第39話 よろしくま・ぺこりの失態

「舞子、十二神将召集だ……(以下省略)」

 ぺこりが大声を放つと、舞子ニコニコとが微笑を浮かべながらやってきて、こう言った。

「ぺこりさん、麻臼さんと鳶山さんになにかを命じたのをお忘れ?」

「あっ、そうだった。十二神将召集中止。大きな台車もいらないや。おいら、自分を養生するために寝るね。あいつら二人が帰って来たら復命も兼ねて十二神将会議をするから。その時は起こしておくれ。それまで一切面会謝絶。誰にも会いたくない」

 ぺこりは痛む足を引きずって、お布団に包まってしまった。

「うーん、最近かなり世話がやけるようになったわねえ」

 舞子はそう言うと、後ろにいた影に向かって話しかけた。

「あたしはちょっと、学校やら保育園やら幼稚園やらボランティア活動やら地域フォーラムのお仕事そして本業の女優をしてくるから、その間ぺこりさんのことをよろしくね。舞子ちゃん」

「はい、舞子さん」

 なんと、二人は瓜二つ。いや、全く同じ舞子であった。


 突然で申し訳ないが話は相当、過去に遡る。

 服部半蔵の率いる伊賀衆が東北地方の某県に広がる森に棲みだしたのは、徳川幕府滅亡と同時期のことであった。つまりは、現在の首領、服部半蔵正義の曽祖父に当たる、服部半蔵正春(はっとり・はんぞう・まさはる)が部下を引き連れてここに隠れ棲んだのである。やたらと別人の服部半蔵が出て来て、混乱される読者もおられるかもしれないが、伊賀衆の首領は代々、服部半蔵を襲名するというしきたりなのでご勘弁いただきたい。なあ、首領は服部半蔵ということです。

 これはギャグではありません。史実です。

 信じるか信じないかはあなた次第です。(これは、ギャグです。またはパクリです)


 それはともかく、服部半蔵正春は、江戸幕府、最後の将軍である徳川慶喜がいずれは新政府の要職につくと考えて、その時は慶喜の元に馳せ参じ、陰の仕事を引き受ける心算でいた。ところが、慶喜は要職につくどころか、隠居して自由気ままに遊興をしだした。その子息らも男爵家は継いだが新政府には入る気配がない。失望した正春は「ふん、慶喜公は所詮、水戸のお人よ」と言って嘆息した。


 忍者とは雇われるべき主君がいなければ、仕事のしようがないものである。正春は慶喜の変心ぶりを見て、すっかり徳川傍流の者たちに愛想が尽きてしまった。そして「我ら伊賀忍者は徳川本流の家来である」と宣言した。ところがである。徳川本流の者などは公には存在しないのである。八代将軍に紀伊の吉宗、いわゆるTVドラマ、『暴れん坊将軍』でおなじみの徳川吉宗将軍が誕生した時点で、将軍職は紀伊徳川家の血筋が継ぐことになったのである。ああ、ちなみに実際の吉宗は浪人のふりをして、火消しの棟梁の家に厄介になったり、悪人の屋敷に乗り込んで「成敗!」なんて言ったことはないのはご承知の通りである。実際の吉宗は米の相場に苦心したため「米将軍」と渾名された。しかし、松平健主演の痛快時代ドラマが『米将軍!』っていうタイトルではねえ、二十何年間も続かないですな。ドラマはドラマ、史実は史実……すみません。本作はいうまでもなく、フィクションです。


 とにかく、伊賀忍者は主人なきままに、深い森の中で研鑽を重ねていたのだ。もちろん、その間に徳川本流の血統を持つ者を全国くまなく探したのであるが、まあ、見つかることはない。失意のまま、曽祖父正春、祖父、父と亡くなり、現在の首領、服部半蔵正義が跡目を継いだ。その間、今後の行く末を悲観して、出奔してしまう者や病気や加齢で亡くなる者が多く出たのは当然のことであり、半蔵正義は旧伊賀国にてスカウト活動をしていたが、小さなテリトリーでもあるし、今は戦国時代とは違う。ゆえに人材の払底は避けられず、正義は信念を曲げて、伊賀以外の地域で、見所のありそうな若者をスカウトしていた。だが、旗頭が不在なのはそういった活動にも悪影響を与え、思うように人材を得ることはできなかった。


