第10話 ジャンプとおじさんの話
コンビニで大したことないレッドフラッシュを購入。コンビニ店員が『コイツどんだけ買うの』みたいな顔をしていたが気にしない。どうせ竹内緋色というやつなんだ。
「全て竹内緋色ってヤツの仕業なんだ」
まあ、劇中草加は言ってなかったらしいけどな。
「さて。一番は学園で話を聞くことだが、この状態じゃ会えるに会えんし」
笹森に見つかれば付きっきりで看病するとか言いかねない。アイツのことだから俺をベッドでグルグル巻きにするだろう。
「とりあえず、最初の事件を追うのが最適かな」
こう、超能力みたいに悪魔の居場所が分かればいいけれど、そういう能力はなさそうだし、魔人はきっと契約がどうのこうのと言ってくるだろう。
「わかってんじゃねえか。少年」
「うっさい」
「まあ、悪魔サーチなんてオジサンできないけどな」
「できんのかーい」
とりあえず、週刊誌でそれっぽい記事があったので読んでみる。
「最初の事件は、この町か」
「はーん…なるほど…」
魔人は何かを考えているようだった。
「どうだ? なにか分かるか? オジサン」
「いんや。オジサンにもさっぱりだ。だが、現場に向かうのが一番じゃないか? 宿主の性的嗜好を探るのが一番だとオジサンは思うね」
「あほか」
「いいや。そうでもないぞ、少年。悪魔は宿主の嗜好に沿って行動する。悪魔と宿主は一心同体だ」
「じゃあ、俺とオジサンは一心同体ってか?」
「いや。少年と一緒にしないでくれ。プライドが傷付く」
俺の方が傷付いたよ!
「でもまあ、現場はぼかされてるな。それもどこかの路地ときた。この町に路地なんていくつもあるぞ…」
「事件が集まる場所ってのがあるだろ? 少年」
「嫌だよ」
「ほほう。少年の決意はそんなものなのか」
コイツ、煽ってきやがる。
事件ってのは全て一か所に集められる。それは警察署って場所だ。でも、このナリで警察署に行くってのは自殺行為じゃないか?
「義手ってのは男のロマンだよな、少年」
「誰がはめるか!」
それこそ痛い中二病じゃねえか。包帯グルグル巻きでただでさえ中二病まっしぐらなのに。
「まあ、気合入れるか」
俺はコンビニの成分の薄いレッドフラッシュを三つ口に運んで叫ぶ。
「お安い御用だぜ!」
「少年。お前さん、思った以上にチキンだな」
「悪かったな!」
小さな警察署に俺は来ていた。はい。駐在所。ここなら多分怖くない。
「手が震えているぞ」
「武者震いだよ」
心臓なんてバクバク言ってない。うん。大丈夫じゃないね。
「たのもー」
駐在所の引き戸を勢いよく開ける。
そこには、机で寝ているタヌキみたいな警官がいた。
「…」
「…」
「…ぐがっ」
おい、俺たちの税金返せよ。
「失礼しました」
「待て」
うっすらと目を開けて警官が言った。ガラガラ声で、まさに寝起きという感じだった。
「ジャンプ買ってこい、クソガキ」
「なんでだよ! どいつもこいつも!」
「俺は警官だぞ? 日々、人類の暮らしを守っているんだ。ジャンプくらい毎日供えろ」
「ジャンプは一週間に一冊だ、ボケ」
まさか、ウルトラ赤丸ヤンジャンエトセトラを毎日持ってこいと?
「冗談はさておき」
「全然冗談に聞こえなかったぞ」
「クソガキ。それはどうした」
警官は目を向けただけだったが、何を言っているのか分かる。俺の腕のことだろう。
「死んだ魚のような目をしているぞ」
「そっちかよ! 生まれつきだよ!」
なんなんですか、この町の人間は。
「で? 何の用だ、クソガキ。お前からはいい匂いがしない」
「いい匂いしたらそれこそ嫌だわ」
「そうじゃねえ。血なまぐさい匂いがする。それと、人でなしの匂いだ」
勘が鋭いと言うべきだろうか。いや、この腕を見たらそんな感想くらい起こってくるだろう。
「何を知りに来た」
「連続猟奇殺人について」
「それはお前とは関係ないだろ、クソガキ」
コイツはなんなんだ。どうして自信たっぷりに断言できる。
「匂いが囁くのさ。お前さんには関係のない出来事だ。多少巻き込まれはしたようだが、自ら渦中に飛び込むこともないだろう。本当に後戻りできなくなるぜ」
「わかってるよ、そんなこと」
「わかってねーよ。ガキはそうやって簡単に命を捨てたがるが、自分の命は自分だけの唯一の所有物だ。その腕を失ったんだろ? だったら、それが痛いほど分かるはずだ」
コイツは知っているのか。俺が巻き込まれた事件のことを。
「ああ。死ぬのが怖いってのはよく分かった。でも、俺にとっては誰かが死ぬことの方がよっぽど怖い。苦しい。痛い。だから、俺が止める」
「誰かに任せりゃいいだろ」
「嫌だ」
ちっ、と警官は舌打ちをする。おもむろに頭の方へ手を伸ばしたかと思うと、冊子を俺に投げつけてきた。俺の胸に冊子が突き刺さる。
「全く、お前さんは病気だよ。早く治るといいな」
