第十三話 守りたいセカイ

 ギラナダの王国都市に着いた小羽とナズはハインス城へ向かっていた。キョロキョロと辺りを見回すナズははしゃいだ様子を見せる。


「小羽。凄いね? 人だらけだよっ」


「うん。ここはたくさんの人が集まる場所なんだって。ナズちゃん。迷子にならないように手を繋いでてね?」


「はーいっ。あっ! あれ何? ちょっと見たいっ!」


 ナズは珍しいものに興味津々で食いいっていた。他の種族が集まるギラナダの城下町はエルフにとっては珍しい物が多く、少し進むと店を覗き、見終わると次の店と。行く先々で手を引かれ、小羽はナズと共に店を回っていた。


 ――ナズちゃんは本当に子供みたいだな……。かわいいなぁ。


 目を輝かせているナズを見守って小羽は自然と笑みがこぼれていた。

 

 だが、とある店で気がついたらナズの姿はそこになかった。


「ナズちゃん? あれ? ナズちゃんっ!」


 小羽の呼びかけにナズの声はなかった。そう。はぐれたのだ。


 城下町で迷子になったナズを探して小羽は人混みの中を走っていた。


 ――ど、どうしよう……。本当に迷子になっちゃったよ。そ、それにナズちゃんがエルフだってバレたら……。大騒ぎになっちゃうよ……。ど、どこ行ったのかな?


 来た道を戻り、立ち寄った店に顔を出すもナズの姿は見つけられずにいた。


 ――本当にどこに行ったのかな……。ナズちゃんったら……手を離さなきゃよかったよ……。


 小羽が城下町を探していると、一人の少年がうつむきながら通りの隅を歩いていた。人族で例えるなら六、七歳の少年。ボロボロのマントを羽織り、下を向きトボトボと歩いていた。


 ――あ、あの子も迷子かな? ……ナズちゃんを探したいけど放っておけないよ……。


 小羽はその子の側に向かう。


「僕? 迷子かな? お母さんとはぐれちゃった?」


「…………」


 少年は小羽の問いかけにうつむいた。小羽はしゃがんで少年の頭を撫でる。


「だ、大丈夫だからね。一緒にお母さんを探そう?」


 ――あれ? この子……。に、人間じゃない……?


 小羽は少年の頭を撫でて初めて気づいた。少年の額の上にはごつごつした突起物があった。それは二つ。いや。二本とでも言うべきか。触ってみておそらくは角のようなものだと確信していた。少年は用心した様子で小羽を見つめていた。


「怖がらなくて大丈夫だよ?」


「…………」


 ――こんな小さな子。一人にできないよ……。い、一緒にナズちゃんを探しても大丈夫かな?


