第十七話 蘇るセカイ
ハインス城にあるゲストルームで目覚めた小羽は無言でカーテンを開けた。雲一つない青空を見上げ、大きなあくびをする。
――ふぁぁあああ……。あまり眠れなかったなぁ。本当に大丈夫なのかな……。
小羽は眠れずにいた。再び伝説のパーティーとの冒険。それに加えて魔王の封印を一度解く更新の儀が始まろうとしていた。
眠い目を擦り、ナズがとことこと近づいてくる。
「おはよー。小羽……ふぁあああ」
「おはよう。ナズちゃん。今日はエルフの姿で出発だよ。おいでっ」
「んー……」
ナズは虹の精霊の姿に戻り、小羽の周りを飛び回るも勢いのあった羽ばたきは途中から重い足取りを見せていた。
「はぁはぁ……。最近飛んでないから疲れた……」
ナズは息を切らし、小羽の肩に腰を下ろした。肩のナズを左手で優しく包む。精霊の姿のナズの扱いは手慣れたものだ。小羽はその手を目の前に運ぶ。
「人型に慣れたのかな? 大丈夫?」
「うん。平気。虹の精霊は大人になると羽が退化するんだよ。ナズはあと五十年くらい先だけどねー」
「そうなんだ。ナズちゃんはかわいいから美人になるのかな?」
「えへへ。ナズは虹の精霊一美人になるんだーっ」
ナズの無邪気な言動に小羽は少しだけ不安が和らいでいた。着替えを終えた二人は王の間へと向かっていた。長く広い、豪華な廊下を歩いていると。
「おはよう。小羽さん。ナズさん。いよいよだね?」
後ろから声をかけるルアスバーグは笑顔爽やかに手を上げていた。
「おはようございます。ルアスバーグさん。朝から爽やかですね?」
「あはは。見せかけだけでも元気にしてないとね」
「……見せかけって。ルアスバーグさんでも……。こ、怖いんですか?」
「怖いというよりはワクワクしているよ。けど、ガッシュフォードが言っていたことについて考えて眠れなかったかな……」
「そ、そうですか……。わ、私もです」
「小羽さんは他の異世界者の存在を認めるかい?」
「……正直、わかりません。ですが……いたとしてもおかしくはないと思っています。この世界のことはまだちゃんとわかっていませんから……」
「うん。そうだね。あくまでも可能性という意味では否定はできないだろう。でもまぁ。心配はないさ。小羽さんが思っている以上に伝説のパーティーは強くて頼もしい。僕も全力を尽くす。危険なことさえしなければ大丈夫さ」
ルアスバーグは爽やかな笑顔を見せていた。
王の間に入ると話し込んでいるガッシュフォードと緋翠。そして、泣いているアリスを抱きしめているハインスがいた。小羽はそれを見て頬を赤く染める。
――ハ、ハインスさんのお家の事情なんだろうけど……。アリスちゃんって本当にハインスさんが好きなんだなぁ。ハインスさんは一体誰が好きなんだろう……。
「おはよう。一色小羽ちゃん。……ナズちゃんは精霊の姿か。なかなかかわいいじゃないか」
緋翠が小羽に気づいて近づいてきた。
「わかってるじゃんっ。緋翠」
「お、おはようございます。緋翠さん」
「色魔導の修行は実戦でやるからね? もしかして緊張してるのかい?」
「き、緊張はしていますけど……。い、嫌な予感もしています……」
緋翠はニコリと笑った。
「実はね。あたしも何か良くないことが起こる気がしてる。例えば……マーちゃんに何か起きるとかね。この世界では異世界者の予感は当たるらしいからね。何もないことを祈るしかないけど」
「緋翠ってば。フラグになるようなことを平気な顔で言うんだね?」
「あはは。何も起きなければそれでいいだろ? 起きることも想定しておくことも大事なことだよ。虹の精霊は直近の未来が見えるって聞いているけど。どうなんだい?」
「ナズは何も見えないよ。大人にならないとそういう力は出てこないみたいだし」
「エ、エルフってそんなに凄いんですか?」
「小羽……。ナズを連れているだけで凄いって言ったでしょー?」
「ナズちゃんの言う通りだよ。虹の精霊は精霊の中で一番の魔力を持つからね。早い話がこの世界では虹の精霊の長老が一番の魔力を持っているんだよ」
「緋翠ってば意外にこの世界のこと詳しいんだね?」
