第六話 全てが見えるセカイ

 小羽とガッシュフォードの二人はGMAの中央広間から転移魔術によりギラナダ王国の城下町へと移動した。

 そして、小羽はその人の多さに驚いていた。二人の前を見たことのない種族が当たり前のように通り過ぎていく。


 ギラナダ王国―――


 この地域全体を統括しているこの世界でも比較的大きい統治国家である。国王であるハインスシュタインの政策により、人族のみの統治の古い体制を廃止して様々な種族を集めた。それによりギラナダ王国は急速に発展を遂げ、近隣の諸国がこぞってギラナダ王国に心服し、列を連なり始めた。

 そして、ギラナダ周辺に街を建設し、種族の差別をないものとして商売や交易、それは物だけではなく技術や魔術など各地の良いものを制限なく取り入れた。その結果、ギラナダは自由な王国として人々から指示を受けた。人が集まるギラナダの城下町は黙っていても発展する仕組みを作りあげていた。


 その中央にあるのがハインス城。それを囲む城下町は毎日のように賑わいを見せていた。


「す、凄いですね……。こんなにたくさんの人が……」


「そうだな。ギラナダはいつも人が多くて私はあまり好きではない」


「あ、あの飛んでいる人は? モ、モンスターじゃないんですか?」


「あぁ。獣人族か。ギラナダはかなりの種族が集まる王国都市だ。いろいろな種族がここには集まる。似ているようでモンスターではない」


「い、いろんな人がいるんですね……」


「国王のハインスは人族だけだった王国を他の種族にも分け与えた。それこそがギラナダが発展したきっかけにもなっている。ここは本当に自由な場所だ。遊びに来た訳でもないが、何か見たいものはあるか?」


「い、いいんですか? でも……」


「遠慮しなくてもいい。冒険しているのだ。時には休息や娯楽も必要だ」


「がくえ……。ガ、ガッシュフォードさんって意外と普通なんですね?」


「どういう意味だ?」


「学園にいる時はいつも怖い顔をしてたので……。お、お仕事だから仕方ないと思いますけど……」


「学園には秩序が必要だ。何も言わなくても態度で人を動かすのも時には必要なのだ」


「冒険する時は違うんですか?」


 目を丸くするガッシュフォードは突然笑い出した。


「ふっ……。あははは」


「ど、どうしました? 聞いちゃいけなかったでしょうか?」


「……いや。すまん。私と共にいたパーティーはあまりにもふざけた連中ばかりだったからな。少し思い出すと思わず笑ってしまう……」


 ガッシュフォードの笑顔につられ、小羽も自然と笑顔になっていた。


「私は今のガッシュフォードさんの方がいいと思います。凄く素敵な笑顔に癒されます」


 ガッシュフォードはギラナダの空を見上げた。


「伝説のパーティーと呼ばれた我々は魔王を倒す前は最弱のパーティーと呼ばれていたのだ。当時は魔王討伐のため、物凄い数の冒険者がいた。その冒険者たちは初めは相手にもしてくれなかった。我々を笑い、蔑すんでさえいた。それでも諦めずに仲間を探した。そして、私たちは運命に引き寄せられるかのように出会った。その中で一番ふざけていた男がハインスシュタイン……。ここ。ギラナダの国王だ」


「どうして国王になったんですか? 皆に選ばれたのですか?」


「それは会えばわかる。いずれにしろ君が世話になったギニス氏の件はもう結果が出ているはずだ。それを確かめるためにここに立ち寄った。だからこそ命は大切にしてほしい。わかるな?」


「……はい」


 二人はギラナダの街の大通りを抜け城門の前で立ち止まった。小羽は大きなハインス城を見上げて口を開く。


「遠くからでも大きいのに……改めて近くで見ると本当に凄いですね……」


「派手好きのハインスの趣味だろう。では行こうか」


 兵士たちはガッシュフォードに敬礼をして何も言わずに城門を開けた。


 ガッシュフォードは当たり前のように城の中へと入っていく。それについていく小羽を城の兵士たちは不思議そうな顔で見ていた。


 ハインス城は中も広く廊下も長い。いくつもの階段を昇り、二人はようやく王の間の入り口にたどり着いた。大きくてきれいな扉を見つめる小羽。すると、突然かわいい声が廊下に響く。