 そんなある日のことである。半蔵正義は気鬱な気分を晴らすため、公園管理事務所の所長として、漫然と森の中を歩いていた。そして、ついついベテラン保全員でも危険を感じるという、森の奥に迷い込んでしまった。

「忍びが道を誤るとは……伊賀衆も解散の時なのかのう」

 自虐の言葉が出る。しばらく行くと、見たこともないような大木が威風堂々と巨立していた。

「なんだこの木は? 縄文杉のようではないか」

 慌てて近づく、半蔵正義。よく見ると大きな、うろがある。興味本位で、うろに入る。

「まるで、原人の住居のようだ」

 中は漆黒の闇だが、忍者には光など不要である。

「うぬ、注連縄だ。ここはもしかすると神聖な場所なのか。いつの時代のものだろう。古くても平安時代くらいであろうな。まさか古代ではないだろう」

 周りを見回す、半蔵正義。その時、足元に光が。見ると、鶏卵くらいの大きさのなにかがある。手に取って見ると七色に輝いており、まさに鶏卵のような重量である。

「これが、ご神体か? うぬ、どうしたものか? なんとなく、これを割りたいという欲求が出て来て仕方がないのだが、そんなことをしたら天罰をくらうよなあ」

 半蔵正義はしばらく沈思黙考した。そして意を決した顔になった。

「どうせ、伊賀衆は滅びるわ。割ってくれよう!」

 半蔵正義は思い切り、地面に卵のような物を叩きつけた。すると、漆黒の、うろの内部が突然虹色に光った。恐ろしく眩しい。半蔵正義は目が眩んだ。

「やはり、天罰かあ」

 半蔵正義は気を失ってしまった。


「おう、目覚めよ。小さき人間」

 誰かが、半蔵正義を起こす。

「何者だ? 私が小さき人間だと!」

 半蔵正義は忍刀に手をかける。

「そんなものは無駄だ。小さき人間。それよりもなあ、わしを千年ぶりに解放してくれて心から感謝するぞ」

「はあ、千年ぶりとは?」

「わしはのう、お前たちの言葉で表してみれば邪悪な神だ。だからこの森の神と喧嘩をして破れ、虹色の卵に封印されていたのじゃ。それもこんな森の奥。誰も来ない。しょうがないから、寝ておった。長い昼寝じゃったわ」

「私は邪悪な者を復活させてしまったということなのか?」

「いやいや、さすがのわしも猛烈に反省したわ。今後は便所の神にでもなるかな。人々が快便できるようにな。わははは」

「落差が激しすぎる……」

「そういうものじゃ。ああそうじゃ、封印を解いてくれたお礼をしよう。なんでも望みのままじゃ。申してみよ」

「えっ」

 固まる、半蔵正義。

「どうした? まさか、礼はいらんとか言うのか?」

「い、いや。ああ、お願いいたします。どうか、徳川家本流の子孫を我らにお授けください」

「徳川? 本流? よくわからんが、わしの念力で探してやろう……あら、まあ。残念じゃが、この世にはそのような者、おらんようだな」

「そ、そんな……」

「ああ、落ち込んだのか? でも心配はご無用、ここで、ラッキーチャンス!」

「なぜ、徳川家を知らないのに、英語がわかるのですか?」

「さあ、なんでだろうな。わしにもわからんわ。まあ、いいだろう? いまな、長きに渡り、この世とあの世を彷徨い続けている、徳川とやらの本流を見つけたぞ。それを召喚してやろう。それがご褒美じゃ」

「ど、どなたでございますか?」

「ええと、岡崎三郎と言っておるぞ」

「岡崎三郎……ああっ、徳川信康様だ!」


 こうして、徳川信康は転生したのである。


「……という事でございます。ご納得いただけますか?」

 ここはいつものぺこりの四畳半部屋。しばらくぶりに帰ってきた、三木麻臼と門木鳶山が結果報告にきている。

「ご納得もなにも、きみたちにしては上々じゃあないか。どうやって調べたんだ?」

「はい、伊賀衆にスカウトされるように餌を撒いたら、あっけなく入れたんでゲス。我ら二人、他の者たちとは動きが違うからすぐに隊長格に気に入られたでゲス。そして、宴席で酒の中に自白剤を混ぜましたら、よう喋ったでゲス」