「あはは。一応この世界を研究してる身だからね。それに……今回は久しぶりにマーちゃんに会うだけだ……。そんなに心配しなくていいよ。一色小羽ちゃん」
「は、はい……」
そして、出発の時がきた。
手始めにハインスからの命を受けたルアスバーグの指示により、騎士団はニースに近づいていた冒険者たちを撤退させた。その報告を受けた五名とナズは馬車でニースへと向かっていた。魔王封印の更新の儀はこのメンバーと天しか知らず、騎士団の護衛と馬車はルアスバーグの一声により、ニースの入り口手前で引き返した。
静けさと共に異様な魔力を漂わせるニース地方の入り口。ロンナの町は無惨にも荒れ果てていた。
「ここも久しぶりだ……。相変わらず不安定な魔力を感じる」
ガッシュフォードは一人呟いた。そして、大地に何かを書き始める。
小羽はハインスに訪ねた。
「ハインスさん。ガッシュフォードさんは何をしているんですか?」
「あぁ。ロンナの町は闇の精霊の洞窟に行くための仮の姿なんだ。ここから直接キャムの村にガドの転移魔法陣で行くのさ。ここも昔は賑やかだったんだろうけどね……」
荒れ果てた町に強い風が吹いた。
「では。魔法陣の上に乗るんだ。向こう側はすでに闇の精霊の領域だ。油断するな」
ゴクリと唾を飲む小羽は魔法陣の上に乗る。そして、強い光と共に目の前が真っ白になった。
小羽が目を開けるとそこは暗闇の世界だった。静けさの中、ナズは無邪気に口を開く。
「ねぇ? ガッシュフォード様。あれが闇の精霊の洞窟?」
「ナズは見えるのか?」
「うん。ちょっとだけね」
「さすが虹の精霊だ。頼もしいな」
「でしょでしょ? やっぱりこのナズ様がいないとダメみたいねっ!」
ナズは「えっへん!」と暗闇で腰に手をあてて体を反らす。
「じゃあ。次は僕の番だ」
ハインスの声が聞こえると辺りは暗闇から一変した。太陽が現れたのかのようにその場所に光が現れ、そこに本来あるべき姿を取り戻す。
その光はキャムの村をあらわにした。荒廃した小さな村。草一つ生えていない荒れ果てた土色の大地。遠くには不自然にもそこにある洞窟。それ以外はガランとしていた。
「こ、これは……」
驚く小羽にハインスは笑顔を見せる。
「小羽ちゃん。僕も一応精霊使いだよ? 光の精霊はどんな闇でも照らすんだ。こんなことで驚いてちゃ困るな」
「せ、精霊を使ったんですか?」
「うん。彼女は胸が大きくてね。とても美人なんだ。それに僕だけを愛してくれる。本当に最高の精霊だよ」
「ハーちゃんは相変わらずだね。胸なんか肩が凝るからいらないものだ」
それを聞いて小羽はそっと自分の胸に目をやり肩を落とす。
「肩なんていつでも揉んでやるさ。ついでに胸もね」
「ハインス。いい加減にしろ。来るぞ……」
「はいはい。ガドは本当に真面目過ぎて困るよ」
「お前が不真面目なだけだ。ルアス。洞窟から魔族が数千ほど来る。一人でできるか?」
「か、数が多いですね? ですが、やります。それに……」
「「「天なら五秒」」」
ハインスとガッシュフォードとルアスバーグの声が揃う。
「ですよね?」
ルアスバーグはランスを構える。そして、洞窟からは無限に増殖するかのように魔族がその姿を現した。
それを見たルアスバーグはその群れに突っ込んでいく。
「ルアスのやつ。張り切ってるな。まぁ、ここは任せて問題ないだろ」
「ふっ……。まだ天のことを意識しているみたいだな。実力はありながら全力を出せる相手がギラナダにいないのはかわいそうだからな。ここいらでルアスの力を解放しても良いだろう。今回は結界は張らない。緋翠。一色小羽。こちらに来る魔族を頼む。私は詠唱を始める」
「えっ? は、はいっ!」
「さぁ、一色小羽ちゃん。そろそろ修行といこうか。魔族は消滅してもまたすぐに新しい命に生まれ変わるからね。安心して倒してくれていい。見本を見せるからその通りにやってごらん」
緋翠は魔導筆を取り出すと目の前に何かを描き始める。すでに魔族は数体迫っていた。気にする様子もなく黙々と緋翠は筆を走らせていた。
「ひ、緋翠さんっ!」
小羽は大きな声で叫ぶ。その声に緋翠は振り返る。よもや背中には魔族の爪が緋翠の首元めがけてギラリと光る。
