第八話 神のいるセカイ
突如現れた巨大なモンスターになす術もなく立ち尽くす小羽。
ナズは苦しそうに声を振り絞った。
「あ……あんただけでも逃げなさい……。このままじゃ……」
――に、逃げるって言われても……。ナズちゃんを放っておけないよ……。で、でも何もできない……。わ、私は……。助けたい……。
小羽は持っていた筆を強く握った。
――ギニスさん……。私に力を貸してください……。
モンスターはゆっくりと近づいていた。それを見た小羽はあることに気づいた。
――このモンスター……大きいけど。で、でもゴーレムに比べたら……あれ? 尻尾が前に伸びてる? あの大蛇ってまさか……。よ、よしっ!
意を決した小羽は目の前にある物を描いて、少し離れた。
何もなかった場所に現れるモンスターを上回る大きな四角い木でできた大きな台。その上には鋭く尖った刃物。その刃物はその場から真っ逆さまに落ちる。
実は小羽は大蛇がモンスターの尻尾だと気づいた。モンスターの足元から伸びる尻尾はナズが捕まった方向へと伸びていた。そして、小羽は色魔導でそれを描いた。それは見事にモンスターと大蛇を真っ二つに切断した。
小羽がとっさに描いたのはギロチンと呼ばれるもの。かつて西洋の処刑方法の一つとして使用されていたものだ。
モンスターは気味の悪い声をあげ、ひるんでいた。大蛇はビクビクと痙攣を起こし、その場で息絶える。小羽はその太い大蛇からナズを救い出そうと絡まった胴体をほどく。
「ナ、ナズちゃん……。頑張って……。お、重い……」
大蛇の太い胴体は重く。複雑に絡み合って、なかなか救い出せずにいた。
ナズが何かに気づいて叫ぶ。
「小羽! 後ろっ!」
モンスターはゆっくりと近づいてきていた。
「も、もう少し……」
間近にモンスターが迫ってきた頃にようやくナズは大蛇から抜け出した。だが、モンスターはすでに鋭い爪を突き立てて振りかぶっていた。大蛇を剥がすのに夢中でそれに気づいてもいない小羽にナズは叫んだ。
「こ、小羽っ!」
モンスターはおかまいなしに勢いよく腕を振り回す。ナズは小さい手でその両目を覆った。
何事もなかったかのような静寂の中、ナズはおそるおそる顔を覆った手を開き、その隙間から様子を覗いた。
そこには一人の男の姿。モンスターの爪は小羽の頭の寸前で止まっていた。
「いやぁ。危なかった……。大丈夫? 小羽ちゃん?」
その声に小羽が振り返ると目の前にはモンスターの爪の先端があった。当然のようにそれに驚く。
「う、うわっ! ……あれ? ハ、ハインスさん……?」
「もう大丈夫だよ。さぁ、行こうか」
笑顔を見せるハインスは小羽の手を握り、体を起こした。立ち上がった小羽は動かないモンスターを見て不思議そうな顔をする。
「ハインスさん。こ、これはどうなっているんですか? まだ生きているようですけど……」
「精霊の力を借りたんだよ」
「せ、精霊?」
「うん。五神七精って聞いたことない?」
「い、いえ……」
「小羽ちゃんはガドのところで習わなかったのかい?」
「それはまだ……」
小羽とハインスはその場から歩き始めた。その後ろをこっそりとナズがついていく。
ハインスは歩きながら先程の説明を始める。
この世界の始まりは五つの神が主権を争い、戦いを始めたのが起源とされている。神々は互いの力を使い果たすまで争い、やがては五神同時に力尽きた。その時に七つの精霊が五神を助けるために動いた。精霊の命を源として神々に新しい命を吹き込んだ。生まれ変わった神々はその精霊と共に世界を創ったと語り継がれている。
火。水。風。地。光。五つの精霊はそれぞれ神々にその命を与え、その両者はそれ以来離れることはなかった。
だが、精霊たちが神々に命を吹き込んだ時に二つの精霊があぶれた。
その一つの精霊は自分たちは必要のない精霊だと勘違いをし、自らの命を絶った。妬みや憎悪。他の精霊たちに怨念を残したその魂は闇の精霊として蘇り、魔族を作り出したとされている。魔族は闇の精霊が作りだすモンスターの類で人族を襲う怨念と恐れられていた。
そして、もう一つの精霊が神々についた五つの精霊と共に正しい世界を創るべく人族を生み出したとされる虹の精霊。つまり、エルフたちだった。エルフは人族の最初の種とされており、人々はエルフたちを敬い、信仰し、神として崇めていた。