 鳶山が自慢げに話す。

「なるほどねえ。忍者を誑かすとは大したもんだ。ということは、おいらの読み通り、徳川信康は転生したんだな。で、信康や半蔵を見たのか?」

「いえ、そこまでの余裕はありませんでした」

「そうか。惜しいねえ。で、やつらは今も東北の地にいるのか?」

「ぺこりさま、どこにいると思われます?」

「質問に質問で答えるんじゃない! というのが、逢坂剛先生のハードボイルドによく出るセリフだよ。もちろん、おいらはそんなこと言わないよ。ミステリー界の大御所に失礼だからね。で、どこなのさ?」

「はい。三重県の霊山という山に篭りました。標高が約九百メートルくらいの山だそうです」

「ふーん。東北の森の方が、隠れるのには良さそうな気もするけどな。でさあ、あいつらはなにがしたいの?」

「それは……」

 口ごもる、麻臼と鳶山。

「うぷぷ。きみたちの能弁もここまでか。じゃあ、おいらが教えてあげるね。徳川幕府を滅ぼした、長州藩、いまの山口県出身の阿呆政権打倒だよ。それから明治帝の血統を継いでいる、北陸宮を陰でお支えしている、おいらたちも狙ってるのさ。どうだ、おいらは賢いだろう」

 もちろん、ぺこりは事前に関根勤勉からの報告で何もかも知っていたのである。ズル賢いクマだよ、まったく。

「よし、十二神将を招集しよう。畳かえすに頼んだグランドデザインもようやく完成した。舞子、舞子!」

「はい。ぺこりさま」

「あれ? 今日は“さん付け”じゃないんだ」

「すみません。ちょっと気分を変えたら、ご気分が良いかと。それで、御用は?」

「ああ、十二神将を集めてくれ。舞子よ、なんか具合でも悪いのかい?」

「いいえ、元気ですわ」

「無理はしないでくれよ。さて、舞子よ悪いが整形外科の先生を呼んでくれ。テーピングをしてもらわないと、まともに歩けないのさ」

「かしこまりました」

 舞子は去って行った。

「なんか、いつもと勝手が違うなあ」

 ぺこりは首をひねった。いつもの馴れ馴れしさというか、ふんわりとした安心感がない。ぺこりは舞子が二人いるなどとはまったく気が付いていないのだ。なぜ、舞子が二人いるのか? まだ考えていないので、わからない。


 十二神将会議が招集され、将軍たちが席についた。しかし、ぺこりはなかなか現れない。やがて、エレベーターの扉が開いて、特製巨大松葉杖をついた、ぺこりがゆっくりと歩いて席についた。

「ぺこりさま、そのお御足はどうされました?」

 関根勤勉が聞く。ぺこりは運動不足による太ももの肉離れなどと言うと、皆に爆笑されると思い、

「うぬ、実は曲者が、部屋に侵入して来たので、仕留めたのだが、その際、ちょっとやられてしまったのさ」

 と大嘘をついた。

 諸将はざわめき立ち、

「セキュリティ担当者を処分するとともに、基地全体のチェックをしなければ」

 と大騒ぎになってしまった。無実のセキュリティ担当者が更迭されたら、あまりにもかわいそうだ。

「皆、慌てるな。ここのセキュリティーは完璧だ。おいらを襲った曲者はゴキブリでした」

 と言い訳した。諸将はちょっと呆れた表情をしている。ぺこりはちょっとムカついたので、羽鳥真実に向かって、厳しい言葉を投げかけた。

「おい、真実。いつになったら『ぼく』に対抗できる海軍はできるんだよ!」

 少し、諸将がピリッとした。真実は、

「準備が遅れて申し訳ございません。当初は戦艦や、空母の建造を考えていたのですが『ぼく』はウミガメですから、海中での戦闘になると考え直し、潜水艦部隊を作ることにしました。強烈な魚雷を大量に運べる『ホエール級』に細かい索敵ができる『シャーク級』、補給艦の『ドルフィン級』の三種類がまもなく完成します」

 と報告した。

「ほう、考えたな。さすが真実。ところで、潜水艦は『ぼく』の突撃に耐えられるんだろうな」

「もちろんです。過去の『ぼく』の攻撃速度などを計算し、防御可能な鋼材の厚さや強度、そして軽量化を考慮しました」

「エクセレント! Mr.真実」

 また英語を使った。『スピードラーニング』でも買っちゃったのかな?

