第42話 ネロと舞子と謎の男

 ※ご注意 官能場面はないのですが、一部、卑猥な単語が出て来ますので、不得意な方はご注意ください。レイティングはしてあります。


 ぺこりは四畳半の部屋で、舞子ちゃんを相手に晩酌をしていた。とは言っても、ぺこりは酒を飲まない。野生動物にとって、酒は毒である。ほとんどの野生動物に飲酒の習慣はない。ほぼ人間だけが毒であるアルコールを摂取して楽しんでいるのだ。ぺこりが飲んでいるのはダイエットコーラ。この人工甘味料の入った炭酸飲料が動物にとって毒でないとは思えないのだが、ぺこりは毎夜、愛飲している。だいたい二ダースくらいかな?

 ぺこりが口を開いた。

「舞子、悪いがダイエットコーラがなくなってしまった。一ダースほど持ってきてくれないかな。たぶん、地下の食品貯蔵庫に行かないとないだろう。あと、氷もね」

「はい」

 舞子ちゃんは襖を開けて出て行った。するとぺこりは脱兎のごとく、戸棚の上に置かれていたヘッドフォーンを装着し、

「蛇腹、蛇腹用意はいいか?」

 と言った。

「大将、準備完了していますぜ」

 蛇腹の声。

「よし、急いで来てくれ」

「へい」

 という声とともに蛇腹参上。

「は、早いなあ」

 ぺこりが驚くと、

「大将。俺はこう見えても忍者ですぜ」

 蛇腹は答えた。

「さすがだねえ。で、例のブツは持ってきた?」

「ええ。だけどこんなもの必要なんっすか?」

「おいらの野獣の嗅覚が正しければな。とりあえず出してよ。アンドロイド用の睡眠薬」

「へい。こちらです」

「しかし、なんでも持ってるな。アンドロイド用の睡眠薬なんて需要がないだろ?」

「大将、こういう時のために、どんな薬物でも用意しておくのが毒蛇衆の心得です」

「いやあ、あっぱれな心がけだよ。上手くいったら給料アップだな。で、アンドロイドに薬が効くのか?」

「ケミカルな部分はよくわからねえです。前に神奈川薬理大学の教授先生と仲良くなりましてね、その時、念のためというか興味本位で作っておいたんです」

「そうかあ。あっ、舞子ちゃんが帰ってくる。蛇腹は天井裏で見ていてくれ」

「了解」

 蛇腹は音もなく消えた。


 舞子ちゃんが部屋に入ってくる。一ダースのダイエットコーラを平然と持ち上げている。やっぱりどこかが本物とは違って抜けているなとぺこりは感じた。

 テーブルにはあらかじめ半分ずつダイエットコーラを入れたグラスが置いてある。もちろん片方には蛇腹の用意したアンドロイド用の睡眠薬が混ぜてある。

「あら、まだコーラあったんですか?」

 舞子ちゃんが尋ねる。

「そうなんだ。なんか気が抜けちゃっているみたいだし、ぬるいんだ。悪いけれどさあ、持って来た氷を入れて、半分飲んでくれないか」

「はい」

 舞子ちゃんは氷を二つのグラスに入れる。

「じゃあ、乾杯」

 グイッと一気に飲み干す。舞子ちゃんに変化はない。

「ねえ、舞子。どんな味がする?」

 ぺこりが聞く。

「ええと、コーラの味」

「変な味とかしない?」

「いいえ。なんでそんなことを聞くんですか?」

「いや、別に」

 ぺこりはとぼけた。すると、突然、舞子ちゃんの瞳が緑色に点滅しだした。

「ぺ、ぺこりさん……なにか……シコミマシタネ……」

 舞子ちゃんはばったりとテーブルに突っ伏した。

 ぺこりは動かない。

 三分間待つのだぞ。

「よし、蛇腹。出て来てくれ」

「へい」

「すまないが、このアンドロイドの着物を引っぺがして、丸裸にしてくれ」

「お、俺がですか?」

 蛇腹が珍しく臆した。

「お前以外に誰がいる? おいらのこの太い指と爪では、着物や、柔肌に傷がついてしまう」

「そ、そうですがね」

「何を躊躇している。お前らしくないぞ」

「へい」

 蛇腹はものすごく繊細に着物を脱がせにかかった。

「おいおい、もっとテキパキやれよ。着物なんていくらでもあるんだ。破っちゃってもいいよ」

 ぺこりが怒鳴る。

「へい、すみません」

 蛇腹が大汗をかきながらどうにか着物を脱がした。

「フー」

 額の汗を拭う、蛇腹。

「おいおい、仕事はまだだよ。アンドロイド舞子の身体中を綿密に調べるんだ」

「た、大将……」

 蛇腹が泣き言をしだした。

「なんだよ?」

「俺さあ、女人の裸なんて、生まれて初めて見るんだ。勘弁してくれないかなあ」

「蛇腹ったら純情。でも、考えてみろよ。ここにはおいらとお前の他に誰がいるんだ? この秘密を拡散することは絶対に出来ないから、他の人間は呼べない。それにおいらはさっき言った事情でムリ。大丈夫だ。こいつは女人じゃない。アンドロイドだ。そう覚悟を決めてやりな。お前なら出来る。頼むぜ」

