夢ノヨウナ色トリドリノ世界

第七話 虹と暮らすセカイ

　高級酒場では落ち着かないガッシュフォードをよそにハインスは隣の女性をメロメロにしていた。すでにお尻を撫でた時から決していたのだろう。ハインスはすでにその女性の心を掴んで離さなかった。

「本当に君は美しい……。まるで絵画のようだよ。吸い込まれるくらい美しい」

「ハ、ハインス様……。私……。私……」

「何も言わなくてもいいよ。言葉なんていらない。もっとその美しい姿を僕に見せてくれないかな？」

「ハインス様……」

　ガッシュフォードはその光景を見て呆れていた。

　ハインスとガッシュフォードは小さい時からの付き合いだ。その頃から女に目がないハインスをずっと見てきたガッシュフォードにとってその光景は当たり前のことだった。小さいアリスがそのことで泣いているのを見てガッシュフォードはよく慰めていた。

　そして、ニルがＶＩＰルームに訪れた。

「失礼いたします。こちらよろしいですか？」

　ニルはガッシュフォードに笑顔を見せる。

「あ、あぁ……。別に構わない……」

「それでは失礼します……」

　ニルはガッシュフォードの隣に座ると手慣れた様子で酒を作り始めた。スーっと無言でハインスの前に酒を差し出す。そして、ガッシュフォードの前にも酒を差し出した。

「どうぞ。ガッシュフォード様」

「あぁ。すまない」

「お久しぶりでございますね？」

　ニルは髪をかきあげてガッシュフォードを見つめた。青く輝いた髪に尖った耳。何よりも美し過ぎるその青い瞳。スタイルも良く、出来過ぎたほどの美人であった。

「そうだな。そ、そんなにこっちを見なくてもいい」

「お元気そうで。それに相変わらずですね。昔を思い出します……」

「…………。悪いが昔話なら聞くつもりはない……」

　ニルは寂しそうな表情を見せていた。

　向かいの席からその様子を見ていたハインスはため息を漏らす。

「ガド……。少しは女の子に優しくできないのか？　久しぶりに会ってそれはないだろ？　ニルがかわいそうだ。ところでニル。僕はこの子と少し外に行くけど構わないかな？」

「は、はい。今日はお客様もあまりおりませんので。ハインス様。その子をよろしくお願いいたします」

「さすがニル。話がわかってるね。じゃあ、料金は王国につけておいてくれるかい？　ガド……。少しはニルとゆっくり話をしてあげなよ。じゃあ。明日の朝な」

　ハインスはその女性に肩を回し、店を後にした。ニルは立ち上がりお辞儀をして、ハインスたちを見送った。

　ニルとガッシュフォードが広いＶＩＰルームに残されて、長い沈黙が続いていた。そして、ニルは無言で酒を作り始める。グラスと氷のぶつかる音だけがそこにはあった。

「ガッシュフォード様。私も頂いてもよろしいですか？」

「それは構わないが……。お前。酒なんて飲めないだろう……」

「私だって飲みたくなる時もあります……。それに……私はもう昔のままの私ではありません……」

「……ニル。まだあのことにこだわっているのか？　お前が大人になったというのなら、なぜアヴドゥースーの里に戻らない」

「…………」

　ニルは酒を作る手を止め、ガッシュフォードの胸に顔を寄せた。その顔を見られないように背中に両手を回す。

「ニル……。私をどう思っているか知らないが……。お前との結婚はできない。もう昔のお前ではないのだろう？　だったらなおさらだ。自分の幸せを考えた方がいい」

　ニルはそのまま顔を上げる。ガッシュフォードを見つめる目には大粒の涙が溜まっていた

「ど、どうして……。わ、私ではダメなのですか……。ううっ……」

　ガッシュフォードは優しくニルを引き離した。そして立ち上がる。

「私にはその資格がない。もう私のことは忘れた方がいい。……ごちそうになった。たまにはアヴドゥ―スーの里にも顔を出せ。長老も心配しているだろう。それでは失礼する……」