「ありがとうございます」

 真実は頭を下げた。

「ああそうだ。仲木戸科学技術庁長官をこちらへ。カッパーキングの大幅改造は一体、いつになったらできるんだ! 読者さまもカッパーキングの存在を忘れているぞ。走って来いと伝えよ」

 ぺこりが怒鳴る。仲木戸科学技術庁長官が全力疾走でやって来た。肩で息をしている。

「ああ、間に受けちゃったんだ。悪いな、冗談だったんだけど……」

「はあ……私も、一刻も早く、お知らせしたくて……はあ、はあ」

「おい、誰か仲木戸科学技術庁長官に冷たいお水を持って来て」

「ありがとうございます……はあ、はあ」

「すまないなあ。きみもさあ、もう若くないね……で、お知らせってなに?」

「はい、バッテリーの問題は解決しました。ただ、真実将軍から水中での使用を求められまして、改造に手間がかかりましたが、この度、一応の完成を見ました……はあ、はあ」

「そうか。真実! おいらに黙って勝手なことをしおって……素晴らしいアイデアだな。潜水艦隊の旗艦にカッパーキングがなる。河童が海に潜るというのは、変だけどね」

「はあ、その辺りは臨機応変に」

「よろしい……さて、では畳かえすの作ったグランドデザインにおいらの考えをプラスした今後の指針を発表しますよ」

「はっ」

 諸将は襟を正した。

「あのさあ、作者が思いつきで話を作るから、想定外の敵が増えちゃってさ、面倒が増えちまったよ。まあ仕方がない。敵は弱い順に警視庁捜査一課、阿呆内閣と自衛隊、徳川信康と服部半蔵の一派、そしてテロ集団『ぼく』というところかな? そのうち捜査一課はもう政府直轄チームに捜査権を奪われ、勤勉老が甲斐副総監と誼を通じたようなので、もう敵ではないな。たださあ、あの女性刑事。日吉巡査部長だっけ、あの娘がなんとなく怖いんだよな。


 だが、小事には気を止めておけないので無視する。それから、政府は、あえて武力では潰さない。北陸宮に政党を作っていただいて、まずは夏の参議院選挙、さらには衆議院総選挙で、過半数を獲る。平和裡のクーデターだ。もちろん当初は人材が不足しているから野党の輩を味方に引き入れる。やつらは喜んで神輿を担ぐだろう。当然、その間に人望のある真の政治家を育成し、徐々に野党の輩と入れ替えていくんだよ。さて、徳川信康と服部半蔵は、もうちょっと監視と情報収集が必要だから経過観察。成人病検査の結果みたいだな。

 で、最大の難敵は『ぼく』だよ。全体像は全くつかめていないけど、潰す方法はただ一つ。首領の『ぼく』を捕捉すればいいと思うんだ。一番強いやつを全力で潰す。これが我らの生きる道だ!」

「おう!」

「その意気だ。カッパーキングにはおいら自ら乗るぞ。そして、勤勉老が総司令官、副司令官は真実。あとの将軍はあえて、シャーク級に乗れ。『ぼく』を見つけ出し、捕捉するんだ。ウミガメは絶滅危惧種だけど、あいつは殺してもいい。いや、殺さなくてはいけないだろう。情けは無用でいい。ホエール級の指揮は名も無き副将軍たちにとらせる。その中から有望なモノが出てくるといいなあ。では、艦艇の整備が終わり次第、出陣だ!」

「おう!」


 ついに、ぺこりたちの本格的戦闘が始まる。しかし、相手は今や大海の王者『ぼく』。どうなることであろうか?




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