第十六話 胸騒ぎのセカイ

「少し話が脱線してしまったが。最初にハインスと出会ったのはギラナダの店に彼らが来たのがきっかけだ。ガッシュフォード君とハインス。これから冒険を始めたいと若い二人が店に顔を見せたのがきっかけだ」


 昔話を語るウォンの表情は穏やかで優しい顔を見せる。


「ガッシュフォードさんとハインスさんが魔導具ですか?」


「あぁ。ガッシュフォード君はもともと魔力が強いらしく魔術を専門にいろいろと勉強していたらしい。だが、ハインスは女を口説く以外は何もなかった」


「ハインスってばダメ人族だったのね」


「あはは。そうでもないぞ。ナズ君。彼の心の中を見る力はラーミアのような力だ。君も精霊なら同じような精霊の動きは察知できるのでは?」


「うん。ナズたちは五神についた精霊の動きは察知できるから。てことはさ? ハインスってばナズと同じような力を持ってるのかな?」


「それは考えようだ。たとえその力があったとしてもハインスに邪心があれば精霊たちは契約を結ばないだろう。当時のハインスは切羽詰まっていたというか焦っていたな―――


   ◆◆◆


 力は弱いが何かを成し遂げようとする想いとでもいうかな。力を欲して仕方がない様子だった。


「ハインス。魔導具は実戦向きじゃない。魔術を使いたいなら私が教えてやる」


「そんな時間はもうないだろ……。何かあるはずだ。僕にしかできない何かが……」


「何をそんなに焦っている? まだ冒険者になった訳でもない。これから覚えることもあるだろう」


「…………」


 若いハインスは店の魔導具を吟味していた。そして、彼はショーケースの中の魔導具に興味を持ったみたくてね。それは私が黒紫の魔石を主として作った魔導具。売り物でもなければ、ただの試作品だった。それを一生懸命眺めていたよ。


「あ、あの……この魔導具で精霊を呼び出せるって書いてあるんですけど……」


 ハインスは私に尋ねてきた。確かにその魔導具はラーミアの魔力を使った特別製のものだった。しかし、一方でそれはどの精霊が現れるかもわからない代物であり、出てくる精霊が言うことを聞かなければ魔力を暴走させる危険もあった。


「すまないが。それは売り物じゃないんだよ」


「売り物じゃないのか……。精霊使いにでもなろうかなと思ったんだけどな」


「精霊使いか。この先の冒険を考えると役に立ちそうだが……」


「だろ? ガド。それに精霊たちは美人揃いだって噂だ」


「目的を履き違えるな。そんな不純な目的で精霊がついて来ると思うな」


「僕は美しい女の子を平等に愛することができるんだよ。それに契約を交わすことが目的じゃない……。キャムの村を襲った魔族を……。闇の精霊を葬るのが目的だっ!」


「ハインス……」


 ハインスの表情は憎しみと悲しみに覆われていたよ。あのガッシュフォード君でさえもその表情を見て何も言えずにいたのだからな。

 だが、その言葉を聞いて私は黙ってはいれなかったよ。


「君は闇の精霊を勘違いしているようだな」


 ハインスも私の言葉を聞いてすぐに口を返してきたよ。


「闇の精霊は魔族を生みだす必要のない精霊だ。あいつらさえいなければ……」


 ハインスは悔しそうな表情を見せていた。だが、五神七精は全てが存在してこそこの世界が成り立つものだ。それにラーミアを愛している私にとってはその言葉は許せなかった。


「闇の精霊が魔族を作りだしたのは間違いじゃない。だが、彼女らが望んでそれをしたと思うか?」


「そんなこと知るかよ! 悪いことは悪いことだろっ!」


「そうか……。人族からすればそれは全うな意見だろう。だが、魔族にも命はある。もっと言うなら種族に何の違いがある? 全ては命だ。それを意見する権利は人族にしかないのか?」


「そ、そんなことくらいわかってるよ! そ、それでも……」


「お、おい。ハインス。生意気言ってすみません……。あなたの言っていることもわかります。ですが、魔族が人族の命を奪う権利もないはずです」


 ガッシュフォード君が私にもっともらしいことを言ってきた。


「確かにその通りだ。だが、君たちにその思い上がりがある限りは精霊はついてこない。五神に等しいと言われる精霊たちは実に繊細でこの世界を理解していないと契約はしてくれないだろう」


