第十四話 求められるセカイ
ザジ王国軍のドゥー艦長率いる戦闘船団は隠鬼の国から撤退した。
それを見届けた三人は島へ上陸してすぐにオロチのもとへ向かった。すでに鬼に成り果てたオロチはありとあらゆるものを破壊していた。それを止めようとムサシは呼びかける。
「父上っ! 敵は撤退しました! もう大丈夫でごさいます! 父上っ!」
ムサシの呼びかけも虚しく、オロチは暴れるのを止めなかった。
「ち、父上……」
「どういうことだ? なぜ元に戻らない。ムサシ殿」
「わ、わからない。このままでは国が滅んでしまう……。ど、どうすれば……」
「まぁ、いいさ。止めるだけ止めてみせる!」
ルアスバーグがランスを構えて暴れているオロチの前へと立つ。
「ルアスバーグ。無理だ! 父上に勝てるものなどいないっ!」
オロチは容赦なくルアスバーグに襲いかかる。強靭な鬼の腕力とそのスピード。どれをとっても遜色のない攻撃をルアスバーグは全て受け止めていた。まるで、穏鬼の鬼の力を見定めるように。それを見てムサシは呟く。
「……つ、強い。ルアスバーグはあんなに強いのか……」
ムサシが驚くのは無理もない。隠鬼一族は魔力は弱いものの、力ではどの種族よりも上であった。それに加えて鬼に成り果てた時の身体能力は異常なまでに上昇する。
それ故に隠鬼一族は他種族との交わりを避けていた。他種族の前で鬼になることを恐れ、一族だけでその種を育んでいたからだ。
「ルアスバーグさんはギラナダで一番強いみたいだよ。だから心配しないで」
「ギ、ギラナダの民は皆こうなのか?」
「うーん。少なくとも私が知ってる冒険者はみんな凄い人たちだよ。それに信頼できる……。それよりムサシ君。隠鬼ってどういう時に鬼になるの?」
「鬼になるのはいつでもなれる。皆、普段はそれを抑えている。だが、怒りや悲しみで突如として飲み込まれる時もあるのだ。父上のあれは裏切られた悲しみによるもの。父上が夢見た人族や他種族との交わりが否定された時に鬼となった」
「だったら……」
小羽はルアスバーグのもとへ向かう。
「小羽さん。あまり近づくな。危ないぞ!」
「ル、ルアスバーグさん。少し、危険な方法ですが試したいことがありますっ」
「な、なんだ? こいつは色魔導ではどうにもならないぞ!」
「この国を救うのはムサシ君です!」
「……何かはわからんがやれるんだな?」
「やります! 私がこの国を守ります!」
ルアスバーグは小羽の真剣な目に爽やかな笑顔を見せた。
――ハインス様。おっと。ハインスが言った通りだ。小羽さんは面白い子だ。それに……思わず守りたくなるな。
ルアスバーグは一旦オロチの前から身を引いた。そして、小羽とムサシと合流する。
小羽は説明を始めた。それを聞いてルアスバーグは思わず大きな声を出す。
「そ、そんなことができるのか? 危険過ぎるっ!」
「小羽の言ったことはわかるが……。それで父上が元に戻るなら……。しかし、小羽にもしものことがあれば……」
「私のことはルアスバーグさんが守ってくれる。それにムサシ君のことも信じてる。誰も傷つかない方法があるなら……それを実現したい」
小羽の決意は固かった。そして、自信とも思える何かを二人は感じた。
「仕方がない。やるしかないようだ。だが、ムサシ殿が暴走したら……」
「それは仕方のないこと。僕が小羽さんを襲ったら迷わずこの命を奪ってほしい」
ムサシの真っ直ぐな目をルアスバーグは受け入れていた。
「大丈夫だよ。ムサシ君。私は信じてる」
「小羽……。では、これより僕は鬼になる。少し離れてもらいたい」
小羽とルアスバーグが少し離れるとムサシの角が伸び始めた。幼い彼のこぶのような未発達な角は徐々に成長していく。それに加え、ムサシの体が少し大きくなり始めた。
「素晴らしい筋肉だ。まったく無駄がない」
「ルアスバーグさん。ムサシ君の側に行きましょう」
小羽はルアスバーグの後ろをついていく。ムサシの体は小羽の身長ぐらいまで成長し、角は完全に伸びきっていた。
「ムサシ君っ!」
小羽はムサシに呼びかけた。
怒りと悲しみ。そして、裏切りによって鬼となったオロチを無傷で元に戻すために小羽が提案したのはこうだ。