「コツだけ教えてあげるよ。ただ絵を描くなら二流。色魔導は現実を再現してこそ本当の力を発揮する。そのためにいろいろと学ぶこともある。それはこれから教えてあげるよ。見てごらん。本物は糸に水が付着しているんだ。それで粘りは再現できる」
緋翠が描いたのは蜘蛛の巣だ。見た目は何とも頼りなくも向かってきた魔族は目の前に現れた蜘蛛の巣に絡みつく。不気味な唸り声をあげ、その絡まった糸から脱出しようともがいていた。
「さぁ、ご飯の時間だ。好きなだけ食べるがいいよ」
緋翠の合図と共に巨大な蜘蛛が現れる。不気味な色のお腹を魔族を向けて、さらに糸を魔族たちに噴射していた。そして、バリバリと音をたて、ゆっくりと捕食を開始していた。
「す、凄い……」
「一色小羽ちゃん。生物を描く時に現実的にするにはどうすればいいと思う?」
「わ、私は呼吸をしているような躍動感に気をつけています」
ニヤリとした緋翠の口元が開く。
「うん。合格だ。生物たちは生きるための持続が大事なんだよ。呼吸。脈。心臓の鼓動でもいい。それを表現できれば問題ないよ。さぁ、魔族が向かってきたよ……」
異世界者は魔族を呼び寄せると常々聞かされていたものの。魔族に会うのは初めての小羽にとって実感はなかった。だが、ルアスバーグの攻撃をかいくぐって来る魔族は容赦なく二人だけに向かってきていた。
小羽は筆を走らせていた。緋翠にも劣らぬスピードで描き終えると魔族は小羽の描いた蜘蛛の糸に絡みつく。
「ご、ごめんなさいっ。魔族さんっ」
そして、小羽の描いた巣に現れた蜘蛛。その姿は小さくカラフルな色。小羽らしいといえばかわいらしい蜘蛛だ。
「小羽……。こんなかわいい蜘蛛で大丈夫なの? 弱っちくない?」
「いや……。これはこれで面白いかもね……」
ニコリと笑いボソッと呟く緋翠をナズは不思議そうな顔で見ていた。
小羽の描いた蜘蛛は魔族の半分の大きさもなく何とも頼りない姿であった。動きも鈍いその蜘蛛は糸の上をたどたどしく歩き、魔族に近寄っては爪を突き刺していた。特に何かをしている訳でもない。ただただ小さな爪で刺していく。
最初に爪を刺された魔族が蜘蛛の巣を切り裂いて脱出する。大きな羽を広げて小羽とナズめがけて勢いよく飛び降りてきた。
「ちょ、ちょっと! 小羽っ! 何とかしてよっ! こ、こっちに来る!」
驚くナズは小羽の首にしがみつく。そして、小羽はナズに優しく語りかける。
「たぶん……。そろそろだと思うよ?」
魔族は小羽の側に力なく落ちる。殺虫剤をかけられた虫のようにポトリと地上に落下していた。声も発さずにビクビクと痙攣をした後に息絶えていた。
「ナズちゃん。もう大丈夫だよ」
「へっ? こ、こいつ死んでるの? どうやったの?」
「あの蜘蛛はね。毒蜘蛛なんだ……」
小羽の蜘蛛の巣に絡まっていた魔族たちは次々と息絶えていた。だが、次々に二人の描いた蜘蛛の巣に魔族は絡みついていく。それを見た緋翠はニコリと小羽を見つめる。
「ルーちゃんのやり方だとまだまだこっちに来る。ここは任せてもいいかい?」
「は、はい。頑張りますっ」
「あはは。本当に君は面白い。蜘蛛の糸についている水分をもう少し多めに意識すればいいよ。じゃあ、後は任せたよ」
緋翠は小羽の横を通り過ぎ、ハインスにもとへ歩いていった。
――一色小羽ちゃんか……。基本的なことはきちんと身についているし、想像力も独創的な発想も十分だ。なによりも……発動の失敗を全く気にしていない……。当たり前のように描けるのは頼りになるよ。彼女が育つとあたしはもういらないかもね……。ふふ……。
機嫌の良さそうな緋翠にハインスが声をかける。
「珍しいね? 緋翠がそんな顔で笑うなんてね」
「そうかい? 一色小羽ちゃんの色魔導が素晴らしくてね。本当に頼もしいよ」
「何言ってんだか……。昔の緋翠はもっと凄かったじゃないか。まぁ、小羽ちゃんも十分過ぎるほど凄いけどね」
ハインスと緋翠が遠くから見つめる小羽はありとあらゆる場所に蜘蛛の巣を張っ張り巡らせていく。描く蜘蛛もバリエーションが豊かになっていた。
「もっと足の長い蜘蛛なら遠くの魔族にも届くんじゃない?」
「そっか……。毒の爪だけ届けばいいんだもんね」
