第41話 よろしくま・ぺこりの温情

 五月。

 お代がわりも無事に終わった。ぺこりはお布団ではなく、机にほおづえをついて、ぼんやりとしているように思われる。その実、先日行われた『ぼく』掃討戦を思い浮かべて、深く後悔をしていた。「クジラはいいんだ。美味しくいただいたし、全国のご家庭の食卓が多少なりとも潤ったんだから。問題はさあ、イルカたちだよ。一部地域では食するらしいけど、普通は食べないよな。命をあんなに粗末にしてしまい、おいらの気分は最悪だ。なぜ、麻酔弾を用意しておくように命じなかったんだろう」後悔先に立たずである。


 さらに重大な問題はこれから始まる。カッパーキングにやって来た『ぼく』チェキをぺこりは丁重に出迎え、三人(?)人きりで、その話をじっくり『ぼく』の話を聞いた。ぺこりの予想通り、『ぼく』は、あの日の光を浴びて、目覚めたらしい。イルカ(チェキというようだ)の方はそうではなく、『ぼく』と生活を共にすることで、次第に能力が目覚めて行ったというのだ。ということは、おいらの周りにいる者たちも目覚めていいはずなのだが、その兆しは全然、感じない。ぺこりはよっぽどこの言葉を口にしようと思った。「『ぼく』よ、おいらの参謀になれ。チェキも一緒だ」。だが言えなかった。組織の支配者としては言ってはいけない一言だったからだ。なので、「おいらたちの戦いは終わった。『ぼく』たちが人間に手をかけたり、テロリズムを行わないと約束するなら解放しよう」

「え、いいんですか? 約束はしますけど、ぺこりさんのお仲間にはそれで納得ができない方もいるのでは?」

「いいんだ。たとえ、そういうものが出ようと、首領はおいらだ。ああ、そうだ。おいらが『ぼく』に名前をつけてあげるよ。どうも、紛らわしい」

「そうだね。『ぼく』はずっと三人称だった」

「そうねえ。ええっと、カメ男!」

「えっ、マジっすか? ダサいなあ。でも、まあいいや。どんな名前でもね。ぼくはカメ男だね」

「そうだ、カメ男はおいらの海の友だちだ!」

 そう叫ぶと、将軍たちの反対を押し切り、カメ男をカッパーキングから解放する。メインスクリーンにはお礼をするカメ男とチェキが映っていた。

「ぺこりさま。なぜ、殺しませんでした?」

 勤勉が怒っている。

「これ以上ムダに海の生物を殺すのは気に入らない」

「しかし、考えてみてください。産卵の季節になったら、あいつのDNAを半分持った赤ちゃんガメが大量に生まれるんですぞ!」

「自然淘汰でなんとかなるよ。おいらだって、死線をくぐり抜けて来たんだからね」

「しかし!」

「なんだ。じゃあ聞くぞ? この戦いで当方の人的被害はあったのか? 勤勉!」

「ご、ございません……」

「おいらの信念は曲がらない。味方の犠牲者、無関係な被害者、敵の無益な犠牲者は極力出さない! 今回は我々の戦いの中では大失敗だ。全機帰還する! 今後、基地に着くまで、おいらの部屋に入るやつは死刑に処すからな!」

 そういうと超VIP室に籠ってしまった。


 カッパーキングが秘密基地の港に戻っても、ぺこりは下船しなかった。とうとう、船内に孫請け会社の清掃業者が洗いに入るまで出てこなかった。

「あれ、ここはどこ?」

 戸惑うぺこり。実は船酔い防止に酔い止め薬を二十個も飲んでいたので、爆睡しちゃって、到着したことにも気がつかなかったのだ。それに、部屋に入ったら死刑だから誰も呼びにこない。ところが、そんなことにはお構いなく、部屋に入って来た作業員はベテランで、ぺこりを見ても特段、驚かない。見慣れているからだ。ぺこりは一計を案じた。

「なあ、ちょっとお遊びをするんで手伝ってくれないか?」

「へい、いいですよ。なんですか?」

「きみらのところの安全帯とヘルメットを貸してくれ。制服は無理だろうな?」

「ああ、『ゴーンさんごっこ』ですか? 戦闘員にはバレバレだと思いますがね。一応、それらしきバンも用意しましょうね」

「きみさあ、気が利くよね。名前とI.D.書いといて」

「そんな小さなことには気を配らんでもいいですわ」

「いや、とにかく、我が組織には有能な人材が払底している。きみのような隠れた人材が必要なのさ」

「そりゃ、有難いこってす」


 安全員に囲まれてバンに乗り込んだぺこりは、特に誰に注目されるわけでもなく、直通のエレベーターでまでやってくると、バンを降りて、一人でエレベーターに乗り込み、一気に上昇し、四畳半の部屋に入ると、すぐに『禁足』と文字が書かれた大きな木の板を門扉においた。念のため、一万ボルトの電流も流している。ここまでを一人でやりきると、

