第五話 線が繋ぐセカイ

 学園の中央広間に呼び出された小羽が告げられたのは魔王を倒した伝説のパーティーの一人であるガッシュフォードとの冒険の始まりを告げるものだった。


 小羽は全生徒の見守る中。その声を震わせ、ガッシュフォードを見上げた。


「わ、私……冒険とかしたことなくて……。そ、それに……何もできません……」


 ガッシュフォードは小羽を見下ろし、眼鏡を直す。


「冒険をしたことがないのは認めよう……。だが、何もできないというのは認めない。君はできないのではない。何もしていないだけだ」


 その言葉は小羽の心に響いた。


 無論、小羽もこの世界に来て以来、何もしようとしなかったわけではない。魔導工学科の授業もちゃんと聞いて理解をしようとしてはみた。だが、魔術という根本的な概念のない小羽にとってそれは理解し難い内容であった。そして、聞いたことのない言葉を当たり前のように使う。それが何なのかもわからず、周りに聞くことすらできなかった。


 なぜなら。この世界に知っている者もおらず、学園にも友達が一人もいなかったからだ。そればかりか、異世界者の小羽を皆が腫れものを触るように接していた。


 異世界者と呼ばれる者が忌み嫌われる理由は実に単純であった。この世界では魔力自体が生命力と考えられている。魔術を使うための生命力、それが魔力である。つまりは魔力を持たないこと自体、生きていけないということと同等と考えられていた。

 加えて、突如として現れた魔族たちは魔力のない異世界者に敏感に反応する。魔力を持たない者や魔力の弱い者に群がる。異世界者は魔族を呼び寄せる者として忌み嫌われており、この世界では近寄りがたい存在とされていた。


 ガッシュフォードはさらに追い打ちをかけるように言った。


「君がどういう経緯でこちらの世界に来たのかはわからん。だが、それでも来てしまった以上は何かをするべきではないのか? 私の知っている異世界者は君のように何もせず黙っていた連中ではなかった」


 小羽は何も言い返せなかった。そして下を向いた。


「君がこの世界で一人果てるなら誰も文句は言わない。だが、彼の死に対して少しでも負い目があるのならこの筆を受け取るべきなのでは?」 


 ガッシュフォードは古びた筆を差し出した。


 それは何の変哲もない古い筆。さぞ使い古されたように見えても毛先には塗料や墨の形跡もついていない。ただただ毛先だけが真新しい古い筆だった。


「こ、これは……」


「この筆は魔導筆という。君が彼から受け取るはずだったものだ」


 ――ギ、ギニスさんの筆……。


 小羽はゆっくりとその筆を受け取った。そして、涙を流した。


「ううっ……。ギニスさん……」


「その涙が嘘でないのなら証明してやれ。私は君と同じ異世界者からあることを学んだ。それは人の想いだ。おそらく、その筆には彼の想いが残っているだろう。長年、色魔導を習得しようと努力した年月はその磨り減った筆菅を見ればわかる。

 それに……彼はその筆を息絶えるまでずっと抱きしめていたそうだ。自らの想いを君に託そうと守り通した……」


 ガッシュフォードは眼鏡を直し、小羽を見つめる。


「……後はもう君の意志の問題だ」


 小羽はその筆を強く握りしめた。そして、涙を拭った。


 ぐるりと校舎を見渡したガッシュフォードは呼びかけた。


「生徒諸君。皆にも同じことが言える。この学園で学び、各々が目的を果たすために日々努力しているのは聞いている。その中で個々の能力に差が出るのは仕方のないことだ。だが、誰かを想って何かをしたいという想いに差などはない。時にそれは魔力以上のものになりうる。それを今から証明しよう」


 ガッシュフォードは小羽の頭に手を置いた。


「あ、あの……?」


 見上げた小羽をよそに何かを唱えた。


「これでよい。私の声がこれで聞こえるはずだ。これは君の脳に直接話しかけるテレパス魔術という。スカーレット家で君には色魔導の素質があるとかないとか話をしていたそうだな?」


