第十二話 進み始めるセカイ

 魔王封印の更新の儀まで残り十日。


 ギラナダ王国の中央にそびえ立つハインス城。ここはかつての王国の城を改装して作られたものだ。

 ギラナダ一高いその城でギラナダ騎士団の団長ルアスバーグが王座を前に膝をついていた。国王のハインスは王座からニヤリと笑みを見せる。


「急にすまないな」


「いえ。ハインス様。何かご用事でもおありでしょうか」


「ルアスバーグ。お前に頼みたいことがある」


「はっ! 頼みとは何でございましょう?」


「このまま天を待っていても仕方ない。僕たちのパーティーに剣士……。いや。騎士として参加してもらいたい。お前の実力は天も認めている。どうだ?」


「はっ! ありがたきお言葉。で、ですがどこかに行かれるのですか?」


 ルアスバーグの目は闘志に満ちていた。ハインスの誰もが平等にという信念に憧れ、天に鍛えられたルアスバーグはその身の全てをギラナダのために捧げてきた。平和を願い、血の滲む努力を重ね、騎士団の団長の座を手にした彼にはもったいなくも恐縮な言葉であった。


 だが、魔王を倒したのではなく。封印しているだけのことは伝説のパーティーと小羽とナズしか知らない。それ故にルアスバーグはどこかに冒険するものとばかり思っていた。


「今は詳しいことは明かせない。こちらにも都合があるからな。一緒に冒険するかしないかの選択だけだ……。どうするか決めてほしい」


 ルアスバーグは迷うことなく返事を返した。


「ハインス様の警護も含めて。このルアスバーグ。命を捧げる覚悟でお供いたしますっ!」


「そうか。なら今日から僕はただのハインスだ。よろしくな。ルアス」


「ハ、ハインス様。そ、そのような無礼なことは……」


「別に気にしないさ。それにお前は少し堅苦しい。一緒に冒険する以上は仲間だ。これからはハインスと呼んでくれ」


「わ、わかりました……。ハ、ハインス……さ……」


「ルアス!」


「ハ、ハインス……」


「それでいい。出発は三日後。行き先はニースだ」


「は、はい……。あ、あの……他のメンバーはどなたですか?」


「僕とルアスだろ。そして、ガド……ガッシュフォードな。それと緋翠……」


「そ、そのような偉大な方々と……。だ、大丈夫でしょうか?」


「話してみれば普通だよ。そんなにかしこまる必要もない」


「そ、それで……四人でどちらに?」


「いや。五人さ。いや……五人プラス一ってとこかな」


「六人ですか? あとの二人はどなたが?」


「魔力のずば抜けた子供と。……思わず守りたくなるようなかわいい女の子さ」



 ―――――――――



 一方。GMAでも学園長室に呼ばれた小羽とナズはガッシュフォードの向かいのソファーに座っていた。


「学園長。お話ってなんでしょうか?」


「一色小羽並びにナズ。十日後に迫る魔王封印の更新の儀に参加してもらう。これは冒険としてだ。帰ってきて間もないが協力してほしい」


 それを言い終わったガッシュフォードの目にはいつもの冷たい鋭さは消えていた。


「ナズは小羽が行くなら行くけど……」


「ガッシュフォードさん。目的はそれだけですか?」


「ふっ……。ますます勘が鋭くなってきたな。……まぁいい。これを見るんだ」


 ガッシュフォードは詠唱を軽く唱える。向かい合うソファーの前に置かれたテーブルに立体映像が浮かびあがった。

 それはいつもの学園の光景だ。だが、そこに映るのは一人の生徒。その生徒だけを監視している立体映像だった。


「この生徒との交流はあったか?」


「あーっ。この人! ナズのこと変な目で見てくるんだよっ!」


「ナズには聞いていない。一色小羽。答えるんだ」


「……ありました。か、彼女が……。ネリスさんが何かしたんですか?」


「彼女が魔王の手の者だと判明した。正確に言えば闇の精霊が彼女の体に融合している。要するに体を乗っ取られた人族という訳だ」


「ネリスさんが? ど、どうして……」


「彼女に融合した闇の精霊の目的は一色小羽が力をつけないための監視役だろう。異世界者は魔力を持たないが故に魔族を呼び寄せる。そして、必ずと言っていいほどに特異な力を身につける。その力を引き込もうと考えたのであろう。天や緋翠はすでにその力をこの世界に示した異世界者だ。闇の精霊が一色小羽に目をつけるのは当然だ」


