第九話 獣耳が住むセカイ

 北の地を目指す馬車の中ではしゃぐナズの姿があった。窓と窓の間を休む暇なく飛び回り、初めて見る景色に目を輝かせる。


「わぁー……。霧がないっ。アヴドゥ―ス―の里から出るのは初めてだから楽しいっ!」


「ナズちゃん。あまり飛び回っていたら疲れちゃうよ?」


「も、もうっ。小羽ったら。お母さんみたいなこと言わないでよ」


「ほらっ。いいからおいで?」


 笑顔での呼びかけにナズは小羽の肩に腰を下ろした。


「あはは。小羽ちゃんは精霊の扱い方が上手だね」


「そ、そうですか? ナズちゃんはお利口さんなんですよ。ねっ? ナズちゃんっ」


「ちょ、ちょっと……あまりハードル上げないでよ……」


 盛り上がる三人をよそにガッシュフォードは一人窓に肘をかけ、静かに外を眺めていた。


「ガ、ガッシュフォードさん……。どうかしましたか?」


「……いや、何でもない。私のことは気にしなくてもいい」


「お前な……。そんなこと言われて気にしないやついないだろ。……それで? 長老はなんて言ってたって?」


 ガッシュフォードは深いため息をついて口を開いた。


「私とニルとの契りを無効にしてほしいと伝えた。その話だ……」


 ハインスはため息を漏らす。


「本当にガドは……。人族が精霊と結婚するんだぞ? 今までに前例がない快挙だぞ? いい加減、心に嘘をつくのはやめろよ」


「嘘などついていない……」


「はぁー……。だったら覗いてやろうか?」


「覗きたいなら覗けばいい。もう決めたことだ」


 馬車の中に妙な沈黙が流れる。その沈黙を切り裂いたのはナズであった。


「ガッシュフォード様。ニル様と結婚できない理由が何かあるの?」


「ちょ、ちょっと。ナズちゃん。直球過ぎだよ……」


「えーっ。だってー。理由がなきゃ断らないでしょ?」


「そ、そうだけど……」


「ガド。話してやりなよ。小羽ちゃんだって聞きたいだろ?」


「……き、聞きたいというか。もしガッシュフォードさんが悩んでいるのなら助けてあげたいです。な、何もできないかもしれませんけど……」


「だってさ。ガド。小羽ちゃんが助けてくれるかもしれないだろ?」


「わ、私はただ話を聞くだけですから……」


 ガッシュフォードは眼鏡を直し、静かに口を開いた。


「私がアヴドゥ―ス―の里を救ったのには理由がある。一つは人族の根源である虹の精霊を守りたかった。もう一つは……ニル本人を守りたかったのだ」


「えっ? じゃ、じゃあ……」


「魔王の目前で私とて迷ったのだ。私がアヴドゥ―ス―の里に行くことは闇の精霊の洞窟の結界の維持が難しくなる。たとえマリーでも魔術形式が違う結界を維持するのは難しい。それにあの場は魔王軍の最重要拠点だ。それを取り返そうと魔族が次々に現れていた―――


   ◆◆◆


「ガーちゃん。虹を描いたよ。もうすぐ現れる」


「すまないな。緋翠」


「いや。決めたのはガーちゃんだ。好きな女くらいはちゃんと守ってやるんだね」


「ひ、緋翠……。お、お前……気づいていたのか?」


「ガーちゃんがあの子を慕っていたのは知っていたさ。ここに来る前にみんなで里に行っただろ? あんな顔のガーちゃんは初めて見たよ。凄くわかりやすかったけどね……」


「…………」


「……でも。必ずここに戻ってくるって約束はしてくれないかな。一緒に魔王を倒すって約束しただろ?」


 緋翠は珍しく真面目な顔で私に語りかけていた。


「そうだな……。本当にすまない。では……。行ってくる……」


 こうして。私は緋翠の描いた虹の上をニルと共に走った。


「ニル。今はどのような状況だ?」


「長老様と他のエルフたちが魔族を抑えています。ですが……」


「気に病むな。私が虹の精霊たちを救ってみせる」


「ガッシュフォード様……」


 もはや。それは気休めと言ってもいいものだった。正直。状況次第では私とて救えるかどうかはわからなかった。それほど。ニルの到着した時の顔を見れば切羽詰まっている状況と予測できていたからだ。