「……それでエルフたちは人族が自分たちだけで種を増やせるようになってからはこうやって離れて生活してるって訳」
「へぇー……。それは知りませんでした」
「だから信仰の強いガドはアヴドゥ―ス―の里を魔族から守ったんだよ」
「襲われたんですか? さっきナズちゃんに聞きましたけど……」
「襲ったというか何というか。逆にエルフたちが魔王に歯向かったんだよ」
「ど、どういうことですか?」
ナズが小羽の肩に座り、羽を休めた。
「立ち上がらなければ人族が滅んだからよ……」
「ナ、ナズちゃん?」
ハインスが小羽の肩に顔を近づけた。
「子供のエルフか……。かわいいな」
「こ、子供扱いしないでよ! ちょっとカッコいいからって……ごにょごにょ……」
「ごめんごめん」
「べ、別にいいけど……。お兄さん。精霊使いなんだ? 地の精霊を呼び出して、大地と同化させて動きを止めるなんてね。なかなかやるじゃない」
「そう? このくらいはお手のものさ。本当に優秀な子たちで助かるよ。それに精霊たちは美しいからね。僕にとってはそれだけで満たされるよ」
「も、目的が不純な気がするけど……。ガッシュフォード様と一緒に来た精霊使いってことは。もしかしてハインス?」
「よく知ってるね? そうだよ。よろしくね。ナズちゃん」
「だって……。アヴドゥ―ス―じゃ有名だし。それにカッコいいし……」
「ナズちゃん……。さっき言った人間が滅んだってどういうこと?」
「昔の話だから……ナズもちゃんとわかんないけど……」
ナズはその質問に口ごもっていた。それを見たハインスは少し神妙な面持ちで口を開く。
「魔王との戦いの前に。魔族は無差別に人族を襲った時があってね。冒険者たちではなく、普通に生活している民にね。冒険者たちも大分減ってそれを食い止める手段がなかった。それを助けようとエルフたちは五神の力を借りようと五精に助けを求めたんだ。それを魔王が気づいた。
五精が本気になれば闇の精霊はひとたまりもないからね。それを恐れた魔族は虹の精霊の里。アヴドゥ―ス―を襲った―――
◆◆◆
当時。僕達は魔王との最終決戦を控えて準備をしていたんだ。そこにニルという胸の大きいかわいいエルフが突然現れてね……。
「はぁはぁ……。アヴドゥースーが魔族に襲われました。どうか助けてください。お願いします!」
いきなり懇願するエルフに僕たち五人は驚くしかなかった。滅多に見れる訳でもないエルフが突然、現れたんだからね。それにもう魔王まで間近に迫っていた僕たちはその場所を死守しなければならなかった。そこは魔族が生まれる闇の精霊の洞窟。正直、助ける余裕はなかった。皆はそれをわかってて誰も何も言わなかった。
いや。正確には言えなかった。そうしたらガドが一言呟いたんだよ。
「私が行こう。緋翠。空に虹を描いてくれ。できるだけ大きい虹をな」
「それは構わないけど。一人で行くつもりかい?」
「魔王の目前で全員で行く余裕はない。それに人族を生み出した虹の精霊をそのままにはできない」
「でも。ガッシュ君がいなければ結界だって維持できなくなるんだよ?」
「私の張った結界の維持はマリーに任せる。それを守るのはハインス。天。緋翠。お前たちだ。すぐに片付けて戻ってくる。それまで持ちこたえられるな?」
「はぁ? 誰に向かって言ってんだ。ガッシュ。俺がマリーを守ってやるよ」
「頼む。天」
「ガド。行ってこい! ここは全力で死守する」
「いい男だねぇ。ガーちゃんは……じゃあ。描くよ。準備はいいかい?」
「あぁ。では行ってくる……」
それでガドは一人でアヴドゥースーの里を救って帰ってきたんだよ。
それは凄まじい戦いだったんだろうね。魔力も使い果たして瀕死の状態で帰ってきたガドは二日間もマリーの治癒魔術を受けていたからね。
◆◆◆
―――ガドは本当に凄いやつだよ。普段はクールで目つきも悪くて人にも誤解されやすいけど。ガドは凄く優しくて命を大切にするいい男だよ」
「ガッシュフォードさんの優しさは私もわかります。それに救われて私も助かっています。それにハインスさんも国王と思えないくらい優しくて……。あっ! ご、ごめんなさい……」
「小羽ちゃん……。これでも僕だってギラナダのために頑張ってるんだよ?」
「す、すみません……」
「まぁ。いいけど。それよりナズちゃん。アヴドゥースーを案内してくれないかな?」