「そういうことーっ。あとね。蜘蛛の巣を作る蜘蛛がいたら楽じゃない?」
「うんっ! そうだねっ」
小羽はナズと共に新たな蜘蛛を描き出す。その姿は実に楽しそうだった。額の汗を撒き散らしながら活き活きと筆を走らせる小羽は夢中で自由なキャンパスに描いていく。
だが、魔族の増殖は止まることはなかった。洞窟の入口にいたルアスバーグもまた活き活きとしていた。
――思ったより数が多いな……。そろそろ本気でいくかな。
ルアスバーグはランスを振り回して近くの魔族を倒すと、詠唱を始めた。
これこそがルアスバーグの本当の強さであった。この世界の人族は能力差があるものの必ず魔力を宿している。ルアスバーグは平和なギラナダを想う心が強い。その想いは彼の魔力を少しずつ膨らませていった。
そして、天に鍛えられたルアスバーグは自分のランスに魔力を注ぎ込んで天との一騎討ちに勝利した。天にないルアスバーグだけが持つ力はギラナダ一の騎士の名に恥じない強さを誇っていた。
持っているランスの先が青白く光り輝き始める。
――さて……。そろそろ始めるか……。
ルアスバーグは洞窟の入り口に無造作にランスを突いた。遠くからその動作をしたルアスバーグの行動は一見すると無意味な行動に見える。だが、まるで洞窟の目の前にでもいるかのように次々に現れる魔族を突き刺していた。
魔力を宿したランスは突いた力をどこまでも伝えることが可能だ。ましてや、ルアスバーグの突きは超一流。その力はどこまでも遠くの相手まで届く。
そして、ルアスバーグは物凄い速さで動き始めた。魔族の前に現れては消え、ランスを突く槍痕だけがその場に残る。
ルアスの本気の戦闘により、小羽のもとへ来る魔族の数はおのずと減る。小羽とナズは時折姿を見せるルアスバーグを目で追っていた。
「ル、ルアスバーグさんって本当に凄いんだね。全然見えない……」
「うん……。ちょっと強過ぎじゃない? あれで普通に魔王とか倒せるんじゃないの?」
闇の精霊の洞窟は静けさを取り戻し、魔族の死体は消滅を始めていた。
何食わぬ顔でルアスバーグが小羽のもとへ歩いてくる。
「ふぅー……。久しぶりに本気を出せて楽しかった」
「ル、ルアスバーグさん。お疲れ様です……」
「ルアスバーグって強いじゃん。ちょっとカッコよかったよ?」
「あはは。ありがとう」
爽やかな笑顔を見せるルアスバーグは息一つ切らしていなかった。魔族の姿がなくなったのを見て三人はハインスたちに合流した。
「ルアス。最初から本気を出せよ。天ならもっと早く片付けるぞ?」
「も、申し訳ありません。ハインスさ……ハインス……」
「ルーちゃんも凄いじゃないか。速くて強い」
「そ、そんなことは……」
「謙遜が上手だね。ルーちゃんは強い。ただそれだけの話だよ」
「緋翠様……」
「ルーちゃん?」
「あっ! ひ、緋翠……」
緋翠はニコリと笑い、小羽を見つめる。
「一色小羽ちゃんも素晴らしい活躍だったね」
「そ、そんなことは……。そ、それに。緋翠さんが教えてくれたからです……」
「教えられてすぐできるのは優秀だってことだよ。それに君の色魔導は発動の失敗が無さそうだ。安心して背中を任せられるよ」
「あ、ありがとうございます」
それを聞いたハインスが小羽に笑顔で近づいてきた。
「小羽ちゃん。あの緋翠にそこまで言わせるなんてなかなかないよ。最高の褒め言葉じゃないか。もっと自信を持ったらいい。君は最高の色魔導士であり、最高の仲間なんだからさ」
「ありがとうございます……」
突然、小羽の頬を涙が流れる。
「こ、小羽ちゃん? な、泣かせるようなこと言った?」
「い、いえ……。ぐすっ……」
小羽は素直に嬉しくて泣いていた。以前の冒険でもガッシュフォードに言われたことをハインスが素直に口にした。
泣き虫なのは昔からのものだが、小羽の良いところは素直な言葉を素直に受け止められることだ。だからこそ小羽は好きな絵を素直に覚えてきた。それを認められたことが嬉しくて涙が流れていた。
ハインスは優しく笑う。
「本当に小羽ちゃんはマリーそっくりだね……。泣き虫なところなんかうり二つだよ」
「そうだね。マーちゃんはいつも泣いていた気がするよ……」
「ぐ、ぐすっ……。すみません……」