「ガドお兄様っ!」


 長い廊下の向こう側から少女が走り寄ってきた。そしてガッシュフォードに抱きつく。


「アリスか。大きくなったな」


「うふふ。もう十四歳になりましたのよ。ガドお兄様? ハス兄にご用ですか?」


「そうだ。だが、久しぶりにアリスに会えて嬉しいぞ」


「アリスもガドお兄様に会えて嬉しいですわ。……このお方は?」


 かわいいドレスに身を包んだ少女はかわいい顔で小羽を見ていた。


「彼女は私の冒険仲間だ。一色小羽。アリスはハインスの妹だ。挨拶を」


「あっ……。初めまして。一色小羽です……」


「初めまして……。アリスシュタインと申します。よろしくお願いしますわ」


 ドレスをつまみ、挨拶をするアリスは小さいながらも淑女としてのたしなみがあった。金色の長いサラサラの髪を後ろで結うアリスはきれいな宝石をたくさん身に着け、その宝石にも劣らない輝いた笑顔で小羽を見つめる。


 まるで絵本の中のお姫様のようなアリスに小羽は少し興奮していた。


「か、かわいいっ。本物のお姫様だ……。ア、アリスちゃん。よろしくね?」


「はい。小羽お姉様っ」


「お、お姉様?」


「アリスは気にいったらそういった呼び方をする。あまり気にするな」


「気にいってくれたの? アリスちゃん」 


「はい。小羽お姉様ならハス兄に会わせても問題ないと思いますわ。バカな勘違い女ばかりこの城に近寄ってくるので追い払うのに大変なんですのよ?」


「あはは。そういう意味で気にいられたのか……。よかったな。一色小羽」


「ど、どういう意味ですか?」


「会えばわかる。アリス。案内してくれ」


「はい。ガドお兄様っ」


 アリスは王の間の兵に語りかけた。そして、王の間の扉が開いた。


 王の間は金色に輝く装飾品やきれいな女性の彫刻など。まさに豪華絢爛であった。王座には一人の男と二人の色っぽい女性がいた。金色の長い髪の男は女性の肩に手をかけて楽しそうに笑っていた。それを見たアリスが王座に走り寄る。


「あなたたちっ! ハス兄から離れなさいっ!」


 その大きな声に驚いた女性たちが慌てふためいた様子で男から離れていく。


「ア、アリス! な、なんでここに! 今日はいないはずじゃ……」


 アリスは王座の男を睨み。その目に涙を溜めていた。


「ハス兄の浮気者ーっ! バカーっ! ……うえーん……」


 アリスはその場で泣き崩れた。それを見ていたガッシュフォードが王座に近づく。


「妹を泣かすな。このバカが……」


「おおっ! ガドじゃないか! まいったな……。今日、アリスは政務のはずだったんだよな。まさか帰って来てるとは思わなかったよ」


 ガッシュフォードが親し気に話し、アリスが睨んだその男こそがギラナダ王国を治めるハインスシュタイン国王。背も高くその整った顔。身なりもきちんとしてはいるが、どこか王の風格はなかった。