「ああ、疲れた」とお布団で寝てしまった。


「ぺこりさん」

 誰かがぺこりを起こす。

「舞子、禁足令は見たであろうに。それにあの電流、体に大事はないか?」

「案外、身体はぺこりさんより丈夫なようで」

「ふふふ、舞子のジョークはいつも、面白いな。で、何の用だ? どうせ、勤勉ジジイたちが吠えているのだろう」

「うーん、四分六という感じかしら」

「勤勉、真実、涼真……あと誰?」

「勝栗洋三さんです」

「洋三か。書籍も揃えられぬ無能ものが、どうしたんだ?」

「勤勉さんの口説きに落とされたようです」

「ふーん、学都のやつは落ちなかったのか。意外だったな」

「彼は賢いわ。四分六プラス、ぺこりさんが相手では勝てないと見たのでしょう」

「様子見は上手なようだな。ところであいつらはなにをしている?」

「緊急十二神将会議を発議しました。ぺこりさんにもいらっしゃるよう手紙が来ています」

「ふん。誰が行くかよ。そうだ、舞子。便箋を出してくれ。やつらに一筆書いといてやるから代筆してくれ。まず、その会議においらは参加しない。きみらがなにを議論しようと勝手だ。さらに、その結果、この組織が分裂しようと木っ端微塵に崩れ去ろうと全く問題はない。おいらは、また新しい組織を作り、大いなる目的のために戦うだけである。ついて来たいやつがいるなら、遠慮することはない、また頑張ろう。敵となる諸君とは戦うことになるが、これまた遠慮は無用。容赦なくおいらを殺すがいい。殺せればだがな」

 舞子がスラスラと書き留めると、十二神将会議の座長を務める関根勤勉に渡すように頼んだ。


 ぺこりからの手紙を渡され、一読した勤勉は、なぜか冷や汗が止まらない。手紙は右方向に読まれた。涼真、洋三、真実の顔が順番に青くなる。

「ぺこりさまを怒らせてしまったか?」

 そこへ蛇腹蛇腹が立ち上がり。

「俺、ぺこりさまを裏切る気はないから。この会議は無駄だ。帰る」

 と言って部屋を出て行った。

「…………」

 続いて無言の弘樹、麻臼、鋼太郎、鳶山、学都、銘抜刀、王面丹が出て行く。勤勉のクーデターは失敗したようだ。


「そうか、案外と律儀者が多かったということだな」

 舞子からの報告を聞いてぺこりはニヤリとした。

「勤勉さまたちを罰するのですか?」

「有能な人間は許すよ。使えるからね」

「あら、全員とは言わないのね?」

「さてな。ああ、話は変わるけど、舞子は最近体調が悪いのかい?」

「いいえ。でも、なぜ?」

「なんか、時々話がすれ違ったり、おいらのこと『ぺこりさま』と呼んでみたりなあ、念のため脳ドッグに入ったほうがいいよ。何かあったら、とてもおいらが困る。余人に代えられないとはそなたのことだ」

「はい。でもバージョンアップするので平気です」

「どういうこと?」

「秘密です」

 舞子は去って行った。禁足は外していない。足元には注意だぞ。


 やがて、部屋の外から舞子が例の四名の訪を告げた。

「禁足は解く。百万ボルトの電流も切ったわ。入ってこい」

 ぺこりが怒鳴るが、

「ご四方はここでお詫びしたいそうです」

「ああそう。じゃあ襖を開けてくれるかい。お茶などは無用。舞子は下がりなさい」

「はい」

 下女たちによって襖が開けられた。剃りたてホヤホヤのスキンヘッドが四つ、雁首を揃えていた。

「ふふふ。結構な座興だの、勤勉よ。鶴見の仁王寺に弟子入りするか? 口を聞いてやってもいいがな」

「仰せとあらば」

「ははは、ご住職の覚詠和尚が迷惑するわ。あんたには死ぬまでおいらの家臣でいるという、恐ろしい罰を与える」

「よ、よろしいので?」

「意見の対立程度で、重臣を殺生していたら、組織は長く続かぬわ! 年寄りなんだから分別をつけてくれよな」

「申し訳ございませぬ」

「ついで、真実、涼真。お主らには一年間、日曜幼児ボランティアのペルパーを命じる。幼い命と向き合うことで生命の大切さを考えるんだな。かわいいアップリケのついたユニフォームを急ピッチで製作中だから」