「そ、それはギニスさんが言ってました……」


「……ふむ。色魔導とは魔術を形にするものだ。とは言っても君は何も知らな過ぎる。少し横暴だが実践でノウハウを学んでもらう。……アレク君。ゴーレムを二体出してくれ」


「ゴ、ゴーレムをですか? が、学園長……」


「そう言ったはずだが?」


「わ、わかりました……」


 アレクサンダースは白衣の中から古びた本を取り出した。パラパラとページをめくり、その手を止める。そしてその場に置いて少し離れた。


 そのページには『あやつりの巨人きょじん』と書かれていた。


 アレクサンダースが何かを唱えると本が光り輝く。その本を中心に竜巻のような風が起こる。それは閃光を放ち、アレクサンダースの白衣をバタバタと揺らしていた。やがてはその本の側に土色の石像のようなものが二体。その本に載っている姿とは見た目は少し異なるも、大きくも気味の悪い石像は紛れもなく生きていた。石と石が擦り合うような奇妙な音を立て、辺りを見回していた。


「ご苦労。アレク君。その図鑑は実に便利だな」


「い、いえ。そ、それより……どうなさるおつもりですか?」


「後は下がっててくれ。このゴーレムを彼女に倒してもらう」


「そ、そんな! 魔導筆だけでは不可能ですよっ」


「できなければそれでよい。できたのならそれはまたそれでよい……」


 淡々と話すガッシュフォードは小羽に目を向ける。


「では始めるぞ。一色小羽。今から君にこのゴーレムを二体、倒してもらう。全ては私の言った通りに動けば問題はない。後は君に立ち向かう勇気があるかどうか……。彼の死を無駄にするかどうかだ」


 小羽は自分の倍以上あるモンスター二体を前に足が震えていた。自然と握った筆に力が入る。だが、ギニスの魔導筆を握った小羽は何かを感じていた。


 ――こ、こんな大きなモンスター二体なんて私にできるわけ……。でも、この筆から感じる安心感はなんだろう……。何か温かいものが私の中に流れてくる……。


 一体のゴーレムが小羽に気づき、大きな太い腕を振り上げた。そして、小羽の頭上へとその腕を勢いよく振り下ろした。


 ―――ガキィンッ!