「お母さんの特徴とかわかるかな?」


「…………」


 小羽の問いかけに少年はうつむいたままだった。


「と、とりあえず一緒に探そうか。見かけたら教えてね? ほら、行こう。手を繋いで……」


 小羽が小さな手を握ると、少年は照れくさそうに顔を背ける。


 そのまま城下町でその少年の母親を捜し歩いた。もちろん、ナズも捜しつつだが、どちらも見つけることはできず、小羽と少年は大通りの脇道で途方に暮れていた。


「ごめんね? お母さん見つからなかったね? 王国にお願いして探してもらおうか?」


 少年は緊張気味でうなずいていた。困り果てた小羽は少年を連れてハインス城へ向かった。


 城門前に着いた小羽を見た兵士は敬礼をする。


「開門っ! 小羽様のご到着だ!」


 ゆっくりと城門が開く。それを見た小羽は兵士に尋ねた。


「い、いいんですか?」


「はい! ハインス様。アリス様共に小羽様は自由に出入りさせるようにと言われております!」


 ――な、なんか申し訳ないよ……。


「す、すみません……」


 小羽と少年がいささか緊張気味に中に入るとすぐに元気な声が聞こえた。


「小羽お姉様っ!」


 元気よく走ってくるアリスは小羽の腰のあたりに抱きついた。


「アリスちゃん。元気だった?」


「小羽お姉様も元気でいらっしゃいまして? それよりも聞いてください。小羽お姉様っ。ハス兄ってばまた変な女を連れてきたんですのよ! ……ってこの子はどなた?」


 アリスは一緒に居た少年を見て不思議そうな顔をする。それに気づいた少年はサッと小羽の後ろに隠れた。


「この子ね。城下町で迷子になったみたいで。できればお母さんを探してもらいたいなって思って連れてきたの。頼めないかな?」


「迷子ですの? それでは兵士たちに伝えておきますわね。すぐに見つかると思いますわ」


「ありがとう。アリスちゃん。じ、実はね。もう一人迷子がいるんだけど……。ナズちゃんっていうアリスちゃんぐらいの子なんだけど……」


 小羽はナズの特徴を説明をする。アリスはそのことも兵士に伝えて小羽と少年を連れて王の間へと向かっていた。


「小羽お姉様。ナズって子はエルフの子ですよね? ハス兄から聞いてますわ」


「うん。さすがに一人だと危ないからできるだけ早く探してくれると助かるんだけど……」


「わかってますわ。兵士たちにはバレないように伝えておきましたわ。仮に見つからない場合はギラナダ騎士団に城下町付近の捜索をさせます」


「そ、そこまでするの? ごめんね? アリスちゃん」


「小羽お姉様は特別ですわ。気になさらなくてよろしくてよ。それより、この子……。隠鬼おんき族の子ですわよね。ギラナダに来るなんて珍しいですわね」


「お、隠鬼族?」


「小羽お姉様は異世界者ですのでご存知ないのは当然ですわ。隠鬼族はギラナダ王国の種族ではありません。南の海のはるか遠くに隠鬼族の国がございます。そこからギラナダに来るまで相当の距離なのですが……」


 アリスは少年にちらりと目線を送った。


「そ、そうなんだ。いろんな種族がいるんだね」


「この世界はとても広いと言われています。ギラナダ王国だけでも広大な土地ですわ。まだまだ知らないことがたくさんありますわよ」


 小羽は立ち止まり、しゃがんだ。そして、少年の目を見つめる。


「ねぇ? 僕はお母さんと来たの? お名前は?」


 その問いかけに少年は小羽の目を見つめた。そして、初めて口を開いた。


「…………。ぼ、僕はムサシ……。母上は小さい時に亡くなった……」


 そう言った少年はすぐにうつむく。


「どうしてギラナダに来たの? 何か用事があったの?」


「緋翠殿に助けてもらいたくて……」


「えっ? ひ、緋翠さん? な、何かあったの?」


 小羽はこの小さな少年がはるか遠くの海を越えてきた理由にただ事ではない何かを感じとった。そして、緋翠の名前を出したことにも。


「ア、アリスちゃん。何か訳がありそうだけど……。どうにかできないかな?」


「小羽お姉様。ハス兄に相談してみましょう。話の内容次第ではギラナダ王国としても策を講じなくてはいけませんので」


「う、うん」


 王の間にたどり着いた小羽たちはハインスに事情を説明した。といっても、ハインスはすでにムサシの心の中を覗いていた。王座からムサシに視線を向ける。


「なるほどね。隠鬼族はザジの攻撃を受けていると……。それで、なぜ緋翠が必要なのだ? 隠鬼の王子よ」


「お、王子? こ、この子が?」


「小羽ちゃん。彼は隠鬼の王族の血を引いている。言うなれば隠鬼の国の代表としてここに来ていることになる」


 ムサシは膝をつき、頭を下げた。その姿は凛々しくも堂々としていた。小羽はそれを見て目を丸くする。

 頭を上げたムサシはハインスを見つめ言い放つ。


「ギラナダの王よ。僕の心が読めるのであれば何も言うことはない。どうか、隠鬼の国を救うべくお力を貸してもらいたい。緋翠殿は色魔導という特殊な魔術を使うと聞いたことがある。ザジの人族は我々を魔の者として捉えている。もはや戦は始まっている故……。戦など……」


 頭を下げるムサシにハインスは告げた。


「悪いが……協力はできない。ギラナダは今、一番大事な時だ。それに緋翠はそのために療養中だ。だから緋翠を貸すことはできないんだよ。隠鬼の王子よ。その力を使えばザジの兵など容易いはずだ。なぜその力を使わない」


