1-2―打ち明け話―

 そんな折り転校してきたのが桂木美咲かつらぎみさきだった。当時在籍していたクラスでクラス委員を務めていた珠樹はクラス担任から美咲と席を前後に指定された。落ち着いた雰囲気の美咲は生徒たちからの注目にも動ぜず、マイペースに行動するタイプだったが、珠樹とふたりきりになるとふっと気持ちが解れたようにお喋りになる様子に和み、珠樹の心の中に自分が必要とされているというくすぐったいような意識が育っていった。


 そして交換日記をはじめたふたりはお互いの思いを日記に記し、交換しながら、自ずと親しくなっていった。珠樹は美咲と一緒にテニス部の活動にも復活し、いつでも美咲と一緒に行動する中で少しずつ自信を取り戻していった。一学期が終わり、夏休みに入ってからもときどきテニス部の活動で顔を合わせたふたりだったが、長い夏休みの間には些細なことがきっかけで生じたわだかまりも交換日記や手紙を通して思いを打ち明け合うことで解消し合い、心の絆を深めていった。


 そして夏休みが終わり、二学期初日を迎えた日の帰り道―。


 その日は肌を刺すような強い日射しで、残暑の名残りが辺り一面に漂っていた。夏休み前までは帰り道の途中の分かれ道の交差点に来るとそのまま別れ、それぞれの帰途についていたふたりだったが、その日はなぜか他愛もなく話し込んでしまい、いつもの分かれ道に来てももう少し先まで歩こうとふたりは少しだけ寄り道をした。


 そしてその日を境にふたりは毎日のように帰り道の途中で寄り道して話し込むようになり、ふたりの心の距離をさらに縮めていった。日常的な些細なことからはじまり、疑問に思っていたことなど、思いつくままとりとめもなく話しながらお互いの気持ちをさらけ出し、互いに共鳴し合うような意識の中で、自ずとお互いを認め合い、親交を深めていったのだった。帰り道のひとときをふたりきりで親密に過ごす時間を重ねるうちに、珠樹は誰にも話すことができずに心の奥深くに深刻に抱え込んでいた日頃の悩みを美咲に打ち明けはじめ、気持ちの赴くままに美咲の胸で涙をこぼす日もときにはあった。その涙に流されるように珠樹の心の中に鬱積していた枷が次第に外され、勢いよく溢れ出す感情の迸りを美咲は静かに受け止める一方で、 過去の悲しみで埋もれていたような珠樹の律儀で献身的な懸命さに心打たれ、今迄経験したこともないような胸の疼きで困惑しながらも、友人として何かできることはないかという前向きな姿勢を珠樹に示そうと必死に努めた。こんな風にしてふたりの心と心の絆は日を追うごとに深まっていったのだった。


珠樹は二学期からは生徒会にも加わるようになり、一方の美咲もクラスの代表委員を務めるようになって、互いの忙しさを共有するようになっても、帰りは毎日教室で待ち合わせして一緒に帰った。思春期真っ盛りの多感な年頃だったふたりは交換日記の内容も哲学的なことも絡めながら内面の奥深くへとそれぞれの問いかけを重ね、お互いの夢や人生についても語り合うようになっていった。しかしある日突然、美咲から転校することを告げられ、にわかに沸き立つような寂しさに引き摺られ、珠樹の心に昔、溶けてなくなったはずの過去の心の痛みが夜空の星の瞬きのように甦り、切なく苦しい動揺の思いが珠樹の胸の内を静かに覆いはじめていったのだった。

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