 小羽の頭上には大きい魔方陣。それはゴーレムの太い腕を弾き返した。


「一色小羽。ボサッとしていると死ぬぞ」


 ガッシュフォードが手を下ろすと魔方陣はゆっくりと消える。


「こ、怖いです。あ、足が震えて……」


「……。では、その筆で足を動けるようにしろ」


「ど、どうやって……」


「魔術とはイメージを具現化したものだ。色魔導も原理は同じだ。君は動いている絵を描けないのか?」


「か、描けますけど……。ど、どうやって描いたらいいんですか! 絵の具もないのにっ!」


「えのぐ? 何のことかわからんが自分の足にそのイメージを描いてみろ。次は庇ってやらん。自分でどうにかしてみろ」


「あ、足に? そんなことしたって……」


 ゴーレムは再び腕を振り上げる。小羽は筆を握り、その場に立ち尽くしていた。


「一色小羽! やるんだっ!」


 無情にもゴーレムはその太い腕を振り下ろした。辺りは大きく揺れ、土煙が舞い上がる。何も見えない中央広間は静寂に包まれ、ゴーレムの関節がきしむ音だけが聞こえていた。


 その土煙が引くと中央広間の地面にゴーレムの腕がめり込んでいた。


 ガッシュフォードは瞬き一つせずにそれを見つめる。


 静寂に包まれた中、アレクサンダースが口を開く。


「が、学園長……。か、彼女は?」


「見ての通りだ」


「み、見ての通りって……。ま、まさか……」


「大変なことが起きたようだ……」


「…………」


 アレクサンダースは言葉を失った。学園長の命令とはいえ、ゴーレムを出したのは自分。責任を感じ、その場に座りこんで呆然としていた。


 その様子を中央広間の時計台の向かいの窓から見ていたネリスがため息を漏らす。冷静な態度で視線をガッシュフォードを向ける。


 ――恐れていたことが起きたようね……。ガッシュフォード。さすがね……。この結果をわかってて特別授業を……。


 そして、魔導術式科の一人の男子生徒が叫んだ。


「と、時計台の上に誰かいるぞっ!」


 皆がその言葉で一斉に時計台を見上げた。湧き上がる歓声はうなだれているアレクサンダースの目線を上に向けた。一度目をこすり、立ち上がって思わず叫んだ。


「が、学園長っ! 一色君がっ!」


 ルメール一高いその上は風が強く、小羽はバタバタと揺れるスカートを一生懸命抑えていた。


 アレクサンダースは時計台を見上げたまま呟く。


「す、凄い…。あの一瞬であんなところまで……。い、一体どうやって……」


「アレク君。驚くべきはそこではない。まぁいい。一色小羽。そこから降りてきなさい。次だ!」


 ガッシュフォードの声が小羽の頭の中に響く。そして、小羽はスカートを押さえながらも持っている筆を見つめていた。


 ――す、凄い……。この筆……。こんなことができるの? とっさに足にバネを描いてジャンプしたけど。こんな高いところまで。


「一色小羽。早く降りてきなさい!」


 ――お、降りてこいって言われても……。た、高いし怖いよ……。それに……スカートがめくれちゃう……。い、今みたいにこの筆でどうにかできるのかな?

 ちょ、ちょっとだけ試してみようかな……。


 小羽は四つん這いになり、恐る恐る時計台の屋根の端へと移動する。屋根の端から壁にかけて何かを描き始めていた。


 ――線が見える……。絵の具も無いのになんで描けるの? キラキラしたきれいな線……。こ、これが色魔導ってやつなの? 


 小羽が筆を止めるとゆっくりと屋根から足を伸ばした。不格好ながらも小羽は時計台から降り始めた。


 その降り方にもそこにいた全員が驚いていた。


 空を飛んでいるわけでも屋根から飛び降りたわけでもない。小羽は時計台の壁を悠々と歩いていた。どこからともなく突如現れた赤いカーペット。それは時計台の屋根の端にゆっくりと現れ、ゆっくりコロコロと時計台の壁を転がる。その上を小羽は両手でスカートを押さえながら歩いていた。


 そして、全生徒からは喝采をもらっていた。


「あ、あいつ! すげーっ!」


「あれって魔術なの? あんなことができるなんて……」


 中央広間が盛り上がる中。小羽はゆっくりと地上へ足をつけた。その様子を見たガッシュフォードは少し口元が緩んでいた。


「一色小羽。今のは?」


「え、えーっと……。ハリウッドのレッドカーペットをイメージしたんですけど……。う、上手く描けて良かったです」


「何かはわからんが面白い……。これで色魔導の使い方がわかったな。次は攻撃だ。そこの手が抜けないゴーレムに何かしてみろ」


「な、何かと言われても……」


「この世界ではやらなければやられる。君が命を落としたいのなら別に構わないが?」


「で、でも……モンスターも生きているんですよね? い、命を奪うのはあまり好きじゃないです……」


「ではこのまま黙ってやられるのか?」


「そ、そんなこと言われても……」


「人が良いのも考えものだな……。だが、命を奪われれば終わりだ。モンスターはそんなことは考えてはくれんぞ」


 小羽は筆を握り、ガッシュフォードを見上げた。


「……。あ、あのっ!」


「何だ?」


「た、倒さないように倒すのはダメですか?」


「何を言っている。ふざけているのか?」


「い、いえ。この筆はモンスターにも描けるんですよね?」


「色魔導はこの世の全てがキャンバスだと言っていた。描けないものはないだろう。それが何か関係あるのか? 倒すと言うなら問題はない」


「わ、わかりました。少し試してみたいことが……」


 小羽は手を抜こうとしているゴーレムの側に恐る恐る近寄り、その手に何かを描き始めた。そして、感触を確かめるように腕を触ってその場を離れる。

 何かをしたのは確かなのであろう。その証拠に小羽が離れた直後、ゴーレムの手はあっさりと地面から抜けた。その勢いのまま後ろへとのけぞったゴーレムはフラフラした様子で再び小羽に襲いかかる。体勢を立て直したゴーレムはその腕を小羽めがけて振り回した。


