2017年5月24日(水曜日)
「最近ぜんぜん良いことないんだよなあ・・・・・・」
数週間ぶりにあった友人は疲れ切った様子で、中華料理屋のベタベタしたテーブルへ、わざとらしくもたれかかりながら言った。
「ふうん」
友人のその言葉も状態もいつものことだったので、僕は軽く聞き流しながら餃子を口に放り込んだ。
だが、友人は僕が聞いていようが聞いていまいが関係ない様子で、続けて呟いた。
「またバイトはクビになるし……、大家には次は出てってもらうぞって脅されるし……、俺の人生、どうなっちゃうんだろう……」
僕は友人の過去の所業を良く知っていたので、それについては特にコメントをしなかった。
友人は僕以上にバイトへの取り組みが適当で、連絡するのも面倒だから、などと言っては、ちょっとしたことですぐに無断欠勤をするようなヤツなのだ。
これまでに何度も、それでバイトをクビになっているのに懲りないのだから、手の施しようがない。
大家に出て行けと言われた、という話だって、毎晩遅くまで、ボイスチャットで騒いでいるのが原因に違いない。
ゲームに負けたときは声に出して怒らないとイライラが収まらないだろ、などと言って自分を正当化しようとしているから目も当てられない。僕は過去に一度、彼の絶叫を聞いてうんざりしてから、一緒にゲームをするのは差し控えている。
「はあ、俺ってほんと、運がないよなあ……」
友人は驚くべきコトを言って、ため息をついた。
「運が、ない」
僕は驚愕の表情を浮かべながら、友人の言葉を繰り返した。しかし、友人は僕の方を全く見ていないので、僕の渾身の表情はなんの効果も生み出さなかった。
なんということだろう。この友人は自身に降りかかる良くないことは全て、運だと思っているのだ。
すべて自業自得だろう、という言葉がノドまで出かかったが、飲み込んだ。
どうにもそういったことを真面目に指摘したりするのが苦手な僕である。
「まあ、生活を変えたら、何かいい事あるんじゃない」
かわりに僕は、そんな当たり障りのないコトを言って、また餃子を口に放り込んだ。
「いいや、もう俺には金輪際、良い事なんか起こらないんだ……。昨日と今日、2日連続で自販機で当たりが出ちまったから、もうそれで、俺に起こる良いことは終わりなのさ……」友人は儚げに言って、大きくため息をついた。「きっと、オデュッセウスも急に軌道を変えて俺の真上とかに落ちてくるんだぜ……」
「いやいや、それはもう、お前が不運とかそういう話じゃなくなるだろ」
僕は思わず
最初こそこんな様子で元気の無かった友人だったが、腹が満たされたことで普段の調子を思い出した様子だった。
「そういえば、まだ坂本先輩と会ったりしてんの」
友人は思い出したように不意に言った。
「え、うん。まあね。たまにね」
僕は小さく頷いて答えた。
うっかりこの友人に口を滑らせてしまったら、恐ろしく口の軽い友人のことだ、あっというまに広まってしまうことだろう。
気をつけなければならない。
「なんかさ、あの人に関わると不幸になるって、ゼミの先輩が言ってたぞ」
友人はそう言って、餃子を口に放り込んだ。
「はあ? なにそれ」
『関わると不幸になる』なんていう言い回しが古臭く、奇妙で可笑しかったので、僕は鼻で笑った。
『関わると不幸になる』などというのは、深窓の令嬢や謎めいた美女にこそ似合う噂話であり、あの坂本先輩には全く相応しくない。
「いやいや、マジでさ。高校の同級生だった先輩が、坂本先輩と仲良かった人は、事故にあったり階段から落ちたり財布を無くしたり犬の糞を踏みまくったりって目に遭ってるらしいんだわ。だからさ、気を付けたほうがいいぜ」
友人は真面目くさった顔で言った。
「そんなの偶然に決まってるじゃん。アホらしい」
僕はあまりにも馬鹿馬鹿しく、早くもこの話題がかなり面倒くさくなっていた。
仕方がないので、僕はアルバイト先の本屋の店長が鬱陶しくて嫌になるという話に、話題を切り替えた。
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