すまなかったな」
「いえ。他の先生方も協力してくれましたし、何よりも生徒たちがしっかりしているので何も問題は。ゆ、融合を解く方法に関しては進捗はありませんでしたが……」
「うむ。素晴らしいな。この学園を創って七年もの時が経った。君はその時から私を支えてくれた。本当に感謝している」
「が、学園長……?」
「ずっと考えていたことがあるのだが……」
ゴートルはガッシュフォードの言動に何かを感じ取った。そして、ふと学園を立ち上げた時を思い出す。
◇◇◇
七年前。ギラナダの英雄となったガッシュフォードはルメールへ一人の男に会いに来ていた。その男の名前はガージェダリオン。ダリオン家はルメール地方を治めていた良家で代々魔導士としての血を受け継いでいた。
当時十八歳になったばかりのガッシュフォードの実に堂々とした立ち居振る舞いにガージェは驚いていた。
「―――それで。何の用かな?」
「はい。このルメールを治めているダリオン家に許可をいただきに参りました」
「……許可とは?」
ガッシュフォードは魔王を封印した後。マリーを救うために魔導のエキスパートを育てるべく魔導学校を建てることを決意していた。それをルメールに決めたのには理由があった。
それはルメールを統治するダリオン家の魔導士としての資質だった。ギラナダでも優秀な魔導士は数多く存在していたが、ガッシュフォードはこれまでの魔力の使い方に疑問を持っていた。魔力は生命エネルギーを消費するため、自分の限界を知る必要があった。
とはいえ、自分の身を守るためにリミットをかけてしまえば魔術は不完全なものとなる。かつての大魔導士と呼ばれた者たちは身を挺して散っていったと伝記や見聞に載っていた。それは限界を超えた魔力を使った証であり、魔導の歴史的観点からすれば危険な行為とされ、魔導士たちはそれを侵す行為を禁忌として封じた。
だが、ダリオン家はそれを拒んできた一族だった。魔導具と魔術の融合。無いものは補う。限界を超えずして魔術の進歩はないと常に研究を重ねる一族であった。
ガッシュフォードはその噂を聞きつけてガージェと面会をしていた。
「はい。私はこのルメールに魔導士を育てる学校をと考えております。その手助けをダリオン家にお願いしたいと思っています」
「…………。創りたいなら創ればいいだろう。このルメールは新しいギラナダ王国にこれまで通りに名を連ねる決断をした。それはダリオン家の決断であり、ルメールの総意だ。ハインス国王だったかな? 君の仲間だったんだろう? ダリオン家の許可など必要ないだろう」
「では学校は創設します。その上でダリオン家のお力を貸していただきたい。魔王を倒したといってもまた同じことは繰り返されます。それに……これまでの魔導の使い方ではそれに太刀打ちすらできない……」
ガッシュフォードは眼鏡を直した。
「ギラナダとは無関係に魔導の未来と可能性を共に創ってくれませんか?」
ガージェは真っ直ぐな瞳の青年が。ギラナダを救った英雄が頭を下げたことに驚いていた。大抵の冒険者は結果を残せば自分は偉いと勘違いするものだ。平和になることは悪いことではないにしろ、それに興じてその後は落ちていくだけ。過去の栄光だけを盾に落ちぶれていく冒険者をガージェは幾度となく見てきた。
「魔導の未来か……。だが、それを人に頼ることに何の意味がある。自らがそれを示していけば良いだけの話だ。それができないのなら創る必要などないのでは?」
「私はこの冒険の前に一人での修行に限界を感じました。そして、出会った仲間との冒険でそれは覆されました。これは私の感じたままのことです。理解はされないのは承知です。ですが、魔力以上に必要なものがあると知らされました」
「魔術に魔力以外に必要なものなどない。バカ息子と同じようなことを口にするとは……君も想いの力は魔力以上のものを発揮できるとでも?」
「はい。それは私だけではなく仲間も感じています」
「バカげているな。話にならない……。君の学校創設は勝手にすればいい。ダリオン家は根拠のないものに力を貸すほど暇でもない。君のそれがいかに馬鹿馬鹿しいかせいぜいあがいて見せるんだな……」
