第三話 友達のいるセカイ

 その日の授業が全て終わり、小羽とクワナは二人で学園の外を歩いていた。


 GMAからルメールの街まではさほど遠くない。見慣れない葉をつけた街路樹は永遠と街まで続いていた。


「ほ、本当にいいのかな? 無断で学園の外に出ても……」


「ププッ……。小羽。ビビり過ぎだって。寮の生徒は外に出ちゃダメなんて決まりないでしょ? そんなのでいちいち許可取ってたら面倒臭いじゃん」


「だったらいいけど……。あ、あの……」


「ん? 何?」


「ど、どうして私を誘ったの?」


「もしかして迷惑だった?」


「……ううん。嬉しかった……」


 笑顔だったクワナが顔をしかめる。


「小羽さぁ? あいつらにイジメられてるでしょ?」


「あ、あいつらって……。サランさんとネーブルさん?」


「……うん。小羽が来る前はさぁ。私がイジメられてたんだよね……。生意気だって言われてさぁ。前回の昇級試験もクラスSになれそうだったのに邪魔されたりもして……。同じ境遇だから声かけた訳じゃないんだけど。やっぱり気になっちゃって」


「クワナさん……。ク、クワナもだったんだ……」


「うん……」


「そ、そんな風に見えなかったから意外……」


 小羽から見たクワナの印象は魔導工学科でもいつも明るく振舞っている元気いっぱいのかわいらしい女の子だった。ボーイッシュな短めのオレンジ色の髪はその印象に合っていた。そんな彼女がイジメられていたことに小羽はこの世界に悲しさを感じてうつむいた。クワナは小羽とは逆に空を見上げ、ポツリと呟いた。


「でもさー……。私はそういうのあんまり気にしないんだよね。あの二人だっていろいろあるだろうしねー……」


 何気ないクワナの言葉に思わず小羽の本音が口から出ていた。


「強いね……。クワナ」


「ん? 私が?」


「う、うん。凄く心が強い……。羨ましいな……」


「そ、そうかなぁ? 何も考えたくないだけかも……。あっ! あれが私のお家のお店。スカーレット魔導具店だよっ」


 話をしながらも二人はすでに街の中に入っていた。周りは学園の生徒たちから買い物袋のようなものを持った家族連れや中年の女性に様変わりしていた。街の大通りにはたくさんの人が行き交い、ルメールの街は賑わいを見せていた。


 クワナが指さした先にひときわ大きな建物があった。小羽は看板に目を凝らす。


 ――スカー……レット……魔……導具……店…………えっ!


「あ、あれ全部なのっ?」


「うん。お家は裏側だけどね。どうせならお店の中見てみる?」


「いいの? 見たいけど……」


「じゃあ、行こっ!」


 店の中に入った二人にすれ違う従業員たちが頭を下げる。


 クワナが口ずさんでいた音楽が店の中で流れて続けていた。物凄い量の商品はきれいに並べられ、お客さんとみられる人々がそれを手に取っていた。

 二人は広い店内を見回る。小羽は見たこともない商品にただただ驚くしかなかった。


「どう? 何か気になる物あった?」


「も、物が多過ぎて何を見ていいのかわかんなくなるよ……」


「そっかー。ギラナダ店はもっと大きいんだよ?」


「ギ、ギラナダ?」


「ギラナダは王国の名前だよ。そして、ここはギラナダ王国のルメール地方。首都のルメール。小羽は学園から出たことないんだもんね。そういうのもわかんないか……」


「ルメール……。そ、そのギラナダっていうのはルメールよりも大きいの?」


「こんなとこ比べものにならないよ。私はパパに会うためにたまに行くけど凄過ぎだね。王国都市としては二番目くらいに大きいんじゃないかな? 他の王国に行ったことないからわかんないけどね。いろいろ教えてあげるよ。行こっ!」