もともとは人族を信用したオロチが裏切られたことに失望し、鬼となったことを知った。そして、小羽は考えた。
――鬼になっても自我を忘れなければ普通に生活はできる。ムサシ君のその姿を見せれば……。
鬼化したムサシに自我を持たせる。それを実現することでこれからの隠鬼の国も他種族との交わりを可能にすることができる。小羽はそれを提案した。
「ムサシ君! 聞こえる? 返事をして!」
小羽の呼びかけに気づいたムサシはゆっくりと二人に近づく。
「ム、ムサシ君……。良かった……」
「いや……。恐れていたことが起きている。小羽さん。後ろに隠れた方がいい」
「―――えっ?」
その瞬間だった。ムサシは一瞬でルアスバーグの目の前に現れ、ルアスバーグの首を掴み、持ち上げる。自分より大きいルアスバーグを片手で軽々と持ち上げていた。
し、しまった! 小羽さんに気を取られて……。
ムサシの目は正気ではなかった。ルアスバーグはか細い声を振り絞った。
「こ、小羽さん……。に、逃げろ……」
ムサシの右手はルアスバーグの鎧を砕く。
「がはっ!」
ルアスバーグはすでに限界であった。鬼となったムサシの右手はルアスバーグの鎧を砕き、首元を絞め始めた。
「ムサシ君! やめて! お願いっ!」
――私のせいでルアスバーグさんが……。ぐすっ……。やらなくちゃ……泣いてなんかいられない!
小羽はムサシの左手を握る。
「ムサシ君っ! こ、小羽だよ? お、お願い……。い、命を奪うのだけはやめてっ!」
「…………」
ムサシの右手からルアスバーグが離れた。ルアスバーグはその場へ落とされる。
「ごほっ! ごほっ! な、なんて力だ……」
ムサシは小羽の手を握り返した。
「こ、小羽……。僕は一体?」
「ムサシ君! 良かった。心配させないでよ……。ぐすっ……」
小羽の涙と大地に寝転ぶルアスバーグを見てムサシは察した。
「す、すまない。小羽。ルアスバーグ。僕のせいで危険な目に合わせてしまった……」
「オロチ殿が来るぞっ!」
立ち上がったルアスバーグはランスを構える。それを見たムサシはルアスバーグの前に出た。
「ムサシ殿?」
「鬼の力を操れるなら父上など僕一人で止められる。下がっておれ」
ムサシの角は強く光輝いていた。そして、オロチの目の前に立ち塞がる。
――父上。隠鬼一族の念願が人族により叶いました。彼女は優しく温かく。そして、心が強い。我ら一族が目指す姿がそこにあります。人族も捨てたものではありませぬ。我らが信じねば信じてはくれない。これから共に生きるために何をすべきか……一緒に考えましょう……。父上。
オロチの角も光り輝き始め、動きが止まった。そして、オロチは元の姿へと戻る。
「ム、ムサシ……。お、お前のその姿は……」
「父上に呼びかけた通りでございます。これから隠鬼は鬼の姿を隠すことなく生活できましょう。穏鬼の民はその努力をすべきかと」
「そ、そうか……。ついに一族の夢が叶ったのだな」
「はい。ここにいる二人の人族のおかげでございます」
オロチは小羽とルアスバーグに頭を下げた。
「すまなかった。人族よ。時にお主たちの名を聞きたい」
「ギラナダ騎士団。団長のルアスバーグと申します」
「い、一色小羽です……」
「ギラナダ……。これよりはるか北のギラナダの民よ。隠鬼の王として頼みがある」
「頼みとは何でしょう?」
「我ら隠鬼一族。ギラナダ王国に心服したい。ギラナダの王に頼んではもらえないであろうか」
「そうですか。その旨はハインス王に伝えておきましょう。ですが、ハインス王はそれを許さないでしょう」
「な、何故だ? 我ら一族はギラナダに服従する。そ、それでも駄目か?」
「ハインス王は種族による差別を嫌います。ましてや服従などもってのほかです。そうですね……。ギラナダ王国のお仲間としてなら良いでしょう。彼はそういう男です。僕もそういう彼に憧れてギラナダの一人の民として生きております」
「そ、そうか。本当に素晴らしい王だ。では、息子を特使として連れていってはもらえないだろうか? その席でギラナダ王国に名を連ねたい」
「はい。そういうことならハインス王も喜ぶことでしょう」