ガージェはガッシュフォードに力を貸すことはなかった。その後、学園が出来つつある頃にガッシュフォードは一人の青年と出会う。
その男はゴートルダリオン。ガージェの一人息子だ。当時十七歳の彼はダリオン家のためにあらゆる可能性を信じて魔導の研究をしていた。ガッシュフォードの話をガージェから聞いたゴートルは学園に訪ねて来ていた。
「あなたが魔王を倒した伝説の大賢者のガッシュフォードさんですか?」
「君は?」
「私はゴートル。ゴートルダリオンです。先日は父が失礼なことを……」
「そんなことはない。君のお父さんは優秀であり、当たり前のことを言っていた。私の理想が子供っぽいのだ。気にするな」
「で、ですが……。可能性に蓋をするのは好ましくありません……。父は実直でこれまで生きてきました。で、ですが。頭が固いところだけは尊敬できません」
「君の想いと父の想いは同じではない。ただそれだけの話だ。そうだ。君はこれから何か用事があるか?」
「い、いえ……。二、三日の休暇をもらったのであなたに会いにきたんですけど……」
「では少し私に付き合ってもらえないだろうか?」
「は、はぁ……」
ガッシュフォードがゴートルと向かった先はルメールからはるか西の地にあるロスト砂漠。
ここには七精の風の精霊が住むとされている。ガッシュフォードは以前の冒険で訪れていた。もちろん、ハインスに精霊と契約させるためだ。
灼熱の砂漠の真ん中でゴートルはへばっていた。
「あ、あの……こんなところに何の用が?」
「約束のものを取りにきただけだ」
その瞬間、ガッシュフォードは詠唱を始めた。それと同時に強い風が砂漠の砂を巻き上げ始めた。細かい砂の粒がゴートルの頬に当たる。
「な、何を?」
「油断するな。来るぞっ」
巻き上げられた砂は徐々に形を成していく。細かい粒が幾つも惹かれ合うようにその姿を現す。巨大なそれは四本の足でその巨体を支えていた。やがて大きな影が二人を照らす太陽を遮る。
「こ、これは……」
「五神……ルエット。以前よりも魔力が強いな……」
「か、神に何をする気ですか……。こ、殺されてしまう……」
「少しばかり協力してもらうだけの話だ。君は自分を守ることだけを考えろ。」
ルエットを前に詠唱を始めると四本の足の一本が爆発し、崩れ落ちていく。それが合図となり、戦闘は始まった。ゴートルは危険と判断し、離れた場所から何もできずにただ見ていることしかできなかった。
ガッシュフォードの無限とも思える魔力は止むことなく魔術を発動し続ける。それを見てゴートルは叫んだ。
「あ、あなたが死んでしまう! それ以上の魔力は!」
それに気づいたガッシュフォードは眼鏡を直しそれに答える。
「仲間を守れなかったのだ……。これからの未来を見せるまでは私は死ぬ気はないっ!」
ガッシュフォードのルエットへの攻撃は続けられた。何度破壊してもルエットの体は再生を繰り返す。砂で形成された姿は新たな砂風を巻き起こしその体を再生していた。まるで風の精霊がその体を癒すように。
二時間ほど経った頃に、ルエットは砂の中に潜り始めた。完全に姿を消して風が止んだと同時にガッシュフォードはその場に倒れた。
「はぁはぁ……。さ、さすがに無謀だったか……。ル、ルメールまでの転移魔術を頼めるか?」
「あ、あなたはバカですかっ! 下手したら死んでいましたよ! ま、魔力だって使い過ぎだ!」
「な、仲間を守りたいだけだ……。これからの未来を……守る……ために……」
ガッシュフォードはそのまま気絶した。ゴートルは転移魔術により、ガッシュフォードをルメールまで連れ帰った。そして、意識のないガッシュフォードをすぐに病院へ運んだ。ガッシュフォードが意識を取り戻したのはそれから四日後だった。
その次の日に病院にガージェの姿があった。
「君は本当にバカのようだ。一部始終は息子から聞いたよ。なんにせよ。無事で良かったな」
「わざわざすみません……」
「君は古の言い伝えを信じているのか?」
「はい。そのためにしたことです」
「どうあってもこの未来を守りたいと?」
「もちろんです……。魔王との戦いで仲間を一人失いました。彼女がいなければこの世界は滅んでいたでしょう。そして、彼女がいなければ我々が出会うこともなかった。成し遂げることも……」