それ以降、警官は何も言わず、大きないびきを立てて寝てしまった。
「なあ、さっきの警官って…」
「いや。ありゃ無関係だろ。昔占い師のバイトでもしてたんじゃねえか?」
魔人がそう言うならそうなのだろう。しかし、少しは気になった。
「で、一件目だな」
俺は楽しみなのか不安なのかよく分からない心境で警官の持っていた冊子を開く。
「うんっと…なになに? 三十代男がコンビニでジャンプを万引き」
なるほど。興味深い。
「って、まだジャンプひきずっとんのかーい!」
俺は冊子を地面に叩きつける。あほらしいわ。
「ということは、この前の現場に行くのが最適ということじゃないか」
「オジサンから正論を言われると腹が立つが」
つい昨日のことなので、どれだけ話題になっているのかわからない。もしかしたらまだ死体は見つかっていないかも…
「いい忘れていたが、少年はまる一日眠っていたぞ。故に今日は日曜日だ」
「ふざけんな…プリキュア見れなかったじゃねえか…」
嘘だろ。プリキュアが見れなかったって、俺、あと一週間どうやって生きていけばいいんよ。
「死ね。そなたはブス」
「もののけ姫を対義語で表現するんじゃねえ」
恐らく、この繁華街を中心に事件は起こっている。計八件ほどの事件も全てこの周辺で起こった。しかし、警察は犯人を逮捕できていない。なにせ、容疑者は善人バラバラでなおかつ、直後に腹を破裂させて死んでいるのだから。
「どうした少年。顔が青いぞ」
「あんなのを思い出していい気分になれるかよ」
あの路地は本当に悲惨な出来事があったのかと思うくらい、綺麗になっていた。綺麗すぎるほどに。でも、よく見たら、壁に小さな染みができていたりする。さび色の染みが。
「なあ、駒ってのはどいつもあんな感じで死ぬのか?」
「いいや。あれは尋常じゃない。契約もクソもない。あんなのは――俺でさえ見るのは久々だ」
「どういうことなんだ」
「どうもこうも言えねえが、上級の、それも質の悪い悪魔が使う憑依に近いものだ。あれほど駒を作ったとなると、宿主もボロボロだろうが…完全に乗っとるとなると、吸血鬼か、なにかの強い契約をしたとしか考えられない。駒と宿主とで」
「吸血鬼…」
アリスの血塗られた顔が脳裏に浮かび上がる。
「お嬢様は大丈夫だ。クルスニクはそういう種族じゃない」
「なんなんだ、クルスニクってのは」
「さあてね」
重要なことははぐらかしやがる。しかし、本当に魔人は俺に協力してくれてるな。どんな魂胆があるのだろうか。
「そういう吸血鬼は大分昔にクルスニクが滅ぼした。だから、今回はマザーファッカーだけだろう。大方、駒と性交でもしたんじゃないか」
「おいおい」
「いや、ガチだ。性交ってのは儀式的に一心同体になるという意味合いを持つ」
「でも、男も女もいたぞ」
「ま、そういうことだ」
「どういうことだよ」
まさか、駒を使ってさらに増やしているとか?
「いいや。宿主と性交したんだろう。きちんと生で」
「それこそ生々しいわ」
マザーファッカーの宿主の犯人像がだんだんとえげつないものになっていく。
「男なのか?」
「断定はできないが。最初の事件の記事、読んだか?」
そう言われて俺は改めて記事を読み直す。
「死体には強姦した跡がある。被害者は女性」
「早速駒を使って、というのもあり得なくはないが、恐らくは、な」
宿主は男であるという可能性が高い、のか。
「マザーファッカーは何を考えているんだ。その後は男も女も殺されている」
「中には男の肛門に精子が付着、ってのもあるな」
「何がしたいんだ、マザーファッカーは」
「さあね。なにかに執着しているのかどうなのか。悪魔ってのは何も考えていないやつも多い。下級の悪魔となれば、なおさらな。宿主の欲望を引き出しては悪化させる。そのくせ、悪魔自体には自信を保つためという目的しか残っていない」
「じゃあ、別の宿主に変わったら、目的も変わるのか?」
「さあな。移り変わり先の宿主の欲望が前の宿主の欲望を上回れば変化はあるだろうが。劇的に変化はしない。やることは強姦と殺戮だろうさ」
もしも、宿主を追い詰めたとして、宿主が悪魔によって変革させられていてもとの人間に罪がないとしたら。俺は宿主を殺すことができるだろうか。
「野暮なことを考えるのは止めておけ、少年。他人の問題なんて、少年にはどうしようもないことだ」
そうなのかもしれない。
そしてさ。そろそろおっさんばっかとしゃべるの辛くなってきた。今回おっさんばっかだよ。誰得なの?
「お前! 何をしている!」
おおっ。やっとこさ美少女の出番ではないか。
「って、裸じゃねえのかよ。脱げよ。猫耳巨乳メイド」
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