第8話 お色気シーンもあるよ!




 それは無くしたかった記憶だった。無かったことにしたかった思い出だった。

 今はもう遠い昔の記憶。残酷な過去。

 六歳の時、俺は交通事故に遭ったらしい。急に道路に飛び出した俺を車が跳ねたのだ。

 目を覚ました時には俺はじいちゃんの家に寝ていた。

 家中を探し回ってじいちゃんを見つけた。

 見つけたじいちゃんはいつもと同じように昼間に熟睡していた。

 そして、目を覚まさなかった。

 顔には白い紙がかかっていた――


「久々に見た別の夢がこんな思い出かよ」

 静かに瞼を開けて、そう呟いた。

「そして、こう冷静に言ってる場合じゃねえんだよな…」

 俺の目に映ったのは見知らぬ天井だった。赤い天井。端の方には綺麗な装飾がしてあるのが見える。こんな貴族っぽい天井、俺は知らねえ。

「レッドフラッシュ不足で左腕が震えるぜ」

 でも、それは気のせいだった。

 だって、もう、俺の左腕は無くなってしまっているのだ。

「…」

 多分昨日のことを思い出す。腕が吹っ飛んだこと。アリスが化け物を倒していたこと。人々が破裂したこと。

 そして、俺が人殺しを楽しんでいたこと。

「いてぇなあ、おい…」

 左腕が痛むのではなかった。心が死ぬほど痛かった。でも、死んでいない。

 どうして俺は死ななかったのだろう。

 左腕があったところには何もなく、肩まで空白が続いている。胸のすぐ横には丁寧に包帯が巻かれていた。

「どうして…」

 ここが病院ではないことからこの処置をしたのはただ一人、アイツしかいまい。

 俺は大きなため息をついて、上体を起こす。どうも箱のようなものに入っているようだった。

「って、これ、棺桶じゃん」

 俺が入っていたものに対して言う。そうして現実逃避をする。

 だって、部屋の中にはそれ以上に見たくもないものばかりだったからだ。

「青髭かよ…」

 部屋の中には何に使うのか想像したくないものばかりで溢れていた。エロゲの中でしか見たことない。

 多分、拷問具だ。

「うん。逃げなきゃダメだね」

 左腕がないだけでかなりバランスが悪い。走るとこけそうだった。故に、ゆらゆらと不自然に揺れながら部屋を出る。出た先は真っ赤な絨毯の敷かれた廊下だった。陽の光が差しているからか、廊下にある高そうな灯は灯っていない。

「ホラゲかよ」

 足音を立てないように、そして、誰かの気配を感じれるように恐る恐る歩いていく。

 そして、気がつけば屋敷の出口っぽいところまで辿り着けていた。

「出口を開けたらいきなりドーンとかないよな…」

 しかしそんなこともなく、ただ扉が右腕一本では重たいくらいであった。

「なんか拍子抜けだよなー」

 門の外に出て、屋敷を見る。アリスの屋敷だった。

「というか、鍵くらいかけとけよ…」

 俺は屋敷から離れていく。そして、寮とは反対の方へ。

「この身体でどうやって帰れってんだよ。松本さんにどう説明しろって言うんだ」

 ひとりでに腕がはじけとびましたー!

 無理だ。

 なんかチェーンソー男に切られて!

 余計にややこしくなる。

 おしゃれです。

 殺される。

「あの人、じいちゃんが死んでからずっと面倒見てくれたから嘘ついてもすぐにバレるんだよな」

 恐るべし。デザイアー松本の観察眼。

「はぁ」

 近くの公園のベンチで休憩する。辺りには子ども連れがいる。今日は土曜日だったか。学校はあるだろうなぁ。どうなってるんだろうなぁ。

「それよりも俺はどうなっちまったんだよ」

 急に変なおっさんが現れて、そこから俺はおかしくなった。あのおっさんはなんだ?

「考えれば考えるほどわけがわからん」

 夢ではないのはよく分かっている。なにせ、左腕がない。それがなによりもの証拠だ。

 子ども連れの主婦たちは俺を見ている。すっごく見ている。そりゃあ危ない人間だし、上半身裸だし。

「もういっそ、下半身も脱ぎ捨てて、豚箱に放り込まれようかな」

 それはいい提案だ。

「なにをバカなことを言っているのかしら」

 風鈴のような声が響く。

 俺は怠い頭を傾ける。

「お前か。アリス」

「いきなり呼び捨てとはいい度胸じゃない」

 白い日傘の令嬢が立っていた。服は赤い。そして、左の手にはリードを持っていて、その先には猫耳でメイド服の少女が四つん這いになっている。

「…」

「…」

「おかあさん方が俺を見てたのはお前らのせいか!」

 気がつけば主婦たちの背中が見える。急いで公園から退散したようだ。

「それよりも呼び捨てなんて許さないわよ」

「それよりもなんで猫耳メイドを散歩させてるんだよ!」

 訳が分からない!

 昨日のこと以上に頭が混乱している!

「猫耳メイドとは失礼な!」

 猫耳メイドは立ち上がり、胸を張る。大きい胸が揺れたな、おい。

「あたしはメイちゃんだ!」

「どこの着せ替え人形だ」

 こんな大きな胸の着せ替え人形、欲しいなぁ。裸で毎日遊べるぜ。

「息子がせり上がっているわよ」

「マヂで!?」

 俺は急いで息子を押さえる。まだ、大丈夫。

「最低ね」

「うるせぇ!」

「アリス様になんて口を聞くんだ! この童貞!」

「気にしてることを言うんじゃねえ!」

 なんなんだよ。というか、もうさっきからなんなんだよ、しか言ってない気がするぞなもし。

「メイちゃんはアリス様の専属奴隷メイドなんだぞ!」

「休日の昼間っから銃白金ワード放つの止めろ!」

「ところで、メイ。いつ立ち上がっていいって言ったかしら。童貞のどうしようもないチンポの高さまでしか立ち上がってはダメだと言ったはずよ」

「はい。アリス様ぁ」

「おい、おいおいおい」

 なんで蕩け顔してんだよ。というか、もう、訳分からん。

「ということで、この節操のないチンポを拷問しましょうか」

「是非ともよろしくお願いします!」


 そして、俺はリードでグルグル巻きにされて屋敷に戻された。あれか? 俺の名前はチンポだったのか?

