第6話 アリス
「まだヒロインである私が出ていないというのに、勝手に物語を閉じないでくれるかしら」
とっても性悪な声が響く。その声とともに、俺を襲おうとしていた薬中たちは体から血を噴き出し倒れる。血のシャワーが俺と、そして、もう一人の、真紅のドレスの少女に降りかかる。
「真のヒロイン。アリス様の登場よ」
ふふっ、とアリスは妖艶な笑みを浮かべる。
「さあ、腑抜け。あなたはさっさと逃げなさい。あなたみたいな青二才のいていいところではないわ」
そう言われた途端、逃げ出したくなった。心から安堵してしまったんだ。
「ふっ。初セリフがそれとはな。ヒロインが聞いてあきれる」
手は震えて止まらない。でも、逃げ出すわけにはいかないだろう。
「背中は俺が守ってやる」
「雑魚が黙ってなさい。マザーファッカーはあなたに倒せるような化け物じゃない」
「嫌な名前だな、オイ」
検索するなよ。人生終わるぞ。
「まあ、この期に及んで未知なる能力が覚醒するとか考えちゃいないさ。でも、俺がじっとしていられない。あと、こいつら生きてるよな」
「死んでるわ。ここまでマザーファッカーの言いなりになっているのだから、すでに死体ね。助かりっこないわ」
「そうか。血を噴き出してたが?」
「化け物だもの。でも、あなたが殺した駒を見なさいな。すぐにミイラになっているわ」
俺はちらと足元の死体を見る。確かに、ミイラっぽくなっていた。体がカラカラに乾いて骨と皮だけになっている。
「足を引っ張らない程度に囮になってちょうだい」
「嫌なヤツだな、オイ」
俺が言えた義理ではないが。
アリスは手に握っている赤い水晶のような剣を振るい、マザーファッカーを斬りつける。切られたマザーファッカーは奇妙な音を立てて腹を破裂させた。
「こいや! テメェらのせいでR15指定になってもこっちには責任なんてねぇ――うっ」
おっさんの振り下ろした腕を避ける。こういうことだけは松本さんのおかげで上手くなった。盛大に地面に倒れたおっさんの拳は地面のアスファルトをかちわった。
「手品だろ、おい。現実なら、ごめん! 無理です! そういう趣味ないんで!」
一撃でも当たったら死ぬ。でも、アリスの背中がある以上、引くことはできない。
「ええい! くそっ。くそ!」
俺は倒れたおっさんに馬乗りになって殴りつける。何度も殴って、ポキリと嫌な音が鳴った後、おっさんは腹をスイカのように破裂させた。
「うおっ!」
次に女が襲いかかってくる。死んだような顔のせいで年齢はわからないが若いはずだ。
「おばさん。化粧はがれてるぜ…」
全体重をかけて俺を押しつぶそうとしてくる。
やべぇ。体重では勝っているはずなのに、押されてしまっている。腕に力が入らなくなってきて、段々と女の顔が近くなってきた。
「生きてりゃいい人妻だったんだろうな」
こんな遺言嫌だぜ…
「そのままでいなさい!」
俺はアリスの言葉を無視して無理矢理頭を女の胸に押し込んだ。
俺の首のあった場所にアリスの剣が線を描く。女の首はポトリと落ちる。俺はすぐにその場から退避する。
「テメェ、俺の首ごと持って行くつもりだったろ!」
アリスと背中を合わせ、俺は毒づく。毒づくというか、救命行為である。背中合わせでは流石に殺せまい。
「ちっ」
「おいおいおい。おいおいおいおいおい!」
何故俺の知ってる女子は俺の命を狙うんだ!