「そんな殺生な」

「地獄の蛇腹が泣いてどうするんだよ。ここは、実際の女人と触れ合うときの予行練習だと思うんだな。アンドロイドとは言え見事な美貌だよ。お前にはもったいないが、なりゆき上、仕方がない。役得だぞ、蛇腹!」

「へ、へい」

「まずは頭皮を入念に調べろ。それほど長髪ではないから、面倒はないだろう。不自然な穴や黒子があったら教えてくれ。ただし、絶対に押すなよ。これはくだらないギャグじゃないぞ。下手に押したら、こいつが再起動してしまうかもしれないからな」

 ぺこりは蛇腹に指示を出した。

「へい」

 蛇腹は覚悟を決めて頭皮の検分に入る。

「大将、何もないです」

「よし、では顔と首だ。耳、鼻、目、口の中とにかく穴は綿密にな。あと、うなじに貯金箱みたいな長細い穴とかないかじっくり見るんだ。時間はいくらかけてもいい」

「へい……ありませんねえ」

「うむう。次は胴体だ。腋や乳首、臍だな。あと、やっぱり黒子にも注意しろ」

「へい。大将、乳首はどのように見分けるんですかい? おいらさっぱりだ」

「はあ? なんだよ、ガキみたいだなあ。舐めてみりゃあすぐわかるよ」

「な、舐めるんですか? 俺が舞子さまを……」

「だから、それは舞子じゃないってば。精巧に作られた舞子のアンドロイドだって言っているだろ。ほら、舐めちまえよ、早く。おいらだって、舞子のそっくりさんをお前にいじくり回されて、内心、いい気はしてないんだよ」

「すいませんって俺が謝ることじゃないな。じゃあ、大将。舐めさせていただきます。うーん、ふっくらして小粒のさくらんぼの実のようです」

「なら、ボタンじゃないな。次は足から尻にかけてとっぷり見てやんな」

「へい……黒子どころかシミ一つない、美しいおみ足です」

「蛇腹、乗ってきたな。じゃあ、もう残るは穴三つ。肛門と膣と尿道を開いてライトをつけて奥まで見渡せ。そこまでやって、何もなかったらもうお手上げだ。おいらは舞子に負けたことになる。大恥だ。俺は大雪山か知床羅臼に隠居だ。絶対に探し出せ、蛇腹」

「へ、へい……いけません、大将。一物が膨れ上がって痛いです」

「お前、本当にウブだな。生まれてこのかた毒薬のことしか考えていなかったんだな。よし、この仕事がうまく行ったら、メイドさんからいい女性を選んで妻わせてやろう。お前は思っているほど、悪い顔でもないし、性格だって純情無垢だよ。いいやつだ」

「あ、ありがとうございます」

「礼はまだ早い。作戦が成功してから言いな」

「すいません」

 蛇腹はペンライトをかざしてアンドロイドの肛門を覗き込んだ。そして、

「あ、ありました。緑色の小型で光るボタンが!」

 蛇腹が叫ぶ。

「よし。もう一つ。小さなイジェクトボタンみたいなものはないか?」

「ええと、うーん? これだあ! あります、あります」

「よし、そのボタンを押すんだ」

「いいんですか?」

「構わない。おいらにはそのボタンは小さ過ぎて押せないよ」

「へい、押します……ああ、microSDが出てきました」

「蛇腹、でかした。あっぱれだ。それを悪いが、大至急仲木戸のところへ持って行ってくれ。そして何も理由は言わず、おいらの命令で至急解析するように命令するんだ。万が一、寝てたら叩き起こしていい。それで、お前の大役はおしまいだ。ご苦労さま」

「ありがとうございます。超特急で行ってまいりやす」

 蛇腹は出て行った。

 ぺこりは座敷にゴロンとなる。

「こんなものが作れるのは、やっぱりあの男しかいないよなあ。でも、舞子はどうしてこんなものを作ったんだろう。全く意図がつかめないよ。おいらに敵対する気かなあ? でも、おいらの妹の依り代だからこそ、舞子には特殊能力が備わっているんだろうにな。おいらから離れたら、ただの女優だよ。好んでやっている学校経営もボランティアも出来なくなる。しかし、直接聞くにはおいら、少々荒療治をしてしまった。というより、今の状況では本物の舞子が表に出て来られないなあ。ああ、そうか! 急がなくちゃ」

 ぺこりは飛び起きると、疲れからか、軽いめまいに襲われたが、それをものともせずに、メイド頭の長与(ながよ)を呼んだ。

「なあ、長与。眠りこけている素っ裸の女人の着付けを一人でできるか?」

「申し訳ございません。少々、難かしゅうございます」

「じゃあさあ、何人いればできる?」

「三人ほどいれば……」

「よし、口の硬い女中、三人連れて、おいらの部屋で寝ている素っ裸の女人の着付けをしてくれ。これは機密中の機密だ。もし、噂一つ立ったら、今いる女中を全員殺す。おいら自らの牙と爪で無残に殺す。その代わり、墓場まで秘密を持って行けるならきみも含めて特別ボーナスを出す。いいか、おいらは本気だからな!」