「私はいち魔導士として精霊の力は頼らないつもりです。それに精霊の魔力は強大過ぎて怖いですよ」


「おい……ガド。もう行こうぜ……」


 二人は私の店から出て行った。そして、ラーミアが姿を現し、私に語りかけてきた。


「マスター。私を庇ってくれてありがとうございます。やはり闇の精霊は悪い印象を持たれているようですね」


「今のタイミングでは仕方ないだろう。魔王が出てきた以上は人族はそう思うしかない。それに……事実。命は奪われている」


 面白いものだよ。人はその時の境遇で善悪を区別してしまう。私とて同じようなものだ。ラーミアを愛していたことで闇の精霊を無意識に庇っていた。何が正しいかを決めるのは己自身なのだからな。


 それからしばらくしてハインスが私の店に一人で訪れてきた。


「いらっしゃ……。君は以前来てくれた……」


「あ、あの……。あなたは精霊使いなのですか?」


 ハインスはバツが悪そうに私に尋ねてきてね。私はこう言った。


「世間ではそう言われるのかもしれない。だが、私の連れている精霊は闇の精霊だ。君の考え方じゃ理解できないのかもしれないな」


 私は正直に告げたよ。ハインスにとって闇の精霊は敵だ。だが、私にとってラーミアは命の恩人であり、愛する人。隠すこともなければ胸を張って言った。


 だが、ハインスは厳しい顔を見せながらも口を開いた。


「僕はあれからいろいろと調べてきたんだよ。精霊はお互いの信頼がないと契約しないんだろ……。あなたは闇の精霊の何を信頼したんだ?」


「私は彼女に救われてここにいる。命を共にしたこと以上の信頼はない」


「や、闇の精霊の寿命をもらったのか……。あなたは一体、何を?」


「何もしてはいない。彼女が私を救ってくれたんだ。そして、私が彼女をこれからの伴侶と決めただけの話だ。君が恨む闇の精霊のしていることも種を守るための行動だ。七精は生まれながらにして種を守るために命を懸けている。その何が悪い」


「命を奪ったやつは悪くないのか? 救うやつもいれば奪うやつもいる。あなたの出会った精霊がたまたまいいやつだっただけの話だろ。向こうが敵として見るならこっちだって敵と見るしかないだろ! そのせいで家族を奪われたやつだっているんだっ!」


 悔しがるハインスを見て、私は察した。誰かのために何かをしようとしていることをね。だが……。


「世界はそんなに甘くない。君はまだ若い。これから知らないことを知っていく。そのための冒険だと思えばその行動は間違っていないと思うよ。君のこれからの冒険が良いものであるといいな……」


「……最後に一つだけ聞いても?」


 ハインスは思いつめたように私の目を真っ直ぐ見ていた。


「あぁ。何を聞きたい?」


「アナタの心にあるその葛藤……。種を守るためと言っておきながら、あなたは契約した闇の精霊に心を奪われているだけなのでは?」


「き、君は……なぜそれを……」


「あいにく見たくもない心が見えてしまう体質なんでね」


「き、君はシュタイン家の力を……。まいったな……その通りだよ。私は彼女を愛している。彼女が何をしようが私はその行動を肯定するだろう。それをしてはいけないとは思っているのも確かだ。だが、私は……」


 その時、突然ラーミアが姿を現した。私の命令以外では人前に姿を現さない彼女が自らハインスの前に姿を晒した。


「私は闇の精霊のラーミアと申します。マスター。勝手な行動をどうかお許しください」


「ラ、ラーミア……。どうして」


 ラーミアが姿を現したことでハインスの顔つきが変わった。


「お、お前がマリーの家族を……」


「あなたのお気持ちはお察しします。ですが、マスターの想いを踏みにじるのだけは許せません。あなたにも想いがおありでしょう。どうしても許せないと言うのなら……私を殺してください。それが私にできる唯一のマスターを守る方法です」


「何を言う! ラーミアっ。そんな勝手は許さないぞ!」


「で、ですが……」


「言ったはずだ。お前がいなくなる時は私もこの世から消える。ならば……私も共に果てる」


 ラーミアは珍しく照れたような表情を見せていてね。そして、そこには種を超えた想いしかなかった。誰かが誰かを想い、庇う。ハインスもまた一人の少女の心を守るためにそこにいた。そして、ハインスは私に告げた。