　ガッシュフォードはソファーの上で泣き伏せるニルを横目に店を出た。

　――すまないな……ニル。お前は何も悪くない。悪いのは私だ……。

　ギラナダの夜の街を行き交う多くの民とすれ違いながら空を見上げる。

　――マリー……。お前の作りたかった未来はここにあるぞ……。それだけは私が守ってやる……。この命に代えてな……。

―――――――――

　小雨が降りしきる早朝。

　城門前に用意された馬車に三人は乗り込んだ。きれいな装飾が施された中は見た目よりも広く。小羽はふかふかの椅子の座り心地の感触を確かめていた。ふと、小窓の外を見るとアリスは少し寂しそうな表情を見せていた。

　小窓から顔を出したハインスはアリスに声をかける。

「アリス。そんな顔をするな。すぐに帰ってくる。留守を頼んだぞ？」

「ハス兄……。はい。ギラナダをお守りします……」

　元気のない返事をするアリスを小羽は心配そうに見ていた。

　昨日。小羽はアリスと話をして盛り上がり。アリスの部屋で一緒に寝ていた。一人っ子の小羽はアリスを妹のように思い、アリスもまた本当の姉のように慕っていた。そして、アリスの言葉には必ずといっていいほど。ハインスの名前があがる。アリスのハインスを想うその気持ちは小羽にもわかっていた。

　小羽は小窓からアリスに話しかける。

「ア、アリスちゃんっ。またお部屋に遊びに行ってもいい？」

「……小羽お姉様。はいっ！　是非遊びに来てください。お待ちしておりますわ」

　馬車がゆっくりと動き始めた。小羽は小さくなるアリスに手を振り続け、席に着いた。

　ハインスが優しい顔で小羽に話しかける。

「小羽ちゃんは優しい子だね。アリスと仲良くしてくれてありがとう」　

「いえ。私もアリスちゃんはかわいいから大好きです。大人びたように見えてまだまだ甘えたいみたいで……。昨日は一緒に手を繋いで寝ました」

「そうか。それは助かるよ。……僕の家は少し特殊でね。昔から王国に携わっていたんだよ。この力のせいで僕は友達ができなくてさ。そんな時にこの目つきの悪い男が僕を助けてくれたんだよ」

　ガッシュフォードはハインスを睨む。

「誰が目つきの悪い男だ。友達ができないのはお前の女好きのせいだろ」

「に、睨むなよ……。あれは本当に嬉しかったんだからさ……」

「な、何かあったんですか？」

「聞きたいかい？　小羽ちゃん？」

「えーっと……」

　小羽はガッシュフォードをちらりと見る。

「どうせ長旅だ。話してやれ……ハインス」

　ハインスは少しは笑いながら話し始めた。

「僕の家が特殊だと言ったのはね。人の心が見える力を持った家系なんだよ。この力は代々一族に受け継がれていてね。ギラナダ王国の影の権力として実質的に国を動かしてきた。結局は人の心を読んでる訳でもなく。ただその人の思ったことが見える。これほど民の望む国造りや外交に便利なものはないだろう？　そうやってシュタイン家は王国にへばりついて血を絶やさなかった。アリスが僕を愛してくれるのはそのためなんだよ。力を持った者同士が子を作る。家族であろうが親兄妹かまわず力のためだけにね……。僕だってそうやって生まれてきたその一人だ」

「そ、それって……」

「そうだよ。近親での出産を繰り返して僕の家は権力を保ってきた。異世界者の小羽ちゃんでもおかしいと思うだろ？」

「い、いえ……」

「いいんだよ。遠慮しなくてもさ。どうせ僕には嘘はつけないんだから」

「す、すみません……」

「そうやって小さい時から教え込まれてきてるんだ。僕もアリスも何も疑わずその教えを守ってきたよ。だから周りにはいつも変な目で見られててね。学校でもよくイジメられていたよ……」