「は、はい。すぐに準備いたします」

「おい、関係のない者には一切悟られるな。慎重にそして素早くやれ。そして、着付けが終わったら、救急車で女をみなとみらい病院に運ぶんだ。救急救命士に病院を指定するんだ。別の病院に行きそうになったら、金を渡してでも、みなとみらい病院に行かすんだ。主治医がいるとでも言えば大丈夫だろう。頼んだよ」

「はい。懸命に努めます」

「よし」

 長与の言葉を聞くと、ぺこりはエレベーターに乗って消えてしまった。


 舞子の部屋の本棚の裏には隠し部屋がある。この部屋がいつ作られたか誰も知らない。舞子もぺこりも知らない。というより、この部屋の存在をぺこりは知らないのだ。作ったのは名もなき工務店だったらしい。この階にはあまり人が出入りしないので、大勢いるぺこりの組織の人間で気がついたものも皆無だったようだ。この隠し部屋が完成した後、工務店はすぐに倒産し、そこで働いていた人で、いまこの世に生きている人はいない。これは不自然極まりないが、誰もそのことに気がついていないので話題にも上らない。もちろん、誰かが口封じで抹殺したに決まっている。でもそれは、舞子ではないし、ぺこりでもない。では誰か? じきにわかるであろう。


 本物の舞子はその隠し部屋に籠っていた。状況は大体把握している。防犯カメラや隠しカメラの映像がこの部屋で閲覧できるからだ。

 舞子はタブレットを使って誰かにメールを送っていた。

『やあ、舞子』

 返事が来た。

『ごめんね、こんな時間に』

『おいおい、時差を忘れるなんて、きみらしくない。こちらは昼間だよ』

『ああ、そうか。あのね、緊急事態が起こったの』

『なに?』

『舞子ちゃんがぺこりさんにやられちゃったの』

『どう言う風に?』

『ええと、ぺこりさんの配下に毒薬専門の将軍がいるのは知っているよね。彼が、アンドロイド用の睡眠薬を用意して、ぺこりさんが舞子ちゃんにそれを飲ませたの。舞子ちゃんは強制終了してしまったみたい』

『ふーん。興味ある睡眠薬だね。僕もすぐには化学式を思い浮かべられないよ。あとでじっくり考えよう』

『睡眠薬はもういいの。問題はぺこりさんがmicroSDを見つけて、解析にかけたということ』

『それなら大丈夫。あれには念のために京の単位の暗号を仕込んでいるから。まず、ロックは解除できないよ』

『でもね、ぺこりさんの組織の科学技術庁って意外と優秀な人材が揃っているの』

『ああ、カッパーキングを作ったところだね。でも、万が一解析されても、それだけではアンドロイドの作り方が分かるだけだから、きみの意図はわからないよ』

『そうなんだ』

『ぺこりさんは怒っているの? あの方って普段はとても優しいけれど、激怒したら見境がつかなくなるじゃないか。あの時のようにね』

『なんか、穏便に済まそうとしているみたい。舞子ちゃんをみなとみらい総合病院に入院させたわ。あの病院って表面上は違うけど、実際はぺこりさんのところの経営でしょ。これから、あたしはみなとみらい病院に行って、舞子ちゃんとすり替わるわ。舞子ちゃんはもう役立たずだからFedExで、そちらに送り返すね』

『そう……メイドは余っているんだけどな。でもきみの顔をずっと見ていられるのはいいね。しかし、ぺこりさんの野生の勘は予想以上だったね』

『ちょっと、日頃のぐうたらぶりを観察していて、甘く考えていたようね』

『きみたちはさあ、『共依存』の関係なんだよ。だから、ぺこりさんはきっと、知らないふりをすると思うよ。きみも、とぼけていればいいのさ。狐と狸の化かし合いをずっとしていればいい』

『でも、ちょっとぺこりさんに会うのが怖いわ』

『大丈夫だよ。きみには黙っていたけれど、ぺこりさんは定期的に僕に手紙をくれるんだ』

『えっ、ぺこりさんは字が書けないのよ。ペンが持てないから』

『右筆みたいな人がいるんでしょ。いつも僕の体調を気遣ってくれるし、舞子への愛情も正直に書いている。時には僕に戦略の相談までするんだよ』

『あら、ひねくれ者のぺこりさんにしては率直ね』

『でね、必ず最後に尋ねるんだ。ネロさまから連絡はないかってね。ぺこりさんはネロさまが生きているって信じているんだ』

『そうなんだ……』

『あんなに激しい戦闘をしたのに、ぺこりさんはネロさまのことが心から好きなんだね』

『そうね……ああ、疲れたでしょ。あとのことはなんとかするね。かけがいのない、男女なのに一卵性双生児のお兄さま。お体お大事に』

『ああ、少し休むよ。かけがいのない、男女なのに一卵性双生児の妹よ。危機は乗り越えられるよ。ぺこりさんを信じてね』


 ええと、ネロのことを書く字数がなくなったようである。申し訳ないが、次話に持ち越しである。

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