「本当に素晴らしい信頼関係だ。けど、僕にはどうしても闇の精霊を……魔族を許すことはできない。……あ、あなたにお願いがあります」


「お願い?」


「僕を精霊使いとして育ててもらえないでしょうか! 魔力も人並みの僕には友達を救うこともできずに悩んでいます……。力が欲しい……。お、お願いします!」


 私は驚いたよ。真っ先にラーミアに噛みつくと思っていたハインスが頭を下げた。でも一つだけ気になっていることがあってね。私はそれを聞いたんだ。


「君が精霊使いになりたい気持ちはわかった。だが、このラーミアをそういう目で見ている以上は他の精霊も君には力を貸すとは思えない。ただ力を欲するのであれば私は君に協力しない。言っていることはわかるな?」


「…………。自分でもわかっていたさ……。この世界は力だけが絶対的な世界だ。力のない者は力のある者に逆らえない……。シュタイン家も同じようなものだ。王国に全てを捧げて先祖たちはずっと犠牲を払ってきた。友達も救えない僕は家族すら救うこともできない。妹だって大きくなれば犠牲を払わなければならないんだ……。なぁ? 教えてくれよ……。この世界を……。みんなを救うためにどうすればいいんだよっ! なぁ! 答えてくれよっ!」  


 ハインスの叫びは悲痛だったよ。もちろん。シュタイン家の事情は私にはわからない。生まれてきた時代が悪かったのもあるだろう。そして、そこまで自分を責める理由がどうしてもわからなくてね。魔族の反乱はいつかは起きること。そのタイミングで自分の弱さを認めたくないのは誰だって同じだった。そういう世の中だったんだよ。


 私はうつむいた彼にかける言葉を探していた。そんな時にラーミアが口を開いたんだ。


「マスター。彼のおっしゃってるていることに答えてもよろしいでしょうか?」


「あ、あぁ……」


「ありがとうございます。マスター。あなたは自らの意思で人のために力を欲しています。世界を救うのは勝手にしてください。ですが……。人を想うために力が必要なら私はあなたの精霊になりたいとさえ思います。あなたには精霊使いの資質が備わっています。私がマスターを助けたのもあなたのような想いをマスターが持っていたからです」


「…………ううっ……。なんだよ……。ううっ……うー……」


 ハインスは泣いていたよ。下を向いて肩を震わせて……。嬉しかったんだろうな。許せるはずのない憎んでいた闇の精霊と心を通わせたこと。そして、自分の可能性を認められたことにね。


 私はハインスの肩に手を置いてこう言った。


「ラーミアが認めたのなら君は精霊使いになれるのだろう。私も君に協力する。さぁ……立ちなさい」


 ハインスは目を擦り、立ち上がった。そして、ショーケースから出した魔導具で呼び出した光の精霊と契約を交わした。実に見事だったよ。まるで女性を口説き落とすように優しく話しかけていた。そして、今の自分の全てをさらけ出した。光の精霊はハインスと口づけさえ交わしていた。あれだけ精霊に自分自身をさらけ出せるのはハインスの才能だろう。


 今にして思えばハインスは精霊使いになるべくしてなったんだろう。


 自らが精霊と契約してしまえば後は何も教えることはなかった。彼女たちの協力さえあれば他の精霊を見つけることもできる。あとは彼次第だった―――。


   ◆◆◆


 ―――あの泣き虫が見事に魔王を倒してしまったんだからな。私としても鼻が高いよ」


「ハインスさんも初めから何でもできた訳ではなかったんですね」


「それは当然だ。小羽さんもそうじゃなかったのかな?」


「そうですね……。私はみんなのおかげで強くなっている気がします」


「ナズのおかげもあるよね? ねぇ?」


 小羽は優しい笑顔を見せる。


「うんっ。そうだね。ナズちゃんのおかげだよ」


「えへへ……。小羽大好き……」


 ナズは小羽の膝の上に乗り、笑顔で焼き菓子をほおばっていた。その様子を見たウォンは小羽に尋ねた。


「小羽さんは天に会ったことは?」


「あっ……。い、一度だけイナビの森でお会いしました」


「イナビの森? また変なところで会ったのだな。実は先日ルメールに顔を出した時に偶然にも店に訪ねてきてね。ギラナダにはよく来るんだが……」


「ウ、ウォンさんは知り合いなんですか?」


「まぁ、知り合いというか私はハインスに頼まれて彼に魔導具を無償で提供している。言うなれば協力者のような者だ。天が君のことを気にしてたものでね」


「な、何て言ってたんですか?」


「GMAの異世界者の子が気になっているってね。それはおそらくは君のことだろう?」


「そ、そうですか……」


 ――き、気になってるって……。何だろう? 