 小羽はクワナに手を引かれ、店の奥へと進んでいく。警備員とみられる男たちに見守られながら、クワナは裏口のドアを開ける。目の前には大きな屋敷。お洒落なレンガ造りの屋敷だ。


「す、凄いね?」


「そう? ここが私のお家ね。行こっ」


 屋敷の玄関にはこれまた警備の者が立っていた。クワナに気がつくと無言で玄関の扉を開いた。


「うわぁ……。凄い……」


 小羽は思わず声を漏らしていた。それもそのはずだ。クワナの家はとても大きく、広い玄関から見える正面の階段は西洋の城を思い出させる。きれいなカーペットにきらびやかな照明。小羽はテレビや映画でしか見たことのない光景に唖然としていた。


 玄関脇には執事とメイドが立ち並び、一斉にお辞儀をする。その中の年老いた白髪の執事がにこやかにクワナに話しかける。


「おかえりなさいませ。お嬢様。……そちらのお方は?」


「この子は……。と、友達。あのハーブティーごちそうしたいから持ってきて。それと適当にお菓子もね」


「お、お嬢様がお友達を……。わかりました。この不肖。ギニス。スカーレット家のバトラーとして最高のおもてなしをさせていただきます……」


「ふ、普通でいいって……。それにお嬢様はやめてっていつも言ってるじゃん」


「そうもいきません。先代から仕える私にとってはスカーレット家の方々は命の大恩人にございます。一人娘であるお嬢様をお名前でお呼びするなんてとても……」


「はぁー……。別にいいけど。行こっ。小羽」


「う、うん……」


 クワナは少し照れくさそうに正面の階段を上がった。小羽はクワナの後ろをついて行く。


「なんかゴメンね? お家に人連れてくるの久しぶりだからさぁ。なんか張り切っちゃってて……。ちょっと恥ずかしい……」


「ううん。クワナのお家って凄いんだね?」


「凄いのかな? ずっと住んでるからわかんないや。ここが私の部屋だよっ。どうぞっ」


 二階には数多くの部屋があり、見分けがほとんどつかないほどだ。その中の一つのドアをクワナは開く。


「わぁ……。かわいいお部屋……」


 小羽が驚くのも無理もない。一人の部屋にしては広く、女の子らしいかわいい色の壁紙と家具。大小のかわいい人形。小羽が思い描く本物のお嬢様の部屋そのものだった。


「パパの趣味なんだってさぁ。別に女の子らしくなくてもいいんだけどね」 


 クワナはソファーに座り、カバンを置いた。


「小羽も座って。今、ギニスがお茶とお菓子持ってくるから」


「う、うん。なんか……おとぎの国に来たみたい……」


「おと……ぎのくに? 何それ?」


「なんて説明したらいいかな……。かわいい夢の世界みたいな」


「そんな世界があるんだ?」


「想像の世界だよ。私からしたらこの世界も同じようなものだから……」


「……小羽って異世界者なんでしょ?」


「うん……。そう言われてるみたいだけど……」


「小羽のいた世界ってどういうとこなの? 実はちょっと興味あるんだよね」


「どうって言われても……。うーん……。モンスターとかはいない世界かな? あと、凄く便利な世界? 何て言ったらいいんだろ。上手く説明できないかも……」


「モンスターがいないんだ? 平和な世界ってこと?」


「うん。平和と言えば平和かな……」


「ふーん。便利って魔術とかで?」


「ま、魔術は使えないけど、魔術みたいなものはたくさんあるよ。スマホとかパソコンとか……」


「スマホ? パソコ? 魔導具みたいなもの?」


「まぁ……そんな感じかな。それだけでいろいろなことができるから便利だよ」


「えー。なんか面白そうだね? 何か新しいものができそうな予感……。

 うーん―――」


 クワナが唸り声をあげて一人考え込んでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「失礼いたします。お茶をお持ちしました」


