2017年5月22日(月曜日)

 今日も東海道線はダイヤ乱れを起こしていた。今日の原因は線路内への人立ち入りらしい。

 常に時間ギリギリに行動している僕にとって、時間のバッファなんてものはいつだってなく、だからこの時点でアルバイトには遅刻確定だった。

 今日もバイト先の本屋の店長から小言を言われるのかと思うと、うんざりした気持ちになる。

 なぜ電車の遅延で僕が文句を言われなければならないのだろう。別に寝坊をしているわけじゃあないというのに。


 僕がため息をついていると、ポケットのスマホがメッセージの着信を知らせた。

 それは坂本先輩からのメッセージだった。

『昨日のこと、絶対に秘密にしておいてくれよ。まあ、大丈夫だとは思うけど』

 昨日も話しているあいだずっと、何度も何度も、秘密にしろと念押ししてきていた。

 昔から坂本先輩は外見に似合わず小動物のように用心深い性格だった。

 それにしたって、僕はこれまで一度も先輩から「口外するな」といわれたことを外に漏らしたことなんかないのだから、もう少し信用してほしいものだ。

 僕はとりあえず、『大丈夫です。秘密にしておきます』と返事をした。


 やってこない電車を待っているあいだSNSを眺めていると、今まさに僕の足を止めている、電車遅延の原因らしい書き込みがあった。

 どうやら、線路内への人立ち入り、というのは、痴話喧嘩の末に、喧嘩をしていたカップルの男女2人ともが、線路に落下してしまった、ということらしかった。

 恐ろしく不運な事故である。

 死んでしまった2人のことを考えると、無性にむなしい気持ちになる。

 2人とも、こんな結末を望んで喧嘩をしていたわけではあるまい。


 40分ほど遅れてやってきた電車にすし詰めにされながら乗り込むと、もはやスマホをいじるほどのスペースもなく、僕はぼんやりと車窓の外を眺めて過ごした。

 そういえば、数日後に地球の真横を通っていくのだという小惑星『オデュッセウス』がそろそろ肉眼でも見える頃ではなかっただろうか。僕は空に向かって目を凝らしてみたが、しかし曇天の空にそれらしいものは見えなかった。そもそも、僕はそれがどの方角に見えるものなのかも分からなかった。

 僕は小さなため息をついて、揺れる電車に身を任せた。


 昼過ぎ、ニュースサイトに今朝の線路立ち入りの続報があった。線路に落ちたカップルは2人とも、偶然にもレールの内側に居たためかすり傷ですんだのだという。

 なんという幸運だろうか。SNSでも、この2人の恐るべき幸運に驚く書き込みが多数あった。

 なにはともあれ、僕は死者が出なかった、という事実にほっと胸をなでおろした。

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