1-3―休み時間の夢想―

 春の訪れとともに千葉県船橋市にある中学校へと転校してしまった美咲との日々を再現するように珠樹は美咲への手紙に考え事をぶつけるようになっていった。中三になって高校受験を控えた年でもあり、日々勉学に励むべきことを心の片隅で気にかけながらも、自分の中から沸き出すような懐古的な衝動を珠樹は抑えることができなかった。珠樹の心に一筋の光と自信を思い起こさせてくれた美咲との本音を語り尽した交換日記のページをめくり、ふたりで過ごした日々を思い出し、交換日記の続きを書くように、そして美咲に話しかけるように手紙を綴った。


 一方、美咲は転校先でという辛い現実に直面したらしく、手紙の返事には落ち込み気味の様子が綴られている―。珠樹にとって、それは美咲と出会う前に直面した、心に痛みを伴う思い出したくない過去を呼び起こす内容でもあった。あの頃、極度の緊張から吐き気と偏頭痛に悩まされた日々を救ってくれたのは美咲だったのに……。美咲を励ましたい思いで一杯になるほど、今、私がこうしていられるのは美咲のお陰なんだからといてもたってもいられないような思いが沸々と湧き上がる―そして友人たちと一緒に過ごす休み時間にでさえ、ふとした拍子に過去の時間の狭間に紛れ込むように、昔、珠樹を励ましてくれた美咲と一緒に過ごしていた頃の出来事を思い出しては夢想に耽るように物憂気になったり、上の空になったりしている珠樹の仕種が新たに友情を育んでいる友人達にはなぜか不思議に生き生きとして映るらしい―。


 学校へと向かう通りすがりの道を彩る桜並木はもうすでに鮮やかな新緑に衣替えし、初夏の陽射しを遮るように勢いよく枝葉を揺らしていた。もうすぐ梅雨に入る前だというのに陽射しが強い―そして、半袖になって露になった素肌を強く刺す。―直射日光が肌をじりじりと照らし、刺激された皮膚にヒリヒリとした痛みが生じる日は、雨の情緒的なここちよさを求めて、雨が降る日がほんの少しだけ待ち遠しい。そして、辺り一体、植物の枝葉の水への渇望を象徴するかのように夏へと向う陽射しに反抗する思いで珠樹の心は疼くのだった。おそらく美咲も同じようなことを考えているだろうと確信めいた思いで珠樹は校庭に咲く紫陽花の花に美咲の面影をそっと重ねたりしていた。校庭に目を向ければ、紋白蝶や揚羽蝶がひらひらと舞いはじめる季節―。珠樹がクラスメイトの夏木笙なつきしょうの存在を意識しはじめたのはこの頃からだった。

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