「わ、私なんか引き込んでも……」


「あれだけの色魔導を見せておいて何を言う。一色小羽は私でも驚異を覚えるほどだ」


「ガッシュフォード様。どうして闇の精霊だってわかったの? 融合だと精霊って判断するのは難しいんじゃない?」


 ガッシュフォードは眼鏡を直す。


「こればかりはハインスの手柄だ。緋翠を連れてきた一色小羽の手柄でもある」


「ど、どういうことですか? 私は何も……」


「本当に色魔導は便利で凄い―――」


 ガッシュフォードは二人に事の顛末てんまつを説明した。

 緋翠に会いに行く前から学園に魔族の気配があることを察知していたハインスは帰ってきてすぐに学園に赴いていた。

 当然、ギラナダ王国の国王が学園に来るのは目立つと考えたハインスは緋翠に頼んでガッシュフォードの姿へと描いてもらった。その姿のハインスは誰にも怪しまれることなく学園を悠々と歩いていた。そして、魔導術式科の昇級試験に立ち会った。その時。ネリスの心の中を見たハインスはその全てを覗いた。


 一時。学園長がいやらしい目をしていたと学園内で噂が立ったがそれはすぐに治まった。


「―――という訳だ。ハインスの力は間違いない」


「で、では……。ネリスさんが何かするんですか?」


「うむ。おそらく更新の儀に何かしてくるだろう。天がいないのは少し心細いが。ルアスを仲間として迎えた。彼の実力は本物だ。天ですら一対一では勝てないのだからな」


「ルアス……ってギラナダ騎士団のルアスバーグさんですか?」


「あぁ。それとハインスに緋翠。この五名で更新の儀を行う」


「ルアスバーグさんってそんなに強いんですか?」


「ルアスはギラナダ一強いはずだ。ギラナダの平和を想う力が強過ぎる。その想いが彼の強さの証となっている」


「そのルアスなんとかって人がそんなに強いのなら……どうして一緒に冒険してこなかったの?」


「当時のルアスはまだ若かった。七年前は今のナズのようなものだ。それにパーティーを組むとしたら天の方が強い。天は人を使うのが上手い。個々でも強い天は人を使ってさらに強くなる。緋翠の色魔導との連携は素晴らしいの一言に尽きる」


「へぇー。天ってそんなに凄いんだ? 見てみたいね? 小羽」


「私は一度だけ戦っているのは見たことあるよ」


「ふっ……。あの時は天はお前をここに連れて来て怒鳴っていたな」


「そ、そうですね。まだ見つかっていないんですか?」


「もはや騎士団の捜索は打ち切っていると聞いた。闇の精霊たちの動きを考えればハインスの判断は正しい。ギラナダ全体の守護を優先したのだろう」


「そうですか……」


「そんなに心配しなくても大丈夫だ。またひょっこりと顔出すだろう。あいつはそういうやつだ」


 小羽は少し間を置いて、真剣な表情を見せる。


「ガッシュフォードさん。ネリスさんを助けることはできないでしょうか……」


 ガッシュフォードは片手で眼鏡を上げた。


「お前ならそう言うと思っていた。今の時点で彼女個人を抑えるのは簡単だ。だが、闇の精霊が融合したのが判明した時に一つの考えが浮かんだのだ」


「そ、それは何でしょうか?」


「彼女を救うことができればマリーも救える……」


「……マリーさんは魔王と融合しているとか救えないとか言ってましたよね。その話……。私にも詳しく教えてくれませんか?」


「…………。そうだな。その話はいつかしなければと思っていたところだ……」


 ガッシュフォードは眼鏡を直して、鋭い目つきに変わった。


「魔王と対峙した私たち五人はその圧倒的な力になす術がなかった。甘く見ていたどころか見誤っていた。魔王の正体は闇の精霊の長老だったのだ。もともと七精は神と同等の魔力を持つ。それが長老となれば殊更だ。実に愚かな考えであった。人族と異世界者が集まっただけでは勝てる訳がなかった。そして、封印という手段を選ぶしか助かる道はなかった。諦めずに向かっていった天は一度命を落とした。連れていた闇の精霊により生き返ったものの。もはや戦える状況ではなかった。ハインスの精霊たちの攻撃も効かず。緋翠の色魔導と私の魔術でのみ戦っていた―――


   ◆◆◆


 マリーは天の手当てをしていた。マリーの治癒魔術は冒険を経て覚えたものだ。あれはあれで便利なものだ。


「がはっ! はぁはぁ……。ち、ちくしょう……。ちくしょうっ!」


「喋るな! 天っ」


「ハインス君。天君の右腕をしっかり押さえてて! も、もう少しだから」


「わかった」


 天は剣を持つ利き腕を切断されていた。マリーはそれを治していたのだ。魔王の正体が闇の精霊となればハインスはもはや役に立つことはない。精霊同士の攻撃は無となるからだ。