「このワード連発していいんかよ」

「まあ、カクヨムだし?」

「いや、いやいやいや」

「イァンガルルガ?」

「メス猫は黙ってろ」

 再び拷問部屋である。アイアンメイデンとかあるよ、こわっ。

「で? これはどういうことなんだよ」

 拷問されかかっていることではない。昨日のことやらについてである。

「まずは栄養補給ね。やはり、昼間に出歩くものではないわ」

「かしこまりました!」

 メイは服をはだけ始める。エプロンを脱ぎ、胸のネクタイっぽいのを外して、そして、乳首が見えそうで見えないくらいまで服をはだけさせた。くそっ。

「童貞がいるから恥じらっているのね。いつもは全身裸なのに」

 ぶほっ。童貞には刺激が強い――

「早くしてください。アリス様ぁ」

 ぶほっ。

「仕方のない子ね」

 アリスは肩をむき出しにしたメイに近寄り、意外と細い肩を両手で掴む。そして、顔を首筋へ近づけた。

「アリス様の吐息が当たって…ひゃうん!」

 やめてけろ。息子が! 息子がぁ!

 アリスは赤い舌をメイの首筋へと這わせた。

「んっ…しびれますぅ」

 甲高い声が響き渡っている。アリスはメイの悲鳴を気にすることなく舌を首筋へ這わせていた。メイの首筋が艶めかしくてかる。

「ん…はぁっ」

 メイの吐息が漏れると同時にアリスの鋭い犬歯がメイの首筋へ触れた。

「そんなに硬くて太いのがぁ! ああんっ。それ以上はっ――」

 ぷすり。メイの首筋にアリスの牙が突き刺さる。赤い血が流れていく。

「入ってきますぅ! アリス様の硬くて太いのがぁ! メイちゃんの中にぃ!」

「っておい。ただの吸血シーンじゃねーか!」

 血を見た瞬間、俺は冷静になる。アリスは俺の言葉に耳を貸す素振りもなく、一心不乱にメイの血を吸っていた。

「あぁん! もう、らめぇ…」

 メイはばたりと倒れてしまう。その顔は紅潮し、放心しているようだった。

「どうかしら。楽しめた?」

「誰が楽しむか!」

 いやまあ、実を言いますとね…ええ。

「まあ、こういうことね」

「どういうことだよ」

 アリスは出来の悪い生徒をなじるような目を俺に向けてくる。そういう目は慣れっこだ。

「つまり、私は吸血鬼なのよ」

「なるほどな」

 少しも納得はしていない。なにがなるほどなのかわからない。

「で?この前の件はどういうことだ。どうして俺の腕がはじけ飛んだ」

「それは私が聞きたいわ。魔人。あなた、いるんでしょう? 姿を現さないとこの童貞を殺すわよ」

「おやおや。怖いねぇ。お嬢様は」

 三人しかいなかった部屋に突如、あの黒い帽子の男が現れる。

「オジサンに聞きたいことってなんだい? ガール」

「あなたが生きている理由は、この悪魔のせいね」

「分かるように説明しろよ」

 頭の中がくしゃくしゃにした原稿用にのようにこんがらがっている。

「あなたは以前からコイツの宿主になっていたのよ」

「どういうことだよ」

「さあ」

 さあ、ってなんだよ。

「あなたが出くわしたのも悪魔の一人。マザーファッカー」

 なんて名前だよ。

「ということは、俺もあのゾンビたちと一緒ってことか」

「それはちょいと違うぜ、少年」

 魔人が口を挟む。

「アイツはあんな感染するような悪魔じゃない。もっと下級なやつだ。しかし、あれはどういうことだ? お嬢様。感染能力なんざ、Aクラスじゃねえか」

「私にもわからないわ。突然変異なのか。それとも、アイツに能力を与えた者がいるのか」

「おい、置いてきぼりにするなよ」

「まあ、こういうことだ、少年。少年はもう日常には戻れないってことだ。非日常に足を突っ込んでしまっている」

「誰のせいだ」

「オジサンだな!」

「テメェのせいか!」

 なんなんだ、このおっさんは。

「あなたの腕が吹っ飛んだのも、精神が支配されたのもこの魔人のせいね。悪魔は契約を交わして代償をいただく。でも、願いが正しく叶えられることはない」

 ひっひっひ、と魔人は笑っている。

「魔人。あなたはなにが目的なの? 童貞をホモにするために棲みついているのかしら」

「当面はそういうことにしておいてくれ」

「おい!」

 真面目な話じゃなかったのかよ!

「敵対する意志は?」

「今のところないな。少年が殺されてしまえばオジサンも死ぬ。今敵対すると言えばオジサンを殺すつもりだろ? 少年ごと」

「ええ」

 アリスは簡単に言ってのけた。驚くほど冷淡に。

「悪魔は棲みつかれたらその宿主を殺すしか悪魔を殺す方法はないのよ」

「エクソシストとかいるんじゃねえのかよ」

「あんなインチキ商売、信じているのね」

 バカにしたように鼻で笑いやがった。

「今はマザーファッカーで忙しいから見逃してあげるけれど、終わったらあなたを殺すわ。志村映司の孫、志村映司孫」

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