 アヴドゥ―ス―の里に着いた時はすでに魔族で埋め尽くされていた。私は虹の精霊たちと共に魔族を駆逐していった。


 なんてことはなかった。あの闇の洞窟へたどり着くまでにそれ以上の魔族を倒してきたのだ。数さえいたものの際立って強い魔族は幹部と思わしき一人だけ。そいつを倒してしまえば魔族は撤退すると踏んでいた。


「虹の精霊たちよ。私はあの魔族の幹部を狙う。それ故に詠唱に時間がかかる。時間稼ぎをしてもらいたい」


 そして、私は大魔術を発動させるため。虹の精霊たちの協力のもと、詠唱を始めた。


 その時。ニルが魔族に囲まれていた。魔力が強いとはいえ、戦闘を好まない虹の精霊たちは自分たちを守るので精一杯だった。魔族に痛めつけられているニルを見て、私はとっさに体が動いていた。


「ニル! 後ろに下がれっ!」


 ニルを巻き込まないように詠唱を続け、そこへ走り寄った時だった。


「ガッシュフォード様っ!」


 ニルの叫び声が聞こえた時には遅かった。私は魔族の幹部に体を貫かれた。


 あの時のことは今でも忘れない……。ひどい痛みだった。手の感覚も。いや……全ての力を奪われたような感覚。体は冷たくなっていき、動くことすらできない。私はそこで果てたと思った。


「ふっ……。虹の精霊を救うなどという愚かな思考は人族特有のもの。バカめっ」


 その魔族の幹部が言ったのは事実だ。里を救うために来たはずが一人の虹の精霊を救うことに私は命を落とす行動をしたのだ。愚かだった……。


「ガッシュフォード様っ!」


 ニルはその場で私を抱え、何かを唱えていた。


「……ニ、ニル……。な、何を……している」


「私の寿命を……ガッシュフォード様に!」


「バ、バカな……ことは……やめ……がはっ!」


「……好きな人を守りたいのは当然です……。虹の精霊の名において命ずる―――」


 そして、ニルは自分の寿命を私に分けてくれた。


 それは虹の精霊にとって禁忌の魔術だ。長寿命の虹の精霊は自分の寿命を他に分けることができる。ニルはそれを私にした。だが、その行為が里を守るためではないことを悟った。私自身。ニルを助けたようにニルもまた私を助けた。


 油断していた魔族の幹部は蘇った私の魔術により倒れた。


 だが、全て終わった時に気がついたのだ。個人を救うために魔王を倒すための冒険をしている訳ではない。全ては世界の民の未来のために冒険をしているのだと……。ニルに感謝していない訳ではない。だが、一つの命のために全てが犠牲になることもあるのだとそこで私は初めて知ったのだ。 


   ◆◆◆


 ―――結局はアヴドゥ―ス―の里を救った英雄として死力を尽くしたのは事実だ。だが……誰も幸せにはなってはいない。ニルは自分を犠牲にして私との契りを長老に申し出た。長老もそれは認めた。……だが。それがニルの幸せだとはどうしても思えないのだ……」


 ガッシュフォードは話し終えると窓の外を遠い目で見つめていた。


「ぐすっ……ガッシュフォードさん……」


「な、なぜ泣いている……。一色小羽」


「だ、だって……ううっ……」


 小羽が泣いた理由は単純なものだ。結ばれるべきの二人が時世で引き裂かれる。まるで映画のような悲劇。小羽にはその状況はわかる訳もない。だが、悲しい事実であることだけはわかっていた。