「はっ、誠に申し訳ございませんでした」

「さて、洋三。きみは誰に頼まれて反逆を心得た?」

「……言いにくいことではございますが勤勉さまです」

「……洋三。男っていうものにはなあ。口が裂けても言えないこと。墓場まで持って行くべきものがあるんだ。きみのいまの一言で、勤勉への罰が変わったらどうするんだよ?」

「はっ、申し訳ございません」

「うぬ。謝ればそれでいい。あの、洋三はどこの出身?」

「岡山です」

「ああそう。でさあ、北海道って知ってるよね?」

「はい。何度か訪れました」

「そりゃあ、良かった。で、網走は知ってる?」

「刑務所のですか?」

「そう、今は博物館だけどね。その周りに広大な農耕スペースがあって、うちの関連会社が(株)網走・阿寒湖カントリーファームというのをやってるんだ。きみねえ、明日からそこの勤務だからよろしく。準備は早急にしておいたほうがいいよ。行くのをやめようとしたり、別の場所に逃げ出そうとしたら、体内に埋め込まれている特殊爆弾が破裂するからね。あんまり他人に迷惑かけないでね。ジャガイモが美味しいってさ。以上。質問は受け付けない」

 ぺこりがそういうと下女が襖を締めた。

「チケットを取るのから、一人でやるの? うわ〜」

 大慌てで、洋三はエレベーターに消えた。


 舞子は一人、自室にこもった。鍵をきっちりと掛け、盗聴器等のチェックを行う。舞子の部屋は舞子以外には侵入を許されていない。ぺこりさえもだ。頑強な秘密基地、綿密な盗聴防止機能、電波拡散装置を使っても、スパイの虫は消えない。今日もきっちり三匹の虫が獲れた。後で科学技術庁に持って行かせよう。舞子ちゃんにね。

 落ち着いた和室には少し不似合いなロッカーが立っている。舞子は右手側に付いているテンキーを使って鍵を開ける。本当はもっと煩雑なICカードを使えばいいのだろうが、万が一、それを紛失したら、時代が変わってしまう。

 キーロックが解除され、扉が開く。中にあったものは舞子ちゃんの抜け殻だった。舞子は舞子ちゃんの抜け殻の肛門奥にある、起動スイッチを押した。約十秒で舞子ちゃんは目覚めた。

「おはよう。舞子ちゃん」

「おはようございます。舞子さん」

「ふふふ、自分に敬語を使うことはないわ。今日は予定より早くなってしまったけれど、あなたのバージョンアップをします。ぺこりさんが、あなたの不自然な言動に気がついてしまったのよ。ああ、責めているわけではないの。思ったより、ぺこりさんの勘がよかっただけ」

「でも、本来ならば……」

「そう。いまのバージョンで大丈夫のはずだった。けれど、ぺこりさんの心中で野獣の勘が高まっているみたい。誰に対してかはわからないけれど。ごめん、お尻の穴を突き出してくれるかな? こういうものを隠せる場所って他にないのよ。面倒ね、女って」

 舞子は舞子ちゃんに何か小さな機械を挿入した。

「で、再起動」

 一瞬死んでいた舞子ちゃんの目の色が変わり、突然吠えた。

「孤狼将軍!」

 舞子が焦った。なぜ、その言葉を……。

 その後、舞子ちゃんは何事もなかったかのように振る舞う。

「舞子ちゃん『狐狼将軍』って言葉は知っている?」

「……いいえ。今のところ記憶されていません」

「そう、わかったわ。じゃあ、いま脳波に送ったスケジュール通りに動いてね。よろしく」

「はい」


 タチの悪い悪戯だ。舞子は軽く怒っている。なので、通信ソフトを使い、文句を書いているのだ。相手はスマホに出られない。生まれたときからの特殊な病気で、歩くことも何もできない。しかし、神は、なぜかそんな人物におそらく宇宙一の天才的頭脳を与えた。今も、感染症などに気をつけて自然豊かで空気の良い、とある場所に住んでいる。具体的にどこかを言えないのは、作者がそんな場所を知らないからである。