ハインスはニコニコとナズに顔を近づける。
「ち、近いって! うーん……。別にいいけど。ガッシュフォード様はいいの?」
「あぁ。ガドなら問題ないよ。それに……。自分でもケリをつけたいんだろ……」
ハインスは何かを思い出しながら霧に差し込む光に目をすぼめていた。
一方。エルフの長老とガッシュフォードはすでに再会を果たしていた。ガッシュフォードの目の前には美しい女性。長老とは思えないほど、若くて美人だ。
虹の精霊と言われるエルフは見た目がさほど変わることはない。ナズのような小さい姿からニルのような大人へと成長を遂げる。大人といっても人族と同じような成人の姿になるのは百歳を超えた頃からだ。それからはほぼ見た目が変わらずに寿命を迎える。現長老は推定二百五十歳。エルフの寿命はおよそ三百歳と言われている。
「ガッシュフォード殿。随分と久しぶりじゃ……」
「長老様もお変わりないようで何よりです」
「そうでもないぞ? やはり歳には勝てぬようじゃ……。して、此度立ち寄ったのは何用じゃ?」
「ニルのことです」
「ほう……。その様子だとニルに会ったようじゃの?」
ガッシュフォードは眼鏡を直した。
「ニルには幸せになってほしいのです。私との契りを無効にしてくれませんか?」
「ふむ。それはお主の仲間に関係あることか?」
「……そうです。それに虹の精霊との婚姻は人族の私には荷が重いのです……」
「ガッシュフォード殿。ニルとの婚姻はこちらが決めたことじゃ。アヴドゥ―ス―を救った英雄に我らエルフからのささやかながらの褒美のつもりじゃ。種族にこだわりがあるのなら気に病む必要はないぞ?」
「私は仲間すら守れない非力な男です。神とも等しいエルフとの婚姻はできません」
「神と決めたのは主ら人族の戯言じゃ。それでは……マリー殿だけではなく。ニルも見殺しにすると?」
「…………」
「ニルはお主との契りをあの時から忘れたことはない。ギラナダに店を開いたのもそのためじゃ。人族の生活を選んだニルのこれからの人生の全てはお主のためなのだがの……。それを無にしたいのか?」
「ですが……」
「我らとてニルの想いを見殺しにするつもりはない。本当にお主が望まぬのならニルを連れてこの里を訪れよ。あの子はお主のためなら命もいとわぬじゃろう。ニルの無事をこちらが確認できた時に契りを破棄してやろう。それでよいか?」
「わかりました……」
「のう。ガッシュフォード殿。お主がいなければ今ここで話すこともできなかったかもしれんのじゃ。虹の精霊という立場とて、我らエルフたちはお主やその仲間には深く感謝しておる。それだけは忘れないでおくれ。それに遠からず未来はすでに決まっておる。自分の心のままに決めるがよかろう……」
そう言い残し、濃い霧に包まれて長老は姿を消した。
――ニル……。本当にすまない……。
その場に膝をついたガッシュフォードは消えた長老の面影に一礼をし、その場を後にした。
アヴドゥ―ス―の里―――
虹の下に突如として現れるエルフの隠れ里である。霧に包まれた里にエルフたちは人族から離れてひっそりと暮らしている。虹の精霊の由来はいろいろと諸説ある中で、虹と共に現れるというのがこの世界では一般的だ。
エルフの特徴は尖った耳と長寿命。それと精霊独自の種の増やし方である。もともと七精は女性ばかりで生殖を必要としない。自らが神となり代わった虹の精霊は人族の人口の増減により、新しい精霊を誕生させる。人族の人口が増えればエルフは魂を宿す。逆に人口が減ると高齢のエルフたちが寿命を迎えるのが早くなる。信仰をする人族の数で影響の比例を受けている。
そのアヴドゥ―ス―の里のエルフたちと熱心に会話をしていた男がいた。
その様子にナズは軽蔑の眼差しを向ける。
「ねぇ? 小羽。ハインスっていつもあんななの?」
「わ、わかんないけど……。さ、さすがにあれはね」
「だよねー……」
二人に呆れ顔で見られているとも知らずにハインスは張り切ってエルフたちと会話を繰り返していた。
「君は美しい……。僕の精霊にならないか?」
「わ、私は……。ご、ごめんなさいっ」
ハインスは諦めることなく片っ端からエルフに声をかける。だが、ハインスもバカではない。一応は選んでいた。美人揃いのエルフたちの中で選んでいた基準は胸。それも大きな胸の大人のエルフを狙っていた。
