第7話 黒幕




 左腕はみるみるうちに変容していった。肉が組変わり、禍々しく、太いものに変わった。指は鋭い刃物のような爪が伸びていた。

「これが魔人の力」

 見た目だけでカッコイイ。おぉ。中二心が

 くすぶるぜ。

「ひひっ。ひはははははははははははは!!」

 心底楽しくって嬉しくって仕方がない。だって、目の前にいるのは、殺してもいい奴らなのだ。

「サイコーだなぁ、オイ。おじさん、ちょーハッスルしちゃうなぁ」

 あれ? なんかおかしいな。

 でも、いいや。だって、すっごくワクワクして、体の底から快楽が押し寄せてくるんだもの。

「久々の殺しだぁ。最高だぁ。語彙力無くてマジヤバだぁ」

「あなた…やっぱり――!」

 油断したアリスの脇をすり抜けてマザーファッカーたちは俺に襲いかかってくる。

 そんな化け物たちを俺の左腕が両断していった。していく度血が噴水のように噴き出している。実に美しい。

「必殺技? 名前付けなんてめんどうくせぇよ」

 油断して、弱者だと思って突っかかったら、逆に殺されて。もう、生きちゃいないだろうが、そんな奴らの絶望した顔を想像しただけで、ゾックゾクしちゃう。

「さぁ! 殲滅だ! 殺戮だ! テメェら、んな弱さだとただの駒だろうが! 母体はどこだ? もっと骨のあるのを頼むぜぇ! 久々に、暴れられるんだからよぉ!」

 知能のないゾンビどもは俺に襲いかかってくる。いや、俺が襲ってるんだな。

 襲うって素敵。サイコー。

 切り裂いて、切り刻んで、ぶち殺して。

 血が、血が、血が。こんなにも素晴らしいものだったなんて!

「ははは。蚊を潰すみてぇだな。こんなにも数を増やすってことはもう母体も限界らしい。というか、お前ら、こんな能力もってたっけなぁ。まぁいいやぁ。楽しめるんだからよぉ」

 腹の底から笑いがこみ上げてきた。

 紙切れのように簡単に人間か切り裂ける。そして、切り裂いた後は紙吹雪のように破裂する。これは玩具としては大ヒット商品だ。

「ほらほらほらぁ! おじさんは血に飢えてんだよぉ! もっとくれやぁ! ひやっひははは!」

 だんだんと数が減ってしまう。

 もう増員はないようだ。

 残念だ。

 でも、遊びにはいつか終わりが来る。

「はぁ。つまんねぇなぁ。おじさんをもっと楽しませてくれよぉ」

 俺の足元には遊び終わった玩具ばかりが落ちていた。

 壊れやすいおもちゃは売れないぜ。

「ひはは。どうだ? アリス。俺、すごいだろ?」

 アリスは俺に赤い水晶の剣を振り下ろしてきた。

 左腕で受け止める。

「何すんだよぉ。俺はお前を助けたんじゃねぇか。感謝されこそすれ、殺される筋合いはねぇだろぉ?」

 でも、嬉しい。殺意を向けられている。心地いい。こういうのを俺は待ち望んでいたんだ。

「私はあなたを殺すわ。クルスニクの血にかけて」

「ぼくちん、横文字わかんなぁいぃ」

 ったく。

 コイツも殺すか。

「ひひっ。ひははははははははははっ!?」

 何が起こったのかを考える頭さえ俺には残っていなかった。

 なにせ、急に腕が破裂したからだ。

 妙な高揚感は失われていく。

 血が滝のように流れ出した。

 アリスが何かをしたわけではない。なにかをすれば簡単に分かる。

 俺の左腕がひとりでに弾けたのだ。

 魔法が解けてしまうように。

 すっぱりと失われた左腕は痛みすらない、ただ、ようやく血が少なくなって冷静さを取り戻したのだ。

 アリスの目は赤かった。

 その赤い目は化け物を見ている時と同じ、憎悪に満ちていた――


「志村映司孫。等々目覚めたのか」

 アリスと映司孫を見下ろす瞳がそこにあった。

 その目は嬉しそうに輝いている。

「面倒なことになった。早く対策を考えなければ」

 口元は女神の慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。

「この宿主もダメだな。しかし、とっておきがある」

 アリスは顔を上に向ける。

 アリスの足元には左腕を失い倒れた映司孫があった。

 アリスの視線の先にはもう、何者もいない。

 ただ、月が妖艶に輝いているだけだった。


「魔人の力を手に入れた少年と、吸血鬼殺しの吸血鬼、そして、このマザーファッカー。ははは。長い間じっくりと遊べそうだ」


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