こうして、オロチの命を受けたムサシは小羽たちと共に魔道具でギラナダへ戻った。ハインスに謁見したムサシはその鬼の姿を晒しめた。
その堂々たる姿を見たハインスは「これからもその力を命を守るために使うといい。好きな女を守るためでもいいけどね」と笑ったという。
そして、隠鬼の国はギラナダ王国に名を連ね、王国は南の海の半分を領地にした。隠鬼の国はギラナダ王国と固く結ばれ、オロチは隠鬼の国に他種族の文化を取り入れ、隠鬼の国は他種族と関わるという長年の夢を叶えた。
役目を終えたムサシを見送るため、小羽は城門前にいた。少年の姿のムサシは小羽の手を握り、見上げる。
「小羽。本当に礼を言う。ありがとう」
「私は何もしてないよ。ムサシ君の心の強さが見せた結果だよ」
「いや。小羽がいなければどうなっていたかわからない。小羽に手を握られて我を思い出した。その温かい優しさが僕を思い出させてくれたのだ。……小羽」
「何?」
「ぼ、僕の妻になってくれないだろうか」
ムサシの幼い顔は少しだけ男らしさを見せていた。
「つ、妻って……。け、結婚するってこと?」
「ダ、ダメか?」
小羽は少し照れた顔でしゃがんだ。そして、ムサシの頭を撫でる。
「ムサシ君が大きくなったらまた私を迎えに来てくれる? その時に返事してもいいかな? わ、私なんか勿体ないよ。でも……ありがとう」
小羽は優しく微笑んだ。ムサシは頬を赤らめる。
「ぼ、僕は小羽に見合う男になり、必ず迎えに来る。約束だ」
「……うん」
こうして、ムサシは小羽の手を離し、隠鬼の国へと戻った。去りゆく後ろ姿は出会った頃より少しだけ大きく見えた。そして、一人になった小羽はムサシの言葉を思い出し、照れていた。
――あ、あんなかわいい男の子にプロポーズされちゃった……。う、嬉しいけど恥ずかしい……。でも、頑張ってね。ムサシ君……。
一方で。王の間ではハインスとルアスバーグが話をしていた。
「隠鬼の国はいい跡継ぎがいるようで良かったよ」
「そうですね。ハインスさ……ハインス。それにしても小羽さんは凄いですね」
「だろ? 彼女は色魔導士としても一流だ。それに加えて人を惹きつける何かを持っている。今回は緋翠でなくて良かったよ。小羽ちゃんにしかできなかったのかもしれない」
「そうですね。小羽さんは適任でした。それより、ハインス。ザジ王国の動きが気になりますね」
「ザジ王国ね……。一度だけ行ったことはある。鉄の資源が豊富な空気の悪い場所だったな。しかし……今さらギラナダに敵対する理由は何だ?」
「軍の船も甲板に鉄が張られていました。資源を使って何かしようとしているのは間違いないでしょう。我々の知らない何かがあるのでしょうか?」
「どっちにしろ。今はそれどころではない。七日後には冒険が始まる。それが終わったら調査を頼む」
「はっ!」
小羽もナズとの再会を果たしていた。城下町で迷子になったナズはたまたまニルと会い、アヴドゥースーの話で夢中になっていたらしい。それを偶然にもニルの店に行こうとしていたハインスに見つかったということだった。
「むぅーっ。一人で冒険に行くなんて! 小羽の意地悪っ!」
「ご、ごめんね? でもナズちゃん。一人でどこか行くのはダメだよ?」
「小羽もナズのこと子供扱いして……」
ほっぺを膨らませるナズを小羽は抱き上げた。
「心配させないで……ぐすっ……。ナズちゃんに何かあったかと思うと……」
ナズは小羽の胸の中で頬を赤らめる。
「ご、ごめん……小羽。あ、ありがとう……」
ナズが小羽を信頼するのにはこの優しさがあった。そして、ナズは小羽の優しさに甘え、もぞもぞと小羽を抱きしめて笑顔になっていた。
その次の日。ガッシュフォードがギラナダに到着。緋翠も治療を終え、五人とナズはハインス城で豪華な夕食を楽しんでいた。
「これとこれもおかわりねっ!」
ナズは珍しい食事にこれでもかと食べ続けていた。それとは対照的に五人は和やかな食事を楽しんでいた。
「ほう……。一色小羽が隠鬼の国を」
「それに隠鬼の王子にプロポーズされたってさ。ねぇ。小羽ちゃん?」