 タブレットが通信を知らせてきた。Enterキーくらいは押せる。

『随分とタチの悪いジョークを仕込みましたね』

 かろうじて出せる声で、マイクを使って、パソコンに音声入力をする。

『きみにとって、一番大事な人だろう?』

 返事はない。

『怒らせるつもりはなかった。ごめんなさい』

 そう、音声入力をすると、日に何度も起こるナルコレプシー状態に入った。


 ぺこりと元反乱者の会議が始まった。

  

 和睦のなったぺこりと勤勉たちは、雑談に興じていた。

「かつて、今回以上の反乱劇があったと伺いましたが?」

 さっきまで反乱の張本人であった、涼真が臆せずに尋ねる。

「涼真くん、今回の些事などねえ、叛逆なんかではないよ。児戯だ。間違えるな」

「はっ、申し訳ございません」

「わかればよろしい。思えば、あの頃はおいらも、勤勉も若く、無知無学だった。特に社会の仕組みについてね。ゆえに、組織運営のなんたるかを知らなかった。ただ、強い武人と優秀な学者を揃えていればいいと思ってしまっていた部分が大いにあった。それは根本的な間違いだったよ。いまの十二神将と違い、当時の十二神将は一人一人が恐るべき力を持つ素晴らしい武将ぞろいだったが、反面、我が強く、人を殺すことにためらいなど一切感じていない、ある種の狂人たちでもあった。その上においらが立って居られたのは、まあ、武力がそいつらよりちょっと上だったのと、勤勉と狐狼将軍ネロの二人がいてくれたおかげだったんだ」

 真実が尋ねた。

「狐狼将軍とは? 聞かぬ名ですが?」

「まあ、おいおい話そう。かなり複雑なことだ」


「スカウトはどのようになされたのでしょうか?」

 涼真が聞いた。

「ああ、最初は合同面接会を三日にわたって開いたよ」

「ど、どこでそんな恐ろしいことを?」

「横浜文化体育館。勤勉老はれっきとした横浜市民だったからな。中区役所に使用申請を出したらなんの問題もなく通ったよ」

「当日、近隣にお住いの方は恐怖のるつぼに落ちていたのでは?」

「どうなんだろうね? 忘れてしまったよ。別に、強い人募集! ってしたわけではなくて、新規事業開始につき様々な人材を募集します。前科や、他人には言えないトラブルがあっても大丈夫。お一人お一人親身になって相談に応じますってね」

「それは、まともな人は来ないでしょう。借金トラブルとか、一家離散とか、暴力団関係とか……」

「いや、意に反してねえ、真っ当な人が多かったよ。どうも、真の悪人たちは我らの広告を『警察の仕掛けたワナ』だと思ったらしい。まあ、それでも、初代十二神将のような者たちが来るんだから、運がいいのか悪いのか?」

「そもそも、ぺこりさまと勤勉老はなぜ、お知り合いに?」

「東京大学の同級生だよ。年齢は勤勉の方がだいぶ上だがな」

「わしは東京大学に二十回落ちた。周りの皆がもういい加減に諦めろと言ったよ。武道の世界ではすでに名を知られていたからな。でも、わしは執念で合格した。一念岩をも通すじゃ」

「四十の東大生ですか? 浮いたでしょうね」

「それが、そうでもないのよ。結構いたよ。おじさん東大生」

「はあ〜、では孤狼将軍ネロ様とは?」

 涼真が尋ねる。ぺこりは天井を見上げ、深く息を吐いた。

「ネロはなあ、あろうことか名馬三千里に載り、右腕に二人の赤子、左手に血のついた青龍刀を抱えてやって来た。よく、警察に捕まらなかったか不思議でならん。仮装行列の練習だと思われたのか? あいつの猛烈な気迫に押されたのか?」


 あの日、ちょっと緊張感の抜けた午後三時ごろ、突然、空気が凍りついたように張り詰めた。横浜文化体育館にいた人々がざわつき出す。落ち着いていたのは、ぺこりくらいのもので、彼は必死になって遅い昼食である、『勝烈庵』のおたのしみ弁当の十個目を食べている最中だった。


「大将はあんたか?」

「そうだよ」

「条件さえ飲んでくれれば、生涯あんたの家臣でいることを誓おう」

「そうか。じゃあ、おいらもあんたの条件を生涯守るよ」

「……まだ、なにも言っていないが」

「見ればわかるよ。どんな条件を持ってしても手に入れるべき人物かどうかね」


 こうしてぺこりと孤狼将軍ネロはあっけなく出会ったのだ。


 以下、次話にて。

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