「隠鬼の力は命を奪うためのものではない。……ギラナダの王。話だけでも聞いてもらえたことに礼を言う」


「なるほどね…………あはは。それが故の色魔導か。面白い……」


 ムサシは小羽を見上げた。


「小羽と言ったな?」


「は、はい。お、王子様」


「かしこまらなくても良い。ギラナダの王への面会をさせてくれたこと。心細い僕をその温かい手で包んでくれたことに礼を言う。小羽には生きていれば何か礼物を与えよう。本当に感謝する……」


 ムサシは小羽に頭を下げていた。その堂々たる態度とは裏腹にあどけない少年のその顔は小羽の心を揺さぶっていた。


「ハ、ハインスさん。緋翠さんは動けないんですか?」


「さっき言った通りさ。緋翠の肉体は時々、治癒魔術で調整が必要なんだよ。生存しているとはいえ、肉体はボロボロだ。これからの冒険には必要なことなんだ」


 生々しくも切実な緋翠の状態を聞いた小羽は悲しそうな顔を見せる。そして、ハインスを真剣な表情で見つめた。


「わ、私は緋翠さんに色魔導の特訓をお願いするためにこちらに早く来ました。それができないのなら、私が代わりに隠鬼の国へ行ってもいいでしょうか? 色魔導士が必要なら……私が……」


 ハインスはニヤリと笑った。そして、ムサシは驚いた表情で小羽を見上げる。


「こ、これからの冒険のために私にも何かできることがあるなら救ってあげたいんです。ダ、ダメでしょうか……」


 ハインスは王座から立ち上がり、ムサシの側へ近づいた。


「王子。小羽ちゃんは緋翠にも劣らない色魔導士だ。そして、君の言う命を大切にする心も持っている。僕も隠鬼の国は救ってやりたい。そこでどうだ? 修行の一環として小羽ちゃんを連れていくというのは」