「別に謝ることじゃないよ。それに……一色小羽ちゃんと居るとマーちゃんを思い出す。……だからこそ信用できるんだよ」
「ううっ……緋翠さん……」
止まらない涙を一生懸命拭う小羽を二人は笑っていた。
そして、肩に乗っていたナズが羽を広げ、頭を撫でる。
「小羽―。泣き過ぎだよ……」
「ご、ごめんね……。ナズちゃん」
「別にいいけどねー。この方が小羽っぽいし。よしよし……」
少し時間が経った頃にガッシュフォードの目の前に黒い大きな影が現れた。
一同にそれを見上げる。
「さぁ……始まる。マリーが姿を現す……」
ハインスの口調はいつもと違っていた。それはそこにいた皆を緊張させる。ガッシュフォードの後ろに皆が立ち尽くす。
そして、その大きな影から魔王が姿を現した。拘束されたその姿は特殊な魔導具で作られたロープで全身を巻かれ、封印の結界の効力を持続する札が張り巡らされていた。顔には目元だけが繰り抜かれた仮面を被って異様な不気味さを見せる。
小羽とルアスバーグはその姿に驚いていた。
「こ、これが……魔王……」
「ルーちゃん。あれはマーちゃんだよ。姿はああでも紛れもなくマーちゃんだ」
「す、すみません……」
「謝らなくていいよ。今日は見逃してやるけど……。次に封印を解いた時がこいつの最後だ。本当に忌々しいよ……」
わかりやすく機嫌を悪くする緋翠はそのまま魔王に背を向けた。
そして、ガッシュフォードが魔王を見上げる。
「マリー……。久しぶりだな……」
ガッシュフォードの言葉に目玉が動いていた。それを見てナズは小羽の背中に隠れる。
「もう少しでその体ともおさらばできる。本当に長い間すまなかった」
「…………」
目玉だけを動かすそれは不気味そのものだった。小羽は恐怖で足が震えていた。
そして、もう一人震えていた男がいた。それはルアスバーグだ。彼は魔王が現れてからずっと体中の震えが止まらなかった。小羽のように姿形に恐怖しているのではない。魔王から放たれている魔力に体が勝手に反応していた。
小羽と緋翠は魔力を持たないため、それを感じることはない。ガッシュフォードとハインスは幾度となく経験しているためにそれほど影響は受けていなかった。初めて魔王と対峙したルアスバーグはその絶大な魔力に恐怖を覚えていた。
「ハインス。マリーを覗いてくれ」
「あ、あぁ……」
珍しく緊張気味な面持ちを見せるハインスは魔王の前に立つ。そして、目玉を凝視して心の中を覗いた。
仮面の目元が繰り抜かれているのはこのためだ。言葉すら封じているために魔王と融合したマリーの安否を確認できるようにした。
ハインスはまるでマリーと話でもしているかのように時には笑顔を見せていた。
その様子を見てガッシュフォードは安心していた。
ハインスが心を覗いているということはマリー自身がまだ無事な証だ。生きていることだけがガッシュフォードたちの心配でもあり、封印の更新の儀でのまず確かめるべきことでもあった。
ガッシュフォードたちが想定しているケースはマリーが生存していることが第一であった。
その次はマリーに何か変化がないかどうか。これはハインスがマリーの心の内を見なければわからないことだ。外の様子は誰もわからない。ロープを解くこともなければ体は魔王のままだ。闇の精霊の長老である魔王の体。大人びた体つきは子供のようなマリーとは正反対だ。
そして、最悪のケースも想定はされていた。
マリーが生存している場合に限り、魔王がマリーを飲み込んでいる場合だ。それとは別に魔王のみの生存確認。つまりはマリーの融合の有無に関わらず、魔王のみの心だけが見える時だ。だが、これまでにそれは確認されたことはない。
そして、ハインスは封印された心の中を見終わった。その顔は清々しくも複雑な表情を見せる。とはいえ、嬉しそうに笑うハインスの偽りのない笑顔にガッシュフォードも思わず笑みをこぼす。
「ガド……。マリーは無事だよ。それに元気そうだ」
「そうか……。良かった。本当に良かった……」
二人は互いに抱き合い、マリーの無事を安堵した。
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