 ドアを静かに開け、ティーカートと共にギニスが部屋に入る。突然のことに小羽は緊張していた。執事に会うのも初めての小羽にとっては当然のことだ。困り果ててクワナに目を向けるもどこか様子がおかしかった。


「ク、クワナ。あれ? クワナ?」


 クワナはピクリとも動かずに目を閉じていた。それを見てギニスは口を開く。


「おやおや……。お嬢様は創作中ですか。失礼ですが……お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「わ、私……小羽と申します。一色小羽です……」


「では、小羽様。お砂糖はどういたしますか?」


「え、えーっと……。クワナ? クワナっ」


 小羽は困った顔でクワナに助けを求めるもクワナは目を閉じてブツブツと何やら呟いていた。


「お嬢様は創作意欲が沸くと他のことは何もいたしません。お砂糖はお一つがよろしいでしょう……。小羽様。こちらはササダミを使った焼き菓子にございます。どうぞ……」


 小羽の前にはいい香りのお茶と美味しそうな焼き菓子が並べられた。


「あ、ありがとうございます……」


「お嬢様はせっかく小羽様をご招待差し上げたのに……本当に申し訳ありません」


「い、いえ。クワナっていつもこうなんですか?」


「まぁ、いつもではありませんが……。先代やお父上の血を引いているのでしょう。創作には随分と熱心でございます。時に……小羽様。お嬢様と仲良くしていただき、恐縮ではありますがスカーレット家に代わりましてお礼を申し上げます」


 ギニスは深々と頭を下げた。


 その姿はまさに紳士の代名詞とも言える立ち居振る舞いを見せていた。言葉遣いもさることながら、時折見せる温かい心遣いに小羽は安心感を覚えていた。


「い、いえ。私の方こそ……こんなにしてもらって申し訳ないくらいです」


「勿体ないお言葉でございます。お嬢様は小さい時に母親を亡くしておられます。お父上も忙しく家にほとんどおられません。いつも寂しい思いをしておられたのでしょう。それでよくお一人でこうやって考え込む癖がついてしまったのです」


「わ、私はこちらの世界に来て……どうしていいかわからなくて……。クワナにお家に遊びに来てって言われた時、凄く嬉しかったんです。だ、だから……こちらこそ仲良くさせてもらえたらなって……」


「ぜひとも、お嬢様をよろしくお願いいたします。……小羽様は異世界者でしたか。それでは心細いでしょう。どうしてこちらの世界に?」


「それが……全然わからないんです。気がついたらこちらの世界にいました。あ、あの……。か、帰る方法とかあるんですか?」


「……それを申し上げても?」


 ギニスは少し顔をこわばらせた。顔を見ればその答えはわかってしまうほどだ。


 それでも小羽は返事を返した。


「は、はい」


「今のところその方法はないでしょう……」


「そ、そうですか……」


「ですが……。それを試しているお方がおられると聞いたことがあります。あくまでもお噂ですが……」


「そ、その人は誰なんですか?」


「魔王を倒した伝説のパーティーの一人。緋翠様でございます。ですが……少々変り者と言うか、皆からは奇人と呼ばれております。お噂しか聞かないので実際はどうなのかは定かではありませんが。良いお噂を聞いたことは……」


「ま、魔王って……。ほ、本当にいるんですか? い、今はどうなんですか?」


「七年前に突如現れた伝説の勇者様。お嬢様の通っているGMAの創設者であるガッシュフォード様。今のギラナダ王国の国王であるハインス王。そして……その緋翠様。もう一人……。生還を果たせなかった女性が一人おられました。その五名のおかげで今は平和な世の中になりました。このルメールの街を見ればおわかりになると思われます」


「が、学園長がその魔王を倒したんですか?」


「はい。その後にGMAを創設したと聞いております。その伝説と呼ばれるパーティーに異世界者がおられるとか……。そのお方に聞けば何かわかるかもしれません」


「そ、その異世界者は誰なんですか?」


「そこまでは存じ上げておりません。申し訳ありませんが、これまでのお話はあくまでもお噂ですので、全てを鵜呑みになさるのはどうかと。それよりも小羽様……せっかくのお茶が冷めてしまいます。遠慮なさらずに召し上がってください」