「し、しかし……。小羽を危険に晒すのは僕も忍びない。ザジの攻撃は激しい。守ってやれないかもしれない」


「小羽ちゃんの護衛はつけるさ。このギラナダで最も頼りになる男をね」


「そ、それならば。ハインス王。本当にかたじけない……」


「だが、二日しか時間はやらない。それが過ぎたらすぐに帰らせてもらう。それでもいいか?」


「二日もあれば十分だ。それならば今すぐにでも発ちたい。もう一人はどちらに?」


 ハインスは兵士に呼びかける。


「おい! ルアスバーグをここへ」


「はっ!」


 兵士が慌ただしく王の間を飛び出していった。ハインスは小羽を見つめる。


「ルアスは強い。安心して隠鬼の国を救ってきてほしい」


「は、はい!」


「王子。小羽ちゃんの色魔導は本当に凄い。よく見ておくといいよ」


「本当にすまない。この恩は必ずや返す」


「気にしなくていいよ。それに小羽ちゃんなら必ずそう言うと思ってたんだ」


 ハインスは笑いながら小羽にウインクをする。


「ハ、ハインスさん。こ、心を覗いたんですか?」


「あはは。小羽ちゃんはわかりやすいって言っただろ?」


 そして、王の間の扉が勢いよく開いた。


「お呼びでしょうか! ハインス……様」


「ルアス……」


「も、申し訳ありません。ハインス」


「それでいい。いきなりで悪いけど。小羽ちゃんの護衛を頼みたい。もちろん、戦闘をするのは自由だ。ただし、小羽ちゃんの護衛を優先すること。いいな?」


「はっ! この命に代えても小羽様を守りぬくことを誓います!」


「小羽ちゃんはもうパーティーの一員だ。様はいらない」


「小羽様……。いえ、小羽さんがもう一人のメンバーでしたか。小羽さん。よろしく頼む。ルアスバーグだ。前に学園で一度会ったことがあるな?」


 ルアスバーグは小羽を見つめ、握手を求めた。


 ――ルアスバーグさんって真面目そうだな。改めて見ると筋肉が凄い。


 小羽はその大きな手を握った。


「よ、よろしくお願いします。ルアスバーグさん」


「あぁ。必ず、君を守ろう。ところでハインス。行き先はどちらでしょう?」


「それはその隠鬼の王子に聞いてくれ。お前もいろいろと勉強になるはずだ」


 ハインスは王の間を見渡した。そして、高らかに宣言する。


「これより。小羽ちゃんとルアスは隠鬼の国へ援軍へ向かう。よってこれを冒険とし。このハインスが見届け人だ!」


 王の間にいた兵士たちは一斉に敬礼をする。もちろん、ルアスバーグも闘志剥き出しで敬礼をした。


 そのハインスの号令により、慌ただしく冒険の準備が進められた。


 ナズのことは王国に任せ、小羽とムサシは城門前でルアスバーグを待っていた。


「お、王子。隠鬼の国までどれくらいですか?」


「小羽。普通に接してくれ。位は王子でも僕はまだ子供だ。そのような扱いは無用だ」


「う、うん。わかった。ム、ムサシ君でいいかな?」


「よ、呼び方などどうでもよい。そ、それより小羽……。お願いがあるのだが……」


「お願い? 何?」


「そ、その……。て、手を握ってもらえないだろうか」


 小羽は優しい笑顔でムサシの手を握った。


 ――王子っていってもまだまだ甘えたいんだろうな。かわいい……。


 ムサシは頬を赤らめてうつむいていた。小羽もまた、ムサシの心細さを感じその小さな手を強く握っていた。


 そして、城門前に白いペガサスが舞い降りてくる。それを見つめる二人。ペガサスにはきれいな鎧をまとったルアスバーグの姿があった。ペガサスの右後ろ足には大きなランスがくくりつけられていた。


「待たせてすまない。隠鬼の国へは魔導具で行けない。よって、僕の愛馬を使わせてもらう。この子はガロンだ。帰りは魔導具で戻る。さぁ。乗りなさい」


 小羽の前にムサシ。ルアスバーグの前に小羽が座った。


「では、出発だ! しっかり掴まっているんだ。行くぞ! ガロン!」


 ルアスバーグの愛馬ガロンは力強く羽ばたき、一気に空まで上がった。ハインス城を飛び越し。南へと滑空を始める。

 ペガサスに乗り、空を飛んでいることに感動を覚えていた小羽は目を輝かせていた。


「うわぁ……。飛んでる……。凄い。あっ! 学園の時計台が見えますねっ」


「小羽さんはこんなことで驚くんだな」


「だって……空を飛んでるんですよ?」


「あはは。君は異世界者だったね。あれからいろいろ大変だったみたいだね?」


「いえ……。これからの方が大変だと思います。だからこそ、ムサシ君の助けになりたいんです。ルアスバーグさんもいきなりすみません……」


「ハインスさ……。ハインスの命令でもあり、同じパーティーメンバーだ。君の色魔導がどれほどなのかも見てみたいからね。気にしなくていいさ」


 一行はルメールの町を超え、海に差し掛かった。その広い海は果てしなく続いていた。ガロンは風に乗り、たまに翼を羽ばたかせるだけでその広大な海の上を悠々と飛んでいた。


「隠鬼の王子殿。ザジの攻撃を受けるには何か理由があったのでは?」


「ルアスバーグも王子などと呼ばなくてよい」


「では、ムサシ殿。事の発端を詳しく聞かせてほしい」


「……うむ。隠鬼の国は他種族から離れて生活している。一族は基本的に国を出ることはない。父上か僕。王族の男子だけが許される特別な行為だ。それ故に国の外では問題はありえない」


「それでは隠鬼の国で何かがあったと?」


「ルアスバーグは時空渦を知っているか?」


「時折、海面に現れる全てを飲み込む渦。そのぐらいしか知らないな」


「その通り。一月前に時空渦により、隠鬼の国にある船が難破し、流れ着いた。そこにいたのは人族。始めは彼らも戸惑っていた。しかし、父上の計らいにより、彼らを手厚く介抱した。怪我をした者への治療。食事の確保など。船の修理も滞りなく終えて彼らは自分たちの国へ帰る準備をしていた―――