 それを見ていたナズが小羽の頭の上に乗り、小さい手で撫でていた。


「ぐすっ……。あ、ありがとう。ナズちゃん」


 優しく微笑んだナズは真剣な眼差しでガッシュフォードに目を向ける。


「ガッシュフォード様。魔王を倒した今の時代でもニル様との契りを交わすことはできないの?」


 その問いかけにガッシュフォードは微動だにせず、窓の外を眺めていた。


 それを見たハインスはバツの悪そうな顔で呟いた。


「ナズちゃん。ちょっと言いにくいんだけど……。魔王はまだ生きている。倒したといっても封印しているだけの話なんだよ」


「そ、そうなの?」


「うん。そして……魔王と共に封印されているのがマリーだ。そのことが終わらない限り、ガドはニルとの結婚ができないって訳だよ。なっ? ガド」


「…………。マリーは必ず救い出す。この命に代えてもだ……」


「そうだな……。古の言い伝えが確かならマリーは救える。天ならやってくれるはずだよ」


「ハインス。古の言い伝えって五神の玉のこと?」


「うん。『種の根源である五神の魔力の玉。それを手にした者は新しい世界を創造するだろう』ってね……。古い言い伝えだからね。本当かどうかはわからないけど」


 ここで。小羽はあることを思い出していた。小羽が天に会った時のこと。イナビと遊んでくると言って手にしたイナビの玉の存在をだ。


「あ、あの……。そ、天さんはそれを集めているんですか?」


「そうだよ。全てはマリーを救うためさ。僕たちは魔王を封印した後。新しい目的を手に入れた。それはガドも緋翠も天も僕もね……」


 そして、馬車が止まった。御者の叫び声が聞こえる。


「ハインス様。グロールの村に到着しました。少し馬を休ませないといけませんので、ここで休憩しましょう」


 早朝にギラナダを出発し、グロールの村に着いた頃には昼も近くなっていた。

 四人は馬車を降りた。高台から見える緑豊かなその広大な野原の奥にそれほど高くない山とそれを囲む巨大な森。小羽はその絶景に思わず声を漏らす。


「き、きれいな景色ですね……」


「一色小羽。君はあの森で迷子になったのだ。あれがイナビの森だ」


「あっ……」


 ――あそこで私は迷子になってたんだ……。天さんに会ったのも……。


「どうしたの? 小羽」


「ううん。な、なんでもない……」


 顔を赤くしたのを見られないように小羽はうつむいていた。


「さてと……。グロールはギラナダ王国でも割と大きな村だ。文明は進んでいないけど獣人族の女の子はかわいいんだよなぁ」


「ハインスってば、本当に女が好きなんだね」


「ちっちっちっ。女の子も好きだけど。僕が好きなのは女の人独特の柔らかさだよ。そこら辺は勘違いしないでほしいな」


「柔らかいのが好きならならモンスターでもいいじゃん。スライムとかどう?」


「スライムは冷たいだろ? それに見た目も大事なんだよ」


「ナズにはよくわかんない」


「子供にはまだわからないさ」


「子供扱いしないでってば!」


「まぁまぁ。おいで。ナズちゃん」


 ナズは「まったくーっ」といった表情で小羽の肩に腰を下ろした。


「とりあえず食事をしよう。グロールはあまり詳しくはない。ハインスはどうだ?」


「いや。僕もあまり村は詳しくはない。村長に会いに二度ほど来ただけだ。村の中央は割と人が多い。そこへ行こう」


 グロールの村―――


 ギラナダ王国から北に位置し、イナビの森の門番として獣人族が住む自然豊かな広大な村だ。五神のイナビは光の精霊の命を受け取り、この村では光の精霊の信仰が強く根付いている。

 獣人族の起源はイナビが生んだのが始まりとされている。長い時を経て、その血は薄くなりつつあり、今では半分獣で半分人族といった混血種がほとんどであり、若い獣人族は獣耳と尻尾が生えているだけの人族といった姿をしている。


