第17話 でいじーがりじーをおもうとき
ジャイアンと俺との出会いは――本当に思い出せない。俺もジャイアンもいつの間にか教室にいたクチだった。
ジャイアンはその頃から体は大きかったけれど、ただのデブって感じで。俺はただのガリって感じで。お互い一言も話さなくて、話したくないオーラばっかり出していた。
最初に、変わったのはジャイアンの方だった。
何故か、授業中に大声を上げて、そして、近くの男子を殴ったんだ。
俺は別に自分が殴られたわけじゃないから関係ないと思って関わらなかったけれど、嫌でも噂は耳に入って来た。あの頃のクラスメイトのほとんどがもう学園には残っていなくて、知っているのは俺くらいなんだと思う。
ジャイアンの妹が事故に遭った、というものだった。
でもそれは表向きの話で。
事故は事故でも、噂では、母親の付き合っていた男に暴力を振るわれて家の窓から落ちて意識が不明というものだ。
そして今でもジャイアンの妹は眠ったままでいる――
「何をしてるんだ。アリス」
人の死に顔は醜くて。ついつい顔を背けてしまって。
じいちゃんが死んだときもそうだった。俺はじいちゃんの死に顔一つ見れなかった。
人の死が何より怖い。自分の死も怖くて。どっちも怖くて、どっちも選べなくて。
アリスはメイの死に顔を恐れることなく、突き刺さるようなまなざしでメイの顔を見つめている。俺なんかよりも辛いはずなのに。
アリスはスカートの裾からナイフを取り出すとおもむろに自分の手首を切り始めた。
「何してんだよっ!」
急いでアリスの腕を引っ張る。アリスの切った左手首の傷口を俺の右手が触れてしまった。痛いだろうにアリスは悲鳴すら上げない。
「お前が死んだってどうにもならないだろ!」
「私がメイの死を悲しんで死のうとしたとでも思ったの?」
心底面白いという風にアリスは笑い出す。ただひたすら狂いながら。
「吸血鬼は死なないわ。でもそれ以上に滑稽なのは、あなたが私を人間と同じように扱っていることね。私は死を悲しんだりしないわ。化け物だもの」
ぬるり、と俺の握ったアリスの手は簡単に離れていく。
血で滑ったのだろう。俺の握った手は何もかも滑らせてどこかへ行ってしまう。
「それに、メイは死んでないもの。メイは吸血鬼の眷族。私の傀儡。だから、私の血で復活できる」
アリスは血の滴る腕をメイの口元へとあてがう。
メイは生き返るのだ。
にわかには信じがたいけど、でも、少しでも希望が見えただけありがたい――
「おあぁあぁあぁあぁぐぎがあがあがあがあががぎゃあぁあぁあぁががぁあぁあぁ!!!!!」
でも聞こえてくるのは断末魔の叫びだった。
「なんなんだよ! メイは生き返るんじゃなかったのかよ!」
「生き返るなんて簡単なことじゃないわよ」
ひたすらに叫び続けるメイの声に耳を塞ぎながら、アリスに聞こえるように必死で叫ぶ。
「別に聞こえるわ。普通でも」
どんな耳してんだよ。
「どれほどの苦しみが伴うのか、なんて思っているのかもしれないけれど、でも、あの子にとっては日常だから」
うるさくて聞こえない、って言って、誤魔化したかった。でもしちゃいけないんだ。
「これが苦しくないって言うのか。当たり前だと言うのか」
「あなたに! あのこの決意の何が分かるというの! あの子をあんなにしたのは! あなたでしょう!!」
そうだ。俺だ。
「あなたは何も知らない。私とメイとのことも」
「じゃあ、知りたい」
「教えないわ」
なんだよ、それは。
「どこへ行くと言うの?」
「推しの配信だ」
朝起きて、いや、寝てなくて。
地球は一周。昨日も今日も明日も同じ。
そんな日々ばかりだったし、それが一番幸せだとばかり思っていた。
でも、やっぱり俺は、普通じゃなかったんだろう。非現実に引き込まれる素質があったんだ。
「どうすりゃあいいんだろうな」
魔人は何も言ってくれない。
どうしたというのか。オジサンの力を使えと、無言ながら訴えているのか。
ジャイアンが自分の意思で不良どもを殺しているのは分かった。
ジャイアンの妹を意識不明の重体にしたのはヤンキーみたいなやつだったって聞いてるし、それが本当だったんだってよく分かる。
そして、今の俺にはジャイアンの気持ちがよく分かる。
「どうするべきか、じゃないんだ。どうしたいか、なんだろう? でもさ、分かってないんだ。どうすればいいのか」
「でも、それすら嘘なんでしょっ?」
ああ。そうだな。
「別に驚きはしないよ。笹森」
「コイツ、黒幕だなって思ったでしょっ」
「なんだそりゃ」
どうしたいかも分かってる。
「言葉にしなくちゃ自分自身にすら伝わらないよっ」
面倒臭いな。人間て。
「美味しいお風呂にほかほかお布団。あったかいご飯で眠るんだろな」
「バカが丸出しだぞ、少年」
ツッコミしかしないのかよ、オジサン。
ったくよ。
「俺は助けたい。殺したいほど憎くても、でも殺せやしない」
どうすればいいんだろうな。
「きっとできるよっ。志村くんならっ。志村くんが望むなら、きっとなんだってできるっ」
「例えできないことだってもか?」
「できないことなんてないよっ。それは志村くんができないと思っているだけだし、出来なくなっても、やってみないと始まらないよっ。失敗して志村くんが手足がなくなって芋虫みたいになったら私が愛してあげるっ!」
最悪じゃねえか。というか、左腕がない状態でそれはとってもわろえない。
「ブギーポップの新刊が出るんだ。5月までは何が何でも死んでやらねえ!」
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