「ア、アリスちゃん……大丈夫?」


 小羽は何も知らずにその場に伏せるアリスの頭を撫でていた。


「うえーんっ!」


 泣き叫ぶアリスをよそにハインスとガッシュフォードはひそひそと話をしていた。


「おい……。ガド。誰だあの子?」


「私の冒険仲間の一色小羽だ。例の異世界者だよ」


「あぁ。あの子がね……。顔はかわいいけど……成長していないな。あれじゃあ、ダメだ」


「お前な……。胸で女の価値を決めるな」


「ばかやろうっ! 胸の大きさで決めているわけでは断じてないっ! 本当の価値は女性の柔らかさだっ! いくらガドでも許さんぞっ!」


「わかったわかった……。いいからアリスをどうにかしろ。うるさくてかなわん」


 呆れ顔のガッシュフォードの冷たい目にハインスはたじろいでいた。


「わ、わかったよ……。おーいっ! アリス!」


 ハインスが王座に座り、アリスを呼んだ。


「…………ぐすっ」


「アリス。いつものように僕に愛をくれないか? アリスの愛がないと僕は寂しくて仕方ないんだよ」


 ハインスの呼びかけにアリスが泣き止んだ。無言で立ち上がり、スタスタと王座へ近づく。そして、ちょこんとハインスの膝の上に座った。


 アリスは涙目でハインスを見つめる。


「ハス兄……。ちゅーして?」


 アリスはハインスの首に両手を回し、二人は長い口づけを交わした。何度となく口づけを交わした後。ハインスはアリスの頭を撫でていた。


「……ほら。アリスはもう大人だろ? 人前で泣いちゃダメだぞ?」


「だって……ハス兄が……」


「あいつらはただのメイドさ。僕が愛してるのはアリスだけだ。愛してるよ。アリス」


「アリスも愛していますわ……」


 王座でいい雰囲気で見つめる二人を見て小羽は恥ずかしくなっていた。


「ガ、ガッシュフォードさん。あ、あれは一体?」


「いつものことだ。気にするな……」


「き、気になるんですけど……」


 ――い、妹と、キ、キスとかするんだ……。仲良しなのはわかるけど……。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃう。


 ハインスはアリスを抱きしめながらガッシュフォードと小羽を眺めていた。その目は先程と違い、何かを見据えるように鋭かった。


 ――異世界者ね……。ガドが連れて来るぐらいだしな。ちょっと見てみるか……。


 ハインスは小羽に視線を送った。それに気づいた小羽はハインスと目が合った。


 ――きれいな顔……。イケメン過ぎてちょっと怖い……。


「……小羽ちゃんだっけ? イケメンって何だい?」


「えっ? あ、あの……。どうして……」


 隣に立つガッシュフォードは小羽に呟く。


「ハインスと目を合わせると心が読まれる。お前なら普通にしていれば問題はないだろう。あいつに嘘はつけないと思え」


「は、はい」


「あははは。小羽ちゃん。天が気になってるのか?」


「そ、そら? ど、どういうことでしょうか?」


「ハインス。一色小羽は天と一度会ったきりだ。それにおそらく名前も知らずに一緒にいたのだろう。あまり混乱させるな」


「ガド。この子は天に会いたいらしいぞ? 久しぶりに五人で冒険でもするか?」


「それは構わないが……。天がどこにいるのか定かではない」


 膝の上のアリスが心配そうな顔をハインスに向ける。


「ハス兄。……冒険に行くの?」


「ん? 今のは冗談さ。だが、必要があれば行ってもいい。今はその必要がなくなっただろ? そんな顔するな。かわいい顔が台無しだぞ?」


 ハインスはアリスの頭を優しく撫でる。


「はい。全てはハス兄たちのおかげですわ。ハス兄……。愛しています」


「よしよし……。ところで小羽ちゃん。色魔導は楽しいかい?」


「え、えっと……楽しいとかはわかりませんけど……。何か凄いことをしている気がします……」


「そうか。緋翠と同じタイプだと相当な使い手になれそうだな。だが……この世界に疑念があるな。そんなに元の世界に帰りたいのか?」


「か、帰れるなら帰りたいです。私がこの世界にいるとダメな気がします……」


「……どういう意味で言った?」 


 ハインスは急に顔つきを変える。その真面目な顔は王の風格を漂わせていた。


「な、なんとなくですが……。か、勘みたいなものです」


「ギニスという男の死に関係しているとでも?」


「は、はい……ぐすっ……」


 小羽の頬を涙が勝手に流れていた。


「ハス兄。女の子を泣かしたらダメですわよ?」


「泣かした訳じゃない……。小羽ちゃんが自分の境遇を認めただけの話だ。でもアリス。小羽ちゃんがそれを認めたのは素晴らしいことなんだよ? 