 四人は村の中央へと向かう。その途中、すれ違う獣人族は小羽をチラチラと横目で見ていた。


「な、なんか凄く見られている気がするんですけど……」


「ん? 精霊を連れているからだろ? エルフ自体珍しいからね」


「見られていたのはナズのせいだったのね。熱い視線はずっと感じていたけど」


「仕方ないよ。虹の精霊は目立つからね。成人になればそこまでじゃないんだろうけど。子供だからなぁ」


「だーかーらっ。子供扱いしないでよっ!」


 肩から飛び上がるナズを見て小羽はあることに気づいた。


「ハインスさん。ナズちゃんがエルフだってわからなければいいんですよね?」


「まぁ……。でも、どうしようもないだろ?」


「ちょっと試したいことが……」


 小羽はナズに呼びかける。


「ナズちゃんは今何歳?」


「今? ナズは今年で確か……四十歳くらいかな……」


「えっ! お母さんみたいな年だ!」


「小羽ちゃん。エルフの四十歳は人族でいう十二歳くらいだよ」


「そ、それならちょうど良いです」


「ちょうど良い? 小羽? 何するの?」


「あまり動かないでね」


 小羽は首をかしげるナズを地面に立たせてナズの体に何かを描き始めた。それを見ていたハインスとガッシュフォードは「なるほど」とうなづいていた。


 そして、小羽が描き終わるとナズの体が大きくなり始めた。


「あれれれ? ナズの体どうなってるの?」


「服はそれっぽく描いたから我慢してね?」


 ナズはみるみるうちに姿を変えた。白いワンピースに動きやすそうな靴。小羽より頭一つ半小さい人族の姿になった。


 ハインスは姿を変えたナズの周りを舐め回すように見ていた。


「本当に色魔導って凄いねー。でも、どっちにしろ子供か……」


「うるさいっ。ハインス!」


 ガッシュフォードは小羽に語りかける。


「色魔導は本当に便利だな」


「はい。ナズちゃんかわいいからこっちの方がいいかなって。行こっ? ナズちゃんっ」


 小羽はナズと手を繋いで歩き始めた。はたから見れば姉妹のようなものだ。すれ違う会う獣人族も二人に視線を送ることもなくなっていた。その後ろを歩くハインスがガッシュフォードの隣で呟いた。


「どうせなら美人の巨乳にしてくれれば良かったのにな?」


「くだらない同意を私に求めるな」


「けど。小羽ちゃんは凄いね。緋翠にも負けない色魔導士だよ」


「そうだな……」


 ガッシュフォードは小羽の色魔導を見て緋翠にはない違和感を感じていた。


 ――一色小羽は本当に凄い。発動が早く、失敗がない。ずっと緋翠を見てはきたが。本当にそれ以上かもしれないな……。だが……。


 四人がしばらく歩くと村の中央に人だかりができている店があった。美味しそうな匂いが漂うその店の外では青年の獣人族たちが店の中を覗いていた。人混みを嫌うガッシュフォードは食事なら違うところでと提案したが、それとは対照的にハインスはどうせならとその店の様子を覗いて戻ってきた。