 戦える私と緋翠はそれを庇いながら魔王の攻撃をかわしていた。


「ガーちゃん。封印するにもあいつは大人しくしてるものなのかい?」


「動きを封じればどうにかなるのだが……。どうにかできるか? 緋翠」


「試してみるよ。マーちゃん。私に結界をお願いできるかい?」


「う、うん。気をつけてね? 緋翠ちゃん」


「ありがとう。マーちゃん」


 闇の精霊の長老といっても見た目はただの美しい女性だ。魔族の羽が生えただけの女性。だが、素早い動きで翻弄し、強力な魔力を要した殺意のある魔術は恐ろしく危険過ぎた。


 緋翠はそれを色魔導だけでかわし、さらに魔王の体に何か描こうと必死だった。あの時の緋翠は本当に凄かった。


「ガッシュ君。緋翠ちゃん凄いね……」


「マリー。天とハインスにも結界を頼む。私は詠唱を始める。お前も巻き込まれないように離れていろ」


「わ、わかった……」


 この時点で気づくべきだった。


 いかに緋翠が凄いと言っても一人ではどうすることもできなかった。やがて、緋翠は魔王に捕まった。


「くっくっくっ。異世界者よ。主のその力を我に授ける気はあるか?」


「それなら死んだ方がマシだよ。あたしを生かしておいたら後悔するよ?」


「やはり異世界者は面白い……。ならば……」


 魔王は緋翠の筆を破壊し、緋翠を放り投げた。私は詠唱を止め、その緋翠を受け止めた。


 緋翠は筆を折られたことで本来の姿に戻っていた。緋翠は私に抱きかかえられて泣き叫んでいたよ。


「見るなっ! こんな醜い体……。見るなっ! ガーちゃん! あたしを殺せっ!」


 その時だった。マリーの魔力が一気に増幅したのに気づいた。あの時のマリーはあの場にいた誰よりも強い魔力を宿した。それは魔王にも匹敵する魔力だった。

 それに気づいた魔王は殺意剥き出しでマリーに向かって行った。その早さにもはや手遅れだったよ。


「マリーっ! 逃げろっ!」


 私の声にマリーは笑顔を見せていた。あんな笑顔は初めて見たよ。いや、それを笑顔と呼べるのかも疑問だった。怒りや悲しみ。安堵や満足感。人族の……いや、この世界の持つ全ての感情がその笑顔にはあった。


 マリーの魔力の増幅は禁忌の魔術を使用した代償だ。もともと魔力の弱いマリーがあんな強い魔力を宿すのはおかしいとすぐに気づけなかった。


 魔王がマリーに近づいた時にすでにマリーの魂は魔王の体に乗り移っていた。


「き、貴様……。な、何を……」


「ガッシュ君……。このまま私ごと倒して。は、早くっ!」


 魔王の体に乗り移ったマリーはゆっくりと近づいてきた。


「そ、そんなことできる訳ないだろ! な、なんてバカなことを……」


 そして、魔王マリーは笑った。


「私も役に立てて良かった。みんなに会えて幸せだった……。これからの未来をよろしくね……」


「さ、させるものか! お、おのれ……雑魚風情がっ!」


「ガ、ガッシュ君! 早くっ!」


   ◆◆◆


 ―――私には倒すことはできなかった。姿が魔王でも中身はマリーだ。やむを得ずそのまま魔王を封印した。それから封印の更新の儀には一度魔王を解き放っている。そこにはまだマリーがいるからだ。この世界があいつの望んだ未来になっているか見てほしくてな……」


「マ、マリーさんの意思はまだあるんですか……」


「魔王は厳重に縛りつけている。声すら封印している状況だ。ハインスが心を覗いてマリーの意思は把握できる。だが、目だけはギョロギョロと動かしていた。あれがマリーの目ならばいいと思ってはいるが……」


「そんなことがあったんですね……」


「ガッシュフォード様。闇の精霊の長老だったら、寿命で消滅もありえるんじゃない?」


「ナズの言う通りだ。それはいつも危惧している。早めに何とかしなければとは思っていたのだが……。結局は何もできずにいる……。情けない話だ」


「それでネリスさんを救えればマリーさんも救えるかもっていう話ですか……」


「そうだ。それに協力してほしい」


「協力はします。ですが……。条件があります」


 小羽は真剣な顔を見せる。


「その条件とは何だ?」


「緋翠さんに色魔導の特訓をお願いしたいんです」


 ガッシュフォードは目を丸くしてすぐに眼鏡を直した。


「それなら直接、本人に頼んでみろ。緋翠はお前を気に入っている。頼んだとしても断らないだろう。だが、なぜ突然そんなことを?」


 小羽は先の冒険で緋翠に言われたことを気にしていた。「君の色魔導はお遊びだ」とまで言われ、ガッシュフォードには冒険者としての心構えの無さをきつく言われた。仲間を危険な目に合わせてしまったこと。何よりも……。