「素敵なエルフだ。君のような美人に出会ったことはないよ。魔力も高い。僕の精霊になってくれないか?」
「び、美人だなんて……。そ、そんなこと……」
「本当のことだよ。君はエルフの中で最も輝いている……。君は僕のために生まれてきたのかもしれない」
「そ、そんなことは……」
――この子の胸は柔らかそうだ……。虹の精霊と闇の精霊だけは契約していないからな。ここいらで全ての精霊と契約したい……。もう一押しか。
「いや。僕は君のために死ねる……。さぁ。僕と一緒においでよ」
照れながら同様するエルフの手をハインスは強引に握り、顔を寄せる。
「あ、あの……?」
「何も言わなくてもいい。君はもう僕のものだ。僕の精霊になった証を……」
ハインスはエルフの手を握ったまま、さらに顔を近づける。
あと少しで唇と唇が触れるところで声が聞こえた。
「ハインス。何をしている?」
その声の主はガッシュフォードだ。それを聞いたエルフたちはガッシュフォードを取り囲む。もちろん、ハインスの狙っていたエルフも手を振り払い、ガッシュフォードの側に走り寄っていく。
「ガッシュフォード様!」
「ガッシュフォード様よっ」
その光景は異様だが当然のことだった。ガッシュフォードに群がる美人のエルフたちの姿。
アヴドゥースーを救った英雄を囲むエルフたちを横目にハインスは小羽とナズのもとへトボトボと近寄る。
「今さらだけど。僕がこの里を救うべきだったよ……」
「ハインスってば……カッコ悪……」
ナズは呆れた顔で小羽の肩の上でため息を漏らす。それを聞いたハインスは小羽の肩に顔を近づけてナズを見つめる。
「君は僕と契約してくれる?」
「えー……。それはちょっと……」
「子供にも断られるのかよ……。虹の精霊は手厳しいな」
「こ、子供扱いしないでってばっ!」
「ま、まぁまぁ。二人とも……」
エルフたちの間をすり抜けてガッシュフォードが小羽たちの側にやって来た。
「そろそろ行こう。用事も済んだ。緋翠も待っているからな」
「……だな。なぁ。ガド。長老はなんて?」
「後で話す。一色小羽。行くぞ」
「あっ……はい。じゃ、じゃあ。ナズちゃん。またね?」
「う、うん……」
寂しそうな顔をしたナズは小羽の肩から離れた。それに気づいたガッシュフォードは珍しそうにナズを見ていた。
「子供のエルフとはまた珍しいな。随分と一色小羽に懐いているのだな」
「ナ、ナズちゃんって名前です。かわいいですよね」
ハインスは思い出したように口を開く。
「そういえば……天のやつも闇の精霊を連れていたよな?」
「そうだな。それがどうした?」
「いや。虹の精霊の力は五精とは違う力が使える。今回は僕個人としては契約できなかったけど。小羽ちゃんとナズちゃんが契約してくればこれから何か役に立つかもなーって思っただけさ」
それを聞いたナズの尖った耳がピクっと反応した。
「だが……。一色小羽は精霊使いじゃない。魔力のない異世界者はその力を持て余す可能性もある」
「小羽ちゃんは色魔導士だろ? 魔力なら筆に宿っている。それに天は当たり前に使っていたじゃないか。自分の剣に精霊の魔力を宿していた」
「なるほど……。虹の精霊の魔力を使った色魔導か。確かに面白そうだが、全く想像がつかないことは危険だ。それに魔力が強過ぎる」
何やら話し合う二人をよそに小羽とナズはきょとんとしていた。
「ナズちゃん。何の話してるの?」
「ナズもよくわかんない。その筆にナズの力を授けるとかなんとか……」
「この筆に? でも……この筆は預かっているものだし。それにギニスさんの想いが詰まっている大事なものだから……」
「ギニス? 誰それ?」
「凄く優しくて家族みたいな存在だった人……」
「ふーん。とにかく大事なものなんだね」
「う、うん……」
その話をしただけで小羽の表情が悲しみに染まったのはナズにも気づいていた。人の想いを大事にする小羽がナズには眩しくも見え、羨ましくも思えた。
「こ、小羽はモンスターも倒せない弱っちい冒険者だからね! ナズだったらバーンってやつけてやるんだけどねーっ」
「そうだね……」
「だ、大体。小羽は弱っちいくせにカッコつけて! な、なんでナズなんか助けたのよ! ひ、人族のくせに自分の命を先に優先するべきよ!」
「だ、だって。ナズちゃん苦しそうだったから……」