　　　◆◆◆

　あれは僕が七歳の頃だ……。

　その日も当たり前のように周りには陰口をたたかれて、同じクラスの少し背の高い子にイジメられててね。ケガをした僕の前に一人の男の子が現れて僕に言ったんだ。

「なぜイジメられて黙っている？　その力を使えばかわすことも逃げることもできるだろう？」

「痛たた……学校では力は使わないことにしているんだ」

「家の決まりか？」

「いや……。本当に心を見てしまえば……僕は耐えられないかもしれない……。人にどう思われてるかなんて知りたくはないんだよ……」

「このままイジメられ続けても文句はないと？」

「その方がまだマシだよ……」

　その男の子の冷たい視線が僕は少し怖くてね。まるで逆に心を見透かされているような感じだったよ。それでも気にかけてくれたことに僕は素直に嬉しかった。

　それからしばらくして学校で集めた寄付金が盗まれた事件があってね。学校は誰も名乗り出ない犯人を見つけるために全校生徒を広場に集めた。

　その広場で僕は先生に呼ばれたんだ。

「ハインス君。君のその力で犯人を探してくれないか？　あの寄付金はとても大事なものなんだよ。それに悪いことだってことは君にもわかるよね？」

　僕は先生に頼まれて全校生徒全員の心を一人一人見て回った。正直言うと迷ったさ。それでも先生に押し切られて僕はやらざるを得なかった。もちろん学校で力を使うのはそれが初めてだった。そして見たくもない心の中を見てしまった。

『気持ち悪ぃー。こいつとは友達になれねーな……』

『ハインス君。カッコいいんだけどな……。思ってること見られるのはちょっと……怖いし、嫌だな……』

『勝手に人の心を見るんじゃねーよ！　バーカ！』

『化物……』

　全校生徒の半分を見ただけで吐き気がするほど嫌になっていたよ。ほとんどの生徒が僕の悪口や学校への不満。僕はその場から逃げ出したかった。

　そして、あの男の子が冷たい目で僕に言ったんだ。

「私の心の中を見てみろ。もうお前も疲れただろう？」

「えっ？　……み、見るよ……？」

　僕は彼が言った言葉の意味をわからずに心の中を見た。

『私を犯人にしろ。これ以上自分を苦しめるな』

　僕は彼の心を見て驚いたよ。そして、僕を庇ってくれた人は初めてだった。動揺する僕を見て先生がその男の子に言ったんだ。

「君が盗ったのか？」

「はい。私が盗りました。すみませんでした」

「ガ、ガッシュフォード君。ちょっと来なさい……」

　ガドは先生に連れていかれてね。結局、犯人は誰かわからなかった。

　次の日からはガドがイジメの標的になってね。泥棒だなんだとののしられ殴られていた。僕はそれを遠くで見ているしかなかった。それは毎日のように続いてね。さすがにこれ以上は見ていられなくなった僕は裏庭に倒れているガドにそっと近づいて聞いたんだ。