「あれは並んでいた訳じゃないみたいだ。席は空いていたからあそこにしよう」


「では。あの人混みは何だ?」


「それは店に入ってからのお楽しみさ……」


 半ば強引にハインスの案により、人混みをかき分けて四人は店に入った。


「おかえりにゃんっ。ご主人様っ」


 かわいい声と共に出迎えてくれたのはメイド服を着た獣人族のかわいい女の子。それを見た小羽は驚いていた。


「メイド喫茶だ! この世界にもあるんだ……」


「メイド何? かわいいのには違いないけど。ナズはお腹空いたーっ」


「でも本当にかわいい……。ついている猫耳は偽物かな……」


「ご主人様? これはついてるのではなく本物にゃん。ほらっ。尻尾だって」


 そのメイドはスカートをつまみ、尻尾を見せる。


「本当だ。か、かわいいーっ」


「ありがとにゃんっ。こちらへどうぞ。ご主人様っ」


 四人は席に案内され、メニューを見ていた。そして、ハインスが一言。


「ここは素晴らしいな。ギラナダにもこういう店があってもいい。なぁ? ガド」


 ガッシュフォードは顔を赤くして黙り込んでいた。それを見た小羽は気を利かせてフォローを入れていた。


「ガ、ガッシュフォードさんはこういうお店は苦手ですよね……」


「苦手どころではない。ハインス……。お前。騙したな?」


「騙したなんて人聞きが悪いな。いい店じゃないか。女の子もかわいいし」


「そうですね。なんだか向こうの世界にいるみたいです」


「小羽ちゃんの世界にはこういうお店があるの?」


「はい。ある地域では流行っていますよ」


「へぇー。小羽ちゃんの世界も面白そうだ。機会があれば行ってみたいよ」


「ハインスさんは女の人にモテると思いますよ? イケメンですし」


「そのイケメンって何? 王国でも言ってたよね?」


「なんて言えばいいんでしょうね……。イケてるメンズでイケメン。つまりカッコいい男の人って意味です」


「ふーん。僕はイケメンなの?」


「はい。超イケメンですよ。あっ。超っていうのは凄いって意味です」


「ハインスがカッコいいのは認めるけど。女の子に目移りし過ぎだしねー。ナズはないかなー。カッコ良過ぎるのもあまりね」


「子供には僕の魅力はわからないんだよ」


「カッチーンっ! いい加減、子供扱いするのはやめてよっ!」


「ナ、ナズちゃん。いちいち怒らないの。ハインスさんもナズちゃんを子供扱いするのはやめてください」


「はいはい……わかったよ」


 空返事をするハインスとほっぺを膨らますナズ。


「ぶーっ。とにかくお腹空いた。ナズはこれがいいな。トルペットキノコのオムライスとササダミとオニロイのサラダ!」


「そ、それって美味しいの? わ、私も同じものでいいです」


「僕はボーモラッタのステーキとそのサラダかな……。ガドはどうする?」


「私もハインスと同じでいい。早く注文してくれ」


「すみませーん。そこのかわいい女の子!」


 出迎えてくれたメイドが再び現れた。


「はいにゃん。ご注文かにゃ? ご主人様」


「うん。君は本当にかわいいね。よかったら名前を教えてくれないかな?」


「私はこのお店のNO.1のビリンナちゃんにゃ。投票よろしくにゃっ」


「ビリンナちゃんね。覚えておくよ。それで注文だけど―――」


 その店では食事の後に一人ずつメイドたちに投票できるのだという。その投票でメイドの給料が決まるシステムになっている。そのため各メイドたちはお客さんに対しては実に丁寧で見事な接客をしていた。


 食事を終え、店を後にした四人が馬車へと戻ろうとした時だった。


 突如として村の警報が鳴り響いた。それを聞いた獣人族の皆はうろたえ、逃げ始める。


「こ、この警報は何でしょう?」


「う、うるさい……。この音嫌い……」


「わからん。この魔力はただ事ではないようだ」


「ガド。何か来るぞ……」


 ハインスは何かに気づいて空を見上げた。不自然にも急激に黒い影のようなものに覆われていく空はやがては太陽を遮った。その場所はまるで夜のような暗闇に変わる。それに気づいた三人も空を見上げる。そして、小羽が何かに気づいた。


「イ、イナビ……」


「イ、イナビだと! 本当か? 一色小羽!」


「ま、間違いありません……。こ、この黒い影……。イ、イナビの森で見たのと同じです!」


「伝説の神が森を通り越して村まで来るとはね……」


 ハインスは光の精霊に呼びかける。


 ――どうしてイナビが暴走している? 何かわかるか?


 ――魔族の種……。イナビ様の意思は操られています。


「ガドっ! イナビは例の種を植え付けられているぞっ!」


「くそっ……。魔族め。何が目的だ。ひとまず結界を張る!」


 ガッシュフォードは詠唱を始めた。周りにはドーム型の結界が膨らんでいく。


「このままじゃまずいな……。五神に僕の精霊の攻撃は効かない。ガドの魔術だけでは……」


 グロールの村はすでに黒い影で覆いつくされていた。そして、きれいな白い毛を光り輝かせたイナビがゆっくりと現れる。その片目からはウネウネと触手のようなものが不規則に動いていた。


「ハインス! 獣人族の避難を一色小羽と共に!」


「なっ! 何をするつもりだ! ガドっ!」


「お前の精霊の攻撃は五神に効かないだろう。私の邪魔をするなと言っている!」


「一人でイナビとやる気か! 無理だっ!」


「天はやっている。あいつにできるなら私にもできる。早く行けっ!」


「ちっ! 死ぬなよっ! 行くぞ! 小羽ちゃん!」


「は、はいっ!」


 ハインスは小羽の手を握り、小羽はナズの手を握り、結界を飛び出した。そして、逃げ遅れた獣人族を離れた場所へ避難させる。


 ガッシュフォードは近づいてくるイナビを見上げ、ゆっくりと眼鏡を直した。



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