「マリーローミットだったかな? 彼女のために自分を犠牲にするとでも?」
「未来を願ったのは彼女です。ですが、その未来を創りたいと思わせたのも彼女です。だからこそマリーの想いは成し遂げるつもりです」
「そうか……。ならば私からの頼みを聞いてもらえないだろうか?」
「た、頼み……ですか?」
ガッシュフォードはその後退院し、自らの名前をつけた学園は完成した。
以前より、学園の講師と迎え入れようとしていたアレクサンダース。レオニードと共に出来たばかりの学園長室で今後の方針を決めていた。
「では、アレク君は魔導工学科で主に魔導具の生成。用途や必要性。歴史など。魔導具のエキスパートを育ててもらう。君は魔導具の研究者だ。難しくはないだろう」
「はい。学園長」
「レオニード君は魔導陣形科だ。君の噂は聞いている……。大いに期待しているからな」
「俺のどんな噂を聞いているか知らねーけど……。学園の教師方針は守ってやる。だが、それ以外の指導に関しては口出しはしてほしくねーぞ」
「それはもちろんだ。魔導陣形科を卒業できるものは少ないだろう。それは私とて同じことだ。それでも君を呼んだのはちゃんとした考えがあってのことだ。好きにすればいい」
「ははっ……。それなら喜んで教えてやるよ」
「頼もしいな。魔導術式科はしばらくは私が教えよう。その上で講師は探していくつもりだ。ゆくゆくは優秀な卒業生を講師にすることも考えてはいる」
「学園長。魔導学科の講師は……誰が?」
「ゴートルダリオンという男だ。今日は用事があって来れないと連絡はもらっている。彼とは明日にでも会えるだろう」
「ダ、ダリオン……って。あ、あのダリオン家ですか?」
「何か問題が?」
「い、いえ。門外不出と言われたダリオン家がよく引き受けてくれましたね」
「頼まれたのだ。新しい世界を創ってくれとな……」
次の日から四人での学園創りが始まった。教育方針は根本的に一致していた四人は魔導の未来を見据えて一期生を迎えての学園をスタートさせた。
ガージェは息子のゴートルにこう語ったという。
「ゴートルよ。お前の言う想いというものが魔力以上のものを生むと本当に思うか?」
「それは……わかりません。ですが、父上。あのガッシュフォードさんは……誰かのためにそれを成そうとしています。限界を超えたはずの魔力を彼は惜しみなく使っていました。あれは誰かを想えないとできないと私は考えます」
「なるほど……。父やお前の言ったことをあの男が体現していたと?」
「はい。彼は命を尽くすという考えではなく、命を懸けるといった印象を持ちました。おそらくはマリーローミットさんの夢見た未来に命を懸けているのでしょう。正直、少し羨ましいですよ……」
「そうか……。ならばダリオン家の長男としてあの男の行く末を見てきなさい。これまでの魔術研究の成果は全てあの男に託そう」
「ち、父上。よ、よろしいのですか……?」
「私ももう歳だ。死ぬ前に新しい世界を見ておきたくなったのだよ……」
ガージェの頼みは息子であるゴートルをガッシュフォードに育ててほしいというものだった。それには理由があった。ガージェは古の言い伝えを信じていた。そして、ダリオン家の。いや、これからの新しい魔導の命運をガッシュフォードに託したのだ。
古の言い伝えの一編はこうだ。
『五神の争いは世界の終わりを示す。五神の交わりは新しい世界の始まりを示す』
それが何を示すのかは誰一人わからなかった。研究者たちはその言い伝えに右往左往し、身勝手な解釈をつけ発表を繰り返した。それはやがて時が経つ中で様々な物議がなされ、次第に言い伝え自体は衰退していく。
◇◇◇
ゴートルはふと笑顔を見せた。
「―――学園長。ようやく決断されたようで。いつその話を切りだされるかと七年間ずっとヒヤヒヤしていましたよ」
「君ならわかってくれると思っていた」
ガッシュフォードは眼鏡を直しながら笑顔を見せる。
「それで? どちらに?」
「行き先は決めていない。だが、目的は決まっている」
「そうですか……。一色君も一緒ですか?」