「小羽は天が好きなんだよねーっ?」


「ナ、ナズちゃんっ。す、好きとかじゃないってば……」


「あはは。天はいい男だからな。幼い顔してるが彼は本物の勇者だよ。何よりも仲間を大切にする素晴らしい男だ。惚れるのは無理もない」


「ウ、ウォンさんまで……。そ、天さんは今どこにいるんでしょうか?」


「ルメールに来たとなると……。懲りずに南の海の海底神殿にいる五神のポンドスにでも会いに行っているんだろう。水中で使う魔導具をごっそりと持っていったからな」


 ――南の海……。か、海底まであの玉を集めるために……。す、凄いなぁ……。


 ウォンは部屋にある時計を気にし、机にあるベルを鳴らす。


 すぐさま部屋の扉が開き、ギニスが足早に近づいてきていた。


「ウォン様。お呼びですか?」


「私はそろそろ仕事に戻らねばならない。小羽さんとナズ君を丁重にもてなすように」


「はっ! 心得ております」


「小羽さん。ナズ君。私の昔話に付き合ってくれてありがとう。ハインスはああいうやつだが、仲間思いの良い国王だ。クワナ共々よろしく頼む。ではまた会おう」


 小羽は慌ててナズを膝から下ろして立ち上がって礼をするも、頭を上げた時にはウォンの姿はなかった。


「小羽様。お茶のおかわりはどういたしますか?」


「あ……ギニスさん。私たちはもう失礼します。長々とすみませんでした」


「えーっ? もう帰るの?」


「そろそろ戻らないと。準備もあるし……」


「そうですか。ではご用意していたお菓子をお包みいたします。しばしお待ちを」


 ギニスは手早く後片付けを始めるもその手はすぐに止まった。


 そして、ナズに優しい笑顔を見せる。


「ナズ様……。小羽様の元気なお顔をもう一度拝見させていただき、感謝のお言葉を申し上げます。本当に……ありがとうございました」


 ギニスの真っ直ぐな瞳はナズを恥ずかしくさせていた。


「こ、このササダミのお菓子……。ま、また食べさせてよねっ」


「……はい。小羽様共々、いつでも遊びに来てください。ご用意してお待ちしております。それと……小羽様。これをお持ちになってください」


 ギニスは小羽に何かを差し出した。それは小羽には見覚えのあるものだった。小型の耳にかけるタイプのイヤホンのようなもの。


 そして、小羽はすぐに気づいた。


「こ、これって……」


「はい。お察しの通りのものでございます。お嬢様が思いつき、小羽様の絵によって具現化されたものにございます。保管していた魔石を使用した試作品ですが作らせていただきました。もしもの時があればこれをお使いください」


「はい。ありがとうございます……。あ、あの。ギニスさん。ど、どうやって使うのですか?」


 小羽はギニスにその魔導具の使い方を説明してもらい、スカーレット魔導具店を後にした。ナズとしっかりと手を繋ぎ、ハインス城に戻った小羽たちに王国の兵士が慌ただしく話しかける。


