第1話 真紅の瞬き


「また夢か」

 汗ばんだ体が気持ち悪い。登校前にシャワーでも浴びるか、でも朝はまだ肌寒いから湯冷めするかな、などと思いつつ、その直後目覚まし時計が鳴って、なるほどすぐに出なければならないという結論に至る。

 俺はすっごくギリギリまで寝ているのだ。で、目覚ましが鳴ったわけだから、飯も食わずに出なければ間に合わない。

 あー、嫌な人生だ。

「人生。それは男のロマン――」

「バカなこと言ってないで急いでいきなさいよ。もうアンタが最後なのよ」

 寮を出るのが最後ということだ。私立迷問学園。それが俺たちの通う学び舎で、死ぬほど高い学費の名門なわけだが、名前はふざけている。名前の割りに地球一、いや宇宙一入るのが難しく出るには最低でも腕の一本は犠牲にしなければならないなどと言われる学園である。もう、訳分からん。その学園の寮『タッチアンドゴー』が俺の住まいである。

「相変わらずふざけた名前だ」

「さっさと行け! このゴミクズが!」

 そう言って寮母さんの松本さん34歳独身がレッドフラッシュ10個の入った小さなタッパーを俺に投げつけてきた。

 これこそ俺の日常。

 あー、いい日常だな。

「ちなみに松本さんの名前はデザイアー松本。ニューハーフだ。本名はトップシークレット。大方西郷隆盛くらいだと俺は思っている」

「殺すぞ」

 おお、怖い怖い。

「殺すぞ」

 大切なことなので二度言われました。

「そんなことより、アンタ、遅刻するわよ」

「大丈夫。いつものことだ」

 本気で殺されそうなので俺は急いで学園に向かう。

 向かいがてら、タッパーの中のレッドフラッシュを一つ抓んで喉を潤す。

 やっぱやめられねぇな。


 学園の寮となるとすぐ近くにあると思うだろう。しかし、5キロ先だ。

 5キロ先なんだ。

 故に寮生は毎日マラソン大会である。暗殺者でも育成しているのだろうか、この学園は。山道を進み、学園まで残り半分というところで寮生殺しの階段がある。この階段には噂話があるが、これ以上長々と続けるのは面倒臭い。ググれ。

「ふひぃ。これ以上激しくすると壊れちゃうぅ」

「おはよ。志村くん。今日も死んだ魚のような目をしているねっ」

 ドクン、と俺の心臓が跳ね上がる。

 毎日毎日心臓に悪い。

「なんだ、笹森か」

 俺に笑顔で話しかけてくるのはとんでもなく可愛くて昇天しそうな学園のアイドル、笹森パンダだ。キラキラネーム? 知るか。

「ちなみに毎日ここで俺を待ち伏せているストーカーだ」

「いやだなぁ、志村くん。冗談が上手なんだから。私はストーカーじゃなくて志村くんの命を狙う暗殺者だよぉ」

「より質が悪いわ」

 女性用の護身銃をちらつかせているのは心臓に悪い。

 流石にモデルガンだよな。

「あ、手が滑っちゃったっ。テヘペロぱんだっ」

 バキューン。

 ガンダムのビームライフルみたいな冗談だよなみたいななんか変な音しましたでございませんかねおーまいごっどとげざー!

「本物かよ! 日本の法律どうなってる!」

「大丈夫だよ。去年の夏まつりで買ったものだから」

「どこの夏まつりだよ!」

「えっとね、大阪の――」

「それ以上言うな! いくら閲覧数が見込めないからって大阪人全員を敵に回す気かっ」

 あれ?俺の日常ってなんだろう?

「諦めないことだよっ」

「お前は躊躇え!」

 そんなやり取りをしている間にチャイムが鳴ってしまった。

 これはいつものことだ。

「さ、行くよ! 志村くん!」

 笹森は短いスカートをはためかせ先に走っていってしまう。普通に俺より速いのでなんだかなー、と。あと、ミニスカは校則違反です。

 俺も笹森の後に続いて走る。長距離走のそれではなく、カールルイスなみの短距離フォーム。

 笹森のスカートがめくり上がり、ピンクと白のストライプが見えている。

「パンツ見えてますよ」

「見せてるの」

 そうか。でもな、ストライプはな、パステルカラーの水色と白のストライプなんだよ。

「何故水色と白じゃないんだ!」

 俺の心の中の叫びはカラスがひしめく青い空にこだましていた。


「なあ、3000字も費やしてなにも起こらないって、ネット小説では致命的だろ?」

「そんな! パンツ見せたのに!」

「女の子はパンツって言わないって聞いたぞ?」

「男の娘だもん」

「結婚してください」

 校門を目の前にするとどうせ遅刻なのでどうだっていい気分になる。故にストーカーと歓談しつつ小春気分にハイキングウォーキングだった。

 今の子ハイキングウォーキング知らないって?嘘だろ?なんでカジサックは知ってるんだよ。

 俺たちが校門の教師に笑顔で見つめられながらとぼとぼ歩いていると、ふと、なんだかおだやかじゃないわね。

「文法おかしいよっ」

「現代文赤点の俺に言うなよ」

「全部赤点じゃない」

「何故知ってるんだストーカー」

「先生に色目使ったら簡単に教えてもらえるよっ。去年の終業式に毎回先生が名指しで言ってたし」

「おいおいおい」

 愛されてるなー、俺。いつか学園爆破する。

「毎回立ちながら寝てるからわかんねーや」

「うん知ってるよ。だから毎回耳元で催眠かけてるもん」

「お前クラス違うだろ! 並ぶところ全然違うだろ!」

 やっぱストーカーじゃねぇか。というか作者コイツに色々属性つけ過ぎだろうが。後で忘れて矛盾が出るパターンだろ。

 そんな俺に突然電流が走る。

 嫌な奴だ。これはなんか嫌な予感だ。まるで蛇に睨まれているカエルのような心境。

 コミカルな奴じゃない。

「どうしたの? 志村くん。すっごく汗ダラダラだよ?」

「あ、ああ…」

 寒気が体を襲う。逃げたくて逃げたくて仕方がないというのに、逃げられなくて、自分が止められなくて、そして、何もかもが真っ赤になって――

「なに? あれ?」

「へ?」

 疲れて碌に動かない頭で目に見えているものを知覚する。

 赤だ。違う。真っ紅だ。

 赤、赤、赤…

 叫び声をあげたいのにどうしても声が出ない。泣き叫んで助けを呼びたいのに、助けてくれる人なんて誰一人いはしない――

「きれいな人だね…」

「へ?」

 無理矢理に現実に引き戻される。嫌な夢を見ていた。今朝と同じ夢を。

 俺たちの前には、白い日傘を差した、ゴシックロリータの少女がいた。そいつは学園の門をくぐっている。

 一目見ただけで見目麗しい。そんな稚拙な表現しか出てこない。もう、体中から噴き出す美しさでほとんどその少女の姿を見ることができなかった。

「って、何故ゴスロリ?」

 保護者の方だろうか。最近のアニメの保護者はロリだと決まってるからなー。

「それよりアイツ、遅刻だよな」

「そうだね。遅刻だね」

 俺たちも見逃されるかと思いきやそんなことはなく、カバのような形相の体育教師に小言を散々聞かされながら始業式のために体育館に直行する羽目になった。


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