「プ、プロポーズはされましたけど……。ムサシ君はまだ子供ですし……」
頰を赤らめる小羽に緋翠が話しかける。
「一色小羽ちゃん。特訓をさせてほしかったみたいだね? せっかく早く来てくれたのにあたしの体調が悪くてすまなかったね?」
「い、いえ。仕方ないです」
「ニースに着いたら実戦で教えてあげるよ。ルーちゃんからも話は聞いてるよ。凄かったみたいじゃないか」
「緋翠様の言う通り。小羽さんは凄い」
「ルーちゃん。様はやめてって言ってるだろ?」
「あ……。ひ、緋翠……」
「あはは。でも今回は小羽ちゃんのお手柄だよ。隠鬼の王子をメロメロにした小羽ちゃんは本当に凄い。ギラナダの国王として礼を言うよ」
「ハ、ハインスさん。そ、そんな……」
「ハインスの言う通りだ。一色小羽。お前には本当に驚かされる。隠鬼の力を得たのはギラナダにとっては悪くない話だ」
「ガッシュフォード様。小羽さんは色魔導だけでザジ王国軍を退けました。それはそれは素晴らしいアイデアでしたよ」
ガッシュフォードはルアスバーグを睨んだ。
「ガ、ガッシュフォード……」
「ルアス。私たちはお前の実力をすでに認めている。時代が違ったからこそ一緒に冒険はできなかったが、今は同じ冒険者だ。仲間として同じ立場なのを忘れるな」
「それはわかりますが……」
ルアスバーグはうつむいた。そして、顔を上げ、ハインスへ尋ねる。
「ハインス。今回の冒険の目的を教えてください。王国には何か隠していることがあるのでしょうか? これは同じ仲間として知っておくべきと存じます」
ハインスはグラスのワインを一気に飲み干した。その手を軽く上げ、追い払う仕草を見せる。
それを見た護衛の兵士やメイドは無言で外に出る。最後のメイドが扉を閉めると広く大きな食堂は静寂に包まれた。
「……ルアス。今回の冒険は魔王封印の更新の儀。かつて魔族が足がかりにしたニースにてそれを行う」
ルアスバーグは絶句していた。無理もない話だ。かつて魔王を倒した伝説のパーティーのハインスが国王になり、ギラナダ騎士団が再編成された。ハインスの改革は人族による統治を廃止。種族の差別化の廃止。そして、古い体制であった騎士団の年功序列の完全撤廃。それにより、眠っていた才能を持っていた若者たちが次々に開花した。ルアスバーグは十二歳で入団。幼顔の真面目な少年は当時、騎士団の剣術の先生である天に鍛えられた。めきめきと実力を養っていったルアスバーグは十五歳の頃にその才能を見抜いた天にランスを勧められた。それが今のルアスバーグの礎を築いた。ランスを手にしたルアスバーグは騎士団の団長を決める剣術大会で優勝。それからは無敗を誇っていた。
再び魔王のようなものが現れてもギラナダを守ると決めた故の結果だった。
「ま、魔王は生きているのですか……」
力ないルアスバーグの言葉にハインスは追い討ちをかけるように言った。
「あぁ。それに加えてマリーが融合している。僕たちはマリーを引き剥がすために封印を継続している。仮に解き放ったとしてもあの魔王に勝てる者はいない。たとえ……その身に五神の力を宿したとしても無理だろう」
「マ、マリー様が……」
ガッシュフォードが口を開く。
「心配するな。マリーは必ず取り戻す……」
「ガーちゃん……」
緋翠の言葉をかき消してガッシュフォードは話を続けた。
「緋翠。お前の言いたいことはわかる。だが、今回の更新の儀は光明が見えた」
「何かいい案があるのかい?」
「一色小羽がギラナダに向かってすぐ。学園の生徒に取り付いた闇の精霊が消滅した。つまりは融合が解かれた。その仕組みを今、学園で調査をしている」
「ガ、ガッシュフォードさん! ネリスさんは……」
「彼女は無事だ。すぐに昏睡状態から回復した。今年の魔術科は優秀な生徒たちが多くて助かった」
小羽はほっとした表情をのぞかせた。
「ガーちゃん。それは確かな情報かい?」
「融合が解かれたのは確かだ。だが、一つだけ問題がある……」
ハインスが静かに口を開いた。
「マリーを分離させたとしても……またあいつと戦わなければならない……だろ?」
「そうだ……」
少しの沈黙の後。緋翠が口を開いた。
