第11話 メイ

「ふっ。その趣味、童貞だな」

 やめて! 俺のライフはゼロよ!

「貴様、エジソンとか言うらしいな。ぷすっ」

「やるのか、テメェ」

 この名前のおかげですっごく不憫な顔をされるんだぞ。

「というか、少年。改名すりゃあいいんじゃね」

「できるわけねえだろ」

 顔さえ覚えていない両親がつけた名前なんだ。それにじいちゃんの名前も入っている。

「こんな名前…大好き過ぎだろっ!」

「うわっ。変態だ」

「少年。いい性癖を持ったな」

「え? ここ、すっごく涙ものの展開じゃないの? 親からもらった名前を大事にとってるんだよ!?」

「だから童貞なんだ」

「やーめーてー!」

 冷静に考えると童貞と関係ないな。関係…ないよな…?

「ところで、メイ。お前はどうしてここにいるんだ?」

「最近、疑問ばっかだな。お前」

「お前と俺はさっきあったばっかだ!」

 なんで知ってるの。ストーカーなの?

 いやまあ、笹森だったら俺の言動をカウントしてるだろうけどさ。

「別になにかあるわけじゃない。でも、関わるな。ただの人間であるお前には関係ない」

「そういうのばっかじゃねーか」

 どいつもこいつも。俺が頼りないみたいなことを言いやがって。

「どうしてアリス様がお前を逃がしたと思う?」

「そんなこと言われたって、分かる訳ないだろっ」

 どいつもこいつも察せよみたいなこと言いやがって。俺にどうして欲しいんだよ。

「足手まといなんだよ。お前は。ただでさえ、手負いの癖に、仲間を傷付けるかもしれない悪魔を体に宿してる。下手をすればアリス様だって怪我をする」

 すう、っと血の気が引いていく。

 そうだ。俺は一度、本気でアリスを殺そうとしたんだ。なのにアリスは俺を殺すどころか手当までした。そして、野放しにしたんだ。

「じゃあ、俺はどうすればいいんだよ」

「知るか」

 だろうな。

「アリス様の気持ちも考えろ」

「それがわかんねーから困ってるんだろうが」

「知るかボケ」

 あー、もう、話が進まない。

「俺は俺の好き勝手にする。俺はマザーファッカーを倒す。それだけだ」

「ふん。人を殺す度胸もないくせに」

「お前にはあるってのかよ」

「ある。アリス様のためなら、いまここでお前を殺してもいい」

 冷気。そう表現してもいいものがメイの体から流れ込んでくる。冷蔵庫を開けた瞬間の冷たさみたいなものが俺の体に襲いかかってきた。

「おい、あのメイド、本気みたいだぜ」

 魔人は面白おかしく言った。

「待てよ。俺はお前と戦うつもりはない。お前も吸血鬼なのか?」

「いいや。メイちゃんは化け猫だ」

 これまたメルヘンチックな単語が急浮上してきた。化け猫ってなんなのさ。

「俺とお前との間には戦う理由なんてないだろ」

「そうやって逃げるのか? マザーファッカーを前にしても、そんな言葉を吐くのか! アイツは言葉なんて通じない化け物だ」

「少なくともお前と俺との間では通じるだろ!」

 非現実の存在に対してはこちらも非現実の力で対抗しないといけない。それはよく分かっている。でも、俺はここで大切な体を売り飛ばすわけにはいかない。これは、マザーファッカーを倒すときまでとっておかないと。

「実際、マザーファッカーを殺せるかどうか、わかんねえよ! 誰かを殺すとか、そういうことなんて、わかりはしねーよ! でも、止めなくちゃいけないことだけはわかってるんだ!」