「ガ、ガッシュフォード君……。な、なんで犯人になったの？」

「……っ。痛てて……。私は犯人じゃない」

「だ、だって……」

「お前の顔を見ていただけでお前の心は見えた。あれ以上続けていたら自分の心が壊れてしまってただろう？」

「あっ……」

　僕は思わずその場で泣いてしまったよ。凄く嬉しくてね……。心配してくれたこと。庇ってくれたこと。それよりも何よりも僕の本当の心を見てくれたことにね。

　そして気づいたんだよ。全体の心を把握するには力はどうしても必要だけど、一人の人間の心を見るのに力なんていらないってね。

　それから、僕はガドと一緒にイジメられることにしたんだ。でも僕は力を使い、それを全て跳ねのけた。大切な友達を守るためにもう自分を偽るのを止めたんだ。

　それからガドとはずっと一緒にいたよ。だんだんと学校も楽しくなってね。いつも三人で未来を語り合っていたんだよ……。

　　　◆◆◆

「だからガドには感謝しているんだ」

「そんな風だったか？　少し話を盛ったのではないか？」

「えーっ？　そうか？　そのままだと思ったけどな……」

　話しを聞いていた小羽はある疑問をぶつける。

「お、王様……。さ、三人って？」

「小羽ちゃん。今は同じパーティーメンバーだろ？　そんな堅苦しい呼び方しないでくれよ」

「あっ。す、すみません……えーっと。ハ、ハインスさん……」

「あぁ……。なんかいいなぁ……。久しぶりにかわいい子に名前で呼ばれた気がするよ」

「かかか、かわいくはありません……」

　――こ、こんなイケメンにかわいいとか言われると恥ずかしい……。で、でも嬉しい……。

　ガッシュフォードが顔を赤くする小羽を見てため息をする。

「……ハインス。マリーの話をしてやれ……」

「あぁ。三人って言ったのは僕とガドとマリーっていう女の子。マリーローミット。僕たち伝説のパーティーの一人だよ」

「そうなんですか……それで。そのマリーさんは―――」

　小羽は言いかけて止めた。

　以前、ギニスに言われた言葉を思い出したからだ。「もう一人……。生還を果たせなかった女性が一人おられました……」と。おそらくその女性とはマリーのことだと察した。

　――あっ……。マリーさんはもう……。わ、悪いこと言っちゃったかな……。

　うつむく小羽をよそにハインスとガッシュフォードは昔話に盛り上がっていた。

「だからあの時はガドが悪いんだろ？　あれじゃあ。マリーだって泣くだろ」

「泣かすつもりで言った訳じゃない。マリーが泣き虫なだけだ」

「言い方ってものがあるだろ？　ん？　小羽ちゃん……どうしたの？」

　無邪気にマリーの話をする二人を見て小羽は驚いた表情を見せる。

「い、いえ……。マリーさんって……」

　ガッシュフォードは眼鏡を片手で直した。

「マリーはちゃんと生きている。魔王と共にな……」

「そうだな……。そろそろ会えるな……」

　少し遠くを見る二人を見て小羽はそれ以上は何も言えなかった。小羽はこの二人の楽しそうな会話を聞いてわかっていた。

　かけがえのないものを見つけた二人の出会いを聞いただけで、マリーとの出会いや過ごした日々もかけがえのないものだったはずだと。

　小羽は小窓から空を見上げた。

　雨はいつの間にか止み。空には大きくてきれいな虹がかかっていた。

　――きれいな虹……。あの上を歩けそうなくらい大きい……。

「ハインス……」

　ガッシュフォードが窓の外を見て口を開いた。

「どうした？　ガド」

「アヴドゥ―スーの里に寄ってもいいか？　長老に話したいことがあってな……」

「別にいいけど……。昨日あれからニルとどうなったんだよ？」

「どうにもなってない」

「本当に素直じゃないな……ガドは」

「お前にだけは言われたくはない」

　ハインスはため息をつき、馬車の御者に行き先を伝える。それを見た小羽はハインスに尋ねた。

「どこかに寄って行くんですか？」

「ガドが彼女との結婚の相談を長老に報告するんだってさ」

「だ、誰が彼女だ！　長老に挨拶するだけだ。あまり余計なことを言うな……」

「そ、そんな冷たい目をするなよ」

　突然。馬車が大きく揺れた。大通りのわき道にそれた馬車は悪路を進み始めた。

「小羽ちゃん。エルフってわかるかい？」

「エルフですか？　な、なんとなくですけど……」

「今からエルフの里に行くんだよ。あの虹の下にアヴドゥ―ス―の里が現れる。滅多に虹もお目にかかれないからね。まぁ……タイミングとしては悪くない。エルフは虹の精霊と呼ばれていてね。とても特別な存在なんだよ」