「は、はい……。いただきます」


 小羽は豪華なカップを口に運んだ。


「お、おいしい……」


「お気に召していただけて喜ばしい限りです。それではごゆっくり……。何かありましたら遠慮なくお申し付けください。それでは失礼します」


 ギニスはティーカートを引いて部屋を出ていった。小羽はもうひと口お茶を含み、美味しそうな焼き菓子を口に運ぶ。


 ――向こうに帰る方法を試している人か……。魔王を倒すぐらいの人だから凄い人なんだろうな……。その人に会えないかな。学園長ならその人のこと知ってるよね。聞くだけ聞いてみようかな。でも教えてくれるかな……。それに学園長って冷たそうで怖いし……。それにしてもこのクッキー美味しいな……。


 小羽が二枚目の焼き菓子に手を伸ばそうとした時だった。クワナが突然、目を開き立ち上がる。


「きったぁああーっ!」


 小羽がその声に驚き、手を止める。そして、互いに目を見合わせた。


「プッ……。ごめん。ちょっとヤバいの思いついた! 紙とペンっ!」


 クワナはカバンから無造作にノートとペンを取り出した。


「そ、それどうするの?」


「へへーん。頭の中のイメージを忘れないように書いておこうと思ってさぁ」


 クワナは熱心にノートに文字を書きいれる。突然、ペンが止まり、小羽に視線を送る。


「……私さ。絵が下手なんだよね……。あまり見ないでくれない? 恥ずかしいから……」


「ご、ごめん。でも絵だったら私描こうか? どんな感じ?」


「描けるの? んーとね。こんな感じ」


 クワナはさらさらとペンを走らせた。ミミズの這ったような絵は何を描いているか不明だ。小羽はそれを見て口を開く。


「ペンとノート貸してくれる?」


「うん。はいっ」


 小羽はクワナからペンとノートを渡され、模写を始めた。


「こう?」 


「そこはもっと丸くてもいいかな……」


 クワナのイメージを聞きながら小羽はノートにペンを走らせていた。


「んー……。こんな感じかな」


 小羽はペンを置き、クワナにノートを見せた。


「う、上手いっ! 上手過ぎだよっ! 凄いっ!」


「そ、そんなことないよ。これは何する魔導具なの?」


「これはね。脳内通信装置。簡単に言えばテレパス魔術を魔力無しで可能にする装置ってところかな。耳にこれをかけるでしょ? そしたら脳内の電気信号を魔石の魔力で言葉に変換して、相手の脳内に電気信号として送るでしょ? それで……」


「む、難しくてわかんないよ。クワナ」


「そう? 魔力の弱い人達は通信手段が限られてるからさぁ。これで遠くの人と話をすることができるってわけ。魔術科や魔導陣形科の人たちはそういうの習ってるみたいだけど、魔工科や魔導学科はどうしても魔力が弱い生徒が多いからね。不安定な魔力はすぐに途切れたりするって聞くし。洞窟や深い森の中は魔力伝達が不安定になるみたいだし」


 ――ケータイの電波みたいなものなのかな……?


「そっか……。私の世界では当たり前に使ってたけど……。ここではみんなが使えるわけじゃないんだね」


「えーっ! そういうのあったの? 小羽の世界は凄いんだね?」


「うん。でもそうやって言われるとやっぱり魔術に憧れるちゃうな……。私、小さい時に魔法を使う女の子のテレビに憧れてた……。魔法を使えれば何でも思い通りになると思ってたんだぁ……」