「いや。一色小羽を連れて行くつもりはない。彼女は優秀かつ有望な素質の持ち主だ。それ故に間違った冒険はさせるつもりはない。それでも彼女を必要とする日は必ず来るだろう。その時までに君に教育を頼みたい。魔導学科に入れたのはそのためだ」
「わかりました。お任せください」
「急で悪いが明日にでも学園を出る。今一度学園の生徒全員を朝、中央広間に集めてくれ。私から皆に直接伝えたい」
「本当に急ですね。わかりました。伝えておきましょう……」
ゴートルはわかっていた。ガッシュフォードがこの学園を創った目的はなんであれ、いつかこの学園を離れるであろうと。ゴートルもまた、父ガージェの想いを受け継ぐ者として、ガッシュフォードの旅立ちはこの世界に必要なものだと思っていたからだ。
次の日。学園中が大騒ぎになっていた。学園長が中央広間に集めたとなれば、また小羽の色魔導のようなものが見れるのではないかと生徒たちは期待していた。
その小羽はナズとクワナと共に渡り廊下で中央広間を見下ろしていた。
「ガッシュフォード様ってば何するのかな?」
「挨拶だって言ってたよね? 小羽」
「う、うん。何の挨拶だろう……」
小羽は口にはしなかったもののずっと思っていたことがあった。ガッシュフォードとの冒険を終えた後にそれは感じたことであった。
――ガッシュフォードさん。また冒険に行くのかな? マリーさんは元に戻ったみたいだけど……。なんか納得していない様子だったし……。
中央広間に鐘が鳴り響いたと同時にガッシュフォードが現れた。後ろにはゴートル。アレクサンダース。レオニード。
そして、その後ろにGMA一期生のドナムース。彼女は魔術科を約三ヶ月で卒業した天才少女と言われていた。次いで魔学科。魔工科と一年も満たないうちにクラスSを取り、魔導陣形科に移った。だが、残念ながらクラスSは取れずに卒業を迎えた。
その優秀でかつ真面目な彼女の素質を見抜いていたガッシュフォードは入学して十日ほど経ってからドナにこう告げたことがあった。
「ドナムース君。君はこの魔術科の講師になるべく資質を備えている。その気があるのなら私の持っている全てを君に教えてもよい。どうするかは君が決めることだが」
「わ、私は今はそれを決めることはできません」
ドナはガッシュフォードの誘いを一度断っていた。そして、年月が過ぎ、一期生の卒業式が行われた。その時に卒業生代表として檀上に上がったドナはこう語った。
「私は学園長を知り、憧れ。この学園の学び舎で過ごすことを決めました。そして、この学園にもう一度帰って来る決断をしました。自身が教えられてきたことをこれからの魔導士たちに教えれるようにGMAの講師になります」
そして、新たに行われたガッシュフォードの面接と試験をなんなくクリアした。資質と行動力は講師になるべく相応しいと他の講師たちも納得の上でその座を勝ち取ったのだ。
中央広間はガッシュフォードの登場により大歓声に包まれていた。
「相変わらず我が生徒たちは元気で素晴らしいものだ……」
中央広間から校舎を見渡す嬉しそうなガッシュフォードの横顔をドナは見つめていた。
「学園長。珍しくご機嫌のようですね?」
「そう見えるか? 嬉しいのには違いない。皆が成長する姿を見るのは嬉しいものだ」
「それはそうですね。生徒たちは真面目に取り組んでいます。その成果が今の学園を作ってくれたのではないでしょうか。レオニード先生の科以外は……ですが」
レオニードをちらりと見るドナはルメール育ちの人族だ。ごく普通の家庭で育った普通の女性であった。
「あー? 言ってくれるじゃねーか。ドナ。ようやく俺の科でもクラスSを取れたやつが出たんだ。まだ入って半年の若僧だけどな。お前よりは優秀だ」
「はいはい。そうですか。先生は厳し過ぎなんですよ。それに教え方が雑です」
「うるせーよ。魔法陣は一つ間違えただけで大変なことになるんだよ。俺の教育方針に口出すな」
「はいはい。もう何も言いません」
ドナの言った通り、レオニードの授業はとても厳しいとされていた。創立して七年にして、魔導陣形科でクラスSを取った生徒がようやく現れた。