「エ、エルフって本当にいるんですかっ？」

　その質問に二人は目を丸くしていた。そしてハインスが笑う。

「あははっ！　いいねーっ。その新鮮な反応！　なぁ？　ガド」

「ふっ……」

「ふ、二人して……。わ、笑わないでくださいよっ！」

「ごめんごめん。本当に異世界者は面白いな」

「あ、あの……」

　ハインスは小羽の唇の前に人差し指を立てた。

「天は小羽ちゃんと同じ異世界者だよ。そんなに気になるかい？」

「こ、心を見たんですか……」

「見なくてもわかるさ。小羽ちゃんはわかりやすいからね」

「ハインス。あまりからかうな。……一色小羽。天は今。ギラナダ騎士団が探し出して連れて来る。近いうちに会えるから気に病むな」

「あ、会えるとか……。そ、そんな……」

「ガド……。からかってるのはお前だろ？」

「からかってなどいない。事実を話したまでだ」

　ハインスは頭をかく。

「小羽ちゃんは天が好きなのかい？」

「す、すす好きとかそんなのじゃ……。ありません。ただ……」

「ただ？」

「そ、その人には助けてもらったお礼をしていないので……」

　ゆっくりと馬車が止まり、御者が叫んだ。

「ハインス様。アブドゥースーの里にお着きになりました！」

　馬車を降りた三人の目の前は何の変哲のない場所だった。ただ、そこには不自然にも一部分だけの濃い霧の塊があった。

「こ、これは何ですか？」

「一色小羽。ここがアヴドゥ―ス―の里への入り口だ。行くぞ」

　ガッシュフォードは迷わず霧の中に入っていく。ハインスもその後をついていった。一人残された小羽は霧の前で戸惑っていた。

「さ、先に行かないでくださいよっ！　も、もうっ！」

　小羽は一人、霧の中に入る。

「ど、どこですか？　ガッシュフォードさん？　ハインスさん？」

　見渡す限りの白い闇の中、小羽は二人にずっと呼びかけていた。だが、小羽の声には何も反応はなかった。暗い洞窟や森ではないものの、先の見えない不安が小羽を襲う。

　――やだ……。こ、怖い……。

　その時。小羽の頭に何かが当たった。

「きゃーっ！　ごめんなさい！　ごめんなさい！」

「痛っ！　ちょっとあんたっ！　どこ見てんのよっ！」

「えっ？―――」

　――あ、あれ？　何か聞こえたけど……。わぁー……。きれい……」

　気がつくと視界は開けていた。小羽の目の前には生い茂る木々。見たことのない大きい植物やきれいな実をつけた木。薄い霧に包まれたその幻想的な風景は小羽の想像していた通りの場所であった。

「ここにエルフが……」

　周りを見渡す小羽に誰かが話しかける。

「ちょっと！　無視しないでよっ！」

　小羽はその声に気づき、キョロキョロと周りを見渡す。だが、誰もいない。

　――あれ？　声は聞こえるのに誰もいないな……。気のせいかな？

「あんたね……。いい加減にしてよね……」

「また聞こえる……。う、うわあっ！」

　小羽は目の前に現れたものに驚いていた。

　ちょうど小羽の顔くらいの大きさ。虫のような羽。尖った耳に緑色のきれいな長い髪。そして、かわい過ぎる程の大きな緑の瞳。そう。目の前にはエルフ。一目見ただけで小羽は気づいた。

　そのエルフは怒った表情を崩さなかった。

「あんたね。ぶつかっておいて無視するなんて最低よっ！　人族のくせに生意気よっ！」

「か、かわいい……。きゃーっ！　かわいいっ！」

　小羽はそのエルフを見て興奮していた。想像通りの姿。大きさ。そして、かわいさ。その全てが小羽の想像通りだった。そして、怒った顔もまたかわいいと小羽は夢中になっていた。