   ◆◆◆


 出航する前にある一人の男が父上に頭を下げていた。


「本当に助かった。ザジ王国を代表して礼を言わせてもらう。私はザジ王国軍。戦闘船団艦長のドゥーと言う」


「隠鬼の王。オロチだ。人族とて命。困ったことがあれば助けてやるのが自然だ」


 父上はそう言って彼らの出発を見送った。


 そこまでは良かった。他種族との交わりをしてこなかった我々は初めて人族と心を通わせた。父上の胸の内にもいろいろとあったであろう。これからは一族だけでは心もとない。他種族との国交を考えるようになった。


 そして、僕がギラナダに着く三日前に一人の隠鬼が海岸で船の影を見かけた。父上にもその報せはすぐに届いた。その船はこの前難破した船と同じもの。それを聞いた父上と僕は海岸での出迎えを決め、船の到着を眺めていた。


 そして、以前現れたドゥー艦長が船から降りてきた。父上はその懐かしい姿に喜んでいた。


「ドゥー艦長。久しぶりだな。それで此度は何を?」


 ドゥー艦長は真面目な顔で父上に言い放った。


「ザジ王国軍はこの島を軍の拠点とするため。隠鬼の国を滅ぼす決断をされた! 命が惜しくばこの島から他国へ亡命なされよ」


 その時の父上の悲しみの顔は今でも忘れない。別に恩を返せと言いたい訳でもない。それでも、一度でも通った心が嘘だったことにあの堂々としていた父上の声が震えていた。


「な、何の冗談だ……。う、嘘にしてはタチが悪いぞ……」


「嘘ではない。ギラナダ王国への侵攻のため、この島が必要なだけ。邪魔をするつもりなら戦闘を開始する。もう一度言う。この島をザジ王国に明け渡すのだ!」


 父上はそれを聞いてすでに鬼と成り果てていた。隠鬼とは鬼を隠すというもの。もともと内側にある鬼を呼び起こしてしまえばただの鬼の姿。思考もなければ躊躇もない。目の前にあるものを破壊するだけ。それが命だろうがなんだろうがだ……。


 そして。ドゥー艦長は父上の変わり果てた姿を見て叫んだ。


「その姿は隠鬼の国の返事として受け取ろう。皆の者! 戦闘開始だっ!」


 そして、戦が始まったのだ。


 僕はこの無益な戦を止めるために伝説のパーティーの一人である緋翠殿に協力を求めるためにギラナダへと向かったのだ。


   ◆◆◆


 ―――結局は小羽とルアスバーグを連れてくることになってしまった。我が国のために本当に申し訳なく……感謝する」


「ザジはギラナダを攻めると言っていたのか?」


「間違いなく言った。だが、隠鬼の国が守られればそれは難しいだろう。この海は広い。あの船ではギラナダにたどり着くのも困難なはず。それで隠鬼の国に目をつけたのだろう。難破した時も船が無事なら戦になっていたのかもしれない。それを見抜けなかった我々の責任だ」


 ムサシは悔しそうにうつむいた。小羽は後ろからムサシを優しく抱きしめた。


「小羽?」


「ムサシ君。その戦は必ず止める。だから自分を責めないで?」


「そうだな。小羽さんの言う通りだ。それにしてもムサシ殿。ザジの王国軍の戦力はわからんが戦を止めるのに隠鬼一人で十分なのでは?」


「……。その通りだ。父上が本気になればあんな船など容易い。おそらくはザジの船はもう……。それだけに父上の暴走を止めてほしい。ザジの軍が攻め続ける限り父上は元には戻れない。僕は命が奪われるのは見たくない」


