第9話 帰還
これで全てが終わった。俺はもう勇者になりきる必要は無いだろう。後、俺が一番最後にやるべき事は、『ここから帰る』事だ。
帰る方法は一つ。この世界の何処かにある神界への扉カナンズゲートをくぐる事。
その扉は俺の力でさえも無理矢理こじ開ける事は出来ず、この世界に入る為に扉を置いた神本人でしか開く事は出来ない。
しかもその本人が、既に扉を通り神界へ帰っている場合、扉も消滅する。つまり、俺は次の神が此処を訪れる以外帰る方法は無くなると言う訳だ。
まぁ、そうならない事を祈りながらとりあえず王国へ帰るか。
俺は魔王消滅後、仲間を連れて王国へ帰った。
王国に帰ると、特に祭とかは無く、案外静かで、いつも通りの国があった。
王へ報告に行こうと王の間の扉を開く。すると王の前に立ち、王と話している男が、入り口扉の方をぱっと振り向き、俺の方へ全力で走って来た。
「うおおおお!カオス先輩!チィーーッス!」
「お前は……」
何処かで見た事があるような無いような、先ず俺の名を知っていると言う事は、同じ神界にいた神か?
男は頭を上げ、俺に馴れ馴れしく話す。
「カオス先輩!マジ探しましたよ〜まさか勇者となって魔王消しちゃうとか、流石やる事がぱねぇっすねぇ!」
俺は男の顔を見て今思い出す。こいつの名は、運を司る神テュケーだ。
「お前は……テュケーか?」
「おっと!そう運を司る神と言ったら俺っちの事!テュケー様だぁ!」
「相変わらずだな。で?俺を探していたのか?」
「そうそう!……いんや特に用は無いんすけど……いやぁ!魔王を消した勇者!その名をカオス!って聞いて、まさかと思って飛び付いて来たんす!」
「あぁ、そうか。用が無いのなら、俺はお前に用がある」
「ワォ!?先輩が俺っちをまさかの指名!?俺っちも……先輩の役に立てる時が来るとは……!生きてきてこんなに最高な日は無いっすよおおぉ!」
テュケーは突然俺の目の前で四つん這いになり、号泣する。
「ったくうるせぇ野郎だな……」
すると俺の後ろで待っていたウラノスが、テュケーに聞こえるくらい声で苛つきを見せる。
その声を聞いたのか、テュケーは何事を無かったかのようにすぐに立ち直り、耳を澄ます。
「んんん!?オイオイ、今俺っちの事を馬鹿にした雑魚は誰かなぁ?はーい!もう一回大きな声でぇ?」
テュケーは、ウラノスを下から覗く用に耳をウラノスの口元に傾ける。
「うるせぇっつってんだろうがチャラ男がっ!さっきから耳障りなんだよ!少しは黙る事も出来ねぇのか?あぁ!?」
「ぎゃあああっ!鼓膜破れるじゃねぇか!半裸野郎が!」
ほう?テュケーがここまでブチ切れるのは神界でも見た事が無い。なかなか面白そうだ。少し様子を見ているか……。
「へっ!運を司る神だぁ?神如きが俺の声で鼓膜が破れるってよ!さてはてめぇ下っ端だな?」
「おおぉ?神様相手に下っ端呼びとは、良い度胸してるじゃん!?」
「おうよ!俺はそこのカオスにだって喧嘩売った事あるからな!まぁ、一瞬で負けたけどな!」
「ハハハハ!それで死ななかったのは、奇跡だな!お前は今俺の運によって命が助けられたって事か!」
「あぁ?てめぇぶっ殺されてえのか?運がなんだか知らねえが、カオスに勝てなかった分、次はお前を殺してやるよ!」
ウラノスは大剣を構え、テュケーを威嚇する。
少し空気が不味くなってきたな……テュケーに警告だけしておくか。
「テュケー!神界のルールは分かっているよな?」
「オーケー!忘れる訳ねぇだろ?一瞬で終わらせてやるよ!」
「ふざけてんじゃねぇぞコラァ!」
テュケーが俺にグッドサインを横目ですると、ウラノスが一気に間合いを詰めて来た。
「『お前はこの戦いに負ける』!イェア!これで勝敗は決まった!」
テュケーは咄嗟にウラノスに運命を言い渡す。これはテュケーの運命操作で、相手又は、物に対し幸運か悪運かを言い渡す事で、それがどんな状況で起こるかは分からないが、必ずその通りになる。
「うおおおお!って……うおっ!?」
ウラノスは、大剣を持ちながらテュケーに向かって走ると、テュケーに剣が当たる瞬間にバランスを崩す。そして、大剣に重心を持ってかれ、テュケーの足元に思いっきりうつ伏せに転倒する。
「あ〜れ〜足が滑った〜」
その直後、テュケーは足を滑らせる演技をし、後ろに転倒する勢いでうつ伏せになったウラノスを腹から蹴り上げる。
「ごふっっ!!?…………くっそ……」
ウラノスは、テュケーに蹴りあげられるとそのまま転がり壁に叩きつけられ、すぐに気を失った。
その光景にスピカが驚く。
「そんな!あのウラノスさんが、蹴り一発で気絶するなんて!それもなんて流れるような運命なの!?」
「イェア!目の前ですっ転んで、俺っちの蹴りは当たりどころが悪く、強烈な一撃による意識喪失!マジでここまで綺麗に行くとは思って無かったぜ!」
テュケーの言う通りになった。こいつの運命操作は絶対であり、実は俺もこいつと過去戦った事がある。
単なる力試しと言うと意味で神界で戦った際、テュケーは俺に『この戦いに意味は無い』と言い渡した。
そして、その戦いで何が起こったのかと言うと、最高神である俺がいくら力を使おうとも、『全て不発』だった。
つまり、運を操作するだけで直接攻撃が出来ないテュケーにとっては、単なる俺の不発する力を眺めるだけで、全く意味のない戦いになったのだ。
全く如何なる未来をどの様な形でも捻じ曲げる運と言う物は恐ろしい。
「流石だなテュケー。やはりお前の力は、最弱でもあるが最強でもあるな」
「マジかよ!先輩に褒められるっていくつ命があっても足りないくらい最高だぜえええ!!」
「さて、話を戻すか。テュケー、カナンズゲートは知ってるな?」
「当たり前じゃないすか!自分が開いて忘れる馬鹿なんていますか?」
「そうかそうか。なら今すぐでも良い。俺を神界に帰してくれ」
「オーケー!了解っす!此処っすよー」
テュケーは承諾すると、直ぐに玉座の後ろへ回り、玉座の背もたれから扉を開く。
「なんて所に扉置いたんだ……」
「扉が開く場所も全て運任せっす!いやぁ、此処から最初出てきた時は、とても重要な謁見途中でしてぇ、スパイかと間違われる所でしたー」
「そうか……じゃあこれでやっと帰れるな」
俺は扉に入る瞬間、仲間がこちらに走って来るのを見たが、無視してカナンズゲートに入った。
勇者ではない以上もう仲間達の馴れ合うつもりは無い。まぁ、今度は別の人間として此処を訪れてやるか……。
そうして俺は漸く、神界に帰る事が出来た。
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