魔導陣形科は主に魔法陣の成形。召喚。歴史などを学ぶ。魔法陣は極めて難しく、古代の魔導文字を理解しないとそれを成形することは不可能だ。そして、それを発動させる十分な魔力も必要であり、普通の生徒は良くてクラスA止まりで卒業を迎える。もちろん、ドナもクラスA止まりで卒業を余儀なくされた。
「ゴートル君。皆に聞こえるようにしてくれ」
「はい」
ゴートルは詠唱を始める。ガッシュフォードは時計台を背に学園を一度見渡した。
「—――諸君。突然集まってもらって申し訳ない」
その第一声に静けさを取り戻した中央広間。生徒たちは真剣な眼差しを向ける。
そして、ガッシュフォードは口を開く。
「ガッシュフォードこと私は本日をもって学園長を退任する。以上だ」
その言葉にそこにいた者全員が驚いていた。あのゴートルでさえ突然のことに思わず声を漏らす。
「が、学園長! いきなり何を言い出すんですか! や、辞める必要がどこに……」
「ゴートル君。私が学園を離れれば学園長としての立場は邪魔なのだ。これは決断を皆に伝えるための挨拶だ。黙っていたのは済まないが……もう決めたことだ」
もちろん。他の三人の講師も突然のことに反応は示していた。
「学園長……。さ、さすがにそれは……」
「いいじゃねーか。こいつは一度言ったら聞かねーぞ。アレク」
「それはわかりますけど……」
「だったら何も言うんじゃねーよ。ガッシュフォードの決意を邪魔すんじゃねーよ」
「随分、聞き分けがよろしいんですね。レオニード先生?」
「お前な……。いちいち絡んでくんじゃねーよ」
ガッシュフォードは眼鏡を直し、笑顔を見せる。
「君たちだからこそ任せられると思ったのだ。この学園を頼む」
そして、校舎を見上げる。
「これから私は修行の旅に出る。皆の成長を最後まで見届けられなくてすまない。では、出発する」
校舎の至るところで生徒たちはざわつき始める。泣く女生徒までもいた。
当然のように小羽やナズ、クワナも騒ぎ始めていた。
「嘘……。学園長が辞めるって……」
「いいなぁ。ガッシュフォード様。ナズも冒険行きたいよー。小羽」
「そ、そんなこと言われても……」
「ナズ。お勉強嫌ーいっ」
――ガッシュフォードさん……。やっぱり冒険に。で、でも何するつもりなんだろう……。
中央広間ではガッシュフォードの出発の準備が行われていた。自らの魔術、魔導具、どのような手段でも転移可能なガッシュフォードであったが、その強い決意を認めたレオニードが転移魔法陣を時計台の下に書き始める。
「ガッシュフォード。行き先はどこだ?」
「ギラナダまで頼む。一度寄っていかなければならないところがあるのでな。それで……ゴートル君。突然だが、君がここの学園長になるべきだ。これは君の父への義理立てではない。君がそうすべき人物だからだ。生徒たちを。この学園を頼む」
ゴートルは考える間もなく笑顔を見せた。
「はい。わかりました。といっても早く帰ってきてもらわないと困ります。ガッシュフォードさんが帰ってきたらまた学園長をお願いしますよ? どうかご無事で」
「あぁ……」
「できたぞ。さっさと乗れ」
ガッシュフォードはレオニードの書いた魔法陣の上に立った。
「お前が帰ってこなくてもいいようにこの学園は守ってやる。くたばんじゃねーぞ」
「頼もしいな。では詠唱を頼む」
レオニードは詠唱を始める。魔法陣は光り輝いて閃光を放った。
そこにはガッシュフォードの姿はもうなかった。ゴートルは静かに三人に語りかける。
「学園長はもういない。君たちは認められ、ここにいることを忘れないでほしい。今一度、あの時誓ったことを思い出してほしい……」
ゴートルのその言葉にアレクサンダース、レオニード、ドナムース共に笑顔を見せた。
ガッシュフォードは突然の決断により、旅立った。その目的は誰も知らないままに。だが、ゴートルはおおよその検討はついていた。
それは、「魔導の未来こそがこの世界の未来を作るべきだ」とガッシュフォードは常々言っていた。それこそが学園を創ったきっかけでもあり、この世界を救う方法であると信じていた証であった。
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