「甘いぞ、小僧」

 メイの目が赤く光る。本気で俺を殺そうとしているのが分かる。どうすれば…

「メイちゃん、カワイイネー。大好きダヨー」

「やめろよ。照れる」

 え? 急にデレるのですか。

「ま、メイちゃんがかわいいのは分かっているからな。もっと語彙力をつけろよ。童貞」

 メイから殺気が消え去る。何だったんだよ。

「あれでメガネさえあれば最高なんだがな」

「殺されたいか」

「いいえ。忘れてください」

 やはり俺は余分な一言が多いな…

「アリス様は昼間は寝ている。メイちゃんも得意ではないが、アリス様ほどではない。人手が足りない。ついてくるか」

「いいのか?」

 メイは何も言わずに俺に背を向けた。そして、体がだんだんと縮んでいき、最後には猫になった。

「え? こんな簡単な表現でいいの!? 猫になっちゃったよ! 黒猫に!」

「うっさい。今からメイちゃんは猫ちゃんモードだ。お前は猫に話しかける童貞か」

「童貞だ!」

 自分で言っちゃったよ、俺…

「早くついてこい。一つずつ現場を洗ってマザーファッカーを探す」

「あいよ」

 猫をお供になんか珍道中を繰り広げそうだ。でもまあ、猫の方が愛らしい。

「獣姦か。少年」

「お前も一言余計なんだよ、オジサン」


「で? なんでこんなとろにいるの?」

 きょとーんとする。

 きょときょときょとーん。

「入れなかったからだ」

「いやいやいや」

 俺たちは休憩ができるホテルの前に来ていた。最近のモーテルはすごいね。なにせ、普通のホテルと外観が変わらないもの。

「全部路地で行われてたんだろ?」

「たった一件だけ、ここで行われたんだ」

「何を」

「言わすな」

 化け猫に頬を殴られる。すっごく痛い。

「でも、ここで行われたんなら、監視カメラくらいあるだろ?」

「明確には、違う。どうもここでブッキングした後、すっぽかされたみたいだ。ブッキング相手は見つかった。でも、無罪だった」

「じゃあさ」

「このラブホの利用者が駒になっている」

 ラブホって言っちゃったよ。ひた隠しにしてたのに。

「つまり、ここで性干渉を行った相手が駒になったと?」

「それも違う。それぞれ別の相手だが――何故か、駒になっている」

「訳がわからん」

「メイちゃんだって分からない。ただ、ここに何かがあるかもしれない」

「ここの利用者の一人が何かをした、と」

「恐らくは」

「でも、そうは言えないんじゃないか?」

 魔人が口を挟む。

「ゴムに何か仕込むかしないと無理だぜ。もしくは、ここの従業員の一人か」

「それを確かめるんだ」

 いや、確かめるってなおい。

「さあ、行くぞ」

 しっかり腕を組んでホテルへ。ああ、胸って柔らかいのな。

「立ったら切り落とす」

「はい。決して立ちませんとも!」

 それはそれで問題である気もしないでもないが。

「なんだか不穏な空気が漂っている」

「そりゃあそうだろうよ…」

 メイの金でホテルの中に入る。ゴムとか渡されたけど、使わない。

「そうじゃない。悪魔の気配がする」

「マジか…」

 しかし、なんとなく気が引き閉まらないな。

 俺たちは部屋に入り込んだ。

「じゃあ、ここでお別れだ」

 メイは猫に変身して部屋を出ようとする。

「おい、待てよ。俺も行く」

「従業員が出てきたらどうするんだ」

「逃げる」

 メイはバカなのか、という風に溜息をついた。

「走る準備だけはしておけよ」

「あ、ああ…」

 俺はメイの後をつけながら、トイレを探してますというような挙動で廊下を歩いていく。

「トイレは部屋についているだろう、少年」

「わ、わかってらぁ」

 というか、猫だったら扉とか開けられなくね?

 どうやって探るつもりだったんだ?

「この部屋を開けろ」

「鍵がかかってるんじゃないのか?」

「壊せ」

「んな無茶な」

 確か、ホテルとかってオートロックじゃないっけか? 童貞だから分からん。

「ん? 空いてるぞ。空室か?」

 ドアストッパーがドアの隙間に挟まっていた。清掃中だったのかもしれない。

 俺は恐る恐る扉を開いた。


「はぁ…なんちゅう悪運だ」

 ドアの向こうには死体があった。第一発見者である俺は色々と訊かれたけど、なんか匂いがしたので、みたいな感じで乗り越えた。腕のことはあまり触れてはいけないと思われたのか聞かれなかった。

「これはどういうことかしら」

「アリスか」

 白い日傘の令嬢が現れた。黒猫状態のメイに縄を繋ぐ。

 というか、この状態で散歩させろよ。変態なの?

「恐らくは、宿主が自滅したものと考えられます」

「そうなのか」

 俺にはさっぱりわからん。

 死んでいたのはこのラブホの清掃員だった。腹がなくなっていて、顔が――

「そう。でも、油断は禁物よ。宿主を移した可能性もあるわ。しばらくは様子見ね」

 これで、事件は終わったのか。あっけない幕引きだった。

「それで? どうしてあなたはここにいるのかしら。志村映司孫。殺されに来たの?」

「いや、俺はマザーファッカーを――」

「メイちゃんをホテルに連れ込もうとしたんです!」

 なんちゅうこと言うねん!

「あら。私の可愛い玩具を横取りしようとするなんて」

 ゴゴゴゴゴゴゴ。

 アリスの背後からそんなオーラが噴き出している。

「誤解だ! 俺は!」

「まあいいわ。殺すのは後ね。メイ。しばらく町を徘徊してくれるかしら。人間の姿で四つん這いで」

「かしこまりました!」

「やめろ! それだけはやめてくれ!」

 あまりにも異次元すぎる!

「ちなみに、今日のメイの下着は何色だったかしら」

「え? 俺は白以外認めないぞ」

「穿いてません! アリス様!」

「それこそやめろ!」

 青少年の育成に悪影響を及ぼすぞ!

「まあいいわ。それより、あなたは明日の授業に備えて帰りなさい」

「いや、この身体でどうやって帰れと」

「童貞のことを気にしているの? そうね。獣姦すらできなかったいかれポンチだものね」

「なんで童貞の話なんだよ! 腕! 腕のことだ!」

「あら。左腕がなかったから犯せなかったと言い訳するの?」

「そうじゃねえ!」

 なんなんだよったく。

「こんな腕じゃあ学校なんていけないだろ」

 アリスは心底呆れたような溜息をついた。

「私が学園の理事長であることを忘れたの? そんなの適当に、腕からもやしが生えました、くらいで言い訳しているわ」

「いや、どんな言い訳!? 腕からもやしが生えるってどういうこと!?」

「一々うるさい童貞ね」

「童貞は関係ないわ!」

「とにかく、あなたとはもう、関係のない話よ。さっさと日常に戻りなさい」

 何故だろうか。アリスに、普通の生活へ戻れと言われると、なんだか、やるせない気分になってしまう。

「そうかよ」

 自分でも驚くほどぶっきらぼうな声だった。

 俺はアリスに背を向けて歩いていく。

 ちょっとだけ立ち止まって言った。

「いいんだな。帰っても」

「さっさと行きなさい。包茎」

 返す言葉もなく、俺は帰っていった。

 もう、これで事件は終わったんだ。だから、もう、お終い。


「アリス様。良かったんですか? アイツは志村映司の――」

「いいのよ。これ以上あの子にこっちへと来てもらっては困るもの」

「しかし、それではアリス様が――」

「いいって言ってるじゃない! お仕置きしてほしいのかしら?」

「是非とも!」

「はぁ。あなたにも呆れるわね。もう、お終いなの。後はあの子の中の魔人をどうにかするだけ。アイツはテコでも出て行かないでしょうけれど」

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