「こ、小羽様っ。ハインス様が大至急、王の間へ来るようにと!」


「わ、わかりました……」


 城内は何か物々しい雰囲気が漂っていた。武装した騎士団とみられる兵士たちと次々とすれ違う。


「小羽。何かあったのかな?」


「うん。たぶん……。わ、悪いことじゃないといいけど……」


 王の間に着いた小羽は兵士に話しかける。扉が開いた先にはハインスとガッシュフォード。ルアスバーグと緋翠が立っていた。兵士は小羽とナズが入るや否やすぐに扉を閉めた。


「やあ。小羽ちゃん。ちょうどいいところに来た」


「な、何かあったんですか?」


 ハインスは他の三人と目を合わせた。そして、口を開く。


「王国で募集した冒険者たちが立入禁止のニース地方に足を踏み入れている。騎士団に頼んで追い払いを命じたんだよ」


「そ、それだけですか?」


 小羽の少し安心したような表情にガッシュフォードが口を開いた。


「一色小羽。ニースを立入禁止区域にした理由はわかるな?」


 小羽は周りを見渡す。王の間にパーティーメンバーしかいないことを確認するためだ。


「そ、それは魔王を封印しているのがバレないためです……」


「そうだ。一番はそれだが……」


 ガッシュフォードはハインスをチラリと見る。ハインスは黙ってうなづいていた。


「この際だから言っておこう。ニース地方にあるマリーの故郷。キャムの村に魔王を封印している。そして、あそこには闇の精霊の住む場所へと繋がる洞窟があるのだ。ギラナダに現れる闇の精霊はあそこを通ってくる」


「そ、そんな危ないところに冒険者たちが知らずに」


 緋翠が小羽に近づいた。


「危ないところには違いないけどね。一色小羽ちゃんにはいつか話したよね? その洞窟には異空間への入り口があると思われるんだ。だからあたしはハーちゃんに頼んであそこの調査をしているんだよ。そこを何も知らない冒険者たちに荒らされたくないんだよ。それに異空間に巻き込まれる可能性だってある。それはこの世界の人たちにとっては魔族よりも恐ろしいことだって思わないかい?」


「緋翠の言う通りだ。現時点でギラナダで最も危険な場所であり、魔族に出くわすよりも厄介な場所ということだ。そして……闇の精霊の長老が魔王となり、人族に牙を剥いた原因が他にもある可能性がある」


「ま、まさか……」


 小羽がこの世界に来てからずっと気になっていたことがあった。それは自身にも関係すること。異世界者と呼ばれる自分たちの存在だ。


 天や緋翠がこの世界に現れ、そして小羽が導かれた。それは、魔族に利用されないための措置としてガッシュフォードもハインスも協力していたことだ。

 だが、それ以前の異世界者は発見もされなければ存在していたことさえ確認できていない。異なる世界から来た者の存在が今確認できているのは三名だけ。それを考えるとこの世界にはまだ異世界者がいる可能性があった。


 そして、小羽が気がついたことはすでにガッシュフォードたちは可能性として認識していた。


「一色小羽は本当に勘が鋭い。闇の精霊側にも異世界者がいる可能性がある。魔族を呼び寄せる異世界者が闇の精霊に出会わないのは考えにくい。万が一、生き残っているとすれば何かしらの関係性がないとは言えないだろう」


「そ、その人が……闇の精霊を操っているんですか……」


「わからない。だが、何らかの協力……あるいは利用されている可能性はある」


 ハインスが笑いながら近づいてきた。


「あくまでも可能性の話だよ。実際のところはわからないさ。僕はありえないって思ってるけどね。けど、本当に異世界者たちは面白いよ」


「ハインス。笑いごとではない。緋翠や一色小羽は向こう側で特異な能力を持っていたからこそ色魔導を操れるのだ。仮に闇の精霊側に異世界者がいるとすれば何か恐ろしい能力を持っている可能性があるのだぞ」


「魔力のない異世界者が能力を発揮したとしてもそこまでだろ?」


 ガッシュフォードは眼鏡を直した。


「ならば……天をどう説明するつもりだ」


「そういえばそうだな。天はこの世界から愛されたとかじゃないのか?」


「また適当なことを……」


「確かにそーちゃんはこの世界から愛されているかもね。だからこそ、リーちゃんに出会えた。あんなにそーちゃんのこと愛していたからね」


「リンダは天にメロメロだったもんな。まぁ、僕の精霊たちも僕にメロメロだけどね」


 和やかな雑談ともとれるその会話を聞いていた小羽は何か嫌な予感を覚えていた。


 ――私と同じ異世界者が何か悪いことをしようとしている……。なんだろう。この胸のざわつき……。嫌な予感しかしない……。


 小羽の不安はガッシュフォードの不安と同じものであった。少しだけ違う点でいえば。ガッシュフォードが恐れているのは冒険者たちが魔族に襲われることではなかった。


 可能性を信じればこその話だが、姿を現さない異世界者が闇の精霊を操り、魔族を生みだすことへの疑問だった。


 その目的が何なのか。ただそれだけであった。  


 

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