「そういえばさぁ? 小羽ってなんで魔工科に入ったんだろうね? 最初に来た時に何か言われた?」


「ううん……」


 小羽はこの世界に来た時のことを思い出していた。その前の記憶は普通にあるものの、この世界に来た理由や経緯に関してはやはり思い出せずにいた。


「気がついたらこっちの世界にいて。学園長に会って。寮に案内されて……。朝にアレクサンダース先生と一緒に教室に行っただけだから……」


「そっかぁ……。魔術使ってみたい?」


「う、うん。使えるなら……」


「じゃあさぁ? 魔工科でクラスS取っちゃえばいいよ。クラスSの人は他の科に移ることもできるんだよ。GMAは実力さえあれば四つの科を進んでいけるんだよ?」


「でも私……。この世界のこと、よく知らないし……。な、何もできない……」


「そ、そんなことないよ。小羽だって頑張れば……」


 うつむく小羽にクワナは何も言えなくなっていた。向こうの世界の話をする小羽は普段の様子と違っていたのをクワナは肌で感じていたからだ。自分の世界を楽しそうに話す小羽。それは寂しさの裏返しだとクワナはわかっていた。

 クワナ自身が創作を始めたのは父親に構ってほしかったからだ。いつしかそれは寂しさを紛らわすためのものになり、魔導具屋の娘として夢中になっていた。

 その寂しさを知っているからこそクワナは言葉を失った。


 少しの無言の後に部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「失礼いたします。お茶のおかわりをお持ちしました」


 部屋のドアが開き、ギニスが新しいお茶とお菓子を乗せたティーカートを引いて近づいてきた。クワナの様子を伺うギニスはにこやかな表情で話しかける。


「お嬢様……。創作はお済みになられたようですね?」


「まぁね。小羽の世界にはもうあるみたいだけど完成したらこれは売れるよーっ」


「それはそれは……。さすがはお嬢様です。拝見してもよろしいですか?」


「うん。ギニスにも見てもらおうと思ってたんだーっ」


 クワナはノートを開き、ギニスに手渡した。


 実はこのギニス。先代から仕えていた時から創作魔導具の目利きをしていた。今の代のウォン・スカーレット。クワナの父親であるウォンの創作にも携わり、売れ筋の魔導具の目利きは一流であった。幼い頃からそれを見てきたクワナも創作が終わると誰よりも信用してギニスに見てもらい、アドバイスや意見をもらっていた。


「ほう。こ、これは……」


「どう? ギニス?」


「……これは売れるでしょう。ですがコストの面で一般の方は手に入れるのは難しいかと。それに希少な魔石が必要と思われます。輝銅きどうの魔石が主になるでしょうな……ここらではあまり目にしない魔石です。西のロスト砂漠あたりに多い魔石です」


「やっぱり? 私、その辺はまだ詳しくないからなぁ。もう少し勉強しないとなぁ」


「お嬢様……。それよりもこの絵はお嬢様が?」


「ん? それは小羽に描いてもらったんだよ。凄いよねー。上手過ぎだよね?」


「ク、クワナ……。そんなことないって」


 ギニスはノートを食い入るように見て小羽へ真剣な眼差しを向ける。


「小羽様……。この技術は向こうの世界で身につけたものでらっしゃいますか?」


「えっ? は、はい。私、小さい時から絵を描くのが好きでずっと美術部で絵を描いてました。な、何か変でしょうか?」


「い、いえ……。変だなんてとんでもございません。…………これは色魔導の基礎を熟知しておられるかと……」


 ギニスの言葉にクワナが反応した。その驚きようは少し大袈裟にも見える。


「い、色魔導っ? う、嘘でしょ?」


「いえ。お嬢様。これは紛れもなくそちら側の技術であります。わたくしも若い頃は色魔導士に憧れておりました。ですが、恥ずかしながら発動に時間もかかり、なおかつ、あまり絵も得意ではありませんでしたから……」