 そうかそうか。うん……。大体は把握した。ガドが連れて来る訳だな。小羽ちゃんは純粋そのものだな。まるでアリスのようだ」


「小羽お姉様は信用できるお方です」


「そうか。アリスのお墨付きなら大丈夫そうだな」


「ハインス……。それくらいにしておけ……」


「あぁ……。では順番に説明しよう。小羽ちゃん。よく聞くように」


「ぐすっ……はい……」


 ハインスはアリスを抱き上げ、膝から降ろした。そして、小羽の側に歩み寄る。ハインスは小羽を見下ろして口を開いた。


「明日、ガドと一緒に緋翠に会いに行け。その時は僕も一緒に行こう。緋翠にお願いしたい用事もできたからな。今日はこの城に泊まるといい。こちらで手配しておく。……おいっ!」


「はっ!」


 一人の兵士が慌ただしく外に飛び出していった。


 ハインスは長い髪をかきあげて、小羽に顔を近づける。そして、耳元で囁いた。


「小羽ちゃん。魔族と関わりを持ったことはあるかい?」


「ま、魔族? い、いえ……」


「ハインス! どういうことだ!」


「……ガド。お前には後で説明する。ないならそれでいい。この女の子をゲストルームへ連れていってくれ。特別な客だ。丁重にな」


「はっ!」


 ハインスは王座に向かって歩いていた。二人の兵士が小羽の側に近寄り、出口へと促すも小羽はハインスの背中を見て意を決したように口を開く。


「あ、あのっ! ひ、一つだけ聞いてもいいですか?」


 ゆっくりと振り返るハインス。


「あぁ。何だ?」


「い、命を取り戻すことは可能なんですか?」


 小羽の質問にハインスは真面目な表情を見せる。


「死んだ者を生き返らせるという質問でいいのか?」


「は、はい……」


「不可能を可能にするのが君たち異世界者だ。本気で成し遂げようとしたいなら君が本気になるしかない。この世界に何を求めているか知らないが……。夢を見るのは自由だ。それを実現するのもだ」


「ふ、不可能ではないということでいいのですか?」


「あははは……。これだから異世界者は面白い。ならばやってみせろ。心に嘘がないのならな。アリス。せっかくだから小羽ちゃんに城の中を案内してやってくれるかい?」


「はい。では、行きましょう。小羽お姉様」


 小羽はアリスと共に兵士二人の護衛付きで王の間を出た。


 王の間ではハインスとガッシュフォードがひそひそと話をしていた。


「ガド。さっきの話だが。学園に魔族が侵入している可能性がある。随分とぬるま湯に浸かっているのではないか?」


「ば、馬鹿なっ! 学園に張った結界を突破できる魔族などいるわけがない! そんなはずはない……」


「確信はない。しかし、小羽ちゃんの思念の中に無意識に闇の精霊の存在がある。まだ彼女は精霊の存在すら知らないはずなのに、心にはそれがある……。おかしいと思わないか? それとも……僕が嘘を言っているとでも?」


 ガッシュフォードは眼鏡を直した。


「……すまん。私の奢りだった……。……認めるよ。お前に見えないものはないからな」


「謝られても今さら遅い。だが、タイミングは悪くない。その魔族は相当なキレ者だな。封印の更新の儀に合わせてきたのだろう。それと例の種の件だが……」


「わかったのか?」


「あぁ。魔族の血が入っていた。それも魔王クラスの血だ。その種は体内の魔力を吸って成長する特殊な種だそうだ。それに抗って彼は命を落とした……」


「なんだとっ! 魔王クラスだと! 何が目的だ!」


「落ち着けよ。ガド。そこまではさすがにわからない。僕が直接そいつを見るしか方法はないだろうな。おそらくは学園の生徒か教師の誰か。……とにかく。人族の体に乗り移っている可能性がある」