「あ、あ……ありがとう……。ちょ、ちょっとカッコよかったし……。よ、弱っちいとかバカにしてゴメンね……」
照れくさそうに目をそらすナズに小羽は優しい笑顔で話しかける。
「ありがとう。ナズちゃん」
「あ、改まって言わないでよ。は、恥ずかしいじゃん……」
「いつか強いナズちゃんと一緒に冒険したいね?」
「い、いいの?」
「うんっ。私もナズちゃんかわいいから大好きだし」
「小羽……。ナ、ナズも……だ、大好き……」
顔を真っ赤にしたナズが恥ずかしそうにモジモジしていると。ナズの体が白く発光し、その場に固まった。それに気づいたハインスが近づいてきた。
「小羽ちゃん。ナズちゃんと契約したの?」
「えっ? そ、そんなつもりは……。は、話していたらいきなり光り始めたんですけど……」
「この光は精霊との契約の証さ。精霊たちは信用した者にのみ契約を許す。この子も小羽ちゃんを信用した証拠だよ。普通はありえないんだけどね。本当に異世界者は面白い」
「そ、そんな。勝手に……」
「小羽ちゃん自身。この子と一緒にいたいと望んだんじゃないの?」
「そ、それはそうですけど……」
ガッシュフォードが二人の話に割って入った。
「一色小羽。別に精霊と契約をするのは構わん。だが、契約した以上は責任がついてまわる。その虹の精霊の想いや自分の想いも全て含めてな」
「わ、私は……」
「異世界者である以上。虹の精霊との契約は悪いことではない。魔力を持たない異世界者たちにとってはむしろ都合は良いだろう。互いの信頼があればこそ、魔力をコントロールできると聞く。後は君の意思の問題だ」
――ガ、ガッシュフォードさん。学園長の顔になってるよ。ど、どうしよう……。確かに一緒にいたいとは願ったかもしれないけど……。責任とか言われたら……。
「も、もし……私が死んだら。ナ、ナズちゃんも死ぬんですか?」
「それはないだろう。どうだ? ハインス」
「うん。契約が無効になるだけ。それに精霊は死ぬことはない。たとえ寿命を迎えたとしてもまた新しい命になり、それを繰り返す。さぁ。契約を交わすならその子を手に取ってみなよ。今までとは違ったものが見えるはずだよ?」
「…………」
黙り込む小羽の肩をハインスはポンと叩いた。
「その子も小羽ちゃんと一緒にいたいからそうなっただけの話だよ。そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?」
「人族に精霊が自ら契約を交わすのは珍しい。このバカは精霊が女だという理由だけで精霊使いになったのだからな」
「お、おい! バカって言うなよ。美しい精霊たちと一緒にいて何が悪いっ!」
「お前の場合は目的が不純過ぎる。それでは契約した精霊たちもかわいそうだ」
「な、なんだとっ! 大体、お前は真面目過ぎるんだよ!」
「お前が不真面目なだけだ」
二人が言い争う中。小羽はナズを両手で覆う。
――ナズちゃんはその小さい体で私を選んでくれたんだね。ありがとう。ナズちゃん……。私にその勇気を……。これからよろしくね……。
小羽の両手の中で閃光を放ったナズはもぞもぞと動いて大きなあくびをした。
「ふぁぁああ……。あれ? 寝ちゃったのかと思ったんだけど……」
小羽は両手を顔に近づけた。
「ナズちゃん。よろしくね?」
目をこするナズは「ん?」と、よくわからない表情を見せる。
「も、もしかして……。契約しちゃった?」
「うん。そうみたいだよ?」
クスクスと笑う小羽の手の上でナズは立ち上がり、両腕を組んだ。
「ふっふっふっ……。ナズもついに精霊として一人前になったって訳ね。このナズ様がついていけば弱っちい小羽を助けてあげることもできるからねっ」
「うん。頼りにしてるよっ」
ふと、ナズはガッシュフォードとハインスの声の方向に目線を送った。二人は胸ぐらを掴み合い、言い争っていた。
「ところで、あの二人は何してるの?」
「わ、わかんない……」
「止めた方がよくない?」
「そ、そうだね」
言い争いをする二人に小羽は近づき、すでに契約を済ませたことを告げた。
素直に喜ぶハインスと無言で笑顔を見せるガッシュフォード。三人は新しい仲間を連れてアヴドゥースーの里を後にした。
緋翠の待つ北の地へと馬車は進み始めた。
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