「ギニス。パパのコレクションの魔導筆使ったら怒られるかな? もし小羽に色魔導が使えるなら学園どころの話じゃないよ? ダメかな?」


「さすがにそれは不味いかと……。わたくしの使っていた筆ならございます。一度試されてみますか? 小羽様。お時間はございますでしょうか?」


「え……っと。寮のご飯の時間がありますので。そろそろ……」


「そうですか……。では次の機会にいたしましょう。それまでにこちらで魔導筆もご用意いたしておきますので」


「そうだね。……でも異世界者って能力高いよね。魔王を倒したパーティーにも異世界者がいるんだもんねー。凄いなぁ……」


「ね、ねぇ? クワナ? い、色魔導って何?」


「あっ。そうだね。小羽はわからないか……。実は……私もあまり詳しくないんだよね。ギニスは説明できる?」


「ええ。そうですね……簡単に言えば描いたものを使うといいましょうか……。魔術は詠唱速度と魔力の強さがものを言いますが、色魔導は魔術そのものを絵に描いて表現するのです」


「え、絵を描いただけで魔術が使えるんですか?」


「はい。そして、魔力は必要としません。まだ魔導具がこの世になかった大昔に高名な魔導士が筆に魔力を込めたのが始まりだとか。ですが……。相当の熟練者でないと色魔導は操ることができないと言われています。今日では使える者はほとんどおりません。先程、お話しました緋翠様が現存する唯一の色魔導の使い手と言われております」


「す、凄いことができそうですね。わ、私にできるかな?」


「それを試すためにまた遊びに来てよっ」


「いいの?」


「当たり前だよっ。友達でしょ?」


 小羽は久しぶりの感覚に少し胸が踊った。友達を作るのが苦手な小羽はあまり友達がいなかった。それでも、学校で部活動をする中で少しずつ友達ができていった。美術部では友達がいるがクラスではいつも一人。小羽にとってはクワナが初めての同じクラスの友達となった。


「うん。ありがとう……クワナ。友達としてまた遊びに来るね」


「な、なんか照れくさいからやめてよ。そ、そうだ。このお菓子持っていってよ。ギニス。これ全部包んであげて?」


「かしこまりました。お土産は別にございますが、こちらもお持ちになりますか?」


「は、はい。お、お願いします。これ凄く美味しかったので嬉しいです」


「小羽様はとても良いお方ですね。どうかお嬢様と仲良くしていただけると……」


「や、やめてよ。ギニス……」


 ギニスは少し笑いながらテーブルの上を片付け始めた。


 小羽はたくさんのお土産を手にクワナの家を出た。荷物が増えた小羽をペガサスの馬車が出迎えていた。初めて見るペガサスに小羽は興奮していた。


「か、かわいい……。ほ、本当にいるんだ。ペガサス……」


「じゃあ、小羽。また明日学園でねっ」


「うん。いろいろありがとう。また明日ね。ギニスさんもありがとうございました」


「いえいえ。お嬢様のお友達の小羽様です。またお越しください。それでは出発させます。丁重に送って差し上げなさい」


 小羽を乗せた馬車は空に舞い上がった。気がつくと、クワナとギニスの姿はとても小さく、小羽は馬車の窓から外を眺めていた。


 ――す、凄い……。私、空飛ぶ馬車に乗ってる。本当におとぎの国に来たみたい……。


 少し夢心地な小羽が眺めていた外の景色に学園の時計台が見えてきた。


 GMAの中央広間にある時計台はルメール一高い建造物だ。その時計台の周りを小羽を乗せた馬車がゆっくりと回っていた。


 そして、中央広間に降り立った。


「お着きになられました。足元にお気をつけて……」


「あ、ありがとうございました」


 小羽は馬車を降り、ペガサスの背中を優しく撫でた。


「ありがとう。ペガサスさん」


 小羽は空を飛んだ感動とクワナとギニスに優しくされた感動を胸に空へと飛び立つ馬車を目を輝かせて眺めていた。


 その表情はまるで、おとぎの国から帰ってきて幸せに暮らした絵本の中の少女のようだった。


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