「ちょっと！　聞いてるのっ！」

「お、お人形さんみたい……」

　そのエルフに小羽はゆっくりと両手を伸ばした。

「こ、このっ！」

　そのエルフは小羽の指に噛みついた。

「い、痛っ！」

「へへーん。このナズ様をバカにした罰よ！」

「そこまで痛くはないけど……。ナ、ナズ？」

「あれれ？　効いてない……？」

　小羽はナズと名乗ったそのエルフを優しく握って顔の近くで凝視していた。

「本当にかわいい……。ヤバい……。ナズちゃんって言うんだ？」

　デレデレした顔をする小羽の目の前でナズは深いため息をついて一言。

「あんた。何しにアヴドゥ―ス―に来たのよ？」

「あっ……。ガッシュフォードさんとハインスさんは？」

「はぁ？　……ガッシュフォード？　あんた今ガッシュフォード様って言った？」

「えっ？　うん。し、知ってるの？」

「知ってるも何も知らない訳ないじゃない。アヴドゥ―ス―を救った伝説の大賢者よ？」

「へぇー……。ガッシュフォードさんってやっぱり凄いんだね」

　ナズは手からすり抜けて小羽の周りを飛び回った。そして顔の前で腕を組む。

「それで？　あんたはガッシュフォード様の何なの？」

「私はパーティーとして一緒に冒険してるんだけど……。霧の中ではぐれちゃって」

「あんたが？　全然弱そうなんだけど……。大体、あんた魔力ないじゃん」

「魔術は使えないけど……。こ、これなら」

　小羽はナズに魔導筆を見せた。ナズは相変わらずの強きな態度で腕を組んで小羽の前を飛び回る。訝しげな目つきで小羽を舐め回していた。

　――ほんとに弱っちそうな子。ナズでも勝てそうだよ。しかも武器が魔導筆って……あれ？　これって……この子。もしかして……。

「あんたさぁ？　もしかして緋翠？」

「えっ？　こ、小羽だけど……」　

「このは？　聞いたことないんだけど。伝説のパーティーなんじゃないの？」

「ぜ、全然違う。今朝から冒険してるから」

　ナズは残念そうな顔で小羽を見る。ガッカリ感はその態度や言動にも表れていた。

「はぁ？　伝説のパーティーじゃないの？　それで？　どこに行くつもりなの？」

「えーっと……。ガッシュフォードさんが長老っていう人に会いに行くって言ってたけど……。どこかわかる？　よかったら案内してくれると助かるんだけど……」

「わかるけど。なんでナズが案内しなきゃならないのよ！　勝手に行けばいいでしょ？」

　ガサガサ―――

　―――ビクッ！

　小羽とナズは同時に草むらの音に驚いた。

「な、何？　今の？」

「ナ、ナズに聞かないでよ……。最近。アヴドゥ―ス―にもモンスターが出るって噂聞くけど……。ま、まさかね……」

「モ、モンスター？　こ、怖いこと言わないでよ」

「あ、あんた冒険者なんでしょ？　怖がってどうするのよ！」

　二人が騒いでいると草むらから大蛇が首を出した。草むらから顔だけ出した大蛇はチロチロと舌を出して二人の様子を伺っていた。

「で、出たっ！　どどど、どうしよう……」

「ただの蛇じゃん。あんた本当に弱っちいのね。ガッシュフォード様と冒険してるっていうから凄いやつかと思ったじゃん……」

　その時。二人の背後に大きい影が近づいていた。それに気づいた小羽は後ろを振り返った。

　そこには見たことのない化物の姿。頭は凶暴な牙を持った狼。体は固そうな甲羅ような皮膚。尻尾は蛇革のような模様で身の丈は小羽の倍ほど。「グルルル……」と涎を垂らし、唸り声をあげたモンスターが立っていた。

「ほ、本当に出た……。こ、怖い……」

「あ、あんたっ。な、何とかしてよ……。キャーっ！」

　突然。後ろの大蛇がナズに絡みつく。小さい体をグルグル巻きにされたナズはそのまま身動きがとれなくなった。

「ナ、ナズちゃん！」

「た、助けて……。く、苦しい……」

　小羽の足はガクガクと震えていた。ナズの苦しそうな声を聞きながらその場に立ち尽くすことしかできずにいた。