「そうだろうと思った。隠鬼の鬼の力は恐ろしいと聞く。久しぶりに骨のあるやつと対峙できそうだ」


「ルアスバーグ。父上は恐ろしく強い。鬼の力を簡単に考えていると命を落とす。それに敵はザジ王国だ」


「そうだった。忠告は真摯に受け止めるよ。おっ! あそこの島みたいだ。随分と大きい船が多いな。どうやって降りようか……」


 広大な海面に盛り上がった小さな島。その周りにはザジ戦闘船団の船が取り囲んでいた。


 ガロンは一度上昇し、島の上空で静止した。


「このまま一気に中央に降りる。しっかり掴まっていろ!」


「ルアスバーグさん。ちょ、ちょっと待ってください」


「どうした?」


「島のあちこちで火事が起きています。あれを消しましょう」


「どうやってやる?」


「ガロンちゃんをこのまま円を描くように飛ばしてください。少しずつ大きく広がってくれると助かります」


「わかった。ガロンっ」


 ガロンはその場から円を描くようにゆっくり回り始めた。小羽は空に何かを描き始めた。島全体を覆うように飛び終わった後。小羽の描いたものが現れ始める。


 黒みがかった雲。それはどんどん膨らんでやがて雨を降らせた。


「なるほど! 雨で火を……。す、凄いな。これが色魔導か」


「火事は大丈夫みたいですね。次は船をなんとかしましょう」


「どうするつもりだ?」


「あの大きな船全ては時間がかかります。一番重要な船に乗り込みましょう」


「さすがにガロンは目立つぞ。その前に見つかる」


「大丈夫です」


 小羽はムサシに筆を走らせた。するとムサシの体は徐々に透明になった。ルアスバーグは思わず驚きの声を漏らす。


「こ、これは……まるで魔術だ……。だが、これならば」


「上手くいくみたいですね。それでは全員に描きます」


 姿を消した一行はムサシの指示通りの船に降り立った。それは一月前に隠鬼たちが直した船。


 三人を降ろしたガロンは再び上空へ舞い上がる。内部に潜入した三人はその姿を元に戻した。ルアスバーグが小声で話す。


「これからどうする。小羽さん」


「ひとまずその艦長を探しましょう。撤退の交渉をするんです」


「それはいいが、話を聞いてくれるとは思えない」


「ルアスバーグさんをハインスさんにします。ムサシ君はここの王子。お二人でザジ? でしたっけ。そこに互いの国が同盟を結んだことを告げるんです」


「なるほど。小羽の言う通りだ。ギラナダが隠鬼の国と手を組んだと知ればザジはここを拠点に狙われる可能性がある」


「そういうことか。では始めよう」


 ルアスバーグは色魔導により、ハインスに姿を変えた。小羽もある姿へと変わる。そして、ある部屋にいたドゥー艦長を見つけた。


 その部屋の扉を開けた小羽が第一声を放った。


「ザジ王国軍。この海域の責任者で間違いありませんか?」


「い、いかにも。軍の戦闘船団艦長。ドゥーだ。あ、あなたは?」


 ドゥー艦長は小羽の異様な姿に動揺していた。小羽の恰好は黒のパンツスーツ姿。幼い印象の小羽はそれを隠すため眼鏡もかけていた。仕事のできる大人っぽい女性へと姿を変えていた。


「私はギラナダ王国。ハインス国王の第一秘書。一色と申します」


「ギ、ギラナダだと……」


 ドゥー艦長は当然のように驚いていた。小羽は間髪入れずに大きな声を出す。


「ハインス王っ! 責任者がおられましたっ」


 ハインスに成り代わったルアスバーグがその部屋へ姿を現わす。


「ご苦労。一色君。して……ドゥー艦長とやら。我がギラナダの同盟国への攻撃。見過ごす訳にはいかない。この責任はどう取るつもりだ」


「ハ、ハインス王であられますか。しかし、同盟などそのような話は聞いておりませんが……」


「知らなくて当然だ。先程、結んだばかりだからな。王子!」


 その呼びかけにムサシが現れる。


「その通り。我々隠鬼一族はギラナダ王国に心服し、その全てを王国へ捧げた。ザジを敵としては見る気はないが、必要があれば我ら隠鬼はザジを攻める。さて……ザジ王国はギラナダ騎士団と鬼化した穏鬼を相手にどれほど持つのか楽しみだ」


「な、なんだと! 隠鬼一族がギラナダ王国と手を組んだとなれば……。ザジ王国が危うい……」


 ルアスバーグは冷たく睨む。


「今回だけは見逃してやってもよい。全軍の撤退とこの島に二度と近づくのを約束できるな? 我が一声で穏鬼はすぐにでも動くぞ?」


「はっ! い、今すぐにでも!」


 ドゥー艦長はすぐに撤退の命を下し、準備を始めた。


 この小羽の機転により、ザジ王国軍と争うことなく隠鬼の国を救ったのである。

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