「守りたい人を守るためです」


 小羽の言葉にガッシュフォードは珍しく大声で笑っていた。


「お、おかしいでしょうか?」


「……いや。すまない。一色小羽にはいつも驚かされる。そういうことならば、私からも緋翠に頼んでおこう」


「あ、ありがとうございます」


「だが、時間はあまりない。そうとなれば一色小羽とナズは今すぐ王国へ向かえ。午後には発てるように手配しておく」


「わ、わかりました。それでは失礼します」


 小羽とナズは学園長室を出て、教室へ戻った。


 魔導学科のゴートルは優しい表情で戻ってきた二人を見つめる。


「一色君。ナズ君。学園長から話は聞いた。今日の授業はもうよろしい。早速、寮に戻って冒険の準備をしなさい。昼休みに私が転移魔術でギラナダに送ってあげよう。中央広間に準備して来なさい」


「は、はい」


 魔学科の生徒たちがざわつく中、小羽とナズは寮に戻り、支度を始めた。といってもガッシュフォードと冒険する時はハインスが王国で着替えも新しい制服も何もかも準備してくれていた。小羽の持ち物は魔導筆だけだった。


「ナズちゃんも一度エルフに戻ろうか」


 小羽はナズにちょんと筆を触れる。ナズは元の姿に戻り、新しいシャツのボタンをとめる小羽の肩まで飛んで羽を休めた。


「ナズは小羽の肩の上がやっぱり一番だなー」


「ナズちゃんは私の肩の上が好きだね?」


「うん。小羽の近くにいれるから。ところでさぁ? ここに来てからずっと気になってたんだけど……これ何?」


 ナズは肩から小羽の胸元へするりと滑り落ちる。ちょうど胸の谷間の上あたりにある勾玉を持ち上げた。


「よいしょっ! い、意外と重たいね?」


「これはね。私のお守りみたいなものだよ。天さんが落としたみたいなんだけど。失くさないようにこうやって首から下げてるんだよ?」


「ふーん。小羽って天のこと好きなの?」


「す、好きとかそんなのじゃないよ。ただ……これを持ってると彼に会えるような気がして。……っていっても。こ、これを返したいだけだから。なんなのかわからないし……」


「会いたいって好きってことなんじゃないの?」


「そ、そうなの?」


「そういうのナズはわかんないけどねー。小羽は好きだけどいつも一緒にいるし」


「わ、私だってわからないよ……」


 ――好き……なのかな? 嫌いじゃないけど……。わ、わかんない……。


 ナズは勾玉を離し、羽を羽ばたかせて小羽の顔の前で笑顔を見せた。


「また冒険の始まりだね?」


「うん。またよろしくね。ナズちゃん」


 昼休みの鐘が鳴るとナズを人型にして寮を出て、二人は中央広間へ向かった。時計台の下にはガッシュフォードとゴートルの姿があった。


「ガッシュフォードさん。ゴートル先生。準備ができました。よろしくお願いします」


「ナズもねーっ」


「一色小羽。前に話した冒険への心構えを言ってみろ」


 ガッシュフォードの問いかけに小羽は一度うつむいた。そして、深呼吸を一つ、顔を上げ口を開く。


「この世に命は一つしか存在しません。自分の命は必ず大事にします。だからこそ仲間の命を守るために最善を尽くします」


 その言葉にガッシュフォードは笑顔を見せる。


「素晴らしい答えだ。だが、行動で示さなければ意味はない。わかるな?」


「はいっ」


「学園長。一色君は立派な冒険者の目をしていますね」


「今度機会があれば君も彼女と冒険してみたらいい。異世界者。いや……一色小羽との冒険は面白い」


「それはそれは。ですが、冒険など必要のない世の中になることを願ってますよ。では、一色君。ナズ君。準備はいいかな?」


 二人がうなずいたのを見てゴートルは詠唱を始めた。


 そこに一人の女の子が走ってきた。


「小羽っ!」


 小羽は声の方向に振り向く。


「ク、クワナ……」


 小羽は下唇を噛み、少しバツの悪そうな顔をした。それもそのはずだ。ナズの寿命を分け与えたとはいえ、一度は自分のせいで家族に等しい大事な人を失わせたのだ。小羽は科も変わったのもあるが、ずっとクワナに会えずにいた。