「ゆ、融合か……。それなら結界は通り抜けられる……。誰だ……一体」


「今は泳がしておいてもいい。そいつも更新の儀までは目立つ行動もしないだろう」


「ふー……。異世界者はどうしてこうも魔族を呼び寄せるのだ……」


「まぁ。そう言うな。だが、こうなっては天と緋翠の力を借りるしかないぞ?」


「…………。緋翠は問題ない。天が今どこにいるか……。あいつはすぐに居所を変える。五神を追いかけているとはいえ、探すのは容易ではないだろう」


「僕は緋翠の方に問題あると思うけどね。マリー以外に緋翠を動かせるやつがいるのか?」


「そう思って一色小羽を連れてきた。これは緋翠のためでもあると思ってな」


「まぁ、よほどのことがない限りは大丈夫だろうが……。念のために緋翠と天はいた方がいい。天の捜索は騎士団にやらせる。……おいっ! ルアスバーグをここに呼べ!」


「はっ!」


 兵士が急いで王の間を出ていく。王の間はハインスとガッシュフォードの二人だけになった。


「すまん……ハインス」


「別にお前のせいじゃないだろ? 逆にこのタイミングで小羽ちゃんを連れてきたのは正解だ。その辺の勘は鈍ってないようで安心したよ」


「……ハインス。一色小羽に何を見た?」


「……マリーと同じものを感じたよ。純粋無垢というかなんというか。それでいて意思が強い。この世界にまだ疑念はあるけどね。まだ確実とは言えないけど……。この世界を認めることができればこれから目覚めるのではないのか? やたらと感性が豊かだ。それに勘も悪くない。これだから異世界者は不思議でしょうがないよ……」


 突然、王の間の扉が開き、ルアスバーグが現れた。


「ハインス様。お呼びでしょうか?」


「ルアスバーグ。騎士団を使い、天の捜索を今すぐ頼む。できるだけ早い方がいい。必ず連れてこい。いいか? 必ずだ!」


「はっ! 命に代えて連れてきますっ! それでは今すぐにでも出発いたします!」


「頼んだぞ」


「はっ! 失礼します!」


 ルアスバーグはかけ足で王の間を出ていった。


 ハインスは顔つきが緩み、両手を高く上げ、「んー……」と体を伸ばした。


「さてと……。僕も出かける準備をしようかな……」


「ふっ……。もう冒険者の顔だな?」


「そう見えるか? だいぶ落ち着いてきたんだけどね。ギラナダも抱えている問題が山積みで国王もストレスが溜まるんだよ。たまには外で息抜きでもしないと肩が凝ってしまう」


「お前は年中息抜きしてるだろう」


「アリスの手前、そうでもないぞ? 今頃は女子同士楽しくやってるだろ。僕たち大人は大人同士、楽しみ方があるだろ? 近くにいい店があるんだ。静かで良質の酒も多い」


「お前……。女に会いたいだけだろう?」


「たまには付き合えよ。騎士団の就職先の件の相談もしたいと思っていたところだ」


「それなら仕方ないな……」


 ハインスとガッシュフォードは城を出て城下町の高級酒場へと向かった。ハインス城のすぐ近くの大通りから一本裏の狭い通りにそれはあった。ハインスは迷わずその扉を開く。薄暗くもきらびやかなその酒場には美しい女性たちが並んでいた。