「マーちゃんが元に戻るならあたしは戦う。そのための七年間を過ごしてきたんだ。前回のようにはならない。あたしはやるよ」
「緋翠……。おそらくこのメンバーでは無理だ。今回の更新の儀は通常通り行う。融合の仕組みがわかり次第、改めて封印は解く。こういうことは焦ってもどうにもならない」
緋翠は持っていたグラスを床に叩き割った。
「目の前に苦しんでいるマーちゃんがいるのに何もできないのかい?」
「まだその時ではないということだ……。こらえてくれ……緋翠」
緋翠は目の前の料理を手で払った。皿の割れる音。ナイフやフォークの金属音だけがその部屋を包んだ。
「マーちゃんはあたしを庇って……ううっ……」
テーブルに突っ伏して泣く緋翠の側にハインスが近寄る。
「緋翠……。これはタイミングの問題だ。お前の気持ちは痛いほどわかる。今は我慢してくれ……」
食堂は緋翠のすすり泣く声だけが響いていた。
小羽はその空気に耐えきれずにガッシュフォードに質問をする。
「ガ、ガッシュフォードさん。ネリスさんの中にいた闇の精霊はどこに行ったんですか?」
「消息はわからない。おそらくはすでにニースにいるはずだ」
「そ、その闇の精霊は何かしてくるんでしょうか?」
「それを抑えるためにルアスと緋翠がいる。場合によっては一色小羽も戦闘に加わるだろう。それは覚悟しておいてほしい」
「わ、わかりました」
ハインスは緋翠を立たせ、抱きかかえた。
「緋翠の体調が気になる。今夜はここで解散しよう。出発は明後日の明朝。明日は少し羽を伸ばしたらいい。僕は王の間にいる。何かあったら会いに来たらいいよ。じゃあ……」
ハインスは緋翠を連れてその場を後にした。
満腹のナズは眠い目を擦り、小羽に近寄る。そして、膝の上に乗った。
「ふぁぁああ……。小羽……。眠い」
「う、うん。じゃあ、寝ようか?」
それを見たルアスバーグは小羽に尋ねる。
「その子が虹の精霊か?」
「あっ。はい。ルアスバーグさんは初めてでしたね。ナズちゃんって言います」
「ナズだよ……。ふぁあああ……」
「じゃあ。行こうか? それではガッシュフォードさん。ルアスバーグさん。おやすみなさい」
「おやすみ。小羽さん。ナズさん」
小羽はナズを抱っこして食堂を出て行く。
食堂には兵士とメイドたちが戻り、片付けを始めた。ルアスバーグはガッシュフォードの隣へ移る。そして、小声で耳打ちをした。
「ガッシュフォード様……。いや。ガッシュフォード。どうして世間に封印を公表しなかったのですか?」
「ニースのキャムの村はマリーの故郷だ。そして、両親共々魔族に殺された。マリー以外にも家族を殺された者もいる。誰かが考えもなしに復讐だなんだと封印を解く可能性がある。それ故、ニース地方は今でも立ち入り禁止区域となっているのだ。正直、あれは手に負えない。いかに私やルアス。緋翠が七年前と違うといっても相手になるまい。封印できたのでさえ今でも奇跡だと思っているのだからな……」
「で、ではなぜあのような言い方を。あれでは緋翠様が……」
「緋翠はずっと自分を責め続けている。天の精霊の命。庇ったマリー。犠牲を払って自分が生き長らえてるのが許せない性格だ。それにあいつは自分の命をなんとも思っていない」
「そ、そんな……。では……マリー様にもしものことがあれば……」
「躊躇いもなく命を断つだろうな……」
「…………」
「だが、それを抑えてるのがハインスだ。ハインスは女にだらしのないどうしようもないやつだが、緋翠のこととなると途端にいい男になる。それにだ……ここにいる皆はマリーがいたからこそ生きている。だからこそ本気で救わなければならない……。マリーが夢見た世界を共に作らねばならないのだ……」
ルアスバーグは唾を飲み込んだ。それほどまでの魔王とは知らずにギラナダを守ると誓ったことに恥ずかしさすら覚えていた。そして、今回の冒険がいかに重要なのか悟った。
ガッシュフォードもまた、焦りを覚えていながらも七年前のあの日からようやく見つけたマリーを救う方法に希望を覚えていた。
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