「はぁはぁ……。ま、また冒険に行くの?」


「う、うん……。ク、クワナ。あのね?」


「ありがとう。小羽っ」


「えっ?」


 小羽はギニスの件を謝ろうとしていた。だが、クワナは小羽の両手を握り、礼を言った。


 それを見たガッシュフォードが口を開く。


「ゴートル君。ちょっと別の話がある。こっちへ」


「は、はい」


「ナズもだ」


「へっ? ナズも? 何?」


 ガッシュフォードは小羽とクワナを二人きりにさせた。少しの沈黙の後。


「あ、あの―――」

「あのさ―――」


 二人の声が揃った。そして。


「ププッ……。被った」


「わ、笑わないでよ……」


 いつものクワナの笑顔にほっとした小羽はクワナを抱きしめた。


「こ、小羽?」


「ご、ごめん。ぐすっ……。ギニスさんは私のせいで……」


「……。そうだね。正直。あの時は小羽を恨んだよ。そして、小羽はギニスの筆を使って伝説のパーティーの仲間になってるし。……本当にムカつくよ」


「ごめんなさい……」


「でもね。小羽が帰ってきてギニスが生き返ったのには驚いたよ。まるで小羽が何かしてくれたんじゃないかってさえ思った。そんなことありえないのにね……」


「わ、私……」


 クワナは小羽を強く抱きしめた。


「でもっ! そんなことどうでもいい……。私が本当にムカついたのは何も教えてくれなかったことだよっ! 帰ってきたんなら教えてくれてもいいじゃんっ! 魔学科に勝手に移ってるし! 心配させないでよ……バカぁああ……うえーん……」


「クワナ……。ごめん……ごめんね……うわーん……」


 二人は時計台の下で抱き合って泣いていた。


 クワナは小羽を想い。小羽はクワナの心情を想った。その結果、互いは交じることなく進むことはなかった。互いを想っただけで何一つ進まなかった時間はこの時からまた進み始めた。それは互いを想ったからではない。互いが相手の想いを分かち合えた結果だった。


「ぐすっ……。クワナ。またお家に遊びに行ってもいい?」


「当たり前じゃん。プッ。小羽の鼻赤いっ」


「ク、クワナだって!」


 二人は目を合わせ笑い合った。そこには本当に互いを想う友達以上の姿があった。


「小羽。気をつけてね?」


「ありがとう。クワナ。ちゃんと帰ってくる。約束する」


「うん。約束だよ」


 二人は固く抱き合う。


「さて……。もういいかな?」


 ゴートルが優しく二人に語りかける。その横でナズは腕を組んで頬を膨らませていた。


「ナズも遊びに行きたいっ!」


「あー。特待生の子。小羽の友達なんでしょ?」


「そうだよっ」


「だったら、私とも友達になろ?」


「い、いいの?」


 ナズは小羽をちらりと見た。小羽は優しい顔でうなずく。


「ナ、ナズと友達になれることを光栄に思いなさいよね!」


「んー? なんか生意気だねー。友達にならないよ?」


「じょ、冗談だってば! クワナ! クワナってばっ!」


「ププッ……面白い子」


「さぁ、ゴートル君。始めるんだ」


「はい。では、一色君。ナズ君。君たちの冒険が良きものであるよう……」


 ゴートルの転移魔術により、小羽とナズは中央広間から姿を消した。


 クワナはガッシュフォードに心配そうな顔を見せる。


「学園長……。小羽は大丈夫なんでしょうか?」


 ガッシュフォードはクワナを見下ろした。


「クワナ・スカーレット君。もし……君だけがこの世界を救えるとしたら危険を冒してでも冒険をする勇気があるか?」


「そ、それはわかりません。ですが、必要なら全力を尽くします」


「そうか……。一色小羽は異世界者でありながらこの世界の未来を救おうとしている。それは凄いことであり、困難なことなのはわかるな?」


「はい。で、ですが……。どうしてなんでしょう。小羽ならなぜかできる気がします。根拠はありませんけど……」


 そのクワナの言葉を聞いてガッシュフォードは笑っていた。


 異世界者の小羽がすでにこの世界の友達を信用させていることに驚き、それこそが小羽の本当に凄いことであり、天にも緋翠にもない魅力だとガッシュフォードは見抜いていた。


 ――この世界は異世界者がいなければ救えないのかもしれないな……。一色小羽……か。彼女ならマリーを救ってくれるかもしれんな……。

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