「アンタが足手まといなだけよ」
「そりゃどうもっ!」
マザーファッカーの振るってきた腕を腰をかがめて避ける。ビルのコンクリートが蜘蛛の巣状に割れる。
「一瞬でも攻撃が当たったら死ぬじゃねえか! どんな縛りプレイだ!」
顎に向けて一発。それでもまだ足りないようなので、左手で頬を殴りつける。
「向こうも普通の耐久力で助かったぜ…でも…」
続々とマザーファッカーたちは増え続けていた。これはヤバい。
「おい、ゴスロリ。こいつらは何者なんだ」
「ゴスロリではないわ。しっかりとしたロリータファッションよ。ゴスロリというのはね、ゴシック&ロリータの略称でね」
「今はウンチク語ってる時じゃないだろ! 退散しねぇと…」
「何を言っているのかしら。今、この町中のマザーファッカーの駒が集まっている。あなたはこんなモンスターたちを野放しにすると言うのかしら」
だが、アリスは少女だ。俺でさえ手こずるというのにか弱い乙女になんて…
「あなただけでも逃げなさい。邪魔よ。
「テメェ、何で俺の名前を――」
みんな気を使って呼ばないのに――!
暗い夜空に影ができた。顔を上に向ける。
「どけっ!」
俺はアリスの尻を思い切り蹴飛ばした。
「何をするの! …!」
アリスには俺の姿がどう見えただろうか。
多分宙をきりもみ回転しながら吹き飛んでいる姿だ。
そして俺は、アリスが全部倒し終わった路地の出口側にばたりと倒れた。
「おい、逃げろよ。今なら俺が囮になるぜ」
へへっ、と笑う。
直撃は免れたが、拳圧とかそういう類のものだけで体中が揺す振られて動かない。もう、逃げるのは無理そうだった。
「紙装甲だな、おい」
「バカなことを言ってるんじゃないわよ」
「お前でも無理だろうが! まだまだこいつらは増える! 逃げろよ!」
「アンタみたいなノグソを置いて逃げられるとでも?」
おい、ノグソって…おい…
「あら。私としたことが。あなたみたいな野ばらを伐採しないで帰るのは気が引けますのよ」
「お嬢様言葉だろ。でも、意味一緒じゃねえか!」
多分、俺が逃げたらアリスも逃げるつもりだったのだろう。どれだけアリスが強かろうとも、この数は無理だ。もう、正確に数は数えられないけれど。
でも、俺が倒れてしまったから。アリスはもう逃げられなくなった。どうしても逃げられない理由ができてしまったんだ。
「アイツがそんなタマかよ」
でも、マザーファッカーが俺に近づかないように戦っているのが分かった。厚いゴスロリ衣装のせいで汗がたらたら流れている。
俺がすべて悪い。
また、何も守れないまま終わってしまう。
「死んだ魚のような目だな。少年」
俺の目の前には帽子を被った荒々しいおっさんが立っていた。
「おっさんじゃなくておじさんだ。どうだ? 少年。俺のこと覚えているか?」
全くもって覚えていない。
「そうか。まあ、仕方ないわな。だって、少年の目は死んだ魚のような目じゃねぇもんな。いつも以上にギラギラ光ってる」
お前が俺の何を知っていると言うんだ。
「何でも知ってるぜ? 今朝、世界地図を描いたこととか。あれか。大秘宝ワンピースを求めて海に繰り出すのか?」
うるさい。なんで知ってるんだ。
「俺はお前さんと共にある。この先ずっとな。それが契約だ」
何を勝手にしゃべってるんだ。この野郎は。
「なに。俺の役割は少年に力を与えることだ。力が欲しいか? 少年」
欲しい。世界中の何よりも。
「じゃあ、自分を犠牲にする覚悟はあるのか?」
そんなもの、ねぇよ。
「じゃあ、最後の質問だ。少年は何のために力を使う?」
「守りたいものをこの手で守るために」
おっさんは鼻で笑った。心底不快そうに。
「合格だ。少年。クソ食らえな、ノグソのような――おっと、野ばらのような返答をどうも」
俺はおっさんの延ばした手を握って立ち上がる。
「俺の名前は魔人。そして、これから少年が魔人になる」
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