2017年5月27日(土曜日)

 何かがおかしい。

 明らかに何かがおかしくなってきている。

 僕は朝、ニュースを見ながら、そう思った。


 画面の向こうには、ニューヨークで起こった奇妙な事故――大事故……、いや、それ以上の、見たこともない規模の恐ろしい事故の映像が、映し出されていた。


 最初は、小さなバイク事故だったらしい。

 酔っ払いの乗っていたバイクが、歩道に乗り上げ、標識にぶつかったのだ。

 ぶつかった標識は根元から折れて倒れ、すぐ横で壁の塗り替えをしていた作業員の足場を崩した。それによって、足場の上に置かれていたペンキのバケツが落下し、ちょうど下を通りかかったタンクローリーのフロントガラスを覆い、運転手のハンドルを誤らせた。そうしてタンクローリーは近くのビルに衝突し、横転し大爆発を起こした。、タンクローリーが衝突し、そして大爆発に巻き込まれたのが、老朽化し来月に取り壊しの決まっていた8階建てのビルだったことだ。

 さらに、老朽化していたその8階建てビルは、過去にテナントが違法改築により柱を何本か切断していたのだ。大爆発によってビルは自重を支えられなくなり、柱の数が少ないほうへ倒れていった。

 そうして、8階建てビルと狭い道路を隔てて建っていたのが、これまた築年数の経った古い12階建てのビルだったのが。12階建てビルは8階建てビルに激しく倒れ掛かられ、小さな駐車場を挟んでさらに隣に建っていた15建てのビルへ倒れかかり――

 悪夢のようなドミノ倒しの結果、50棟以上の大小さまざまなビルを巻き込んだ前代未聞の連鎖的大事故となった。画面の向こうのニューヨークは、ビルの倒壊によって発生した火災によって、火の海になっていた。

 

 恐ろしい事に、事故はこれだけではなかった。

 発端や経緯は違えど、似たような連鎖的大事故が、上海でも数十分前に発生し――

 そして、いま僕の眼前で差し込まれたニュース速報によって、福岡でも発生したと報じられた。

 ネットでは、これはテロなのではないか、などと噂されたが、しかし何れも発端は本当に些細な小さな事故でしかなく、大規模な事故を目論んで人為的に起こすことはとても不可能に思えた。

 

 眺めていたSNSで、急激に拡散されている、『ここ数日で、世界中から急激に運が失われている?!』という書き込みが目に入った。

 それは、自然魔法学の研究をしているのだというYoutuberの書き込みだった。一緒に動画が投稿されていたので、僕はそれを再生してみた。

 動画に現れたのは、30代半ばほどの男だった。


「皆さんは最近、世界中から運が失われていることに気づいていますか?」

 男はそんな風に語り出した。

 今までの僕であれば、こんな胡散臭い動画はもうこの時点で閉じているだろうし、そもそもSNSの書き込みで興味を惹かれることすらなかったはずだ。

 だけれども、今は『』というのは、非常に真実味のあることであるように思えたのだ。

 まさに今、世界中で起こっている、小さな事故を発端とする、まるで冗談のような連鎖的大事故や、ここ数日の、日本中で起こっている小さな事故の積み重なり。それらすべてが、『』ことが原因で起こっている、と考えると、とても納得がいくように思えた。


「なぜ運が失われてしまったのでしょうか。申し訳ありませんが、それはいまだ、私にもわかりません。古くから、運は魔力の対として大気中に存在するマナ・リソースだとされていました。ですから、てっきり私は運が失われたことによって、大気中の魔力が急激に増大したのではないか、と思って調査したのです。ところが、大気中の魔力量に変化はありませんでした」

 この男が喋っていることは、すべてまだ明確に事実として証明されてはいない、オカルトに近い事柄である。

 彼ら自然魔法学を信じる人々は、人間が魔法を使う時に使う魔力は、大気中の魔力を変換したものだと考えている。個々人の魔力の多寡は、個々人の大気中の魔力を自身の魔力に変換するための能力の差の結果だというのだ。


 僕は全く、この説を信じてはいなかった。

 ただ、僕には『』という言葉に、心当たりがあった。

 坂本先輩の、グリモアエンジンだ。

 坂本先輩がグリモアエンジンを実際に起動し、魔力を得はじめたのは1週間ほど前からだった。小さな事故が多発しはじめたのも、丁度そのころからだったのではないか。


 動画では、さらに数十年前にも一度、世界中から運が激しく失われた時期があった、などと言っている。僕は動画の続きも気になったが、まずは坂本先輩にこのことを知らせなければ、と携帯電話を手に取った。

 しかし、坂本先輩の携帯電話を何度鳴らしても、坂本先輩が出ることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る