「ハインス様っ。いらっしゃいませっ」


 一斉に声を揃えてお辞儀する女性たち。


「今日もみんな最高にきれいだよ。どれ……」


 ハインスはその中の一人の女性のお尻を撫でる。


「キャーっ。ハインス様のエッチっ!」


「あまりにも美しいお尻だったからつい触ってしまったよ。君の美しさだけで今日は酔えそうだよ。……僕の隣に来てくれるかい?」


「は、はい……。喜んで……」


 その傍若無人ぶりは普通の男ならありえないだろう。


 ハインスの地位。整った顔。それと汚れの知らない少年のようなその行動。

 そして、心の中を見る力。数多くの女性はそんなハインスに簡単に落ちる。それは王になる前も同じだった。それこそがアリスを悩ませる元凶だった。


 二人は奥のVIPルームへと案内された。席についたハインスの隣には先ほどの女性。その向かいにガッシュフォードが座った。


 それと同時に店のママであろう美しい女性がVIPルームへと現れた。


「ようこそ……。ハインス様。ガッシュフォード様。お久しぶりです」


「ここは居心地が良いからね。また来てしまったよ。ニルも後でおいでよ。久しぶりに一緒に飲んでくれてもいいだろ?」


「はい。それでは後ほどお邪魔させてもらいます。ごゆっくりおくつろぎください……」


 ニルは青く長い髪を尖った耳にかきあげておじぎをしてその場を後にした。


「ハインス……。なぜ彼女がここにいる?」


「いたらダメなのかい? ギラナダは魔族以外の種族は何をしようが良い決まりだ。ニルは一人でここまでの店を作ったんだ。後で褒めてあげるといいよ。喜ぶと思うけど?」


 ガッシュフォードはタバコを取り出した。そして火をつけた。


「ふぅー……」


「魔術以外でタバコを吸うなんて珍しいな。僕にもくれ」


 ガッシュフォードはテーブルの上のタバコを差し出す。


「ここは落ち着かない。ま、まさか……わざとここに連れてきたのか?」


「ふぅー……。前にここに来た時、ニルに頼まれたんだよ。ガドにお礼がしたいって。何回お礼を言っても足りないってな。そこまで言われちゃ連れてこない訳にはいかないだろ?」


「お礼ね……」


 ガッシュフォードは吸いかけのタバコを灰皿に押しつけて消した。

 


 ―――――――――


 

 ギラナダ城内を案内された後、小羽はアリスの部屋にいた。その部屋は一つのお屋敷のような広さでかわいいぬいぐるみがたくさん置かれていた。


「アリスちゃんのお部屋。す、凄いんだね? それにかわい過ぎる……」


「そうかしら? ハス兄のいない部屋なんてつまらなくて少し広いだけですわ。それより小羽お姉様。天お兄様のことが好きなのですか?」


「アリスちゃん? そ、その……そらって誰なの?」


「先程。一度お会いしたことがあるとガドお兄様が言っておられましたわ。ハス兄たちと一緒に魔王を倒した勇者様ですわよ?」


「ゆ、勇者様……? 私……会った覚えはないけど……」


「そうですわね。パッと見は頼りない幼い男の子といった感じですわ。でも一度ひとたび伝説の剣を抜けば男らしく、優雅でとても素敵なお方です……」


「伝説の剣……? ……あっ! もしかして……」


 小羽は顔を赤くした。それには理由があった。


 突然とはいえ、抱きかかえられたこと。そのことは小羽にとって照れくさくも異性を意識させた行為だった。男に免疫のない小羽にとって天の行動はやむを得ないとはいえ、恥ずかしくも照れくさく、天を意識させていた。


「小羽お姉様? 顔が赤いですわよ? 何かあったのですか?」


「な、何にもない! 何もされてないっ!」


「うふふ。小羽お姉様はかわいいですわね」


「ア、アリスちゃんも……。もしかして心が読めるの?」


「少しだけですわよ。でも……こんな力なんて必要ありませんわ……」


 アリスは悲しそうな表情で目をそらした。


「ア、アリスちゃん?」


「な、何でもありませんわ。それより……聞いてくださいまし。小羽お姉様。ハス兄ったら―――」


 アリスがそのことを誤魔化したことは小羽も気づいた。


 だが、それを言えずに小羽はアリスと共に恋の話やハインスに対しての想いを永遠と聞いていた。


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