「あ、危ないっ!」


 アレクサンダースの声もむなしく、ゴーレムの大きく太い腕は小羽の肩に直撃する。だが、その太い腕はいとも簡単に小羽に弾き返された。勢いよく弾かれたゴーレムは体勢を崩し、その場にしりもちをつく。

 

 それは誰がどう見ても不自然な光景であった。

 

 小羽は当たった肩を撫でながらゴーレムに近づく。


「ちょっとだけ痛かったよ……。でもごめんね? モンスターさん」


 小羽は倒れているゴーレムの足の裏に筆を突き刺した。すると、ゴーレムはどんどん萎み、どんどん小さくなっていく。やがては皮一枚だけになり、地面に落ちた。


 ――上手くできて良かった……。で、でもこれどうしよう。く、空気を入れたら元に戻るかな?

 

「一色小羽。もう一体は違う方法で倒せ。方法は任せる」


「わ、わかりました」


 近くにゆっくりと歩いてきたゴーレムを見た小羽は地面に何かを描き始めた。


 小羽の使っている魔導筆と呼ばれる筆は普通の筆と違い、塗料を必要としない。故に周りには何を描いているかわからない。描いている本人だけが見える光り輝く線は他人には見えない。なぜなら、描いている者の脳内のイメージを魔導筆がそのまま描写するからだ。そして、そのイメージ通りになるために一つだけ重要なものがあった。


 それは現実的であること―――。


 小羽にとって非現実的なこの世界は『なんでもあり』であった。壁を歩く。モンスターを風船にする。おそらくはこの世界の魔術が可能なことは全て実現できるのであろう。


 だが、脳内で認識したことのあるイメージを描写できるとはいえ、小羽はこの世界をまだ知らない。魔術を形にすると言われても本人は何ができて何ができないのかさえ知らない。 


 そして、色魔導を実現したことに未だに半信半疑だった。それを確かめるために小羽はあるものを地面に描いた。


 ――向こうの世界でのイメージがこの世界で通じるならいけるはず……。だ、大丈夫かな……。


「モ、モンスターさん。もう少し前。そ、そのまま……」


 小羽はその場所に誘い込むように少し後ろに下がった。そして、ゆっくりと近づいてくるゴーレムが腕を振り上げた瞬間だった。ゴーレムが一瞬で姿を消す。消えた場所の地面には小さな穴が開いていた。


 ギャラリーは唖然としていた。それを見ていたアレクサンダースはゆっくりと小羽に近づいた。


「い、今のは?」


「そ、掃除機というものです。あんな大きいの吸い込めるかなって思ったんですけど……上手くいったみたいで良かったです」


「そ、そうじき?」


 アレクサンダースは不思議そうな顔で呆然と立ち尽くす。


 色魔導は本来、生活のために存在していた。人族が作りだした魔道具としては最古のものとされている。魔族が現れ、長い年月を繰り返すうちに戦闘にも使われ始めた。だが、実戦ではあまり役に立つことはなかった。


 なぜなら、描くまでの時間稼ぎと発動の失敗が多かったからだ。戦闘では敵は待っていてはくれない。そのための時間稼ぎを仲間がしても色魔導の発動が失敗すれば命取りになる。それ故に実戦ではほとんど使われることはなかった。


 だが、それを現実的にしたのが緋翠であった。緋翠は描き上げるスピードが速く、さらに発想力が豊かであった。

 何よりも重要な発動の失敗がほとんどなかった。魔術に近いそれを息をするかのように操る緋翠の色魔導は戦闘向きであり、誰にも真似のできないものだった。


 ガッシュフォードは小羽にその緋翠を重ねて見ていた。


 ――こいつは予想外の成果だ……。緋翠にも劣らぬスピードと発想力。異なる点があるとすれば一色小羽には殺意がない。これでは魔族には効果は薄い。だが……。これでもう迷う必要はなくなった。一色小羽を魔族に渡してはならない。早く緋翠に会わせなければ……。


