2017年5月30日(火曜日)

「あ、これ、お土産」

 坂本先輩はそういって、赤福の箱を僕へ差し出した。

「ほんと、連絡取れないから、心配してたんですよ」

 僕は赤福の箱を受け取りながら言った。

 坂本先輩と土日の間連絡が取れなかったのは、なんのことはない、ただスマホを置き忘れて実家に帰っていただけだったのだ。

「そんな心配、俺みたいな野郎にしたって、しょうがねぇだろ」

 『関わると不幸になる』などという噂の全く似合わないむさくるしい巨体を揺らして、坂本先輩は笑った。


「とにかく、今日は僕がおごりますからね! もうなんでもかんでも、思う存分好きなだけジャンジャン注文してください!」

 僕は身を乗り出しながら言った。

「俺の方が年上なのに、奢ってもらっちゃって、いいのかねえ」

 坂本先輩は大きな背中を丸めて、筋骨隆々の太い腕でファミレスのメニューのページを繰りながら言った。

「いいんですよ! 今日は先輩の就職祝いですからね」

 僕がいうと、坂本先輩は、「あ、そう? じゃあもう遠慮なく、マジでジャンジャンいっちゃうけど」と答えた。

「いいですよ、ジャンジャンいっちゃってください! なんてたって、僕にはもう、無敵の財布がついてますからね!」

 僕はニヤニヤを止められずに言った。


「まあ、無敵つっても、だろ? そんなに無敵じゃないだろ」

「そうですけど、でも10万あったら、腹いっぱい食べられますよ」

 僕はそう言って、鞄から危うく換金し忘れるところだった宝くじと、僕にそれを知らせてくれた、アリガタイ汚れた新聞紙の切り抜きを取り出した。

「おお、それか、例のヤツ」

 坂本先輩はすでに換金済みの宝くじを手に取った。


 去年、宝くじ売り場に売られていた、2016年ゴールデンウィークジャンボだとかいう宝くじである。普段は宝くじなんか買わないのだが、偶然、宝くじ売り場に吊るされていた、バラ売りの宝くじの番号が、僕の生年月日と完全に一致したのだ。

 運命を感じてその1枚だけ買ったものの、しかし、盛り上がったのはその買った時だけで、そのまま机にしまい込んで、すっかり忘れてしまっていた。


 そこへ一昨日、強風で僕の顔に覆いかぶさってきたのが、丁度去年の、ゴールデンウィークジャンボの当選番号が書かれた、この新聞である。

 見ればそこには、僕の生年月日が書かれているではないか!

 まあ……、組違いだったので、1等の1億円ではなかったものの、それでも10万円は飛び上がるほどうれしい金額である。一昨日、あの新聞に出会わなければお金は手に入らなかったのだから、本当についている。

「しっかし、10万も当たってたんなら、ファミレスじゃなくて、焼き肉おごってもらえばよかったなあ……」

 坂本先輩は悔しそうに言った。

 

「そういえば先輩、就職が決まったことって、まだ秘密にしておくんですか?」

 僕は先週、坂本先輩から口止めされた件が、まだ有効なのかどうか気になったので訊ねた。

「なんかさ、大勢からお祝いされるの面倒くさいから、いいよ言わなくて」

 坂本先輩は、その巨体に似合わない気恥ずかしそうな顔をしていった。

「そうですか? まあ、先輩がそれでいい、っていうなら、そうしますけど」

 僕は、せっかくだから大勢からお祝いしてもらえば良いのにな、と思いつつも、秘密を守ることにした。


「ずっと気になってたんですけど、それ、なんですか」

 僕は坂本先輩の隣に置いてある、炊飯器ほどの大きさの、なにか無闇にゴテゴテとした機械的装飾のついた装置について尋ねた。装置を構成するパイプの一本には、『グリモアエンジン』と、何かファンタジーな気配のする文字が彫られている。これがこの機械の名前だろうか。

「さあ、なんか昨日の朝さ、起きたら部屋にあったんだよ。お前が勝手に忍びこんで、置いたんじゃねえの。俺が実家帰ってたあいだに」

 坂本先輩は僕は怪訝な視線を向けた。

「僕に男の部屋に忍び込むような趣味はありませんよ」

 僕は顔をゆがめて答えた。

「なんだ、それじゃあ俺が女だったら忍びこむのか?」

 坂本先輩はニヤニヤしながら言った。

「どっちにしても、忍び込みませんよ。なんの得があるんですか」

 僕は若干面倒臭くなりながら答えた。


「それじゃあ、なんだ。これが俺の部屋に忽然と現れたのは、魔法か?」

 坂本先輩は首を傾げた。

「魔法なんか、あるわけないじゃないですか。そんな非科学的な」

 僕は即座に応えた。

「だよな。魔法はさすがにないよな」

 坂本先輩はそう言って笑った。


―――グリモアエンジンの永遠なる駆動 完

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グリモアエンジンの永遠なる駆動 なかいでけい @renetra

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