 中央広間では事態を飲み込んだ生徒たちが小羽に拍手を送っていた。ほぼ全生徒が小羽の成長を見届け、その実力を素直に認めた。


 鳴りやまない拍手と喝采を聞きながら少しうつむき照れる小羽をネリスは凝視していた。


 ――まぁ。いいでしょう。あの子が色魔導を使えたとしても緋翠ほどの脅威はないわ。今は放っておいても問題はなさそうね……。


 小羽は鳴りやまない拍手の中。周りを見渡す。


 そこにはこれまでにない景色があった。今までは腫れものに触るように接してきた学園の生徒たちが興奮して拍手する姿。その光景に恥ずかしくも嬉しさを覚えていた。


 突然、ガッシュフォードは叫んだ。


「諸君っ!」


 その言葉は一瞬で中央広間に静寂をもたらす。ガッシュフォードは静かに話し始めた。


「この一色小羽はこの世界に来てまだ間もない異世界者だ。だが、皆も見た通り、魔力も持たない彼女は上級モンスターのゴーレムを二体倒した。これは彼女が受け取った筆の持ち主への想いが形になったものだ。能力は関係ないとは言わん。だが目的があればこそ、君たちの力は発揮される。次の昇級試験……皆の想いの力を期待している。これにて特別授業は終わる。以上だ」


 その言葉と同時に一時限目終了の鐘が鳴り響いた。


 生徒たちは鐘を聞いて静かに自分の席に戻る。


 そして、ほぼ全生徒の顔つきが変わっていた。クラスCの生徒でさえもいつもとは違う表情を見せていた。

 おそらくは小羽の影響であろう。何もできなかった異世界者が自らの意思で目的を果たした。それはこれまで自信のなかった生徒たちに希望を与えていた。


 これこそがガッシュフォードが特別授業と豪語した意図するところであった。優越がはっきりとつけられるGMAでは途中で諦める生徒も出始める。現に各科ではクラスCの生徒たちは落ちこぼれと陰口を叩かれるなど、様々な問題が起き、頭を悩ませていた。

 

 そして、ガッシュフォードは小羽を利用し、特別授業を行った。色魔導が実際使えるかどうかは半信半疑ではあったものの。ギニスの筆を見たガッシュフォードは相当の熟練者の筆だと確信していた。使い古された筆ならどこにでもある。だが、ギニスの筆を受け取った時に感じた魔力。それを感じ取ってわかっていた。おそらくギニスは色魔導士としては一流であったであろうと。そして、その彼が見抜いたのであれば一色小羽は間違いはないだろうと。


 本当に何もできなかった生徒が人の想いで成長する。これを見せるだけで十分だった。


 しばらくすると他の先生たちもその場を後にし、小羽はガッシュフォードと二人だけになっていた。


 中央広間に残された小羽はギニスの筆を握り、涙を流す。


 ――ギニスさん……。ぐすっ……。私は……。


 泣いている小羽を見下ろすガッシュフォードが静かに口を開いた。


「それでは出発しよう……。学園を出れば私は君と同じ冒険者だ。助けてはやるが、何が起きるかはわからない。君を守ってやれないかもしれない。……この世界は命が一つしか存在しない。それを守るのも消すのも全ては自分次第だ。君は人の想いを使うのが上手い。今の君の姿を見れば彼もその筆を託して良かったと思っているはずだ。それを忘れるなよ?」


「はい……学園長。ぐすっ……」


 ガッシュフォードは少しだけ顔が緩み、優しい目で小羽を見つめた。


「ガッシュフォード……。私の名前はガッシュフォードだ。一緒に冒険をするのだ。私はもう学園長ではない。仲間としてよろしく頼むぞ?」


「はい……。ガッシュフォードさん」


「では行こうか。手を……」


 差し出された大きな手のひらに小羽は手を乗せる。それは小羽に安心感を与えていた。小羽は初めて会った時から、鋭くも冷たい目をしていたガッシュフォードにずっと馴染めずにいた。学園長として一人の大人として、常に凛とした態度は近寄りがたく怖かった。


 そのガッシュフォードの優しい眼差しと笑顔に小羽は笑みを浮かべ涙を流す。


 その涙を見られないように手を取った小羽はずっとうつむいていた。


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